聖剣の真価
剣撃の音が湖の畔に響き渡る。戦いの舞台は森林から湖へと移っていた。日は完全に沈み空には満点の星空が広がっていた。刀身が月光をその身に浴びて美しく輝く。夜空の下湖を背景に神様と俺は踊るように斬り結ぶ。幻想的な風景の中その光景は踊っているように見えるのかもしれない。
魔力の制御を会得してからは善戦できているが、未だに神様を倒すことはできていない。
「これが自力の差だ。其方と私では経験に差がありすぎる。その差は小手先の技で埋められるほど小さくない」
神様の言う通り徐々に徐々に自力の差が現れてきている。皮肉にも一段上の領域に足を踏み入れたことでそれまで認識できずにいた神様と俺の間に広がる埋めがたい差の存在を認識してしまった。
がむしゃらに剣を振り続けることしかできない俺の隙を突いて強化された視界を以ってしても残像しか捉えることのできない一撃が迫る。辛うじてそれを打ち払うと迎撃によって作られた隙を突いて神様の左拳が鳩尾に吸い込まれる。衝撃に呼吸をすることも困難になる。
「ーーっ!」
吹き飛ばされた俺の視界では流れるように景色が変化していく。そしてそのまま美しい湖の中へと天を突くかのような水柱を作って着水する。体制を立て直して岸に上がるために泳ぎ出すも、水の抵抗を感じさせずに一瞬でこちらへと迫ってきた神様にーーー。
死と再生を繰り返しながら無人の市街地へと戦いの場を移す。石造にレンガ造、木造と色もデザインも多様な市街地を縦横無尽に駆け巡る。街路を神様に追われる格好で走っていた俺の前に一軒の建物が立ち塞がる。それを魔力で強化された脚力に物を言わせて一息に屋根の上に躍り出る。
遅れて飛び乗ってきた神様が着地する寸前、空中で身動きの取れない瞬間を狙って聖剣を突き出す。完璧なタイミングで突き出された聖剣だったが予め予期していた神様の長剣によって防がれる。金属同士が擦れ合う不快な音と共に大量の火花が散る。
初撃は防がれたが刺突の衝撃で着地した神様の体は左方向に流れる。こちらの攻撃はまだ終わっていないとばかりに追い討ちをかけるため俺は屋根の上を滑るように疾駆する。
がら空きの胴目掛けての斬り上げは寸前で左手の籠手によって阻まれる。しかし、斬撃を受けた左手は籠手ごと斬り裂かれ鮮血が宙を舞う。
一撃を加えた達成感に浸る間もなく神様からの反撃の横薙ぎを剣の腹で受け止める。あのあまりの衝撃に右腕の骨が悲鳴をあげる。しかしなんとかその場に踏みとどまり至近距離での斬り合いを開始する。刃と刃がぶつかる度に市街地を剣撃の音が駆け巡る。体の全てを使って全力で斬り結ぶなか目まぐるしく攻守が入れ替わっていく。圧倒的な実力差を肌で感じながら必死に食らいつこうと剣を振り続ける。一合剣を交えるごとに己の技量がさらなる高みへと押し上げれているのを感じるが頂は遠く、この剣はいまだ神様の命に届かない。
こちらの連撃の尽くを打ち払った神様。流れるような所作で反撃の一撃を繰り出してくる。慌ててその一撃を防ごうと剣を構えると、腹部を違和感が貫く。
「・・・く・・・そっ・・・」
見下ろすと俺の腹に神様の手刀が突き刺さっていた。剣を囮にして俺の死角から打ち込まれた手刀を引き抜くと腹部からは尋常ではない量の血が流れ落ち、それと同時に俺は膝から崩れ落ちる。
損傷を訴えるシグナルが激痛という形で脳に送り込まれる。呼吸もままならず必死に口を開くが出てくるのは己の血液でしかなかった。
視線を上に向けると神様は何の感情もこもっていない瞳で静かに見下ろしてくるばかりだった。
直接炎で炙られているかのような熱を持つ腹部と対照的にゆっくりと体が冷えていきーーー。
それからも同じことの繰り返しだった。日を跨ぎ、場所を変え、延々と戦い続けるも一向に進展はなかった。
もう何日そんなことを続けたのか分からない。あるいは何ヶ月、何年と戦い続けたのかもしれない。戦い続けるうちに時間の流れが曖昧になっていた。
悪戯に時間だけが過ぎていく中なんの成果もあげられぬままただ殺され続ける日々が続いていた。
何度目かの再生を終えて目を覚ますと星々の美しい輝きが視界いっぱいに広がっていた。戦闘の末に行き着いたのは何もない荒野だった。
ゆっくりと起き上がる。しかしそこで動きが止まってしまった。何をするわけでもなく虚な瞳で神様を見つめる。絶望という名の一筋の光すら通さない闇い影に心が覆われた今俺にできるのはそれが精一杯だった。
神様の前では努力など無意味だった。神様の前では戦術など児戯同然であった。神様は俺の前に越えることのできない壁として立ちはだかった。
ただ立つことしかできない俺を見て神様が言った。
「ここまでか・・・。よく持ち堪えた。私は其方に心の底から敬意を表そう。故にこそ、最大の絶望を以って其方の魂に終わりを与えよう」
悲痛な表情と共に告げられたその言葉すら今の俺には届かない。
神様の前に二つの魔法陣が描かれる。一つは禍々しい漆黒の魔法陣、対照的にもう一つは純白の魔法陣だった。
「『冥府の番犬』『生命の泉の竜』」
二つの巨大な魔法陣の中から獰猛な唸り声と共に漆黒の毛に覆われた三つ首の犬と、美しい白竜が現れた。
二頭の獣と一柱の神様がゆっくりこちらに向かって進んでくる。迫り来る終焉を前に俺はただ無気力に立ち尽くすことしかできない。
・・・時間が嫌にゆっくりと流れていく。そんな中もうどれだけ昔のことかも定かではない、いつかの日々が流れていく。
生まれつき体は弱かったのだがそれでもなんとか日常生活を送ることができていた。しかしその状況がある日一変する。中学に上がってすぐ友人との帰り道俺はなんの前触れもなく倒れた。・・・そして目が覚めたら一年が経過していた。
俺が目覚めたことを両親や友人も大いに喜んでくれたが俺はというとあまりにも実感がなくて少々置いてけぼりな感じだったことを覚えている。
俺が寝ている間に色々と検査が行われたらしいのだがその結果わかったことは多くはないようで、そもそもなぜ倒れたのかも明らかにできていない状態だった。それでも感染力がないことが分かっていたことは唯一の救いだった。
俺はまるまる一年寝ていたという事実からさらなる検査のためその後も入院生活を続けることが決まった。幸い面会謝絶ということにはならず孤独を感じずにすんだ。
入院生活が始まると俺は徐々に衰弱し始めた。これについても原因不明とのことだったが、医師をはじめ病院関係者に文句はなかった。訳のわからない俺のような患者に親身に接してくれて、その度に彼らの悔しさがよく伝わってきたからだ。なによりも俺は怖かったのだ。未知の病魔に犯されている自分が、いつ死ぬのかもわからない状況の中で生きていくのが怖かったのだ。憤りなどあろうはずもなかった。
恐怖に怯えて過ごす中ある朝目を覚ますと視界から色が消えていた。ついにその時がやってきたとパニックになったが幸いそれ以上の変化は現れなかった。しかしその日からそれまでの比ではない恐怖がのしかかったのは事実だった。
常に終わりを意識して生活していた俺の心が腐るのにそう時間はかからなかった。思えば、あの時も今と同じだったのかもしれない。何の希望も見出せずただ終わりの時をじっと待つだけ、ゆっくりと心を腐らせていく日々。
しかし、そんな日々の中一冊の本との出会いが俺を救った。これなら色の識別ができなくても楽しめると中学からの友人から渡された一冊の本。あまり気は進まなかったのだがせっかくくれたのだからと読んだそれは最初はただの文字の連なりでしかなかった。だがそれは段々意味を持つ言葉の群れとなって俺を本の世界に引きずり込んだ。
気づけば俺はその本の中に広がる世界の虜になっていた。急かす心のままにページをめくり続け、その度に進む物語に新鮮な興奮を覚えた。色を失った俺だったが、たしかにその色彩豊かな世界を夢想することができた。それは俺にとって何物にも変え難い救いであった。
だからなのだろうか、この世界で生きてみたいと思ったのは。自分を救った世界への憧れは日増しに強くなり大好きな登場人物に会って話がしてみたい、美しいその世界に足を踏み入れたいという想いを募らせていった。そしていつしかその想いは自分にとってなによりも大事なものになっていた・・・。
回想を終えて自分自身に問いかける。
ここで終わるのか?逃げるのか?諦めるのか?
・・・。・・・嫌だ。それだけは嫌だ!
絶望の末に出した答えはNOだった。これだけ打ちのめされてなお折れないのだから我ながら自分の心の強さに驚き呆れるばかりである。
いつしか俺の顔には自嘲の笑みが浮かんでいた。それを見た神様は足を止めて驚きの声をあげる。
「まだ戦うというのかっ!?」
「そのつもりです。まだまだこれからですよ。勝負は絶体絶命の状況に陥ってからが本番です!」
威勢良く宣言したはいいが、神様一柱でさえ何もできなかったのに今はさらにケルベロスとドラゴンが加わっている。正直なところ神様との戦闘によって腕を上げた今ならケルベロスとドラゴンだけなら何とかなりそうであるが、神様が黙って見ているわけもなく、状況はより絶望的なものになっていることは間違いないだろう。
頭を使わなくてはいけない。正直得意ではないがこの状況を打開するには力任せに突っ込むのでは駄目だ。
一度殺されることを念頭に特攻をしかけて数を減らしてもおそらく再び魔法で召喚されるのがオチで、その場合は無駄死にすることになるだろう。
ならばどうすると必死に頭を回転させる・・・。
そうだ!とりあえず逃げよう!このままここに突っ立てたらあと数秒もしないうちに犬と竜の今夜の晩ごはんになってしまう。
逃げた後のことは逃げながら考えよう。
そうと決まれば反転して一目散にダッシュである。ありったけの魔力を足に集め極限まで脚力をブーストする。予想外の反応に一拍神様の反応が遅れる。初めて神様を出し抜いたことに内心ほくそ笑みながら足を回転させる。
「撃て」
神様の短い命令を受けて竜が逃げる俺の背に向けてその顎を目一杯に開く。そして次の瞬間大地を一瞬でマグマに変えるほどの高温の炎が吐き出された。
首だけ回してその光景を見ていた俺は間一髪それを避けることに成功する。しかし土をマグマに変えるほどの熱線に周囲の温度が一瞬で上昇し地獄のような暑さを生み出した。
「暑っ!」
ブレスを凌いだのも束の間、避けた先には冥府の番犬がその三つの口からそれぞれ獰猛な唸り声を発しながら俺を待ち構えていた。
仕方ないので拳に魔力を込める。
地を思いっきり蹴り飛ばして上昇する。自分の身長の2倍はあろうかという高さにあるケルベロスの真ん中の頭を思い切り殴りつける。
「お座りっ!!」
殴ったそのままの勢いでケルベロスの背中に着地し逃走を再開する。
「驚いた。まだ立ち向かうことができようとはな」
ケルベロスに対処して減速した一瞬で追いついた神様はろくに防御もできない俺を蹴り上げた。勢いよく空中に投げ出された俺は咄嗟に体の前に剣を掲げる。次の瞬間自身も空に舞い上がった神様が俺を斬りつける。しかしそれは予め防御姿勢をとっていたおかげでなんとか防ぐことに成功する。
急上昇が急降下に変化する。急いで全身に魔力を巡らせ肉体を強化する。勢いよく地面に叩きつけられ砂埃が舞う。魔力で強化された体のおかげで死ぬことはなかったが激痛が全身を駆ける。
「くっ!!」
追撃を避けるべく痛みを訴える体に鞭を打ち急いで起き上がり、その場から退避する。次の瞬間俺が落ちてきた場所目掛けて青紫の流星が落下した。
「『魔弾』!」
爆音とともに地面にクレーターが出来上がる。驚いて上空を見上げると信じられないものを見た。上空にいた神様が次々と青紫の魔法陣を描きあげていく。
「嘘!?」
「『魔弾』」
再びの無慈悲な詠唱と共に十を超える魔法陣から一斉に流星が生み出される。純粋な魔力の塊であるそれは逃げ道を塞ぐようにして降り注ぐ。
「こんちくしょおっ!!」
逃げる事は諦めて剣を構える。降り注ぐ流星を片っ端から斬っていく。一撃、二撃と斬撃を繰り出して迫り来る致死の流星を斬り払う。両断された流星は俺の左右を通り抜けて背後の荒野で爆発した。俺はその様子を見る事なく次々と迫り来る流星への対処を余儀なくされる。
そこで不思議な現象が起きる。
「・・・っ!?」
魔力の塊を斬った聖剣が金色の輝きを帯びる。異変はそれだけに止まらない。脳内に情報の塊が押し流される。
一瞬で脳内に情報を流し込まれた事で軽い頭痛に見舞われる。痛みによって斬り損ねた流星が爆発し、爆風に吹き飛ばされて背後の地面を転げ回る。俺は痛みも忘れて今起きた現象に疑問の声をあげる。
「今のは!?」
ここは神々の棲まう世界、神世界。その一角に建つ『選定の神』たる私の家。そこで私はリビングの椅子に腰掛けながら別世界を見るための魔法『観界』を用いて数年前に自分が召喚した人間の試練の様子を机の上に映し出していた。
「やっと気づいたか。気づかないかと思ったぞ。・・・まあその場合それまでの人間だったという事で次の人間を選定したんだがな」
突き放すようなことを言ってしまったが、内心では状況の変化を嬉しいと感じている。私だって好き好んで人間がその魂を擦り減らすところを見たいわけじゃない。
私はスクリーンに映る透也の異変の正体を正確に看破する。それでも私は一度スクリーンから目を外し自身の理解が間違っていないことを確認するために頭の中で情報を整理する。
魔法陣が刻まれた道具を魔法具ーエクスカリバーも魔法具の一つだーという。魔法具にはすでに魔法陣が刻まれているため魔力を通すだけで記述された内容を行使できる。そしてほとんどの場合魔法具は初めて魔力を流した時にその扱い方を使い手に伝えるように設計されている。私自身今回エクスカリバーを作った時は透也のために必要な情報が流れるように設計しておいた。
二度目以降は記述した魔法陣が起動するようになっている。そのためエクスカリバーのような魔力を持った魔法具は魔法の常時展開による魔力の浪費を防ぐため一度魔力を流し込み直さなければ魔法具の情報開示も魔法の行使もできないという特徴を持つ。魔法具の場合枯渇した魔力は外部から供給せねばならず、自然と回復するものではないからである。透也は身体強化に魔力を注ぎ込んでいたがその程度ならば枯渇の心配はない。
そして今透也は聖剣の扱い方の情報を得たのである。きっかけは『オルデアル』の放った『魔弾』の魔法である。純粋な魔力の塊である魔弾を斬ったことでその一部が聖剣に取り込まれそれをきっかけとして聖剣の情報が与えられたのである。
透也が聖剣の情報開示を受けることができたのは単に運が良かったか、その諦めの悪さに『試練の神』 が手心を加えたかのどちらかであるが、実際のところは文字通り神のみぞ知るといったところだ。
「これからが本番だな」
自身が聖剣に記述した魔法陣の内容を思い出しながら私は再びスクリーンに映る透也に視線を落とす。
『エレクナ』様に見られているとはつゆ知らず、俺は突然の出来事に翻弄されていた。
今流れた情報は一体なんなんだ!?いや、内容は理解できたけど信じていいのか!?わざわざ嘘をつく理由がないのは確かだが、いかんせん急すぎてどう対処すればいいのかわからん!
しかし一瞬で脳に流れ込んできた情報が正しければこの状況を打開できるかもしれない事は確かである。だがそれも未来の俺次第といったところだ。
・・・悩み続けても答えなんて出るはずもなし。詰みの現状を打開する可能性が少しでもあるのならそれに賭けてみるのもいいんじゃないだろうか。それにどうせ死んでも生き返るしな。
覚悟を決めて聖剣を握りしめる。聖剣から溢れる魔力をそのまま聖剣に逆流させると先程よりも強い輝きを聖剣が帯びる。
刀身に虹色の魔法陣が描かれた。なおも魔力を込め続けると魔法陣はその輝きを強めていく。
「『選定』!!」
声高に宣言すると一際強く魔法陣が輝いて視界を七色に染め上げる。
光が収っても俺の外見に変化は見られず角が生えたり翼が生えたりするような進化はしなかった。しかし俺は自分の変化を強く意識していた。
ここでそれまでことの成り行きを見守っていた神様が行動を開始した。
「今更何をしようと何も変わらん。もう苦しむな。逝け!」
気迫に満ちた神様は先程と同様に無数の魔法陣を描く。しかしその数は今回の方が多く、少なくとも百は超えているだろう。
それを見て俺も全く同じ魔法陣を同数描き上げる。
「「『魔弾』!!」」
同時に放たれた数百の流星が俺と神様を結ぶ直線上のちょうど真ん中で一斉に衝突した。けたたましい爆音を轟かせる爆発はその衝撃のあまり地面を震わせた。
爆発が収まるといつのまにか地面に降りていた神様が冷静に分析する。その左右には召喚したケルベロスと竜が控えている。
「なるほど。己の可能性を投影したか」
神様は俺が使った魔法の正体を一瞬で看破した。
「その通りです。無数に枝分かれした俺の未来の中から特にこの状況を打開するにたる未来を聖剣に刻まれた魔法でこの身に宿しました」
それが聖剣に刻まれた魔法の正体。未来の自分を今の自分に重ね合わせ、未来の自分が会得した技術、知識の一時的な行使を可能とする。
一口に未来の自分といっても無数に存在するので投影する未来は選定の権能に従って剣が状況に合わせて選び出してくれる。まさにこの剣は選定の剣だったというわけだ。
ただ一つ重要なのはどれほど時を重ねようと俺が目の前にいる神様に勝つことができない可能性もあったということだ。もし無数の未来の全てでこの神様に負けていたとしたらその場合は万策尽きた状態となっていただろう。
しかし俺は賭けに勝ったと言える。どんな過程を辿ればこんな未来に行き着くのか分からないが、今の俺なら『オルデアル』様に勝つことも不可能ではないだろう。
それを確かめるために俺は神様との距離を詰めるべく地を蹴った。
「行きます!」
「来い!」
即座に縮まる間合い、俺の左斬り払いを神様は斬り上げにて応戦してきた。剣と剣がぶつかった瞬間これまでにない爆音が空気を揺らす。
俺の突進の力を逆に利用して神様は俺の剣を自身の刃の上で走らせる。そのまま互いの立ち位置を入れ替えるように俺の左側を抜けていった神様は振り向きざまにガラ空きの背中に斬りかかる。
背後に殺気をひしひしと感じながらそれでも俺は落ち着いて一つの魔法陣をかきあげる。
「『炎却』」
わずかに体をずらして魔法の射線を確保して、魔法発動の引き金となる魔法名を唱えると魔法陣から真紅の炎が一条放たれた。周囲の空気を焼いて矢のように迫る円柱状の炎を最小限の動きで神様は躱すもその間に俺は体制を整えて次の攻撃に移行する。
しかし次手を打つよりも早く横方向から竜によるブレスが迫ってくる。回避はせずに魔法陣を描く。
「『魔壁』」
灰色の魔法陣はブレスから俺を守る位置に魔力による障壁を展開した。
地を溶かす程のブレスが障壁と衝突するが障壁はびくともしない。やがてブレスの勢いは弱まっていき完全に沈黙した。こちらのダメージはゼロだ。
ブレスの巻き添えを避けるために神様が距離をとったこの瞬間を見逃さずに邪魔なドラゴンとケルベロス退治に移行するべく俺は空色の魔法陣を描く。
「『飛翼』」
飛行を可能にする魔法の魔法名を唱えて天高く飛翔する。
上空から辺り一体を見渡してドラゴンとケルベロスの位置を把握する。
「させん!」
神様が妨害に動こうとするもこちらの方が早い。
俺は同時に二つの大きな魔法陣を描いていく。書き上げた二つの青白い魔法陣は俺の目の前からドラゴンとケルベロスの直上へと移動する。
そして静かに俺は魔法の引き金となる名前を口にした。
「『天の怒り』」
瞬間、爆音を轟かせ雷光が天から地に落ちる。人に根源的な恐怖を呼び起こすその雷鳴を置き去りにして青く輝く死の光は直下にいた二匹の獣へと襲いかかる。全身を駆け巡る電流を受けて二匹の獣はのたうち回る。その身を雷に焼かれた二匹の獣は断末魔の悲鳴をあげて動かなくなった。
それを確認すると、同じく飛行魔法で空を飛んできた神様に視線を移す。
いつの間にか夜が明けていた。太陽がその身を現し大空で対峙する一人の人間と一柱の神様を照らし出す。
「意外だった。其方はもっと早くに音を上げると思っていた。私は人を見る目がないのかもしれないな」
自重するような言葉とは裏腹に神様の顔には今までに見たことのない獰猛な笑みが浮かべられていた。
「見せてみろお前の力を俺に!!そして越えられるものならこの私を超えてみろ!人間!」
その言葉を受けた俺の顔もきっと眼前の神様と同じ表情をしていたのだろう。
「言われずともそのつもりです!勝って俺は願いを叶える!今こそ俺の大願のために地に伏してもらいます!神様!」
そうして神様は手にした長剣をゆるりと構えた。その構えには一部の隙もなく、またその気迫からこれで決着がつくことを悟る。
神様の動きに併せて俺も陽光を受けて煌めく聖剣を構える。そしてお約束な台詞を口にした。戦いの最後を告げる台詞を・・・。
「終わりにしましょう、神様」
こうして試練の第三ラウンドが開幕した。




