グラ・ジェルタ
「はあ?ペリエ湖に潜る?」
マーリンとの通話を終えたアーロットとガラハッドは情報を共有するべくラデスらその場にいなかったキャメロットの人間を探していた。
その途中にリッツァーと出くわしたものだから先にリッツァーへの要件を済ませようと話しかけた結果の反応がこれだった。
鞘を探すためにペリエ湖に潜ると言った瞬間に正気を疑うような目を向けられた。リヴァイアサンに挑むと言い出したリッツァーもたいがいゆえ、この反応は大いに遺憾なのだが、逆の立場ならアーロットも同じ反応をするのは容易に想像がつくのでなにも言うことができない。それは背後に控えるガラハッドも同じなのか、主への侮辱を咎めることはしない。
「勘違いするな。あくまでリヴァイアサンを討伐した後でだ」
ただ、リッツァーの勘違いは訂正しておく必要がある。
さすがにアーロットも大海の怒りが支配するペリエ湖にもぐりこむほど蛮勇と勇敢をはき違えてはいない。
「ああ、そういうことか・・・。好きにすればいい。アノールにお前たちを運んで、リヴァイアサンを討伐したら俺たちの契約はそれで終わりなんだからな。あとのことは好きにすればいい」
リッツァーの言う通り。本来ならアーロットがリッツァーに報告する義務はない。それでも報告したのは万が一に備えて。リヴァイアサンに対して聖剣の進化、あるいは聖剣の鞘が必要になる可能性を無視できなかったがゆえのいわば保険だった。
リッツァーも大体の事情は知らずとも、アーロットが報告を必要と判断したことの真意については悟っていた。
「もともと俺たちだけでもリヴァイアサンは討伐するつもりだったんだ。戦いの途中でよそ者が一人二人いなくなろうが知ったこっちゃねえさ」
だから彼は遠回しに構わないと承諾の意を示した。
「それより、そろそろ浮上のタイミングだ。
お前たち、しばらくロンバールにいたんだろ?なら久しぶりの青空でも拝んでくるんだな」
そう言って、黒コートをなびかせてリッツァーはアーロットたちに背を向けた。
「どうする?」
「ラデスたちも甲板に出ているかもしれません。行ってみましょう」
アーロットたちが甲板に出るとちょうど浮上のタイミングだった。
船を取り囲む炎の円環がひとつ、またひとつと消えていくたびに船が上昇していく。
徐々に海面が近づくにつれて海水がその輝きを増していく。見上げればゆらゆらと揺れる波の向こうに強烈な光が出現している。
「!」
とうとう船がしぶきをあげて海上に浮上すると、燦燦と輝く太陽の陽光が一同を出迎える。
しばらくぶりに浴びる太陽の光は強烈で、思わずアーロットもガラハッドも掌で瞳を覆う。
しかしすぐに光に慣れると手を下ろし、大空を見上げる。
雲一つない、吸い込まれるように巨大な空が広がっている。澄んだ青色を見つめている心が洗われるようだった。実際、強烈な熱と光を発する太陽のもと、潮の香りを含む心地よい風にその身をさらしていると解放感で体が軽くなったのを感じる。
「気持ちいいですね・・・」
隣で同じように空を見上げるガラハッドが独り言のようにそうつぶやいた。
「同感だ」
満足するまで空を眺めた視線は次いで甲板を見回す。
そこに目的の人物たちの姿を見つける。
メリサにラデスに侍。皆別々の場所で久しぶりの青空を見ているが全員そろっている。
ガラハッドと手分けして彼らを集めるとアーロットは後ろ髪引かれる思いをしながら船内に引っ込んだ。
先日の会議室に入り、メリサに防音魔法を発動させると、つい今しがた交わしたマーリンとの会話の顛末を報告する。
「後がないとは言え、ずいぶん非道な手段を選んだものだ」
すべてを聞き終えたラデスの第一声だった。
その言葉は端的に全員の意見を代弁していた。
「しかし安易に公表するわけにはいきませんな」
侍の言い分は正しい。判断は慎重に下さねばならない。下手に公表して味方の士気を削げば、最悪の事態になりかねない。
しかし抵抗がないわけではない。ここで判断を先送りにすることはマーリンたちの案を支持しているようなものなのだから。
それでも、人類のためを思うのなら心の内の嫌悪感など無視してマーリンたちの嘘に乗るのも一つの手だといまのアーロットは考えることができる。
結果、その場では情報を共有しただけで終わった。
メリサだけは終始無言を貫いていたのがアーロットには印象的だった。
浮上した地点から海賊船はアノールに向かって一直線に進んでいる。
これからはアノールに流れる運河のひとつに入って、まずは燃える山のふもとの街、フレムに向かう。
海賊船ごと入って大丈夫なのかとアーロットたちは心配したものの、アノールを網のように流れる運河は横幅も、水深も海賊船が通るのに十分なキャパシティを有していた。
『飛翼』の魔法に制御された海賊船はすいすいと水路を進んでいく。
川の両端は本来ならそこにあったはずの都市の残骸が沈黙している。破壊されたのはここ数十年、長くても数百年のはずだが、その印象ははるか昔に滅んだ古代文明の遺跡のように感じられる。
西へ、西へ進んでいくとやがていくつかの河川の合流点に達する。
「おい、ここからは歩きだ。船を降りるぞ」
甲板に集められていたアーロットたちはリッツァーの指示に従って船から降りる。リッツァーの先導で『飛翼』の魔法で陸へと飛んでいく。
振り返ると炎を纏った海賊船が一際水深の深くなった合流点に沈んでいくのが見えた。
「フレムはここからさらに西に進んだところにある。行くぞ」
勝手知ったる様子で迷いなくフラムへと進むリッツァーに道案内を任せ土地勘のないアーロットたちはフラムを目指す。
「ここがフラム」
三十分ほど歩いたすえにたどり着いたフラムの街はシラノスとはまったく違う印象をアーロットに与えた。
地面がむき出しの路面に、林立する直方体のフォルムをした家々、フラムの街は活気に満ちていた。街の中央を貫くメインストリートには隙間なく露天商が並んでいて、うるさいくらいの客引きの声が左右から耳を揺らす。
なによりもシラノスと異なるのは人間の多さだ。シラノスの街は清安邸にいた数十人だったのに対して、フラムの街では悪魔の方が少ないくらいに人間が多い。通りを行きかう人々は皆一様に肌の露出を控えるような恰好をしている。男性は締め付けの少ないゆったりとした上半身と下半身で区別がない衣装を着ている。女性も肌を隠していることに違いはないのだが、男性が無地で白色の衣装を着ているのに対して女性が着る衣装の大半はアーロットがこれまでに見た中で一番華美なものとなっている。動きやすさを追求したドレスといった感じだ。ただ、どことなく魔女が着るローブに見えるのはおそらくアーロットの勘違いなどではない。
「人が多いな」
アーロットが放った独り言をガラハッドはスルーしなかった。
「ここフラムに限った話ではありません。アノール全体でいまも人間の活動は活発です
もちろん悪魔の支配域と化していることに変わりはないのですが、ここは他の国といささか状況が異なります」
そう言ってガラハッドはアノールという国の特異性について説明を始めた。
「ここアノールを治めるのはただの人間ではありません。我々ノマ・ヒューマンよりはるかに膨大な魔力を有し、寿命は平均で三千年と言われるウィッチこそがこの国を治めているのです」
一口に獣種と言ってもさらにその内部に魚類やら哺乳類が存在して、さらにそこから細分化できるように、人間種も同じことが言える。
もっとも数の多い人間種はノマ・ヒューマンと呼ばれ、アーロットがいままで出会った人間のすべてがここに属する。
ノマ・ヒューマンとは異なる人間種のカテゴリーのひとつをウィッチと呼ぶ。ウィッチは竜宮の乙女同様女性のみしかそのカテゴリーに属することを許されない。つまり、母親がウィッチの家ではウィッチの姉にノマ・ヒューマンの弟というような家族構成になることもありうる。
女性しかいないウィッチは必然的にノマ・ヒューマンの男との間に子をなすことになるので、生まれるウィッチは当然母親よりもウィッチとしての特性が衰えたものになる。ゆえに、ウィッチと言っても人間に近い魔力量、寿命となっているものもいる。
そんなウィッチのなかで、唯一純粋なウィッチの血のみが流れる純潔のウィッチがいる。それこそがこの国の女王である。
「純潔の女王が有する魔力は膨大です。それゆえに悪魔たちはアノールを支配下においたあとも女王の機嫌をうかがわねばならない。下手に刺激して戦争に発展しようものなら、結果悪魔が勝つとしても被る被害は甚大なものとなることが分かっているからです。おかげでアノールは女王に一定の自治権が認められています」
それほどの脅威となる人物ならぜひともこれからのために協力体制を整えたいと考えたアーロットだが、今回のアノール訪問の予定は別にあり、女王と話し合っている余裕は無い。
欲を膨らませる心を自制して、メインストリートを真っすぐ歩く。
いかに人間の活動が盛んだとは言え、悪魔がいないわけではない。大勢の人間がぞろぞろと街のなかにあらわれれば不審に思われることは避けられない。ゆえに、アーロットたちはリッツァーの指示で二つの班に分かれていた。
一つ目の班はアーロット、ガラハッド、晴明、侍の班。彼らはメインストリートを真っすぐ進み、目的地である燃える山を目指す。二つ目の班はラデス、メリサ、バルト、リッツァーの班。彼らは街の中には入らず、街の外に広がる森林地帯を抜けて燃える山を目指す。
「あった。あの店に入ろう」
アーロット達がわざわざ危険を冒してまでフラムの街の中に入ったのはこれからの探索の為の装備を整えるため。
アーロット達が入ったのは服屋。まずはここで耐熱マントを購入する。
魔法で熱は防げるとは言え、常時燃えている山だ。熱を防ぐために常に魔法を行使していたら魔力が持たない。そこで出番になるのが耐熱マント。こちらは魔法とは一切関係ない科学の力によるもので、羽織れば燃える炎の真っただ中に立ってもやけどひとつ負うことはなくなる。ちなみに、街の住人が肌を隠すのは宗教的理由ではなく、街の奥で燃えている山の熱気に原因がある。
「すみません。この耐熱マント、四人分ください」
カウンターにいる男性に商品と代金を差し出すアーロット。アーロットたちを不審に思う様子もなく、人間の店主は愛想よく商品を差し出した。
服屋を後にしたのちもあちらこちらとフラムの街を歩き回って商品を買い集めるアーロットたち。
ただし購入した商品の数は決して多くはない。
わざわざ金を払わずとも、サンプルさえあればアーロットの魔性でいくらでもその数を増やすことができるからだ。
「これで必要なものはずべてそろったな」
「ああ、問題ない。リッツァーたちに合流しよう」
森を抜けるルートは一直線に進めないうえ、足場も悪いため移動に時間がかかるが、フラムの街を抜ける場合、燃える山、正式名称グラ・ジェルタにたどり着くのにそう時間はかからない。
なにしろ街を出て十分も歩けば到着してしまうほどだ。
「見ているだけで肌を焼く熱気を想像してしてしまうな・・・」
目の前の光景を見て、呆れたようにアーロットは一人ごちる。
まるで巨大な焚火のように燃える山、それがいまアーロットの目の前に広がる光景だった。
葉は燃え尽きているものの不思議と燃え尽きることなく残っている木々のおかげで天を焼くように巨大な火柱が立っている。全体を見ることすらかなわない巨大な炎を見ていると、本当にここに人が眠っているのかと心配になってくる。
炎に見入っていたアーロットたちの耳が背後の茂みが揺れる音を捉える。
振り返ると、リッツァーたちがアーロットたちに合流したところだった。
「魔法を使っているというのに、肌が焼けるようだな・・・」
現れたラデスも、アーロットと似たりよったりな感想を口にする。
合流組にも耐熱マントをわたし、入山の準備は整った。
「後はログレスを呼ぶだけだな」
そう言ってアーロットは魔法陣の中からログレスの短剣を取り出した。
魔力を込めると、刻まれた魔法陣が輝き、草花が芽吹くようにログレスが遠いキャメロットの地より召喚される。
「お久しぶりです人王陛下」
呼び出されたログレスは恭しくアーロットに一礼する。
頷きをもってアーロットがそれに答えるとログレスは背後の山を振り返り、感嘆の声を漏らす。
「ああ、やっとガウェインに会えるのですね」
その言葉には万感の思いが込められていた。
「久しぶりの再会に水を差して悪いが、俺たちも同行させてもらう」
「ええ、もちろん構いません。人王陛下とその配下の方々、ガウェインのもとに案内いたしましょう」
そう言って、燃える炎をものともせずにまっすぐ山へ向かっていくログレスに続いて、アーロットたちもグラ・ジェルタへの登頂を開始した。
しばらくお休みします。
次回の投稿は来月になります。




