夢
目を覚ます。体を起こす。視線を巡らす。
そこは、昨晩寝た船の船室ではなかった。狭苦しくて質素な船室とは比べ物にならないくらい豪華で、広い。
部屋を見回していた視線が落ちる。
視線の先、自身の両手は包帯でぐるぐる巻きにされている。右手には、折れたはずのエクスカリバーが、銀色の刃を光らせている。
(これは・・・?)
寝起きなのにやけにすっきりとしている脳内に疑問の種が芽生える。
目が覚めたら知らない場所にいた。体を起こしたのも、視線を巡らしたのも、すべてアーロットの意思によるものではない。そもそも彼は怪我など負っていない。
視線が、アーロットの意思とは無関係にベットの脇に向く。
途端、アーロットは飛び起きた。今度も彼の意志ではない。
なぜかその時、アーロットは体の芯から凍えるような恐怖を覚えた。
(!?)
傷を負っていたのは腕だけではなかったのか、痛みをこらえるように体を丸める夢の主。
「あ・・・う!」
感覚のない夢なのに、痛みを感じそうなほど痛々し気なうめき声が鮮明に聞こえる。
部屋の主の声を聞きつけたのか、廊下から人が入ってくる。
入ってきた二人の兵士は夢の主を寝かしつけようとするが、主は頑としてそれを拒絶する。
「誰だ。お前たちは誰をこの部屋に入れたんだ!」
勝手に開いた口から怒気を孕んだ言葉が兵士に投げつけられる。その言葉にあてられたようにアーロットも怒りを覚えた。
あまりの剣幕に兵士の一人は怯え、息を詰める。
それでも、もう一人の兵士が震える口でアーロットではない誰かの問いに答える。
「わ、私たちは誰もこの部屋には入れていません。本当です。信じてください!」
いっそ哀れなほど怯えた兵士はきっと嘘はついていない。どこか他人事のようにアーロットはそう考える。
どうも先ほどから様子がおかしい。
夢なのに、妙な現実感がある。
夢なのに、状況を俯瞰するほど意識は冴えわたっている。
アーロットが状況の異常性について考えている間、落ち着きを取り戻した夢の主は兵士をほったらかしてなにやら考え事に耽っている。
「!」
ふと、夢の主はベッドわきのサイドテーブルにある一枚の紙片を見つけた。
手に取った紙を夢の主が見た瞬間、言いようのない強い感情がアーロットを襲った。
手紙の文面は以下のようになっていた。
ワタシの愛しい弟へ
ワタシの気持ちは変わりません。アナタにはこの狂った戦争にかかわって欲しくない。
けれどアナタはワタシの言葉を聞いてくれない。
なのでもう言葉による説得は諦めます。
これからはアナタのなすことごとくを妨害します。それがアナタのためになると信じているから。
手始めにアナタの鞘をいただきました。これはアナタが持っていていいものではありません。
恨んでくれて構いません。アナタが生きてくれるのなら。
愛しています。最後にはワタシの想いを理解してくれることを願います。
アナタの姉より
アーロットが手紙を読み終わったのと時を同じくして、手紙は一切の痕跡を残すことなく燃え尽きた。
胸中を渦巻く自分のものではない感情。怒り、悲しみ、愛しさ。混ざりに混ざって混沌とした感情の渦の中にも関わらず、アーロットは自分でも不思議なくらい冷静だった。
おかげで理解できた。この不思議な夢の正体を。
(これは、俺の記憶だ・・・)
転世者は、やがて前世の記憶を知ることになる。氷が溶け、その内に閉ざされていたものが顔を出すように、魂の奥底に封じられた自分の前世を知る。
こうして夢という形で見ているものこそが前世の記憶なのだと理解する。
いま自分を襲っている感情の渦は、いつかアーサーが経験したものの再現にすぎない。どれだけ真に迫ろうとも所詮はいつかどこかで生まれた他人の感情。だからアーロットは荒れ狂う感情の渦の中でも冷静でいられる。
アーロットが真実に達したことに反応するように、風景がページをめくるように一転する。
「待て!姉上!私から奪った鞘を返せ!」
馬を駆るアーサー。当然ながらその馬はイースロンではない。
そこはアーロットの知らぬ土地。恐らくはキャメロットではない。
アーサーの記憶ゆえ、アーロットには体を動かす自由がない。
それでも、限られた視界の右端には巨大な湖が存在することがわかる。左端には見える限りで果てのない草原が広がっている。降り注ぐ陽光が草原の緑と湖の青に輝きを与えている。波たつ湖面から草原に吹く柔らかな風の存在を想像できる。芝生の上に寝転がればさぞ心地よいだろうのどかな風景だった。
しかし、このときのアーサーに風景を楽しむ余裕は、まして草原の上で寝転がる思考など一片たりとも存在しなかった。感情を共有しているアーロットにはそれがよくわかった。
湖の畔、アーサーの視界の大部分を埋めつく草原を駆け抜ける。前を走るのはアーサーに姉と呼ばれる存在。遠すぎて豆粒のように小さいのでその姿は詳細にはわからない。
アーサーも必死に馬を駆るが、彼が姉と呼ぶ女性との距離は縮まらない。いかなる魔法の力か二人の距離はむしろ離れていく一方だ。
「姉上!」
届かないと知りつつも手を伸ばす。せめて少しでも距離を縮めようとしたアーサーの右手は虚しく空を切る。
感情を共有しているアーロットには最初から分かっていた。アーサーがただ鞘を取り戻すために姉なる存在を追っていたわけではないと。
むしろアーサーの目的は鞘より姉本人にあった。いかなる理由があるのか、自分とは対立する関係となってしまった姉との話し合いを弟は望んでいた。
結果はご覧の有様で、姉を見失ったアーサーの深い落胆がアーロットにも共有される。
「姉さん・・・」
そこで電源が切れたように視界は暗転する。
意識が視界を埋め尽くす暗闇に飲み込まれていく。
(ここまでか・・・)
夢の終わりを予感して、アーロットは目覚めの瞬間を待つ。
現実へと引き戻されるわずかな時間で、姉なる誰かに思いを巡らせる。
(アーサーの姉はモルガン。モルガンが生んだのはモルドレッド。だけど、ガラハッドたちはモルドレッドを知らなかった。ならあれはモルガンではない・・・?)
それ以上先には進めない。情報が少なすぎてろくに考えることすらできない。考察でも推測でも憶測でもなく単なる思い付きでしかない段階で思考は息詰まる。
結果、それ以上はなにも考えることができずに、意識は覚醒する。
「朝、なのだろうか・・・?」
体を起こして、部屋に一つだけある小窓から外の様子を眺める。見えるのは海水のみ。潜水した船の中からでは、今の時刻はわからない。
『収納』の魔法陣の中から取り出した時計は午前七時を示していた。いつも通りの起床時間、寝坊してないことを確認した。
ついでに、魔法陣の中から聖剣を取り出す。
夢の中では銀色の刃を煌めかせていたエクスカリバーの刀身は、いまやその三分の一しか残っていない。
「まだ、直らないのか・・・」
ガラハッドは魔力を込め続ければいずれ元の性能以上の性能に進化して復元すると言った。
あれから、毎朝こうして聖剣に魔力を込めることを日課としているが、聖剣はいまだに復元の兆しを見せない。
「なにか、足りないのだろうか・・・」
同じ聖剣を有していたアーロットの前世、アーサーは聖剣を見事に進化させたと言う。ならばアーロットにも同じことができてしかるべきなのだが、現状はまったくうまくいっていない。
単に時間が足りないだけという可能性はある。しかしどうもそうではない気がしてならない。
なにか、決定的なパーツが欠けている気がする。アーサーにあって、アーロットにないなにか。聖剣の進化に必要ななにか。
それはいったい─
「鞘か?」
夢の中、アーサーが奪われ、必死に求めた鞘こそが聖剣の鍵なのだろうか。
「偶然?いや、これはきっと─」
アーロットの中のアーサーが、手がかりを伝えてくれたに違いない。
証明は不可能。根拠は提示できない。しかしそれでも確信があった。
アーロットとアーサーは二人で一人。アーロットの悩みを汲んだアーサーが道を示した可能性は十分にある。
「だけど、どこにある?」
手がかりはないに等しい。
唯一の手掛かりはアーサーが姉を追いかけたあの風景のみ。湖の青と、それを取り囲む草原の緑が美しい場所。
そこに行けばなにかわかるかもしれないが、それだけでは場所の特定はできない。そもそもアーサーの生きた時代からでは風景が変化している可能性の方が高い。
「結局、手がかりはゼロか・・・」
悲嘆にくれて肩を落とすアーロット。
そんな彼の耳にノックの音が響く。
「アーロット様、起きていますか?朝食の用意ができているらしいですよ」
扉の外からガラハッドの声が聞こえる。
あれこれと考えるのは一端棚上げして、いつものコート姿に着替える。
「おはよう、ガラハッド」
「おはようございます」
真紅の瞳と髪、いつも通りのガラハッドがそこにいた。廊下にはガラハッド以外の誰もいない。
ちょうど相談事ができたので好都合だった。
「エクスカリバーの鞘、ですか・・・・」
四階にある食堂へと向かう道中、事の次第を聞いて唸り始めるガラハッド。
彼もその存在自体は知っているが、その行方についてはとんと知らないようだ。
「鞘が聖剣の進化の鍵になるかどうかは聞いたことがありませんね」
鞘が鍵であることをアーロットは確信している。おそらくこの感覚はアーサーの転世者であるアーロットだからこそ持てるもの。ゆえにそれを共有できずとも不満はない。
「しかしそれはそれとして鞘を探す必要はあるでしょうね」
「やはり、そうだよな」
聖剣の鞘は、聖剣そのものより価値があるとさえ言われている。
アーロットの記憶にある伝説によれば、鞘を帯びればいかなる重傷を負えど血の一滴も流れない加護を持ち主に与えるという。
これはレーテルナでの伝説ゆえに、どこまでが事実かは判断できないが、聖剣の鞘に聖剣をしのぐ効果があることは明白だろう。
「鞘が盗まれた時、アーサーがどこにいたか知っているか?」
それは遠い記憶、幾千の時を生きるガラハッドが覚えているかは微妙なところだが、聞かない手はない。
「残念ながら全く記憶にありません。そもそも俺がアーサー様に仕えたのはアーサー様が鞘をなくした後のことですし」
そもそも出会っていなかったのなら、覚えているはずがない。
となれば・・・
「マーリンか・・・」
その苦々しい声が、アーロットのマーリンへの印象を如実に語っている。
現在アーロットたちキャメロット陣営の中でマーリンは微妙な立ち位置に置かれている。
裏切り者の容疑、とまではいかないがそれに近い疑いをもたれている。
「俺はマーリンを信じています」
ガラハッドのこの言葉も、もう何度も聞いたもの。
それほど何度も彼らはマーリンについて話し合いを重ねている。いまのところ結論には至っていないが。
「しかしセルスの言葉もある」
それは否定しようのない事実で、だからこそガラハッドも口を噤まざるを得ない。
「悪魔は俺たちと同じように、母から生まれ、その子供がまた新たなる悪魔を生むとセルスは言った。それが真実ならばマーリンは自分の出生を偽っていることになる」
六王に守られた六種の間では永らく悪魔は魔神が生み出している存在として認識されていた。自分達とは異なる生態系を確立したのが悪魔だと、そう考えてきた。
しかしセルスはそれを否定した。自分たちはお前たちとなにも違わないと、彼はそう断言した。
彼の言葉が真実だとするのなら、六種の間に広がる定説を否定しなかった悪魔は自分の出生を偽っていることになる。
そこにどんな意味が隠されているのかはわからない。そもそもセルスの言葉が真実かどうかも判然としない。しかしもし仮にマーリンが偽りを述べているのならその意図を問いただす必要がある。
まさかウーサーの時代からキャメロットに仕えている悪魔が裏切っているなどと考えるたびにアーロットの胃はキリキリと痛む。
「セルスが嘘を語っている可能性もあります」
マーリンを疑うよりはセルスを疑うべきだと主張するガラハッドの意見は正しい。マーリンとセルスでは築き上げてきた信頼が違うのだから。
だが、アーロットにはどうしてもセルスが嘘をついているようには感じられなかった。もとよりアーロットは悪感情を押し固めて悪魔が生まれるという神々の言葉には懐疑的だった。それはアーロットのなかの既存の観念に反するものであったから、という理由もある。
しかしなによりこれまでに出会った悪魔の存在がアーロットに大きな疑問を植え付けた。
この世界に来て、悪魔と出会い言葉を、あるいは剣を、魔法を交えて彼らを知った。その結果、アーロットは彼らの中に善性を見た。他世界への侵略、略奪、殺戮、褒められた手段ではないにせよ彼らの根底にあるのはまぎれもなく祖国への愛。滅びゆく祖国を守りたいという強い愛が底にあった。
むろんだからと言って彼らの行いに正当性が生まれるわけではない。しかし、彼らの愛を否定ることはできない。
祖国を想う愛、すなわち善なる心を知ってアーロットは悩んだ。悪の感情から生まれた悪魔が善の心を持っているのはいかなることかと。
今日にいたってもまだ結論は出ていないが、悪魔と出会ったその日から、アーロットは彼らの存在に疑問を抱いていた。
「セルスが嘘をついている可能性は否定できない。だからそれを探るためにも今日はセルスにもう一度話を聞くことにしよう」
「はい。お供します」
そこで話は一段落し、束の間の沈黙が二人の間に満ちようとしていた。
しかし、結果としてそうはならなかった。アーロットが新たな話題を投下したから。
「ガラハッド」
「はい?」
名前を呼ばれたガラハッドがアーロットの横顔を除く。
こちらを見る紅蓮の瞳を見返しながらアーロットはもう一つの気がかりを、最も信頼する騎士に尋ねる。
「アーサーに姉はいたか?」
「姉、ですか・・・」
再び記憶を探るガラハッド。
しかしすぐに答えは返ってきた。
「アーサー様に姉はいません」
ガラハッドはそう断定した。
ではアーロットが見た夢に出てきたアーサーの姉は何者なのか。
血縁はないが姉同然に慕っていた女性を姉と呼んでいた?単にガラハッドが知らないだけ?
決して多くはない可能性がアーロットの脳内に浮かんでは消えていく。
「では、モルガンという名前を知っているか?」
浮かんでは消えていく可能性、そのすべてにおいて圧倒的に情報が不足している。またも思考が行き止まるのを感じる。
ゆえにより核心的な情報を提示することで新しいを情報を得ようとしたのだが─
「そのような名前に聞き覚えはありません。それがアーサー様の姉君の名前なのですか?」
返ってきた答えのせいで、アーロットは余計に混乱してしまった。
「一応、俺たちの世界ではそうなっている」
世界の内側で起きる出来事は、世界の内側で終わらない。
情報は世界から世界へと伝達され、世界から人へと伝達される。人はそれを自ら湧き出たアイディアとして世に送り出す。
ゆえに、途中で情報に誤りが混ざる、あるいは最後の出力段階で作者のオリジナリティが入る可能性は十分にある。
モルガンという存在も、あるいはそのようにして生まれた架空の存在なのかもしれない。
では、夢に出てきたアーサーの姉は一体だれなのか。疑問の種は枯れるどころかより一層大きな葉を茂らせて、アーロットを悩ませる。
次回の投稿は八月二十一日です。




