特訓
リヴァイアサン討伐に向けた作戦会議を終えたアーロットはそのまま甲板で海と睨めっこしていた。
ただ、さきほどと違いその美しさに若干の陰りが差。している
海そのものが大きく変化したわけではない。ただ、それを見るアーロットの気持ちに変化が生じただけだ。
「見られてるよな・・・」
炎の円環の向こう、炎を嫌う竜宮の乙女がアーロットを見つめる。
近づけぬと知りながら、彼女たちはアーロットを諦めきれないのだろう。実際問題、竜宮の乙女には雌の個体のみが存在していて、種を残すには雄の精気が必要なのだから簡単に諦めきれるものでもないのだが。
「ロット、ちょっといいかい?」
竜宮の乙女と見つめ合うという不思議な状況に妖精の声が割って入る。
暗き海の内でもその輝きは衰えない銀髪をなびかせた晴明が白閻とともに甲板に戻ってきた。
なぜか晴明たちの隣にはイースロンがいる。
「どうした、セイ?」
要件を尋ねたアーロットに答えたのは問われた晴明ではなく白閻だった。
老王はいつも通り、威厳に満ちた声でアーロットが思いもよらないことを口にした。
「これからについて、重要な話があります。・・・これは前々から晴明とも相談していたことなのですが・・・アーロット殿には晴明と契約を結んでいただきたい」
妖精は人間と契約することでしか外界に進出する手段を持たない。それ以外の妖精は自身が構築する結果内での生活を余儀なくされる。
晴明は現在、白閻と契約を結んでいる。そのためこうして外界を自由に動きまわっていられる。
その契約を白閻は破棄し、新たな契約主として晴明はアーロットを選ぶと、白閻はそう言ったのだ。
前々から話し合っていたとのことだが、アーロットはそんな話を一度も聞いたことが無い。結果、彼には晴明たちの意図を図りかねた。
「セイは白閻殿との契約を交わしている。今更俺と契約を交わす必要はないでしょう」
「そんなことはありません。これからのことを考えるのなら私よりも重要な立場に立ち、かつ私より優れた戦闘能力を持つアーロット殿が晴明と契約したほうがいい」
驕り高ぶるつもりなど、アーロットにはまったくない。しかし、確かに白閻の言うことに一理あることはアーロットにも理解できた。
アーロットは死ねない。最後まで生き残らなければならない。
アーロットは負けられない。民を、人類を守るためには常に勝ち続けなければならない。
晴明がアーロットと契約すれば彼はアーロットを守る盾となり、アーロットを勝利へと導く矛にもなる。
「ここまで一緒にやってきた白閻との契約を破棄するのは不義理な気がしてあまり気が進まないんだけどね。・・・それでも、人類を守護する君の戦力になった方が、結果的に人類のためになると判断した。僕たちの提案、受けてもらえるだろうか?」
アーロットがここで晴明と契約を交わせば、晴明を失ったロンバールは一時的に戦力が低下してしまうだろう。それはつまり失われる可能性のなかった命が失われる危険にさらされるということになる。
「わかった」
躊躇は一瞬、アーロットははっきりとそう宣言した。
もう失うことを恐れはしない。今更それを恐れることは清安たちや、自分のせいで死んでしまったキャメロットの民が許しはしないだろう。
我は人王、人を守る者。なれば、力を失ったロンバールを守るもまた人王の責務。
そう自分に言い聞かせて、アーロットは晴明の銀色の瞳を真っすぐ見つめた。
「契約しよう」
「今の君ならそう言ってくれると思ったよ」
イースロンの時とは異なる、桃色の魔法陣が目の前に描かれる。
アーロットが右手を、晴明が左手を、それぞれ魔法陣に押し当てる。
鏡に映る様に二人が手を重ねると、桃色の魔法陣はひときわ強く輝いた。
「これで契約は成った。アーロット、僕の友達、僕の王。今から僕は君の契約妖精だ。君の進む王道、その後に僕も続こう。僕の力、君のために存分に使ってほしい」
「勿論だ。改めてよろしく、俺の友、俺の妖精」
契約は完了し、新たな、そして大きな戦力を確保したアーロット。
「契約は切れたけど、それは僕と君の関係になんら影響を与えない。妖精と契約主でなくなっても、僕たちは友人だ。これからも、僕の力が必要になったら言ってくれ、白閻」
「ありがとう。晴明、お前にはいつも助けられている。これからもよろしく頼む」
「勿論だとも」
晴明と握手を交わしす白閻。
その光景を目にして、自分の心配は杞憂だったかもしれないと思い直すアーロット。
晴明と白閻の契約が破棄されても、晴明と白閻の関係は崩壊しない。ならば、晴明はきっと白閻の危機、ひいてはロンバールの危機に誰よりも早く駆けつけることだろう。
「ではアーロット殿、私はこれで」
「はい」
去っていく白閻を見送った後、アーロットは当然の疑問を愛馬に投げかける。
「ところで、なんでここにイースロンが?散歩か?」
一連のやり取りを黙ってみていた白馬はそこでようやく声を出すべく、魔力を発信した。
「厩舎が窮屈だから、散歩したくなる衝動もあるけど、今の目的は違うわ」
魔力が音波に変化して、アーロットたちの鼓膜を揺らす。
「では何のために」
「ほら、私もあなたと契約を交わしているでしょ?」
「ああ」
「人間は他種族と契約を交わすと種族に固有の魔法を使うことができるようになる。今日はそれを教えに来たのよ。色々あって、時間が取れなかったから」
そういえばとアーロットも思い出す。
トロワ基地攻略後にイースロンと契約を交わして以降、セルスとの戦闘だの、フォルスからの逃走だのと、それどころではなかったためイースロンの獣魔法を習得する機会はなかった。
「なるほど。ではよろしく頼む」
これを逃したら次はいつ獣魔法を習得できるかわからないため、アーロットに迷いはなかった。
「獣種に特有の魔法、それが『最後の足掻き』よ」
「名前からして危険そうな魔法だな」
名は本質を語る。魔法名が持つ不穏な響きから、直感的に危険な気配を感じ取ったアーロット。アーロットの予感を肯定するように、イースロンは注意を促した。
「ええ、できればこれを使う状況になったのなら撤退することをお勧めするわ。・・・でも、あなたの戦いは時に絶対に退けない戦いになるのでしょう?」
「・・・そうだな」
まさに今回の戦いがそうだ。
リッツァーたちとの約束もあるが、それを抜きにしても人の居住区に侵入した災害種を放置はできない。アーロットはキャメロットの王であると同時に、人類を守る人王でもあるのだから。彼が守るべき人間に国境の区別は存在しない。
「『最後の足掻き』はね、一定以上血液が流れた時に、自動で発動する魔法なの。その効果は、急速再生。魔法は魔力が続く限り傷を癒し、使用者を戦闘に駆り立てる。腕の一本くらい吹き飛ばされても簡単に回復するわ。激痛とともにね」
以外にも、魔法そのものに害はない。むしろ戦闘中にこれほど役立つ魔法もそうそうないだろう。
しかし、この魔法が発動するときは恐らくは絶体絶命の状況。そんな状況を踏まえればなるほどたしかにこの魔法は危険なものだった。
「先のセルスとの戦闘で発動しなかったことを考えるに、ただ契約を交わすだけじゃダメなんだな」
「ええ、そうよ。私たち獣種は生まれつき体の中枢、心臓とか脳にこの魔法のための魔法陣が刻まれてるの。だから契約した人間も、同じように体のどこかに魔法陣を刻む必要がある。そうして初めて契約者は『最後の足掻き』の魔法を使えるようになる」
言われてはてと首をひねるアーロット。体に魔法陣を刻むことに抵抗はない。悩んでいるのは魔法陣を刻む場所について。胸には既に許容魔力量の限界値を取り払う水の妖精ルシアの魔法陣が刻まれている。選ぶならそこ以外を選ばねばならない。
「背中でいいか?」
結果選んだのは背中だった。ここならば、他の部位に比べて戦闘中に傷を負う可能性も低い。傷を負う、つまりは魔法陣に綻びが生じる危険を避けることができる。
それに、背中ならば多少複雑な魔法陣でも難なく描けるだけの広いキャンバスになる。
「いいわ。でも場所はどうしましょう。まさかここでするわけにもいかないし」
言って、イースロンがあたりを見回す。周囲のあちこちに海賊たちがうろついている。
「気になるならイースロンが『隠者』を使えばいい。あれは魔法の発動者には姿が見えるからね」
「なるほど。できるか?」
「大丈夫よ」
甲板の隅に移動し、イースロンが『隠者』の魔法を使うと、アーロットの姿が甲板から消えた。
魔法が発動したことを確認するとアーロットは背中をさらすべく服に手をかけた。
鎧だけ外して身につけていた純白のサーコート。実用性を追求しながらも気品を損なうことなく仕上がっているそれを脱ぐ。金糸の刺繍が美しいそれを魔法陣のなかに放り込む。インナーやら、肌着やらをその調子で次々に脱いでいきイースロンの前に背中をさらす。
「じゃあ、描くわね」
「よろしく頼む」
晴明にはまったく見えていないが、『隠者』の魔法を発動しているイースロンにはアーロットの姿がはっきりと見えている。
むき出しの肌に、魔法陣を刻んでいく。
「!」
以前、ルシアに魔法陣を刻んでもらった時にも感じた激痛がアーロットを襲う。あのときは声をあげてしまったが、痛みにも慣れ、今回はわずかに体をのけぞらせるにとどまる。
イースロンの魔力がアーロットの背中に魔法陣を描いていく。魔力は徐々にアーロットの体に染んでいく。体内に自分のものではない魔力が流れ込むことで、強い拒絶反応が起きて、そのたびにアーロットに激痛が襲う。
アーロットの背中に浸透したログレスの魔力が定着すると、それは周囲を取り囲む海のように青いインクとなってアーロットの背中に魔法陣を刻んだ。やがて魔力の所有権がアーロットに移り、以降アーロットの魔力を使って魔法陣を維持していく。消えない魔法陣がここに完成した。
「終わりよ。お疲れ様。よく我慢したわね」
「ありがとう、イースロン。これで俺はまた少し人類のために強くなれた」
魔法陣の中から服を取り出し、袖を通す。アーロットが再び元の姿に戻ったのを確認するとイースロンが魔法を解除する。
「ついでだロット。少し魔性のレクチャーをしてあげよう」
わざわざ魔法陣を刻み終わるのを待っていた理由を晴明が明かす。
「いいのか?」
「勿論。今の僕の第一目的は君を死なせないことだからね」
「ありがとう。助かる」
ストレートにそう言われたことがうれしくて、二つ返事でアーロットはその申し出を受ける。
「じゃあ、私は厩舎に帰るわね」
「わかった。イースロン、ありがとう」
扉を開けて、去っていくイースロンを見送った二人は改めて向かい合う。
「君の魔性、せっかく強力なのにやってることが身体強化だけなのは躊躇いが原因だと思ってたんだけど、どうもそれだけではないらしい。いい機会だから、できることの幅を広げようか」
「よろしく頼む。正直、俺もあれこれ応用をきかせようとは考えていたんだ。しかしこれがどうにもうまくいかない。例えば・・・」
掌の上に魔性の力で拳ほどの大きさの火の玉を出現させる。
「こんな感じで炎や氷、電気とかを作ってもそれ以上できることが無い。例えばこの炎を『炎却』みたいに飛ばすことはできない。あれは魔法陣に、魔力が変化した炎を飛ばすための命令が記述されるからできることだ」
今更晴明にこんな初歩的な説明をする必要はないのだが、先に進むためには仕方がない。
「ただ、この手の中の炎は魔性でただ作り出しただけ。特別な効果はなにも付与されていない。それは俺の魔性の範疇にないからだ」
「なるほど・・・。君の言う通りだ。君の魔性は作り出すことに特化している。しかしそれは付与を不得手としていることとイコールではない」
いつもここで息詰まる。言外にそう伝えるアーロットの凝り固まった観念に晴明が別の考え方を与える。
「?」
「『飛翼』の応用さ。あれは飛行に用いられることが主だけど、本質はそうじゃない。『飛翼』の本質は力の発生。有形無形を問わず森羅万象すべてに変化する魔力の真骨頂ともいえる魔法だ」
「そうだな。『飛翼』の本質は飛行じゃない。だがそれをどう応用する」
「君も作ればいい、力を」
ようやくアーロットにも晴明の言わんとしているところが理解できた。
「!」
「大きさと向きを定めた力を君の魔性で作る。それを先に作っておいたその炎に重ねる。そうすれば『炎却』と同様に炎は宙を舞い、敵を焼く」
言われた通り、大きさを定め、向きを定めた力を掌の炎に重ねる。
すると今まではただそこで燃え続けるだけだった炎が、ゆっくりと、力の向きが指す方向へと移動を開始した。
さらに別方向に、今度はさっきよりも少しだけ大きさを増した力を炎に重ねる。
すると、力の示す向き、先ほどよりもいくらか速いスピードで炎が移動する。
「そうそうその調子だ。これだけでも君の戦闘の幅は広がった。なにせこれなら魔法陣を必要とせずに魔法に匹敵する現象を引き起こせるんだから」
一々大きさと向きを定める必要があるとはいえ、これなら画数の大きな魔法陣に類似した現象をより早く発動させることができる。
それは近接戦においてこの上ないアドバンテージである。
「・・・」
そして晴明は直感で悟っていた。アーロットの『零から無限へ』にはまだまだ大いなる力が秘められていることに。
それは戦闘に限った話ではない。
むしろ、もっと大きな枠組みにおいて真価を発揮するのがこの魔性なのだろうと、優れた陰陽師は考える。
確信には至らずとも、アーロットの魔性こそがこの戦争を左右するのではないかと予感するほどであった。
早速、新しい技術の特訓に励んでいるアーロットを優しく見守りつつ、晴明は『零から無限へ』についての考察を深めていった。
それは正しくこの戦争の終焉と世界の始まりを見据えた考察だった・・・。
次回の投稿は八月十八日です。




