試練の開始
「ただし、二つ条件がある。一つは神が願いを叶えるに値するか試練を受けてもらう」
試練?腕を組み仁王立ちして神様が告げた大仰な単語に疑問符を浮かべる。試練とは一体何なのだろう。いや、それ以前に...
「さっき願いは叶えてくれるって...」
俺が最後まで言い終わらないうちに神様からの特大の雷が落ちた。
「馬鹿者!!」
「ひいっ!?」
何で急に俺怒られたの?突然怒り出した神様に理解が追いつかず冷や汗が噴き出す。天罰とか下されるのだろうか。
幸い俺に天罰が下されることはなく、神様はご立腹ではあるものの淡々と事実を告げた。
「神がそう簡単に人の願いを叶えるわけがないだろう。さっきのはあくまで試練を突破したらという意味だ。」
そうだったのか。てっきり即転生させてくれるものかと思ったが、そうそう簡単に物事はうまくいかないらしい。ぬか喜びさせられてしまったが、勘違いっだったのだから自業自得というものだろう。・・・ケチだな神様って。
瞬間視界から唐突に神様の姿が消えたと思ったら、腹部に強烈な痛みを感じると同時に後方に吹っ飛ばされていた。足が床を離れ盛大に尻もちをつく。尻もちをついたまま咳き込んでいると、背筋が凍りつくような顔をした神様が冷たく光る銀の瞳で見下ろしてきた。
「お前今ケチとか思っただろ?表情に出てたぞ」
どうやらまとも俺はこの幼女神に暴行を加えられたらしい。しかも今度は幼い見た目とは裏腹にドスの効いたボイス付きで恐怖のあまり体が強張ってしまう。蛇に睨まれたカエルってこんな気分なのかな...。
しかしちょっと手を出すの早すぎではないかこの神様は。
そうは思っても神様に対して感じる圧倒的恐怖ゆえに俺は即座に行動を開始した。
「すみませんでしたあっ!!ちょっと面倒くさいと思っただけなんです。試練とかいいから転生させてくれよと思っただけなんです。ついでにチートスキルとかも貰えると嬉しいなとか思っただけなんです!」
土下座である。まさかこの短時間で2回も土下座をすることになるとは。しかし、そうでもしないとこのままボコボコにされて第二の生がここで完結してしまいそうなのだから仕方ない。
もうプライドは前世に捨ててきたことにしよう。
それはそうと見た目幼女の前で男が土下座している光景ってヤバイんじゃないだろうか。
俺が必死に謝ると神様は溜飲を下げてくれたのか呆れた様な顔をした。
「お前全然反省してないだろ?最後に至ってはただの願望だし。段々私への敬いが無くなって馴れ馴れしくなってきてないか?」
「いえいえ滅相もございません。めっちゃ敬ってます。神様を敬うための新しい宗教でも作ろうかと思うくらいに」
試練がどうのと言っていたが願いを叶えてくれる可能性があるのだからここで不況を買うのは得策ではないと思い精一杯媚びを売る。
成功したのかどうか分からないが神様はため息を吐いて力なく呟いた。
「敬い方の方向性が斜め上過ぎて反応に困る...。まあいい、話を戻すぞ」
そこで神様の雰囲気が先程までの威厳に満ちたものに戻った。それを感じ取った俺も真剣に神様の言葉を聞こうと態度を改める。
「試練の内容を教えよう」
神様に願いを叶えてもらうための試練。生半可なものではないと容易に想像がつくが、できれば実現可能なものであって欲しい。
不安を感じながらも続く神様の言葉をじっと待つ。そして神様は厳かに、試練の内容を告げる。
「試練の内容は『試練の神オルデアル』との決闘に勝つことだ。試練の神とはその名の通り人に試練を課す神だ。お前が見事この『試練の神』を打ち負かすことができたら神の名の下にお前の願いを叶えてやろう。」
神との決闘に勝つ。それが俺の願いを神様が叶えてくれる条件。しかし、人の身で神に打ち勝つことができるだろうか。
俺の不安を知ってか知らずかその銀瞳に俺を試すような光を浮かべた神様は挑発的な問いを投げかけてきた。
「人の身で神を下すことは不可能に近い。想像を絶するほどの困難がお前を待ち受けているだろう。それでもお前は試練を受けるか?」
まるで不可能を可能にできない程度の人間には神が願いを叶える価値はないとでも言いたげだ。いや、事実そういうことなのだろう。なら...
ーー尻込みする心の声を黙らせる。
ーー拳を握りしめる。
ーー震える呼吸を整える。
ーー覚悟を決める。
ーー瞳に確かな意志を込める。
俺の視線をまっすぐ受け止めた神様は薄く微笑んだ。言葉にするまでもなく、俺の意志は伝わったのだろう。
「いい目だ。不可能を可能にしてこそ神が願いを叶える価値がある。試練に臨むお前に『選定の神エレクナ』の名の下に祝福を授けよう」
初めて神様は自身の名を告げた。突如俺の前に現れた神様の名前は『エレクナ』というらしい。
祝福を与えるといった神様から途方もない圧が放たれる。輝く銀の長髪を妖しく揺らめかせる幼い見た目をした眼前の存在が理外の存在であることを改めて思い知らされる中、気を抜けば意識を手放してしまうであろう力の奔流の中を必死に踏みとどまる。
圧倒的な力の中心にいる神様の前に紫紺に輝く光線が円を描く。円の中には徐々に複雑な幾何学模様が描かれていき、ファンタジー作品で慣れ親しんだ魔法陣が完成していく。
紫紺に輝く魔法陣が完成すると、それは徐々にこちらに近付いて、ただ見ていることしかできない俺の体へと溶け込んでいった。
魔法陣を吸い込んだ自分の体を呆然と見下ろすことしかできない俺に神様が事情を説明する。
「今お前に施したのは死した人間を生き返らせる魔法『蘇生』だ。これでお前は何度『試練の神』に殺されようとも生き返ることだできる」
今のが魔法。ライトノベルやなんかで慣れ親しんだそれを間近で見たことに感動を覚える。恐らくはさっきの途方もない力の奔流が魔力、あるいはそれに類する何かだったのだろう。
「魔法とは魔力を用いて描いた魔法陣に記された内容を発動する技術だ。残念ながら魔力のない人間に使うことはできないが」
自分にも使えるのでは、という期待を一瞬で裏切られた。まさか人間には使えないなんて。
「それより良かったなこれでお前は死んでも試練に挑み続けることができるぞ」
こちらを竦み上がらせるかの様な、それでも眼前の神様がすれば見た者の視線を釘付けにして離さない、邪悪であるが至高の美を兼ね備えた、そんな笑みとともに告げられた魔法の効果。人智を超えたまさに神の御技としか言いようのないその魔法の意味を正確に理解する。
つまり俺は試練を達成するまで何度も殺され続けるということだ。何度も何度もきっと俺は精神が擦り切れて心が死ぬまで無限に続く痛みの中で戦うことになるのだろう。...この神さっき祝福とか言ってなかった?どこが!?
しかし、何度でも挑戦できることは挑戦者にとってはこの上なく好都合と言えるのだからそういう意味では祝福なのかもしれない。
反応が薄い俺を神様が怪訝な顔で見つめてくる。
「怖くないのか?」
「ゲームーオーバーしても再チャレンジできるなら最高じゃないですか」
「いや、ゲームオーバーする度に殺されるんだけど。そこん所をよく理解してないだろお前」
たしかに神様の言う通りなのかもしれない。だけどもう覚悟は決めた。大好きなあの世界に転生できるなら、俺は文字通り命をかけられる。何度だって。
尚もその銀瞳から呆れ気味な視線を浴びせていた神様は気分を入れ替える様にため息を吐いた。
「じゃあ最後に戦うための武器を渡すぞ」
そう言うと再び神様を中心に魔力の渦が解き放たれる。しかし先程の様な圧迫感は感じられない。
またも神様の目の前に光線で円が描かれる。しかし今度はその光線の色が眩い輝きを放つ金色に変化していた。
円の内部に俺では理解できない何か意味のある模様を描き終わると、円の中心から一振りの長剣が徐々に現れる。
その長剣の柄を握った神様がそれを俺に直接渡しはせず床に突き刺す。不思議に思っている俺に神様は視線で剣を抜くように俺に促す。
促されるままに俺は恐る恐る剣を引き抜く。重いが振れないことはないだろう。
剣に見惚れていた俺は神様が小さく呟いた言葉を聞き逃してしまった。
「やはり抜けるのだな...」
俺は気づいていなかった。自分がこの剣を抜いた意味を。
抜き取った長剣をまじまじと眺める。見た目はシンプルなデザインの両刃の長剣だ。しかし、シンプルなデザインでありながらも剣からは高貴さを感じ取れる。無駄を一切削ぎ落として洗練した美しさに魅了される。
宝石の様に美しく輝く刀身はそれ自体が発光しているかのように光り輝いて見える。
だがこの剣はただ美しいだけではない。握った瞬間に感じた刃から発せられる冷たく鋭い意志。何物をも切り裂かんとする意志を発したこの剣ならば神の身を切り裂くことも可能だろうと直感的に悟る。
美しさと鋭さを兼ね備えた長剣に見入っている俺に神様が教えてくれる。
「それは選定の剣カリブルヌス、有名な名前だとエクスカリバーだ。言わずと知れたアーサー王の聖剣だな」
剣の銘を聞いて驚きのあまり剣を落としそうになるが、すんでのところでそれを防ぐ。
エクスカリバー、数多の作品に登場する世界的に有名な剣。それが今自分の手の中にあると思うと興奮が堪えようもなく湧き上がる。
しかしなぜそんな有名な剣をこの神様は持っていたのだろうか?気になって聞いてみることにした。
「何で神様はエクスカリバーを持っていたんですか?」
俺からの質問に神様は少し誇らしげに答えた。
「持っていたというより今この場で作ったというのが正しいな。選定の神としての権能の一つでな、選定のためのあらゆる道具を作ることができる。恐らくはお前の世界のエクスカリバーは私が以前に作ったものが流れ着いたのだろう。」
不思議なことを言う神様に怪訝な顔を向けるが、これ以上答える気は無いのか話を逸らされてしまう。
「これ以上はお前が見事試練を乗り越えたら教えてやろう」
気になるがこれ以上は聞いても答えてくれないのだろう。気になって仕方ないが諦めて続く神様の言葉に耳を傾ける。
「ではこれから試練を受けてもらう。その前に何か質問はあるか?」
神様がこう言ってくれたので俺は目覚めてからずっと気になっていたことを質問した。
「俺の体すごく丈夫になってません?」
そうなのである。俺は元々は病人でそれ故に死んだはずなのだが、目が覚めたら綺麗さっぱり病気の気配は消えていた。
「ああ、それは私がお前を蘇生した時に一緒に病の原因を除去したからだな。ついでに身体能力も人並みにしておいた」
さらっとすごいことを言われた。俺の病気は難病で完治は難しいとのことだったが。やっぱり神様というのはすごい。
それで片付けていいものなのかはこの際考えないようにして心の中で神様にお礼を言う。
ふと、聞くべきもう一つのことに思い至る。そういえば神様は最初に願いを叶えるには二つ条件があるといった。一つは分かったが二つ目は一体なんなのだろうか。
「そういえば、二つ目の条件って一体なんなんですか?」
問うと神様は見間違いかと思うほどの一瞬の間だけ嫌そうな顔をした。
「それも試練を乗り越えたら教えてやろう。そもそも二つ目は試練も乗り越えられないような者に教える必要はない」
そう言われてしまえば引き下がるしかない。何がなんでも試練は乗り越えるのだし、内容がなんであれこちらとしては聞くしかないのだから今聞くのも後で聞くのも同じであろう。
代わりに聞きたいことを思いつきそっちを聞いてみることにする。
「じゃあ神様ってそもそも何ですか?」
始めにこっちから神様認定してしまいずっと聞きそびれていたことだ。『試練の神』や『選定の神』というからには何かしらの物事や概念を司る超常の存在なのだろうか。
「あっ、それも試練が終わってからで」
「それ多すぎじゃない!?」
「私はただ『質問ありますか?』って聞いただけで答えるなんて言ってないぞ」
「嘘でしょ!?」
あんまりな返答につい声を荒げてしまう。そんな小学生がやりそうな言葉遊びを神様がするの!?
そんなこっちの様子はどこ吹く風の神様はその銀瞳をこちらにまっすぐ向けると厳かに問うてきた。
「これ以上の質問はあるか?ないなら試練を始めよう。」
その言葉で俺も意識を切り替える。手にした長剣の柄を強く握りしめて力強く頷く。
「始めてください」
「いいだろう。では、試練を受けるお前の名を聞かせてくれ」
そこで俺はまだ自分が眼前の神様に名乗っていなかったことを思い出した。
「黒巻 透也です」
「では透也、これからお前に試練を課す」
そうして地獄の蓋が開いた...




