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神に選ばれた人間異世界で王様になる  作者: ペンギン
アノール編
39/48

大海の神秘

 シラノスを旅立った。

 敵に追われる自分たちを匿い、前途を切り開くために力を貸してくれた清安たちを見捨てて、シラノスを旅立った。

 座礁していた船は船員総出の『飛翼(アーラ)』によって沖まで進出した。任意の方向に力を発生させる『飛翼(アーラ)』の魔法で船を引っ張るという発想はよく考えたものだと、船が出航する際にアーロットは感心した。

 もう、清安たちは見えない。

 リッツァーたちギリストア海賊団の船は予想外にもアーロットの予想通りの海賊船だった。大部分に木材を使った海賊船の全長は五十メートル。乗船する前に見た限りでは船の左右には多数の砲門が装備されていた。曲線が目立つ漆黒のフォルムは優美ささえ感じられる。しかし、波を切って進むその威容はまるで海の怪物だった

 これがアーロットには意外だった。レーテルナより一歩も二歩も進んだ文明を有するラスティナの船にしてはあまりにもアーロットの予想通りすぎた。それがアーロットには逆に予想外だった。唯一アーロットのイメージの中の海賊船と違ったのはマストの代わりに船尾から船首にかけて伸びる巨大な大砲の存在くらいだった。

 ・・・そんな驚きも、今は正直どうでもよかった。

 

「・・・」


 甲板の上、ちらりと隣に視線をやると無言で白閻がたたずんでいる。彼が纏う空気はしんしんと雪の降る大海よりなお寒々しい。     

 最後に、別れの言葉を交わしたのはアーロットだけだった。

 顔を見れば、滅びゆく街と運命を共にする弟を連れ出してしまいそうだったから、あえて顔を見せなかったのかもしれない。それは清安の覚悟を踏みにじることに他ならないから。滅びると知ってなお、故郷と運命を共にすると決めた清安を連れ出すのは彼への最大の侮辱でしかない。

 そのように心中を推測することはできても、実際のところ白閻が何を考えているのかアーロットにはわからない。ゆえに、かける言葉が見つからない。


「王は国の矛であり、盾。ゆえに王は強くあらねばなりません」


 どんどんとはなれていくシラノスに視線を向けたまま、白閻はアーロットに話しかける。それをアーロットは言葉を差し挟むことなく黙って聞き入る。


「シラノスという辺境の街の領主の一族にすぎなかった私がロンバールの王になれたのも、そのためです。国家単位で開かれる次代の王を決める戦い、並み居る強敵を倒したすえ私はシラノスの王になりました」


 レーテルナとは王の在り方が違う以上、その選定方法もまったく異なる。

 王に求められるは何者にも負けぬ力。それを備えた者が王になる以上、王の選定はどこの国でも血なまぐさい。()()と言葉を濁した白閻ではあるが、おそらく彼のライバルたちはいま生きてはいないのだろう。


「私がロンバールの王となったために、弟はシラノスの領主となりました。その結果がこれとは、私も驚きました」


 横目に見れば、たしかにその表情からは驚きの感情が垣間見えた。しかしそれ以上に色濃く表れているのは尊敬、そして後悔。


「私がロンバールの王となったばかりに弟は・・・」

「・・・」


 繰り返されるその言葉にまたしてもかける言葉が見つからない。

 一体自分はどれほど未熟なのだろうか、人として、王として。

 白閻が王になったから救えた命がある。そう励ますことは容易だ。しかしその言葉にはひとかけらの価値もない。幾百万の命を救ったところで、大切な肉親を失う悲しみが癒されることはないのだから。


「俺は清安殿のおかげで今ここにいます。清安殿のおかげで救えなかった命とともに前に進む勇気を持てました。短い、本当に短い間でしたが、俺は清安殿から大切なことを学びました。この先、戦いの果てにこの身が尽きるその時も、俺は彼のことを忘れないし、彼の誇りに敬意を払い続けます」


 そんなありきたりなセリフしか言えない自分が情けなくて、嫌いだった。


「そうですね。弟のことは悔やんでも悔やみきれません。いっそ今からでもシラノスに戻って弟を連れ出したいくらいです。しかし、それこそが弟へのなによりの侮辱であるのなら、私は魂が砕かれるようなこの痛みにも耐えて前に進みましょう」


 それでも、白閻の表情が少しだけ、ほんの少しだけ綻んだのがせめてもの救いだった。

 慰めるはずの自分が救われていることに気づいてさらに自己嫌悪に陥った。


「いつまでも甲板に突っ立っていられると邪魔だ。付いて来な」


 それまで船員たちに指示を出していたリッツァーが以降の作業を副船長らしき人物に引き継いでアーロットたちの前にやってきた。

 言われた通りにリッツァーの後についていくと、彼は甲板から船内に入る扉を開けた。

 船の内部は五層に分割されていて、最下層を第一階層とするなら、第一階層は制御系の中枢、第二階層は宝物庫、第三階層は各砲門の発射台と資材置き場、第五、四階層な居住スペースとなっていた。

 イースロンや他の三頭の馬たちは三階層の空きスペースにアーロットが臨時で作った厩舎に入っている。窮屈な思いを強いることになるが、当のイースロンが問題ないというので心苦しいながらも彼女たちにはしばらくの間狭い厩舎生活を送ってもらうことにした。

 リッツァーがどこよりも先に案内されたのは宝物庫だった。


「すごい・・・」


 その感嘆の言葉を誰が漏らしたかはわからない。アーロット本人だったかもしれない。しかし、そんなことは気にしていられないくらい目の前の宝石は美しかった。


「これが大海の神秘、ギリストリアだ」


 自慢げにそう紹介するリッツァーの声もアーロットたちには届いたかどうか定かではない。

 それほどまでに眼前の宝石は美しかった。いっそ魅了の魔法でもかけられているのではないかと錯覚してしまうほどに美しかった。

 拳ほどの大きさの巨大な宝石は全体的に丸々としている。ごつごつとしたその表面はまるで寄せては返す波のようで、それ自体が海の縮図のように青く紺碧に輝いている。室内を照らすランタンの光を受けてまるで波立つようにゆらゆらとその輝きの強さを変えている。

 しばらく大海の神秘を堪能した後、アーロットが代表してリッツァーに礼を言う。


「ありがとう。素晴らしいものを見せてもらった。こんなにうつくしいものを見たのは初めてかもしれない」

「てめえに褒められてもうれしくねえ、と言いてえところだが、今回は素直に受け取っておく」


 財宝を褒められたのがよほどうれしいのか、少年のようにリッツァーは笑う。そこには、アーロットと戦った時の殺気などまるで存在しなかった。

 夜を切り取ったような黒の瞳がじっとギリストリアを見つめる。


「これはオレたちの初代、まだ海賊になる前の何者でもない船乗りたちが見つけたもんだ。海賊団ができた時、先代の偉業に敬意を表して海賊団の名前をこの宝石の名前からもらったんだ。・・・これがどこにあったか、あんたは知ってるのか?」


 問われたガラハッドが肯定を示すために首を縦に振る。


「俺も、運よくその場に立ち会えたからな。初めてだったよ、世界の隠し部屋に入るのは」


 世界の隠し部屋、特定の場所で特定の順路を取ることでしかたどり着けない秘密の場所。たどり着いたものに与えられるのは凄惨な死か、あるいは世界が隠した弩級の神秘か。血なまぐさくもロマンあふれるのが世界の隠し部屋だ。


「今でも覚えている。西に進み、東に進み、深海に潜り、海面に浮上する。わけのわからない航路ばかり取るものだから、最初は正気を疑ったけど、最後にはあそこにたどり着いた。海原の神殿、海を固めて作ったあそこに・・・」


 それが、大切なものだから世界は隠す。美しいから、きれいだから、かけがえのないものだから、それを保存するべく世界は神秘を隠蔽してしまう。悪意すら感じられるほどの複雑さをもって、ただりつくことのできない場所を作り出す。

 結果、隠し部屋にたどり着くことのできたものは、一生忘れられない光景を胸に刻みつけることになる。もっとも、たいていの者はその美しい光景を一目見て、それを最後に最終守護装置に息の根を止められることになるのだが。


「我ながら、よくあの空間から脱出できたと思う。実際、脱出できた当時は自分が生きていることにしばらく違和感をぬぐえなかったほどだ。バルフェルトはそんな場所からギリストアを持ち出してきたんだから大した男だよ」


 バルフェルトという男はきっと海賊たちの言う初代なのだろう。その男がどのような男だったのか、むろんアーロットには知る由もないことだ。

 しかし、彼を称賛するガラハッドの顔が、自分では一度も見たことのないものだったから、バルフェルトという男に、アーロットは少しだけ嫉妬した。

 ギリストリアをひとしきり自慢したリッツァーは満足するとアーロット達を居住区画である五層に案内した


「この階の部屋は大体空いてる。好きに使え。狭いがちゃんと個室だ。三時までは好きにしていて構わない。三時になったら、ここに来い」


 言って、リッツァーは廊下の両脇に並ぶ扉のひとつを指さす。


「了解した」


 適当に部屋割りをして、各々が与えられた自室に消えていくのを確認したアーロットもまた、自分の部屋への扉を開いた。

 これまではずっとガラハッドたちと同室だったので、久しぶりの個室は解放感があった。室内には小さいながらも窓があり、そこから白雪(しらゆき)を飲み込む黒々とした海が見えた。

 人ひとり寝るのがやっとな小さなベッドに横になる。『収納(ボックス)』の魔法陣の中から置時計を取り出す。秒針がかちこちと進む文字盤を見れば、現在時刻は午前十一時。指定された三時まではまだ時間がある。

 ぼんやりとそんなことを考えていたら徐々に瞼が落ちてきて、その事実を認識する前には深い眠りの底に落ちていた。

 

 日頃の疲れを隠す必要もない空間にその身を置いたせいか、自分でも意外なほどアーロットはすんなり寝入ってしまった。

 そんな眠りからの目覚めは最悪だった。吐き気がするほどの嫌悪感で目を覚ました。

寝る前に取りだした時計を見れば時刻は既に午後二時を回っていた。三時間ほど眠っていたことになるが、正直疲れは全く取れていない。その程度の睡眠で回復できるほど生易しい疲労ではないのだろう。固く狭い、寝心地の悪いベッドでは疲れを取るのも容易ではないのだろう。

 しかし、根本的な原因は別にある。毎夜見る凄惨な夢。眠るたびに見るそれは今回も例外なくアーロットを襲った。

 目の前で命が失われる光景、何度も何度も人を変え、場所を変えて繰り返される同じシチュエーションに耐えかねて視線を落とすといつもそこには血まみれの自分の手があった。

 この世界に来て、最初の戦闘を終えてからこの夢を見ない日はない。

 救えなかった命、奪ってしまった命、責め立てるように、呪いのように失われていった命たちは毎夜アーロットの元を訪れる。

 彼らの来訪を拒みたいとは思わない。探せば好きな夢を見せるくらいの魔法はあるだろ。万能に変化する魔力は、発動者が見たい夢に変化することもできるだろう。

 だが実行に移すことはしない。途切れることなく毎晩続く悪夢はきっと自分が負うべき責任の一端だから。

 しかし気分が落ち込むことには変わりない。まだ時間もあることだし、気を晴らすべく甲板に出ることにしたアーロットはベッドから起き上がる。

 狭い室内をドアに向かって歩き出し、ドアノブに手を掛けようとして気づいた。

 『収納(ボックス)』の魔法陣をから手鏡を取り出す。


「ああ、やっぱり・・・」


 鏡の中に移る自分は墓地の下から這い出てきたゾンビのような顔をしていた。毎朝こうだ。しばらくすれば落ち着くとは言え、このままでは周りの仲間に余計な心配をかけてしまう。


「『変装(ディスガイズ)』」


 部屋の中にアーロットが魔法を唱える声が響く。

 魔法を唱えると魔法陣がその機能を発揮してアーロットの魔力に命令を下す。発動者の素顔を隠す仮面となれ。そのように命令された魔力は変化の性質を存分に発揮してアーロットの幽鬼のような顔を覆っていく。

 青白く魔力が輝いた直後、鏡に映るアーロットの顔色は血色のいいものに変化していた。

 これで誰かに気づかれることはないだろうと、心中で安堵する。

 『変装(ディスガイズ)』の魔法は本来は他人に化け、欺くためのもの。用途が用途なだけに、簡単には魔法が発動されている痕跡に感づかれることはない。

 安心してアーロットは部屋の外に出ていった。


 甲板への扉を開いて、アーロットは絶句した。


「・・・」


 船が沈んでいる。先ほどまでは海面を統べるように航行していたはずがいつの間にか海賊船は暗い海の下にもぐっていた。

 右を見ても左を見ても、上を見ても目に映るのは海水ばかりで、雪降る曇天の空など全く存在しない。

 船首から船尾にかけて環状に燃える深紫(ふかむらさき)の炎が幾筋も連なって船を囲んでいる。まるで船が火の輪くぐりをしているような光景だ。炎の円環の内側には海水が入ってこない。いかなる魔法の効果かわからないが、炎が海水を阻む結界の役割をしているのだろうと当てをつける。

 止まっていた足を動かして甲板の中央に出る。そうすると三百六十度を海に囲まれたパノラマを堪能できた。

 きょろきょろと視線を動かすと船と並走するように鮮やかな青い鱗を纏った魚の群れを見つけた。また別の場所では蛇のように長い胴体をした生物が深紫の炎の光に照らされててらてらと光る体をくねらせていた。よくよく見ると船の周りのあちこちに海の生き物が普段の生活そのままの姿で泳いでいる。

 かつて、これほどまでに海の生物を身近に感じたことのなかったアーロットは素直に感動した。まるで、自分自身が海の一部になったような不思議な感覚を覚えた。あまりにも美しい光景だったので、気づけば頬に涙のしずくが流れていた。


「お前、海は初めてか?」


 甲板の中央で立ち尽くしていたアーロットに、いつの間にか甲板にあらわれたリッツァーが背中から声をかけてきた。


「・・・?いや、別にそんなことは・・・」


 なおも幻想的な景色に心を奪われているアーロットははじめリッツァーの存在を認識しても彼の言葉をうまく処理できなかった。


「でも、こんな美しい海を見るのは初めてだ」


 なおも心ここにあらずといった様子で答えるアーロットだったがリッツァーに気にした様子はない。


「俺は自分で言うのもなんだがろくな生き方をしてきてねえ。ろくでなし、荒くれものだ。だからあんたらみたいな上品な連中を毛嫌いしていた。しかし王様よ、この景色の美しさが分かるとは、あんたとは話が合う」


 そう言ってリッツァーが笑いかけるものだから、彼と少しでも打ち解けられたことがうれしいアーロットもつられて笑った。


「そろそろ時間だ。行くぞ」

 

 首から下げた年代物の懐中時計の文字盤を見てリッツァーがそう言った。

 アーロットとしてはまだ数分しかたっていないはずだったのだが、美しい景色は時間さえも奪ってしまうものらしい。

 暗き深海の闇を連想させる漆黒のコートを翻して、船内に戻っていくリッツァーに続いて、アーロットもまた船内に戻った。 最後に、もう一度振り返って一生忘れないであろう景色を胸に刻み付けた。


次回の投稿は七月十一日です。

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