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神に選ばれた人間異世界で王様になる  作者: ペンギン
ロンバール編
38/48

邂逅

 突発的な戦闘が発生したもののそれはアーロットが見事にひとりで抑え込んだ。そしてそれによりアーロットは王として一歩成長することに成功した。すべては晴明の思惑通りに。

 それからは戦闘がおこることもなく、ギリストア海賊団の捜索が続けられた。

 捜索が始まって今日で五日目。晴明が予測した追手が山を越えるまでのタイムリミットまであと二日。


「つい先ほど、清安殿の部下の一人がギリストア海賊団の船を発見しました」


 清安の私室、朝も早いうちに呼び出されたアーロットたちの前でガラハッドが捜索の成果を告げる。


「場所はこの街から出て、海岸にそって歩いた先にある小さな入り江、そこに彼らはいます」


 海賊団の発見は素直に喜ばしいことだった。しかし不可解な点があった。どうして彼らは陸に上がってきたのか。物資の補給のため?ありえないと言っていいだろう。この街にいま、潤沢な資源は存在しない。

 だが、どうあれギリストア海賊団とは接触しなければならない。ならばここは一端疑問点を棚上げして彼らと接触するべきだろうと結論を下すアーロット。


(みな)、ご苦労だった。なんとかリミットまでに海賊たちを発見できたのは幸運だ。だが、時間がない。すぐにでも彼らのもとに向かう」


 異論は出なかった。

 それからまずはアーロット、白閻がガラハッド、晴明を連れて海賊たちの元へ向かうことが決まった。


 現在、念のために防具を来たアーロットたちは海賊たちの第一発見者である清安の従者に案内されて、(くだん)の入り江へと向かっていた。

 入り江についたアーロットたちは一様に仰天した。

 三方を切り立った崖に囲まれた入り江、そこそこの広さを誇る砂浜をかき分けて座礁していたのは幽霊船もかくやというほどぼろぼろになった船だった。


「これはいったい・・・?」

 

 海賊船の破損の度合いは尋常ではない。いったいなにがあったらこうまで派手に壊れるのか、アーロットたちには全く原因がわからなかった。


「お前たち!そこでなにしてやがる!」


 船の上からアーロットたちを発見した海賊の一人が声をあげる。


「俺はキャメロットの王だ!船長と話がしたい!」


 すぐさま答えを返したアーロットの言葉に船の上の様子が途端に騒がしくなる。

 しばらくすると騒がしさは収まり、船の上から背後に海賊を引き連れて、ひとりの男が降りてきた。

 現れた男はラデスほどの身長はなくとも、全身を鋼のような筋肉に覆われていることが服の上からでもわかる。立派なあごひげを生やし、黒色の瞳は真っすぐにアーロットたちを射すくめる。三角帽子をかぶり、コートを羽織ったその姿はアーロットがいつかどこかで見た海賊映画の主人公のような見た目だった。しかし、映画の中の海賊と違い、その府に気からは粗野で野蛮な様子は感じられない。


「オレがこの船の船長、リッツァーだ。キャメロットの王様が俺たち荒くれになんの用だ」


 威圧感に満ちた声。この時点で案内役の従者は恐れで身を震わせていた。

 しかし、アーロットたちに恐れをなした様子はまったくない。


「俺はガラハッド。かつてそこの船で君たち海賊団の初代船長と一緒に旅をしたものだ。船長には貸しがある。それを返してもらいにきた。具体的に言うと俺たちをシラノスまで運んでほしい」


 本来は、ここに来たのは彼らに竜宮の乙女の対処法を知るためだった。それさえわかれば後は自分たちで船を出すつもりだったが、シラノスにアーロットたちが乗れる船は一隻たりともなかった。今ある船はすべて悪魔のもの。奪おうにも船を動かせる人間はシラノスにはもういない。

 ならばいっそ乗せてもらえばいいという晴明の案にアーロットたちは希望を見出した。

 ざわざわと、ガラハッドの言葉に海賊たちが小声で反応を示している。唯一リッツァーという男を除いて。


「だが、それどころではないようだな。一体なにがあった?」


 ガラハッドがそう聞きたくなるのも無理はない惨状だった。竜骨(キール)は破損しているし、船の横っ腹にはどでかい穴が開いている。ほかにも大小無数の損傷が見られる。よくもまあこの状態で陸まで戻ってこれたものだと言いたくなるほどに船はボロボロだ。恐らく魔法の力を借りたのだろうが、そうでなければ沈没しているのが当然の状態だ。とてもアーロットたちをアノールまで運べるとは思えない。


「初代がガラハッドって騎士と旅をしたことは知ってるし、当時のガラハッドの旅の目的、聖杯の探索とその成就も知ってる。だからガラハッドがまだ生きてることに疑問は()え。あんたがガラハッドなら俺たちギリストア海賊団の恩人だ。その恩には報いるべきだと考えている。」


 予想以上に話がうまく進んでいることにアーロットたちが安堵を覚えたのもつかの間、そううまくはいかないとリッツァーは言う。


「本物ならな」

「俺は正真正銘ガラハッドだ!」

「だが俺たちにそれを確認する手段は()え」


 そしてアーロットたちにも証明の手段はない。


「失せな。今はあんたらの相手をしてる余裕はねえ」


 アーロットたちが答えあぐねていると、結論は出たと言わんばかりにリッツァーは話を打ち切った。

 アーロットたちに背を向け、船に戻ろうとするリッツァー。

 その背中にアーロットは声をかける。


「資材が足りないんじゃないか?」


 ぴたり、背を向けて船に戻ろうとするリッツァーの足が止まる。


「この街はいまろくに食べ物がない状態だ。だが不足してるのは食料だけではない。木材も鉄もあらゆる資源が不足している。その状態で君たちは船を修復できるのか?」

「なにが言いたい?」


 振り向いてそれだけ聞いてくるリッツァー。アーロットは内心、その反応を嬉しく思っていた。


「俺なら足りない資材を提供できる。取引だ、こちらは資材を提供する。だからそちらは俺たちを船に乗せてくれ」

「足りねえ」


 すぐさまリッツァーは提案を却下した。しかし、取引そのもは否定しない。


「俺たちの船がどうしてこうなったと思う?出会ったんだよリヴァイアサンに」


 出てきた単語にアーロットたちは驚愕を隠せない。

 このラスティナにも存在することは知っていた。獣種のなかでもとりわけ上位に位置する獣。海の厄災、終末の化身、大海の怒り、リヴァイアサンを表す言葉はいくらでも存在する。これらが意味する通りリヴァイアサンの存在は脅威そのものでしかない。それも半端なものではない。下手をすれば街一つがリヴァイアサンによって消される。当然その存在は災害種に認定されている。


「よく生き残ったな・・・」


 素直に感心を口にするアーロット。それはアーロットだけでなくガラハッドたちも共有する感情だ。

 それほどまでの偉業を海賊たちはなしていた。


「はっ!あんたに褒められる筋合いはねえよ」


 吐き捨てるようにそう呟いたリッツァー。


「リヴァイアサンのいる海に出るんだぜ、資材だけじゃわりに合わねえ」

「ではなにを望む」

「力を見せな。俺たちはこれからリヴァイアサンを討つ。あんたらがその戦いに役立つかどうか見せてくれ。役に立つなら船に乗せてやる」


 その言葉を聞いたアーロットたちは耳を疑った。わざわざ自ら死にに行くようなものだから。

 いや、リヴァイアサンの場合それ以上である。

 大海の怒りに喧嘩を売ればその怒りの余波は喧嘩相手以外にも牙を剥く。シラノスの街が海の下に沈むことだって容易にありうる。


「なぜそんなことを?」


 アーロットはその正気を疑う行いに臨む理由を問う。


「仲間が殺された。その仇討ちをする」


 簡潔に、強い意志を込めてリッツァーは語った。

 大海の怒りがなんだ、仲間を殺されたこちらの方が怒りに燃えている。アーロットたちに向けられたその瞳が雄弁にそう語っている。


「いいだろう。君に力を示す」

「決まりだ」

「俺とお前の一対一でいいな?」

「ああ、それでいい。てめえら、下がってろ」


 ガラハッドが視線で謝意を伝えてくる。自分の交渉がうまくいかなかったばかりにこうなったこと詫びているのだろう。それに構わないと頷き返してアーロットはリッツァーと正対する。

 アーロットとリッツァーを囲むようにして海賊とガラハッドたちが移動する。

 砂浜の広さは二人が戦うには十分な広さを有している


「本気で来な」


 腰に吊るしたカトラスを抜いて、その切っ先をアーロットに向けてリッツァーは挑発する。

 しかしアーロットはリッツァーの挑発に取り合うことはせずに魔法陣の中から幽霧之羽々斬を抜く。


「ガラハッド、合図を出せ」

「御意」


 名を受けたガラハッドが『音響(サウンド)』の魔法陣を描く。


「『音響(サウンド)』」


 ガラハッドが魔法を唱えると同時に砂浜に銅鑼(どら)の音が響く。

 音が響いた瞬間、対峙した両者がそれぞれの動きを見せる。


「『飛翼(アーラ)』」

「『大魔丸(キャノン)』」


 アーロットが空を飛び、リッツァーは魔力で大砲を三つ作り出す。

 空に飛んだアーロットを討ち落とすべく、魔力でできた大砲の照準がアーロットに定められる。

 

「落ちな!」


 合図とともに大砲から魔力の塊が三つ打ち出される。それは最下級の『魔弾(ショット)』とは比べ物にならない威力を秘めてアーロットに襲い掛かる。

 狙いを外すことなく、三つの魔力塊(まりょくかい)がアーロットに殺到する。

 しかし、直撃したはずの魔力塊は『透過(トランスピア)』によってすべてアーロットの体を通り抜けていく。結果、遠く彼方に飛んで魔力は霧散した。


「次はこちらの番だ。『炎却(フラメイズ)』」 


 今日も今日とてロンバールに振る雪を溶かして炎の柱が十本、アーロットの周りを浮遊する。それらすべてが時間差を作ってリッツァーに降り注ぐ。

 初撃が不発に終わったもののそれで動揺するようなことはせず、リッツァーは冷静な回避行動をとる。

 砂浜に直撃した炎の柱が砂を巻き上げてクレーターを作る。


「くおっ!」


 巻き上げられた砂がリッツァーの視界を奪う中、彼の魔力を頼りにアーロットが上空から一気に下降して、その分のエネルギーも加算した斬撃を繰り出す。

 同様に、アーロットの魔力で彼の接近を察知したリッツァーが辛うじて斬撃を受け流す。

 アーロットは勢いに身を任せ、再度上空に舞い戻る。

 リッツァーも『飛翼(アーラ)』の魔法でアーロットを追いかける。

 

「『魔弾(ショット)』」


 当然それを打ち落とすべくアーロットが魔法を唱えるも、リッツァーは器用に弾幕を交わす。


「『大魔丸(キャノン)』!」


 地面の大砲から再度魔力の塊が射出される。先ほどよりもそこに込められた魔力は大きい。


「!?」


 数分前に巻き戻ったように三つの魔力塊がアーロットに迫る。それをまた『透過(トランスピア)』によってやりすごそうとしたアーロット。

 しかし、同じだったのは過程までで導き出された結果はまったく異なるものだった。

 派手な光と音を発して『大魔丸(キャノン)』がアーロットに直撃した。


「今のは?」


 声音こそ静かなものだが、ガラハッドの表情には隠し切れない動揺が浮かんでいる。

 過去、ラデスを臣下に加えるべくアーロットは彼との決闘に臨んだ。その際、劣勢に立たされたアーロットは『透過(トランスピア)』によって逆転の勝利をつかんだ。ラデスが持つ最強の攻撃手段『雷霆(ケラウノス)』をも無効化した『透過(トランスピア)』の魔法がいま目の前で破られた。彼にはその理由を推測することすらできない。

 ゆえに、ガラハッドはその答えを他者に求めた。


「おそらくは、魔法の限界点を越えたんだろうね」


 自分の知識の中で現状を説明するにたる理由を見つけた晴明は憶測を口にする。


「うむ、不勉強ですまない。その単語は初耳だ」


 魔法を学ぶものにとっては基礎的な知識にすぎなくとも、それ以外の者にとってはなじみない単語に他ならない。


「難しいことじゃないよ。我々は魔法を行使する際に魔法陣を描く。本来はただそこにあるだけの魔力に、魔法陣は命令を下し、命令に従って魔法は変化の特性を存分に発揮する」


 よどみなくすらすらと自らの知識を披露する晴明。上空への視線はそのままにそばにいるガラハッドと白閻は晴明の言葉に耳を傾ける。


「だけど、魔力に命令を与える魔法陣には限界が存在する。いくら魔力を込めても出力が変化しない点が存在する。これはどんな魔法でも例外ではないけど、特に攻撃魔法は顕著だ」


 攻撃魔法の威力は込めた魔力に比例する。魔法陣に込められたエネルギーが大きければ大きいほど結果として魔法の威力は増大する。しかし、ある一点を超えると魔法の威力は込めたエネルギーとは無関係に一定となる。これを魔法の限界点という。

 それはなんら不思議なことではない。大きすぎる電流を流されればフィラメントが焼き切れてしまう豆電球に似ている。違うのは扱いきれない過剰分の魔力が大気中に拡散するくらいだ。


「ロットの『透過(トランスピア)』は”攻撃が透過したという結果”に魔力を変化させる魔法だろう。それが魔法である以上必然的に限界点が存在することになる。おそらく、リッツァーの魔法は『透過(トランスピア)』で受け流せる以上の威力をひめているんだ」


 それでも、『雷霆(ケラウノス)』ほど強力な攻撃でさえやり過ごしてみせた『透過』の限界を超えるなどガラハッドには信じられなかった。


「リッツァーの魔力は君を越えている。ロットの『透過(トランスピア)』を無効化したのは彼の魔力量ゆえだろう」


 晴明のその言葉に改めてガラハッドはリッツァーという男に意識を集中する。戦闘態勢に入ったことでそれまで静かだった魔力が猛っている。

 たしかに、晴明の言う通りリッツァーの体内魔力はガラハッドを越えていた。魔力を無尽蔵に作り出せるアーロットは例外として晴明に次ぐ魔力量を持っているガラハッドを越える魔力量は並大抵ではない。


「ただまあ、『透過(トランスピア)』をどうにかした程度ではロットには勝てないけどね」

「ああ、それだけは確かだ」


 いかに敵が強大だろうと、そこだけは揺るがないと確信して二人はわかりきった結末への過程に意識を集中した。

 

「『増加(インクリス)』」


 カトラスに増加の魔法をかけたリッツァーが二刀状態でアーロットに斬りかかる。

 『大魔丸(キャノン)』の直撃を食らったアーロットはあちこちを負傷しているおかげで動きに精細さが駆けている。

 そこに畳みかけるように剣戟の嵐がアーロットを襲う。

 たまらず『魔壁(シェルド)』の魔法を展開するアーロットだったが、そのタイミングを狙っていたリッツァーに逆に利用される。


「食らいな!『大魔丸(キャノン)』」


 三度、地上からの砲撃にさらされるアーロット。直撃した魔力塊は一撃でアーロットの魔壁(シェルド)(ひび)を入れ、二発目で完全に砕き、阻むもののないアーロットに三発目が直撃した。

 アーロットとリッツァー、二人の真下で海賊たちが歓声を上げる。彼らは船長が負けることなど欠片も考えていない。


「素晴らしい、強いなリッツァー。想像以上だ」

「はっ!だからお前に褒められてもうれしかねえよ。そもそも、この状況で褒められる立場にいねえだろ、お前は」

「さて、それはどうかな。まだ戦いはこれからだ。『漆黒剣【七】(しっこくけん・しち)』」


 黒煙を斬り裂いて、黒煙よりなお黒い直剣が七本出現した。

 そのうち三本は『大魔丸(キャノン)』の魔法を斬り裂くべく砂浜へと下降していく。

 残る四本はリッツァーへと襲い掛かる。


「闇魔法!まためずらしい魔法を使うじゃねえか!」


 吠えるリッツァー。戦闘への熱意が上昇しているのを表すように、これまで以上の激しさをもって『大魔丸(キャノン)』の魔法が炸裂する。

 それでも、闇子(あんし)の刃は打ち出される魔力を消滅させてアーロットにまで届かせない。

 魔法を使うリッツァー本人に向かった四本の刃が、空間に暗黒の軌跡を引いてリッツァーを翻弄する。

 リッツァーは闇子の刃ゆえにまともに打ち合うことすらできずに回避を強いられる。

 その間、アーロットはそれまでの傷を癒し、さらに新たな魔法を発動せんとしていた。

 

「『継承(けいしょう)』+『信仰(しんこう)』」


 描いた二つの魔法陣が発動すると彼の手には黄金の槍が握られていた。

 グングニル、大いなる存在の武器として多くの人間に認知されたそれは、『信仰』の効果によってハリボテではない、真に迫る威力を秘める。


「ここにきてのスイッチか!」

 

 闇の刃に翻弄されながら、リッツァーが毒づく。


「すごい・・・」


 安直ともいえるガラハッドの言葉が端的にアーロットの神業を評した。


「七つの刃をすべて同時かつ個別に操っておられる。しかもリッツァーを相手にしながら・・・」


 『漆黒剣』の魔法はオートで動いてはいない。その機能を付けたら魔法陣の画数が跳ね上がり、とても近接戦の最中に発動することなどできない。

 代わりに、『漆黒剣』の魔法には『飛翼(アーラ)』と同じ効果を発動させる術式が組み込まれている。魔力を力というベクトル量に変換させて、重力を引きはがすのが『飛翼(アーラ)』の魔法。同様に、七つの刃は魔力を任意の方向の力に変化させることで移動させている。

 ガラハッドが感嘆するのも頷ける。アーロットは今、七つの刃と自身の動きを同時に処理しているのだから。これを神業と呼ばない理由はない。


「寒気すら感じるほどの才能だ・・・」


 誰が見ても神業と言えるアーロットの戦闘ではある。しかし一点、晴明はガラハッドの言葉を訂正する。


「人はえてして自分の力の及ばぬ領域にいる存在に才能という不確かななにかを見る。だけど、ロットのあれは間違いなく才能ではないよ。あれはもはや呪いだ」


 疑問符を浮かべるガラハッド。ここまで黙って戦闘の行く末を見守っていた白閻は心あたりがあるような顔をしている。


「生きなくてはいけない。勝たなくてはいけない。でなければ自分の後に続く者に未来はないから。この強迫観念が彼にミスを許さない。完璧を要求しているんだ」


 言われたガラハッドも、ああと納得の声を出す。アーロットならそこまで思いつめても不思議じゃない。もしかしたら王とは(みな)そういうものなのかもしれないが、そこに大した違いは存在しない。


「よいですか、彼をあのままにしてはなりませんぞ。常に先頭を歩くのが王の務めでも、それは王の孤独を意味しない。一人で背負いこませてはいけませんぞ。民を守るのが王の務めならば、臣下(あなたたち)は王を守るのが務めです」


 ここに来て初めて口を開いた白閻の言葉は、ガラハッドにとってとても重いものだった。語られる言葉のすべてが白閻の王としての経験の結晶のように感じられた。 


「肝に銘じておきます」


 アーロットを孤独にはしない。義務も責任も、それに伴う恐怖も一人の騎士でしかないガラハッドに背負う(すべ)はない。それでも、救ってもらった命に代えて自分がアーロットを守るのだと、いまだ死の気配が付きまとうなか、ガラハッドは思いを新たにした。


 地上に送った三本の剣が、『大魔丸(キャノン)』の魔法を闇の刃で斬り裂いた。否、消滅させた。

 地上からの援護をなくしたリッツァーは既に余裕を失っている。

 この上さらに地上から戻ってきた闇の剣が自分を襲うのだからいよいよもって処理能力が限界を超えた。

 四方八方から繰り出される闇の剣はまるでそこに七人の剣士がいると錯覚するほどの連携を披露してくる。

 七本の剣を『魔壁(シェルド)』や、剣に纏った魔力で相殺しているリッツァー。脳が焼き切れんばかりに予測し、次の行動を決定し、その通りに体に命令を下す。なにか、ほんの些細なミス一つであっさりと決着がついてしまいそうな綱渡りの状態をそれでもリッツァーは辛くも維持している。強靭な意思の力と並外れた集中力のなせる技だった。

 それでも、処理能力の限界を超えて敵の魔法を捌くリッツァーにそれを防ぐ手立てはなかった。

 

「終わりだ」


 限界を超えた集中力を発するリッツァーの耳が鮮明にアーロットの声を聞き届けたと思った瞬間、彼の体は抗いようのない力に押されて地面へと吹っ飛んだ。

 常に意識の何割かを割かざるをえなかった対象、アーロットは投擲姿勢からグングニルを射出。リッツァーには避けることも迎撃することも許さなかった。

 砂浜を大きくえぐり地面にたたきつけられたリッツァーはそれきり動かなかった。



「決着はついた。約束通り船に乗せてもらう。いいな?」


 傷を治療しながらアーロットは同じく傷を治療中のリッツァーに確認を取る。それにリッツァーは忌々(いまいま)し気に答える。


「ちっ!約束だからな、仕方ねえ。だが気に食わねえ。てめえ手を抜いたな」


 腹立たし気に指摘するリッツァーの言葉をアーロットは否定する。


「いいや、全力だったとも。人間相手ではこれが俺の全力だよ」


 その答えを聞いたリッツァーはしばし(いぶか)し気な顔を見せたものの、すぐに敗北の屈辱を思い出して表情に怒気を孕ませる。

 つつがなく、とはいかなかったが、こうしてアーロットたちはシラノスを出る手段を得ることができた。



 それから、丸一日かけて船の修復作業が行われた。シラノス守護の騎士たちはアーロットが掃討したため、動きの取りやすくなった清安の部下までも動員して、足りない資材は約束通りアーロットが提供することでなんとか船は元の形を取り戻すことができた。


「いよいよ出航ですな」


 タラップの前、最後の別れを告げに来たシラノスの住人を代表して清安が言う。その表情は穏やかそのものだった。


「そうですね。なにからなにまでお世話になりました」


 対するアーロットの表情は苦々しげだった。これから清安たちに待ち受ける滅びの運命を想うととても心苦しかった。


「屋敷の倉庫に食材を置いておきました。しばらくはもつはずです」

「感謝します」


 せめて、ここまでの協力に報いるためにアーロットが残した置き土産。アーロットは自身の魔性を使って作り出した食材を出発の前に清安邸の倉庫に残していた。

 それが気休めでしかないことはアーロットも知っている。食料はもって一年、なによりアーロットたちを追ってきたフォルスたちが清安たちをどう扱うかわからない。それでも、なにもせずにはいられなかった。


「出航するぞ!早く乗れ」


 頭上からリッツァーのやかましい声が降ってくる。もう少し別れの言葉を交わさせてくれと思うもののその余裕はない。晴明の予想では今日あたりフォルスたちがシラノスに到着するはずなのだ。


「必ず、俺が戦争を終わらせます」


 最後にそれだけ告げて、アーロットは船に乗り込む。タラップを登るアーロットの背中に、清安は一言・・・。


「お元気で」

 

 後ろは振り返らない。前に進むと決めたから。

 こみあげてくるものを必死に飲み下しながら、アーロットは臣下とともに大海原へと繰り出していった。

次回の投稿は八月七日です。

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