侍
重苦しい沈黙が場を支配する。
滅びの運命を抱えたシラノスとその住民たち、そして彼らを見捨てることを決めたアーロット。
一同が口を閉ざすのは死にゆく同胞を想ってか、彼らの生を背負うことになった王を想ってか。
「私は、お前が弟であったことを死ぬまで誇りに想おう」
清安をみることなく、彼の隣に座っている白閻はそう言った。
「兄上はどうか生きてください。人王でなくとも、王という存在は貴重です。あなたが死ねばそれがこの国の終わりです」
国家の盾であり剣、民の心の拠り所、それが王。いずれ来る再起のとき、剣たる王がいなければロンバールという国に未来はない。それどころか、占領下にある今のロンバールで白閻が死ねば最後の希望を失った民がどのような行動に出るかは想像に難くない。
「ああ・・・この命、必ずやロンバール再起のその日までつないで見せよう」
その答えを聞いて満足そうに微笑む清安。
「ではこれにてこの話はおしまいです。ギリストア海賊団についてお話ししましょう」
そう簡単に切り替えられるものではない。誰もがいまだに後味の悪さを感じていた。
だからこそ清安は強引に話題を変えたのだろう。少しでも注意をそらすために。
「私が海に放った式神は何も見つけられなかったねえ。これ以上ないくらい地味で時間のかかる作業を続けたっていうのに・・・」
晴明もそれに便乗してことさら明るくそうぼやいた。
「残念ながらこちらにも目立った成果はありません」
清安の部下たちもギリストアの海賊たちを見つけられていなかった。
「私の配下たちも十分な人数いるとは言えません。さらにはこの街に駐在する悪魔たちの目をかいくぐる必要もある。見つけるには少し時間がかかりそうです」
「セイ、お前が作ったあの山をフォルスたちが超えるにはいくらかかると思う」
『創造』の魔法を使って晴明はアーロットたちとフォルスの間に巨大な山脈を築いた。
問題は彼らが山脈を越えるまでにアーロットたちが海賊たちを見つけ、船に乗せてもらえるかどうか。
「長くて一週間、というところかな。これは迂回する場合もそうだし、穴を掘る場合もそうだ。フォルスが万全の状態だったらもっと短かったかもしれないけど、彼は極技を使ったんだろう。なら相当の魔力消費のはず。とても穴掘りの魔力が残っているとは思えない」
魔法を発動した晴明本人の見解なのでこの数字はほぼ間違いないと考えていいだろう。
本当ならここでアーロットたちはマーリンの予知に頼りたいところだが、現在はその正確性に難があるため使用は躊躇われる。
「では我々も『隠者』で捜索に加わりましょう」
現状、ガラハッドのこの提案が人手不足を解消するもっともましな提案だった。
「そうだな。セイのヘンテコ動物を街中に放ったら悪魔に気づかれることは確定的だ。俺たちが出るのが一番だろう」
「ヘンテコ動物とは心外な!」
左隣から抗議の声には一瞥もくれないアーロット。
「お手数おかけします」
「いや、もともと俺たちが持ち込んだことなので」
頭を下げる清安だが、その必要はないとアーロットは言う。
「では、まだ疲れているところ悪いが皆も海賊たちの捜索に協力してくれ」
「「了解」」
部屋中からの了承の声を聴き満足げに頷くアーロット。
「では、各々捜索を開始してくれ。細かな分担はガラハッド、お前に任せる。必要とあらば清安殿にも助力を求めろ」
「承知しました」
「では解散とする」
情報共有の場が終了し各自が自分の行動を開始する。
「侍、少し付き合ってもらえるか」
「御意」
侍に声をかけたアーロットは部屋を後にする。
ロンバールは日本の影響を受けたのか、逆に日本に影響を与えたのか襖や、障子などアーロットにもなじみ深いものが家屋のいたるところで目に入る。
アーロットは昨晩、清安が与えてくれた部屋に侍を連れていく。
「座ってくれ」
「失礼します」
室内に入り、向かいあって座るアーロットと侍。
「まずは礼を言わせてくれ、俺の臣下となってくれたこと」
「いえ、むしろ拙者の方こそあなたの臣下としていただき光栄です」
「どうだろうな・・・。俺はまだ未熟だ。威厳もなければ経験もない、理屈よりも感情を優先させてしまう。肩書きだけの王さ・・・。まだ君に、君たちに光栄と言ってもらえるほどの器ではないよ」
「そのようなことは・・・」
気遣わしげに自分を見る侍の姿にアーロットは失言だったと気づく。
「すまない。気にしないでくれ。こんなことを言うつもりで君を呼んだんじゃないんだ。君を呼んだのは俺の話を聞かせるためじゃない、君の話を聞きたくて呼んだんだ」
気を遣わせてしまったことを詫びながら、アーロットは侍という人間に歩み寄る。どのような人間なのか、なんでもいいから知りたくて。
「・・・刀しかない男です、拙者は」
自分の深いところえお探るように侍は一言一言、言の葉でもって自分という人間を紡いでいく。
「修行に明け暮れた結果、ついには自分の名前すらも忘れてしまったろくでなしです」
「そんなことを言うものじゃない。名前を忘れてしまったことは悲しいけれど、それほどまでに一つのことにすべてを捧げることは容易じゃない」
「ありがとうございます」
嬉しそうに微笑む侍。
「どうしてそこまで剣にすべてを捧げる?」
「強烈な憧れ。遠き日の記憶は既に朧げなれど、たった一つ、拙者の原点ともいえるあの時だけは鮮明に覚えております」
そう語る侍の瞳は燃えていた。ヒーローに憧れる子供のように、その瞳から発せられる熱は無邪気だった。
「あれはまだ先代の人王が死ぬ前のこと。拙者の村を襲った悪魔たちをたった一人で追い払った剣士がおりました。彼が扱う剣技のなんと美しく、そして恐ろしかったことか。・・・彼が見せた鉄の輝きがあったればこそ、拙者はこうして今も剣を振っている」
名前を忘れてさえ剣に打ち込んだ侍。そんな彼の原点となった人物はいったいどれほどの使い手だったのだろうか。
「君はもう、その人物を超えたのか?」
「いいえ、いいえ。あの日見た剣は魔法よりも速かった。大砲の一撃よりも重かった。狙撃手の一撃よりも精密でした。彼に比べれば、私の剣などまだまだ未熟です」
興奮気味に語る侍を見て満足げに頷くアーロット。まだまだ侍のことを知りたいとは思ったが、これ以上多くを知ることはできないだろう。
これ以上侍のことを知るなら、ともに同じ時間を過ごすしかない。一秒、一秒、彼との時間を積み重ねることでしか侍という人間の深いところには迫れない。
「ありがとう。君のこと、まだほんの表層でしかないが知ることができた。君からなにか俺に質問はあるか?」
「では一つ。魔神を討った後のあなたが理想とする王国の姿をお教えください」
「すまない。その問いに俺が答える権利はない。そもそも王は国の剣であり、盾だ。だから俺には国をどうこうする権利はないんだ。実際、政治に携わるのは政治専門の人間たちだ」
力、この場合は武力を持つ者が権力まで手にしてはいけない。世界は違えど人間と言う種族がつくる社会においてその原則は変わらない。
「そういえばそうでしたね。しかし、実際に政治に携わらない民であっても皆、思い思いの理想を語るでしょう。ならば王が理想の国について語るのも問題ないかと」
言われてみれば侍の言う通りであった。しかしアーロットはすぐに答えを返せない。魔神を倒す、いままでそれ以外のことを考える余裕などなかったから。
「・・・」
アーロットは内心、ひどく焦っていた。自分が理想とするキャメロットのビジョンが全く見えないから。人と亜人が笑い、獣が駆け、植物が咲き誇り、妖精が飛び交い、機人が学ぶ。そんな幸福な未来像が全く見えなかった。
当然と言えば当然の話だった。現在の彼は幸福な未来を願う自己と言うものを喪失しているのだから。
彼が失った自己とはそれまでに抱いていた感情そのもの。彼がこの世界を訪れる決心を固めたそもそもの理由である愛が欠落している。
空虚な王は国に世界に対する愛を持ち合わせてないがゆえに、幸福な未来像というのものを思い描くことができない。
「理想はございませんか?」
それまで、黙り込むアーロットを辛抱強く待っていた侍が口を開く。
「ないのなら、仕方ありませんね」
「すまない」
アーロットが頭を下げようとすると慌てて侍がそれを両手で押しとどめる。
「いえいえお気になさらず。深い意味があった質問ではございませんので。それより、王たる立場のお方がむやみに頭を下げる方が感心しませんね」
「そう、だな・・・。すまない、以後気をつける」
今度は頭を下げることなく謝るアーロット。
それを見て満足げに笑う侍。
「ただ、どうあれあなたに仕えることに変わりのないこの身なれど、従者としては幸福な未来を思い描く主に仕えたいものです」
「君の言う通りだ、侍。いつか必ず俺の目指す理想を君に聞かせよう」
「はい、その時を心待ちにしております」
「ではこれで話は終わりだ。時間を取らせてすまなかった。君もガラハッドのところに行って、彼に指示を仰いでくれ」
「承知」
侍が部屋を出ようとしたところでちょうどラデスが戻ってきた。
その表情は普段よりも少しだけ固い。
「どうした、ラデス?これから出立か?」
アーロットの問いにそうではないとラデスは首を振る。
「今回俺は海賊たちの捜索には加わらない。これは既にガラハッドにも許可を得てのことだ」
アーロットが眉をあげて静かに驚きを表現する。彼にはラデスの意図がまったくわからなかった。
「勝手なことをして申し訳ないと思う。だがアーロット、いや、アーロット様。どうか俺のわがままを許してほしい」
いつになく礼儀正しいラデスにアーロットも真剣な表情になる。
「お前のわがままを聞こう」
「海賊たちが見つかるまでの間、俺が侍と修練することを許していただきたい」
言われて気づく、なぜラデスは捜索任務に加わらないのか。その理由を彼は朝、アーロットに伝えていた。
強くなるために、もう誰にも負けないために、臣下として王を危険にさらさないために、彼はこの願いを申し出た。ならばそれを断る理由はアーロットにはない。
「いいだろう。存分に鍛えてもらえ、ラデス」
「感謝する、我が王よ」
事の成り行きを黙して見ていた侍に向き直るアーロット。
「そういうことだ、侍。順番が逆になってしまったが、ラデスの稽古を頼めるか?」
「いまだ修行の身である拙者でよければ喜んで」
微笑みすら浮かべて、侍は申し出を快く引き受ける。しかしその微笑みはあまりにも剣呑で、内に秘めた獣のような獰猛さを隠しきれていなかった。
「しかし場所はどうする?セイが足止めをしてくれたとはいえ、この街にも悪魔はいる。あまり派手なことは許可できないぞ」
「それについては問題ない。晴明に簡易的な結界を張ってもらう。これである程度暴れても問題はないらしい」
そこまで準備が済んでいることを知って、ラデスの本気度が自分の想像以上であることをアーロットは認識した。
「そうか、なら好きにするといい」
許可を得ると二人は早速修練のために部屋を出ていった。
残されたアーロットはポケットから携帯端末を取り出してキャメロットにいるマーリンに連絡を取る。
「俺だ。様子はどうだ?」
「今のところ、キャメロットとの国境周辺に配置された騎士たちに動きはありません」
キャメロットには優秀な兵士を残してきた。さらにはマーリンもいる。この戦力があれば、たとえ戦闘になってもアーロットが帰還するまでは持ちこたえることができるだろう。
しかし多大な犠牲が生まれることは想像するにたやすい。
ずっとそれが気がかりだったが、こうしてマーリンからキャメロットのひとまずの無事を聞けて、少しだけ緊張がほぐれた。
「そちらの様子はどうですか?」
マーリンからもアーロットたちの状況を問う質問が投げられる。
しかし即座に返答できない。
まさかガラハッドを助けるためにフォルスの前に飛び出したとは口が裂けても言えない。どんな反応が返ってくるか予想ができないだけになおさら本当のことは言えなかった。
そこで、ふと思った。自分は、この世界で初めて出会い、させてくれた悪魔のことすらろくに知らないのだと。
侍とは短い間だが、話したことでお互いを理解し合えた。
しかしマーリンとはろくに会話をすることもなくキャメロットを出てきてしまった。
それはマーリンに限らず、ガラハッドやラデス、メリサにも言えることだった。
「アーロット様?」
遠く離れたキャメロットから疑問符を浮かべるマーリンの声が伝達される。
「こちらも大きな問題はない。このまま順調にいけばアノールに逃げられるだろう」
「それを聞いて私も安心しました」
声だけでも、彼が嘘偽りなくアーロットたちを心配してくれていることが分かった。
「マーリン、返ったらお前の話を聞かせてくれ」
「急にどうしました?」
「いや、王として、もっと臣下のことを知ろうと思っただけだ」
「では、無事に帰ってきていただかなくてはなりませんね」
「ああ」
お互いの状況を報告し合ったことで、マーリンとアーロットの通話は終了した。
立ちあがったアーロットは、捜索に加わるべく部屋を後にした。
廊下に出ると向かい側から晴明が歩いてくる。
「ああ、よかった。君を探していたんだロット」
「俺を?何の用で?」
「少し、君に聞きたいことがあってね・・・」
彼が何を聞きたいのか、アーロットにはわからなかった。しかし、予感としてそれが自分にとって不都合な質問であるような気がしてならなかった。
しかし、それだけの理由で断るわけにもいかず、アーロットは肯定の意味を込めて頷くしかなかった。
「じゃ、場所を移そうか」
薄暗い廊下を、先に歩き出した清明の後を追って、アーロットは歩き出した・・・。
次回の投稿は7月24日です。




