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神に選ばれた人間異世界で王様になる  作者: ペンギン
ロンバール編
35/48

終わりゆく街

 アーロットたちが天国と地獄を見た夕食から一夜が明けた。

 年中雪が降るロンバールでは朝日を見ることは叶わない。

 おかげで疲労感からの深い眠りから覚めたというのにアーロットの気分はすぐれない。

 場所は来客用の寝室。清安が気をきかせてアーロットたちにあてがった部屋だ。流石に男三人プラス女性一人では手狭な印象を受けたが文句を言える立場にはない。


「早いな」


 まだ完全に目が覚めていないアーロットが体を起こすと隣から先に起きていたラデスに声をかけられる。既に着替えを済ませた彼は精神統一のため瞑想にふけっていた。


「そっちこそ、早いな」 

「俺は疲れていないからな」


 そう言ったラデスの表情が彼の悔しさを物語っていた。


「俺はなにもできなかったからな・・・」

「適材適所だ。あの時はセイ一人ついてくるのが最適だった。お前に落ち度があるわけじゃない」


 アーロットがガラハッドを助けるために飛び出したとき、当然のことながらラデスとメリサも追いかけようとした。

 しかし晴明がそれを止めた。あの場で二人がアーロットと合流してもできることはなかったから。それよりも創造(クリエイシア)の魔法で足止めできる自分一人が行く方が最適だと判断した晴明は正しい。


「悪いな、俺のわがままで余計なこと考えさせて」

「いや、そっちじゃない」

「え?」

「俺はフォルスに手も足も出なかった」

「ああ・・・」


 ラデスがなにを気にしているのか、アーロットは自分の勘違いに気づいた。


「まだまだ鍛錬が足りん」


 アーロットはラデスにどう声をかけるべきか迷っていたが、その必要はなかった。

 圧倒的な実力差に打ちのめされたラデスは、すでにそれを乗り越えるべく闘志を燃やしていた。


「頼もしいな」 

「いいや、その言葉をかけられるのはまだ早い。フォルスに勝てるくらい強くなった時にもう一度今の言葉をかけてくれ」

「わかった」


 ラデスが新たな目標を定めた朝、朝食ーメリサは作っていないーを食べたアーロットたちは清安の自室に案内されていた。

 元領主の私室だけあって個人で使うには十分すぎるほど広い。現に今もアーロットを筆頭にキャメロットの面々、さらに白閻と晴明が訪れても窮屈感はない。

 部屋の主人である清安が着席を促したのでアーロットたちは用意されていた座布団の上に腰を下ろした。

 アーロットたちが着席したタイミングで新たな来訪者が現れた。


「バルトだ」

「入ってくれ」


 清安がそう応えると襖を開けてバルトと、セルスが入室してきた。セルスは弱体化の鎖で拘束されている。

 セルスはフォルスの不意打ちによって重傷を負った。生きるか死ぬかは五分だったが、機人の最先端の医療とメリサの治癒魔法のおかげでなんとか回復に成功した。以降は清安邸の離れで機人の監視のもと、隔離されていた。


「では話を聞きましょうか」


 バルトとセルスが座ると白閻がそう切り出した。

 今日こうして集まった理由は二つ。一つはギリストア海賊団の捜査報告を聞くため、もう一つは崩滅の魔神についての重要な情報を聞くため。


「セルス、魔神についてもう一度ここで話してくれ」

「何度でも話そう」


 その場にいる全員が固唾をのんでセルスの次の言葉に全神経を集中する。


「魔神の正体とは感情そのもの。奴は憎悪、恐怖、悪意、嫌悪、嫉妬と言った悪感情が(つど)い、意思を持った存在。この世界のシステムそのものだ」


 セルスの言葉を聞き、空気が動揺に満ちるのをアーロットは肌で感じた。

 無理もない、と彼は考える。アーロット自身この話をセルスから聞いたときには動揺を隠すことができなかった。


「私たちを(かた)っているのではなかろうな」


 白閻の威圧をセルスは平然と受け流す。


「ここで僕の話を証明することは不可能だ。僕自身、確かな証拠を持っているわけでもない。ゆえに、信じる信じないはお前たちの自由だ」


 たしかに、ここでセルスに彼の話を証明せよというのは無理がある。


「お前はなぜ魔神の正体が意思持つ感情だと知った?」


 真偽をたしかめる(すべ)がないことを理解したガラハッドは切り口をかえてセルスに問いを投げた。


「貴族であるお前なら、魔神に謁見する機会もあっただろう。しかし、顔を合わせ、会話をした程度で相手が意思持つ感情であるなどと気づけるものか。それとも、一目見てそうだと判断できるような特徴が魔神にはあるのか?」

「いいやそんなものはない。むろん、魔神がそう宣言したわけでもない。隠す気はないだろうがな。しかし三星以上の上級貴族は(みな)魔神の正体を知っている」

「それはなぜだ」

「この戦争が始まってから何年たつ?」


 唐突なセルスの質問に一同がいぶかし気な視線を彼に送る。

 それでもガラハッドは首をひねり、この暗黒界全体の歴史をたどっていく。


「千三百億年前、魔神が誕生して異界に侵略したことがこの戦争の発端だ」


 この戦争のはじまりにたどり着いたガラハッドはセルスの質問にそう答えた。


「僕たちの世界でもこの戦争の始まりはおよそ千三百億年前とされている。ではもう一つ質問だ。一人の悪魔がそれだけの長期間、生きていられると思うか?」

「いや、無理だろうな」

「その通り。人間よりも長命な僕たちだが、数億年規模で生きることはできない」


 一般に悪魔の寿命は約五万年と言われている。むろん多少のばらつきはある。しかしそれでも、せいぜいが平均寿命プラス一万年というのがせいぜいだという話をマーリンからアーロットは聞いていた。とても千三百億年も生きていられるとは思えない。


「たしかにそれなら魔神が悪魔ではないことは想像できるだろう。しかしそこからどうやって魔神の正体に至る?」


 アーロットの指摘はもっともだ。いま開示された情報だけで魔神の正体を憎悪の感情だと決めつけるのは飛躍が過ぎる。


「重要なのはここからだ。魔神領で約四万年に一度、波旬移しの儀が行われる」

「ハジュン?」


 アーロットたちが一様に聞きなれない単語に首をかしげる。そんな中、唯一晴明だけはその意味を知っていたらしい。


「波旬とはつまり、悪意ある者、人の命や善根を断つ悪魔の意味さ。もっともこれはレーテルナでの意味だけどね」

「おそらくは魔神領から伝わったんだろうな。僕たちの世界でもおおよその意味は変わらない」


 晴明の説明に一同が納得する。人の命を断つ悪魔、まさに魔神にふさわしい呼び名だ。


「それで、その波旬移しの儀ではなにをする」


 半ば予想はできているもののアーロットは儀式の内容をセルスに説明するように求めた。


「波旬写しの儀とは魔神が老いた体を捨て、新しい肉体に移動するための儀式だ。上級貴族は伝統としてこの儀式を見届ける必要がある」

「そのときに魔神の正体を見たと?」


 疑心を隠しもせずにガラハッドがそう問うた。


「違うな」

「なに?」


 しかし、セルスはガラハッドの言葉を否定した。


「魔神の正体を見たわけではない。吸い取られるのだ、感情を。魔神の養分として、列席した悪魔たちの悪意ある感情を魔神は吸い取るのだ」

「なるほど。だからお前は魔神の正体が意思を持つ感情だと判断したわけだ」

「それだけではない。先日の戦闘の最中、我を失う前に俺の内側に響いたあの声は間違いなく魔神のものだった。声が聞こえると同時に俺の中で急速に憎悪が爆発した。あれは恐らく魔神の本体、つまり悪意の感情が俺を乗っ取ったのだろう」


 あくまでセルスが挙げたものは証拠として確かな力を持っているわけではない。未だ魔神の正体については別の考察もできる可能性はある。

 しかし、現状セルスの説を否定することはできなし、彼の説に一定の説得力があることは確かだ。


「今ここでこれ以上の議論を重ねることはできません。こちらには魔神に対する情報が圧倒的に不足しているから。しかしセルスの仮説に一本、筋が通っていることはたしか。ゆえに、各々今の話を胸に留めつつ、混乱を避けるためにこの仮説はここだけの話とさせていただきたい」


 アーロットがそう締めくくり、一同がそれに賛同した。


「承知した。では次に、我々が行なっているギリストア海賊団についての調査の進捗をお話ししたい。・・・その前に一人紹介したい人物がいるのですがよろしいですか?」


 清安がそのように確認をとってきたのでアーロットは構わないと視線で答える。


「ありがとうございます。侍、入ってきてくれ」


 清安が呼びかけると、アーロットたちが入ってきた(ふすま)とは逆側の襖からひとりの男が入ってきた。

 アーロットの男への第一印象は美しいだった。侍と呼ばれたわりには男の体つきは細い。背中まで伸びた白髪は一本に束ねられ、彼の所作、一つ一つに合わせて揺れている。なによりもアーロットが美しいと感じたのは彼のその所作であった。流れるように一つ一つの行動がつながっていて、まるで流麗なダンスを見ているようだった。


「侍と申します。拙者、剣の修行に明け暮れるあまり、名を失ってしまったゆえ、名乗れぬ無礼をお許しください」


 畳の上に手をついて頭を下げた侍はそう自己紹介した。


「彼はここシラノスで生まれた転世者です。先程、彼自身も申しました通り、長き修練のすえ、ついには自身の名すら忘れてしまったため今は敬意を込めて侍と呼んでいます」

「なるほど。それほどに修練を重ねたのならきっと相当に腕が立つのでしょうな。それで、なにゆえ彼を俺たちに紹介したのですか?」

「まさに彼の腕を見込んでのことです。アーロット殿、彼をあなたの配下にしていただけませんか?」

「え?」


 アーロットは一瞬、清安がなにを言っているのかわからなくなった。今も、彼の言葉の意味はわかるもののそこに秘められた真意についてはまったく理解できていない。


「彼を高く評価しているようですが、そんな彼を私の配下にして良いのですか?」


 既に悪魔に占拠されたシラノスでは現在大きな戦いは起きていない。しかしそれでも戦時下において貴重な戦力を手放す意図がアーロットにはわからなかった。


「構いません。彼が守るものはもうここにはありませんので」


 そう答えた清安の表情は穏やかなものだった。しかしそれは安堵や幸せといった幸福な感情に起因しない。きっとそれはすべてを諦めたがゆえの穏やかさだとアーロットは感じた。


「アーロット殿は先日この屋敷を出ましたね?そのとき、なにか気づいたことはありませんでしたか?」


 出し抜けの質問に戸惑ったものの、アーロットは自身が抱いた違和感を口にする。


「街の住民を一人も見かけませんでした」


 アーロットと晴明はなるべく悪魔と人の気配がない道を通って屋敷を出て、屋敷に帰った。

 しかしそれでもこの街の人間の少なさは以上だった。悪魔の占領下にあることを考慮しても異常なまでに人の気配がなかった。


「現在この街に住む人間はこの屋敷にいる者がすべてです」

「そんな・・・」


 清安の言葉に大多数のものが信じられないといった顔をする。


「原因は餓死だな?」


 嫌悪感を隠しもせずにセルスが異常なまでの住民の少なさの理由を言い当てた。


「その通りだ。悪魔がこの世界に侵略してきてからというもの、ラスティナの資源は減るばかりだ」


 そもそも悪魔の他世界への侵略理由はそこにある。どれほど肥沃な土地も彼らが足を踏み入れれば枯れてしまう。ゆえに悪魔は自分たちを養うべく、次から次に世界を渡り、資源を搾取する。


「悪魔どもがなけなしの資源を独占したせいで、我が街の民は食うものもなく、次々と餓死していきました」

「待ってください!では昨日の食事は?」


 アーロットたちが昨晩食べた夕食は大変豪勢なものだった。資源不足のシラノスであれほどの食材を揃えることは容易ではないはずだ。


「せっかくの客人です。精一杯もてなすのは道理でしょう。それに・・・私たち人間の守護者である人王の英気を養うためです。残り少ない食料の使い道としてはこれ以上ないでしょう」


 言葉が出なかった。誰一人として。

 清安たちの心遣いへの気持ちは感謝という二文字ではまるで足りない。

 彼らに取り返しのつかないことをさせてしまったことへの気持ちは後悔という二文字ではまるで足りない。


「どうかお気になさらず。いずれこの街は終わります。遅いか早いかの違いだけ。ならば次につなぐのが人間というものでしょう」

「ま、待ってください!たとえこの街の未来がなくても俺たちと一緒に逃げればまだあなたたちの未来はあるはずです!」


 ガラハッドの説得に清安は首を振って拒否を示す。


「我々まで連れて逃げたのでは逃げられるものも逃げられないでしょう。それに私たちはここから動くつもりはありません。この街を愛しているから。最後まで私たちはこの街とともにあります」


 清安の、今この屋敷にいる人間たちの決意は固かった。


「私たちはもう疲れた。悪魔に憎悪し、理不尽に歯向かい、失ったことを悲しむ。もうそんな感情を抱くことすらありません。私たちに残ったのはただ一日でも早くこの戦争が終わってほしいという想い。残された最後の想い、侍とともにあなた方に託します。受け取っていただけませんか?」


 正面から投げかけられた言葉にアーロットは応えを返せない。


「アーロット殿、これは私が領主になって気づいたことですが、人の上に立つ者はときに冷徹にならねばならない。情は思考を鈍らせます。鈍った思考では救えるものも救えませんぞ」


 清安の言葉の一つ一つは彼が今に至るまでに積み上げてきた経験、知識が結晶となったもの。それゆえ、その言葉のもつ重みは想像を絶する。


「切り捨てることに慣れろとは言いません。切り捨てる勇気を持ちなさい。その選択を後悔してもいい。苦しんでもいい。悔やんでもいい。それでも、前に進むために犠牲を払いなさい。失った者たちへの愛情を背負い続けるのも王の宿命です」


 消えていった者たちに愛情を捧げ続けることがどれほど辛いものなのかアーロットにも想像ができる。きっと想像を絶するほどの苦しみがあるのだろう。

 しかし、それが王の定めだと言うのなら、彼はそれを背負わなければならない。

 守れるかぎりの人間を守ることは王の務めである。これからもアーロットは守れるかぎりの人間を守っていくことだろう。

 それでも、清安の言葉はアーロットの成長を促した。子供のように、他人を見捨てたくないと(わめ)くしかできなかった彼に誰かを見捨てる勇気を与えた。

 彼は王として必要な非情の一面をアーロットに与えた。


「すべてを救うことはできない。救えなかった命を背負った上で可能な限り多くの命を救うべく足掻く。それが王ということでしょうか?」

「少なくともその一面があることは確かだと、私はそう考えています」

「そうですか・・・」


 ゆっくりと息を吐く。


「シラノスの想い、たしかに受けとりました。あなた方の想い、戦争の終結、叶えるために全力を尽くします」


 毅然と、アーロットはセルスに言い切った。

 かくして、アーロットは王として一つ成長するとともに、侍という心強い仲間を得ることができた。

 それによる代償は重かった・・・

 


次回の投稿は七月二十一日です。

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