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神に選ばれた人間異世界で王様になる  作者: ペンギン
ロンバール編
34/48

天国と地獄

 清安の指示で彼の従者がせわしなく食事の準備を進めていく。

 すでに夜の帳は下りて夜空には美しく輝くミースが見えている。

 室内を照らすのはろうそくが放つ炎の光。糸にキラヒカリという草の煮汁をしみ込ませたろうそくが放つ光は室内を十分明るく照らしている。


「アーロット様」

「どうした、ガラハッド?」

「こちらの状況をマーリンに連絡してきてもよろしいでしょうか?」

「ああ、そうだな。きっと心配しているだろうから連絡してやってくれ」

「はい。では少し席を外します」


 そう言ってガラハッドは通信端末を片手に部屋を後にした。


「アーロット様」


 アーロットが今後のことについて考えているとガラハッドと入れ替わりにメリサがやってきた。


「厨房の手伝いにいってきてもいいですか?」

「かまわないと思うが・・・」


 メリサは先ほど負傷者の手当てを一手に引き受けた。疲労の度合いで言えばアーロットに勝るとも劣らないだろう。そんな彼女にこのうえ夕食の支度を手伝わせるのは気が引けた。


「問題ありません。食べることも趣味ですが、作ることも趣味ですので。少しくらい疲れていようと構いません。むしろいいリフレッシュになります」

「そうか。では頼む」

「かしこまりました」


 立ち上がり厨房に向かおうとするメリサに声をかける。


「つまみ食いしないようにな」

「大丈夫ですよ」


 そう言い残してメリサは厨房へと向かった。


 目の前に置かれた料理を目にして、一同の表情は恐怖に染まっていた。もしかしたらいま彼らが抱く恐怖はフォルスと相対したときに匹敵するかもしれない。


「誰ですか、メリサに料理を作らせたのは・・・」


 アーロットの右隣、すっかりそこが定位置となった場所ん座るガラハッドが腹の底から絞り出すように声を出す。


「まずかったか?まずかったよな。見ればわかる」


 臣下の問いに答えるの王の表情もまた例外なく恐怖にひきつっている。

 彼らの目の前に置かれた料理のほとんどすべてはたいへん食欲をそそるものとなっている。料理の知識もまた、世界の間で交換されるため目の前に置かれた料理の中にはアーロットが食べなれたものも並んでいる。

 しかし、そのなかで一際異彩を放っている料理がある。全員の治療を終え、疲れていたはずのメリサがわざわざ厨房での手伝いを申し出て作ったものだ。

 見た目はカレーに近い。米に似た穀物にかレールーのようなものがかけられている。

 しかし色がおかしい。アーロットたちの目の前に現れたカレーもどきは不規則にそのルーの色を変化させ続けている。

 赤、青、緑、黄・・・見ているだけで目がくらみそうになり、アーロットは慌てて目をそらした。


「メリサは料理が下手なのか?」

「すこぶる上手ですよ」


 ガラハッドから返ってきた言葉にアーロットは耳を疑った。目の前のそれが料理上手な人間の作るものとは思えなかったから。


「ただ彼女の場合、プロ並みの技量を駆使してオリジナルの料理を作るんです。下手だからこの料理を出したわけじゃないんです。意図的にこの料理を出しているから性質(たち)が悪い」

 

 アーロットもメリサが下手なりに頑張ってこの料理を出していたのならまだ愛嬌があったと思うし、我慢してでも食べようという気になった。しかし、そうでないとわかった今となっては全力で遠慮、というか拒絶したかった。


「ちなみに、メリサ特性の創作料理の成功率は?」

「五割、と言ったところでしょうか・・・」


 つまり二回に一回は完全な失敗作を食べさせられるわけだ。平気で失敗作を出すあたりに悪意を感じる。


「なんで味見をしないんだメリサは」

「本人が言うには、失敗作を食べた時の表情が見たいからだそうです」

「悪質だな・・・」

「性根がゆがんでいることは否定できません。ただ、五割の確率で出される成功作はめちゃくちゃおいしいですよ。俺もいろいろなものを食べてきましたが、好きな食べ物を聞かれたら間違いなく成功したメリサの創作料理と答えます」


 九割がた食べるのを諦めていたアーロットにとってその言葉は突き刺さった。食べるか、食べまいかの葛藤が彼のなかではじまる。


「ただし、失敗作は・・・すみません、これ以上を食事の席で話すのははばかられます」


 その先を聞いてみたいような聞きたくないような、気になる言い方をするガラハッド。おかげで、より一層アーロットの胸中で強い葛藤が生じる。

 そこに、調理の後片付けを終えたメリサが戻ってきた。

 一同の非難がましい視線もどこ吹く風。メリサは全く気にした風もなく着席した。


「どうぞ召し上がれ。今回は会心の出来です」


 満面の笑みでそう言われてしまえば誰も怒る気にはなれなかった。


「メリサ殿、これは何を使用して作ったのですかな?」


 清安がメリサにそう尋ねる。

 カレーもどきはビジュアルだけでは何が使用されているか判別がつかない。肉っぽいなにか、野菜っぽいなにかが入っているとしか言いようがない。

 清安の問いに対すメリサの答えにその場に座る全員が耳を傾ける。


「基本的にはカレーと同じです。ただそこに今回はオルド山脈のエレキハーブ、ハーブの刺激を緩和するためにシラノス近海で釣られるマイルドフィッシュ、わたしオリジナルのミックススパイスを加えました」


 それを聞いてアーロットたちは少しだけ安心した。

 エレキハーブはそれ単体で食べると強烈な刺激に舌が麻痺するが、少量でも食べれば体力の回復が格段に早まりかつ傷の治りも早くなるという優れた食材だ。そしてエレキハーブの刺激を抑えるのはここシラノスの海の名産、マイルドフィッシュだ。マイルドフィッシュの肉は味をマイルドにして深いコクを与えられる。エレキハーブとマイルドフィッシュの組み合わせは広く利用される手法で、事実、過去にキャメロットの兵士が出撃した際には常に持ち歩かれていた。

 問題はミックススパイスだ。今も彼らの目の前でカレーがその色合いを変化させているのはそれが原因と見て間違いない。いかなる化学反応が起こればこのような不思議で凶悪なカレールーが出来上がってしまうのだろうか。


「メリサ、なんでこのカレールーはさっきから変色を続けてるんだ?」


 主の問いにメリサは(うやうや)しく答える。


「なんででしょうね?」


 答えは返ってこなかった。

 恭しく見えたのは幻覚だったのか、今のメリサは開き直って自信満々の笑みを浮かべている。

 どこからその自信が出てくるのかアーロットはメリサを問い詰めたかった。


「まあまあ、おしゃべりはこれくらいにして食べてみましょう」


 メリサを叱るべきか、白閻たちに謝るべきか、どちらを先に行うべきか考えていたアーロットに清安がそう提案する。見ればもう既にスプーンを手にして食べる準備は万端と言ったところだ。


「聞けば二分の一の確率で極上の美味が味わえるとか。面白そうではないですか」


 本気ですか?と視線で問うアーロットに清安は余裕の笑みでそう答えた。


「バカもん。これはギャンブルではないぞ」


 弟をたしなめる白閻。しかし清安に反省はない。


「同じですよ。勝てば天国、負ければ地獄、これはまさにギャンブルですよ兄上」


 清安のギャンブル好きは意外だったが、今のアーロットはそんなことを気にしてはいられない。これはアーロットの配下のメリサが出した料理だ。それを清安が食べてアーロットが食べないというのはいかがなものか。

 ここはやはり自分も食べるべきだろうと、アーロットは覚悟を決めてスプーンを握る。

 アーロットの隣から、行くのですか、とガラハッドが視線で問うてくる。

 彼の視線を真っ向から受け止めたアーロットは覚悟を決めて頷きを返す。

 主の覚悟を受け取った臣下もまた、覚悟を決めてスプーンを手に取る。

 その他の者も彼らの動きを見て続々とスプーンを手にする。皆一様に緊迫感を身にまとっている。


「では、いただきます」


 清安がカレーをためらうことなく口に運ぶ。アーロットも、こちらはやや緊張気味にカレーを食べる。

 瞬間、二人の口の中に強烈な美味があふれ出す。舌を包み込むかのような野菜の甘味とそれを追いかけるように爆発する辛味。久しぶりのカレーを食べたアーロット、世界中の美食を堪能した晴明も、この場にいる誰もが満たされた笑みを浮かべていた。

 満足感のまま、二口目を口にしたアーロット。


「うっ!?」


 勢いのまま吐き出しそうになるのを必死にこらえてカレーを飲み込むアーロット。一口目はたしかに美味だったカレーが豹変した。

 端的に言ってまずかった。

 苦く、酸っぱく、甘い、複数の味が混然一体となって味覚に攻撃を仕掛けてきた。鼻を抜ける香りすらもとても食べ物のそれとは思えなかった。

 急いでアーロットは自分の湯呑に手を伸ばし、深緑色のお茶を飲み込んだ。


「っはあ!なんだったんだ一体?」


 周りを見渡せば誰もがアーロットと同じように顔をゆがめてお茶を飲んでいる。

 

「いやはや、外れてしまいましたな。一体なにがいけなかったのか・・・」


 ただ一人、清安だけは別だった。彼はそうぼやきながらもこりもせず、三口目を口にした。

 先ほどと同様、しわだらけの顔により一層のしわを刻み込む。


「また外れてしまったか・・・」


 よもやこの一瞬で腐ったとでも言うのか。それほどの変わりようだった。

 なおも清安の手は止まらない。


「おや、当たりだったようだ」


 それまでの渋面を打ち消す満面の笑みを浮かべる清安。しかしいよいよもってわからなくなってしまった。一体カレーはどうしてまずくなってしまうのか。


「おそらくルーの色が関係しているのでしょうね」


 その答えをもたらしたのは晴明だ。彼も顔が若干青い。


「なるほど。私たちが最初に口にしたときのルーの色は赤。今私が食べたのも赤色でしたな」


 清安が納得したようにうんうん頷いている。

 真偽のほどをたしかめるべくもう一度アーロットはカレーにスプーンを伸ばす。

 もう一度あの味を経験するかもしれないと思うとこのまま食べるのをやめてしまいたかった。しかし、もう一度あの美味を味わいたいと思ったら手を伸ばさずにはいられなかった。

 口に含む直前のカレーの色は赤色。おそるおそる咀嚼(そしゃく)するアーロットの舌は先ほどと同じ美味を感じ取った。


「おいしい・・・。晴明の言う通りだ。ルーの色にさえ気をつければこのカレーはおいしく食べられる!」


 その言葉を聞いた他の者たちもタイミングを見計らってカレーを食べていく。なかにはタイミングをずらして悶えている者もいる。

 しかし皆一様に笑顔を浮かべている。先の襲撃で家族、仲間を失い、一時は生きる気力さえ失っていた者たちの顔には今、たしかに笑みが刻まれている。

 それはアーロットとて例外ではなかった。この世界に来てからというもの生きるか死ぬか、生かすか殺すかの連続だった。当然、彼の心はひどく疲弊していた。しかし、それが今、メリサのカレーが持つ力によって回復していた。張りつめていた糸がようやく緩められた。

 食事のもたらす力の偉大さをアーロットは初めて認識した。最初こそメリサにどんな文句を言ってやろうかと考えていた彼も、今はメリサに感謝している。


「うぐ!」


 楽しい食事の時間を提供してくれたメリサにアーロットが感謝していると、おいしくカレーを食べられるタイミングからずれてしまった。

 塩味、苦味、渋味、ルーが青色の時とは異なる味の洪水がアーロットの口中に広がる。


「黄色も、まずい・・・」


 結果として、一皿食べ終えるまでにアーロットは五回、タイミングをずらして地獄を味わった。

 やはり一言くらい文句を言ってやろうと、食べ終えた彼は誓うのだった。

 

 

次回の投稿は7月14にです。

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