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神に選ばれた人間異世界で王様になる  作者: ペンギン
ロンバール編
33/48

ギリストア海賊団

「まったく、困ったものだよ・・・。見捨てられない、とかなんとか言って君のもとに戻っていくんだから。あのときの僕の驚きと焦りの一割でも君に共有してやりたいよ、ロット。きっと寿命が十年は縮むから」

「俺に寿命は存在しないよ」


 言葉こそ非難がましいが晴明の表情はいたって穏やかだ。彼は今、ガラハッドの愛馬レースの手綱を本来の主の代わりに握っている。


「逃げてくれと言ったはずなんですけどね」


 本来の主たるガラハッドもまた苦言を呈する。彼にだってこれくらいの小言を言う資格はある。むしろこれくらいでは足りないくらいだ。


「すま」

「ですが・・・」


 アーロットがなにかを言う前にガラハッドは心の底からの言葉を主人に伝える。


「ありがとうございます。今、俺がここにいるのは紛れもなくあなたのおかげです。その事実に心よりの感謝を。そして改めて俺の忠誠を受け取ってください。あなたに救われたこの命、生涯あなたのために使いましょう」


 後悔はしていない。ガラハッドに告げたその言葉に偽りはない。

 しかし、迷いがなかったわけではない。王としてあの場面ではガラハッドを見捨てる選択こそが正しかったのだと今もアーロットはそう考えている。たとえ結果的にガラハッドを救えたとしても、自らの命を無闇に危険に晒す必要はなかった。

 それでも、こうして救うことができたガラハッドに礼を言われ、忠誠を捧げられれば自分の選択に誇りを持つことができた。正しい選択をしたと胸を張ることができた。


「ありがとう」


 気づけばそんな言葉が口をついて出た。己の行いに誇りを持たせてくれたことに対する感謝が抑え切れなかった。

 

「俺の方が感謝されるとはおかしな話ですね」


 そう言いながらガラハッドはクスクスと笑う。それは単に不自然な会話が面白かっただけではないだろう。

 意義があった、覚悟があった、ただそれでも、怖かったわけではない。死の恐怖から解放されたガラハッドは心の底からの笑顔を見せた。

 そして、その笑顔こそが幾百の感謝の言葉にも勝って主人の行いに報いた。



「いやはや、一時はどうなることかと肝を冷やしましたが、三人ともご無事で何よりです」


 一足先にシラノスにてアーロットたちの帰還を待っていた白閻が戻ってきた三人を出迎える。疲労が濃く表わされているもののその表情にアーロットへの非難は見て取れない。

 場所はシラノスを治めていた元領主の屋敷、その一室である。決して広いとは言えないその部屋に逃げ延びたすべての人間が集まっていた。一人の例外もなく傷を負っている。それでも応急処置が間に合ったのは生き残った人間の数が三十人にも満たないから、そしてそのほとんどが魔法で自分を治療できる兵士だからだろう。

 調度品が一切置かれていない空き部屋。逃げ延びた人間たちは畳の上で車座に座ってアーロットたちを待っていた。


「勝手な行動をしてしまい申し訳ありません」


 入ってきた(ふすま)のすぐそばに腰を下ろしたアーロットは目の前に座る老王に向かって頭を下げる。

 その謝罪を苦悩のにじむ声で白閻は受け止める。


「頭をあげてください、アーロット殿。むしろ私はあなたに感謝したい」

「え?」


 まったく予想外の言葉に間の抜けた声を出してしまう。糾弾されこそすれ、感謝されるとは露ほどにも考えていなかった。


「私は民が目の前で殺されていても動けなかった。王は民も守るために剣を取る存在にも関わらず・・・。自分の命が惜しかったわけではありません。しかし、ここで自分が死ねば残された民は最後の寄る辺を失うと思ってしまった。そして自分の命と民の命を天秤にかけた私は自分の命のほうに天秤を傾けた」


 懺悔するような、あるいは自身を罰するような白閻の独白が部屋の中に響く。誰もその独白を止めようとはしない。


「だから私は、私の代わりにあの悪魔にあなたが立ち向かってくれたことがうれしい。こんな感情、ただの自己満足なのでしょうが、それでも私はあなたの行いに救われた」


 表情こそ笑っているものの、その瞳の奥には深い後悔が揺らいでいる。


「・・・」

 

 返す言葉が見つからなかった。

 王としての使命を優先した結果として白閻は民を見捨てざるを得なかった。そんな彼に、王としての責任を放棄してガラハッドを救いに戻ったアーロットがかける言葉にどれほどの重みが宿るだろうか。

 年老いた見た目に似合わず発していた威厳に満ちたオーラは今や見る影もない。


「この世界に来た当初、俺は誰かの命を奪うことに強い忌避感を抱いていました。それは、今もあまり変わりませが・・・」


 軽くて、薄っぺらな言葉でも語らずにはいられなかった。力になりたいと思ってしまったから。


「その甘えが、俺に一人の悪魔を殺させなかった。結果として守るべき民の多くを犠牲にしてしまった。自分のせいで死んでしまった人たちの亡骸が並べられた光景は忘れられません」

 

 一言吐き出すたびに胸の内に激痛が走る。脳裏に、炎の海と化したキャメロットが映し出される。

 後悔や自己嫌悪に吐き気すら感じながらそれでも口を閉ざすことはなく、己の過ちを告白する。


「それでも、今も俺はその甘さを捨てきれません。それが正しいことなのかどうか、今はまだわかりません」


 輝きが失われた白閻の瞳を見つめる。

 物音ひとつ聞こえない室内でアーロットの声だけが聞こえる。

 誰もが彼の言葉の続きに耳を傾けている。


「この甘さが正しいことなのかどうか、今はわかりません。だから、答えを知るために前に進みます。きっと結論が出るのは俺が死んだ後か、この戦争が終わった後でしょうから・・・」


 語り終えると、そっと短く息を吐いたアーロット。周囲の人間もそれでアーロットの言葉が終わったことを理解したのだろう、意識を白閻に戻す。

 視線を床に向けた状態の白閻の表情は周囲から窺うことができない。


「・・・」


 慰めでも、励ましでもない、会話の体すらとれていない一方的な宣誓。

 それでも、なにか心に響くものがあったのだろう。

 顔を上げた白閻の瞳にはこれまでと同様の輝きが宿っていた。


「なんだか、立ち止まっている自分が恥ずかしくなりました。まだ若いあなたが頑張っているのだから、私も無駄に年を重ねたわけではないことを証明しないといけませんな」


 気圧されるような覇気に満ちた視線はこの状況下にあってなんとも頼もしいものだった。

 再起した白閻に呼応するように、生き残った兵士たちの心も熱を帯びる。その光景はアーロットにとっての理想の臣下と王の関係であった。

 円形に座る頼れる仲間の顔を順番に見つめていく。心も体も傷ついた彼らだが、それでもなお生きることを諦めず前に進む意思があることをその眼差しから見て取ったアーロットは一度だけ深く頷く。

 

「まずは(くだん)の海賊団を探しましょう。セイの地形操作で一時的に足止めはできていても長くはもたないでしょう」

「それについては現在この屋敷の主である清安(せいあん)という男の手下がギリストア海賊団を探しています。危険も顧みずに私たちを匿ってくれた上に、海賊たちの捜索にも手を貸してくれたことには感謝の念が尽きません」


 だとすれば、なるべく早くここから去らねばならない。気取られないうちに、痕跡を残さないうちに。アーロットたちを匿ったことがばれたら清安という人物はおそらく悪魔に処刑されてしまうから。恩を仇で返すわけにはいかない。


「俺たちも捜索に加わろう。セイの式神を使えばすぐに見つかるはずだ」

「まかせたまえ。仮に船が沖に出ていたとしても見つけてみせよう」


 胸を張って得意げにそうのたまう晴明。これなら多少酷使しても問題はなかろうとアーロットは結論付けた。


「ほかの者たちは傷を癒してくれ。見つかるとまずいから外には出ないように。メリサ、悪いが全員の治療を頼む」

「かしこまりました」


 指示を出したのち、晴明と連れたって部屋を後にする。


「どこに向かうんだい?」


 歩みに合わせてぎしぎしと音が鳴る年季の入った廊下に出ると晴明が行き先を尋ねてきた。

 無論アーロットも行く当てもなしに部屋を飛び出したわけではない。答えはすぐさま返ってきた。


「海だ。沖に出ていても見つけられるんだろう?ならまずはそこから探そう」

「任せたまえ」


 

 空から降るいくつもの雪の結晶を青黒い海が飲み込む様子は寒々しかった。

 実際、海に近づくと急激に気温が下がったのを肌で感じた。晴明とそろって身震いしてしまう。

 そんな彼らの姿は誰の目にも映らない。二人はシラノスの土地に駐在している騎士の目から逃れるため、『隠蔽(ステルス)』の魔法を発揮していた。海に向かって歩いたすえたどりついた岩場では二人の足跡から発見されるということもあるまい。


「うわ!冷た!」


 押し寄せる波のしぶきに晴明が身をよじって悲鳴を上げる。


「我慢しろ。それより式神を召喚してくれ。魔力はいくらでも融通してやるから」

「ロットの対応も冷たい・・・」


 などと軽口をたたきながらも晴明はアーロットの魔力を受け取って式神を召喚していく。

 魚の尾びれを生やしたカエルが次々に海に向かって飛び込んでいく。


「式神は魔力で作ってるからね、あまり遠くには行けないけど、まあシラノス近海を調べるには十分だろう」

「海賊たちを見つけた場合はどうする?」

「式神がわざわざ伝えにきてくれるようなことはないよ。だから僕が一匹一匹の視界を覗いて確認するしかない・・・」


 つまり海に潜っていったあのカエルの群れは全てが晴明の目となるわけだ。

 五十は超えるであろう群れの視界を一匹一匹覗いていくのだ、鬼のような作業量に晴明が頭を抱えるのも無理はない。

 しかし、アーロットは晴明に一言苦言を呈したかった。


「お前の式神のセンスが理解できないんだが」

「ええ!これかっこよくない!?」

「まったく」

「ロット、センス悪いよ絶対」


 センスが悪いのは晴明だと言い返したかったが、言って納得するような雰囲気ではないため、アーロットは反論をため息に変えて吐き出した。

 もしかしたら、妖精の感性ではこれがかっこいい可能性もある。


「これだけ放てば沖にいてもすぐに見つかるだろう。どうする?空にも式神を配置して地上の様子を探るかい?」

「やめておこう。すぐに式神とバレて撃墜されるだけだ」


 この調子では羽の生えた猫でも召喚されそうだった。そんな奇妙な生物が空を飛んでいたら間違いなく撃墜、あるいは捕縛されることだろう。


「地上は清安殿の手勢に任せるとしよう」


 隠蔽(ステルス)の魔法を使った状態での会話はどうにも一人喋りをしているようで落ち着かない。出来るだけ早く魔法を解除したいというのがアーロットの本音であった。


「用は済んだし、清安殿の屋敷に帰るぞ」

「了解」


 二人が屋敷に戻ると、逃げてきた一団に混じって見たことのない男性が白閻の隣に座っていた。

 アーロットは入ってくるなり男性の鋭い眼差しに射竦(いすく)められた。

 居心地の悪さを感じながらもアーロットは出来るだけ平静を装って腰を下ろした。

 

「清安殿でよろしいですか?」

「いかにも。私が清安、かつてここシラノスを治めていた者です。新しき人の王、お会いできて光栄です。なにももてなしができぬ無礼をお許しください」


 見とれるほど美しい所作で頭を下げる清安にアーロットは恐縮した。


「頭をあげてください。こうして危険も顧みず俺たちを匿っていただけただけでも十分ありがたい。この恩はいつか必ずお返しします」

「それまであなたが生きていられれば良いのですが」


 清安の言葉に晴明とは反対側、右隣に座るガラハッドからはっきりとした不満が伝わってきた。それは清安に向けられたものか、言われっぱなしで終わるなとアーロットに向けたものか。どちらにせよ、これまで以上にガラハッドとの距離が縮まったことがアーロットには嬉しかった。


「必ず、と言いました。俺は何があってもこの戦争を終わらせるつもりです」


 真正面から清安の鋭い瞳を見つめ返す。否、睨み返すと言ってもいいかもしれない。

 二人が発する圧力に逃げ延びた兵士たちの大半は居心地悪そうな顔をしている。


「「・・・」」


 睨み合うこと数秒、突然、清安の表情が一変した。今は柔らかに微笑んでいる。その顔は笑った時の白閻に不思議と似ていた。


「いい目をしている。若かった時の兄そっくりだ」

「兄?」


 清安の言葉に疑問符を浮かべたアーロットだったが、すぐにピンときた。


「もしかして、白閻殿が?」

「そのとおり。私の姓は白閻と同じ(せん)と申します」


 最初に名前を名乗られた時はてっきり名字がないのだとアーロットは考えたが、どうもそうではないらしい。

 驚くアーロットを見るその目つきからは清安が見かけによらずいたずら好きということが窺える。


「そうでしたか・・・」


 似ているはずだ、とアーロットは深く納得した。そして危険を顧みずに清安が自分たちを匿ってくれた意図についても理解できた。なんてことはない。兄を助けたいというごく自然な感情から彼はアーロットたちを助けたのだ。


「もし、私が死んだとしても・・・ここであなたを助けたことを後悔させないでくださいね」


 ひとりで納得しているアーロットに清安はにこやかにそうプレッシャーをかけてきた。


「もちろんです」


 しかし、アーロットはその言葉にひるみはしなかった。清安の瞳を見つめ返してそう宣言した。


「よろしい・・・。では食事にしましょう。皆さんきっとお腹をすかせているでしょうから」


 にっこり笑う清安の表情はやはり白閻が浮かべる笑顔に似ていた。

 久しく見たことがなかった家族のつながりが、アーロットにはあたたかくもあり、美しくもあった。

 ふと前世の両親のことを思い出す。思い出したところで、過去の自分を喪失した今の彼にとって記憶の中の両親に抱く感情はなかった。それが少しだけ悲しかった・・・。


次回の投稿は7月7日です。

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