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神に選ばれた人間異世界で王様になる  作者: ペンギン
ロンバール編
32/48

極地

 しんしんと雪が降り積もる丘に立つのはガラハッドとフォルスの二人だけ。ガラハッドは己の最後の役目を見事果たしてみせたのだ。

 

「見事。よく儂を相手に仲間を守り通した。流石はアーサーの円卓随一の騎士」

「今の俺はアーロット様の騎士だ」

「これは失礼」


 威厳など露ほども感じられない飄々(ひょうひょう)とした語り口にも関わらず、対峙するガラハッドは底知れない威圧感を感じずにはいられない。

 瞳からも、常に濃密な殺気が照射されている。並みの者なら一睨みされただけで意識を手放しそうなくらいその殺気はリアルな死のイメージを与えてくる。

 しかし今はその視線に純粋な敬意も含まれている。

 

「悪魔にとって強者こそすべて。強者であれば何者であろうと敬意は払う。故に儂の剣をここまで堪え切った強き騎士よ敬意を持ってお前に儂の奥義を披露しよう」


 言葉とともにフォルスの魔力が洗練されていく。それとともにガラハッドの中で否応なく危機感が募っていく。

 それは才能ある者が(おご)ることなく鍛錬を重ね、幾多の死地をくぐり抜けたうえで到達できるかどうかの領域。

 長い長い歴史を顧みてもそこに至った存在は世界中を見渡しても百人といない。現在ではその数は十人にも満たない。

 才能、技術、経験、知識、個人が持ちうるすべてを注ぎ込んだ正真正銘の必殺。

 それこそが極技(きょくぎ)強者(つわもの)たちが目指す一つの究極。


「三分じゃ。三分で儂を倒すことができなければお主の負けじゃ。・・・では始めるぞ、極技行使(アルティメット)


 極技は行使するまでに三分間の溜めを必要とする。自分の全てを捧げて発動するのが極技。そのゆえ、三分間は極技発動に集中するためそれ以外での運動性能、魔力操作、集中力に大幅な制限が課されることになる。

 つまりガラハッドが生き延びるためにはこの三分間でフォルスを倒さなければならない。

 逆に言えばフォルスはこの三分間をどうあっても(しの)ぎ切らねばならない。


「『氷雪刺撃(ブリザリア)』!」

 

 ガラハッドが放った魔法をフォルスは大きく横に飛ぶことで回避する。剣で斬り壊すことも、魔法で相殺することもしない。いや、できない。

 フォルスに(かわ)された魔法はそのまま後方に飛び去っていく。通常、魔力によって生成された物質は使用者が魔力を制御しきれない距離に到達すると自動的に元の魔力に戻る。

 この際、拡散した魔力は元の持ち主に戻ることはなく、世界の魔力として所有権が移動する。

 ガラハッドは自分が魔力を制御できるギリギリの位置で魔性  『空移(くうい)』を発動した。転移先はフォルスの頭上。

 知覚外からの攻撃をフォルスはギリギリで避け損ねた。と言ってもスーツを氷片が斬り裂いたにすぎず、フォルス本人は多少の冷気を感じた程度だった。

 ここまでに一分の時間が経過した。タイムリミットまであと二分。


「『炎却(フラメイズ)』、『刺電(エレクトリア)』、『風槍(エアリア)』」


 時間差で三つの魔法を撃ち放つ。さらにガラハッド自身もフォルスに向かって転移する。

 聖剣による斬撃。躱される。

 魔法による攻撃。躱される。

 転移で軌道を修正した魔法による攻撃。躱される。

 これでもかというほどに攻撃の密度を高めてフォルスの思考を圧迫しているのに攻撃が全く通用しない。かすり傷程度なら与えられているが、極技の発動を阻止するには至らない。

 タイムリミットまであと一分。


「もっと、もっと手数を増やせ!」

 

 自分自身を叱咤するガラハッド。

 一度発動した魔法は使用者の制御を外れ、元の魔力に戻るか、外部から別に力を加えられるかしない限りは消滅しない。つまりは自然に消えてなくなるということはない。

 ガラハッドが発動した炎と雷と風の魔法はまだ消えていない。転移の頻度をさらに高めて全方向から絶えることなく魔法を叩き込む。

 ここにきてフォルスの顔から余裕が消える。彼の体のあちこちが魔法によって傷つけられていた。しかし優先順位をはっきり決めているのか、先ほどから何があっても悪魔殺しの聖剣フィリ・ア・ナイトだけは完璧に避けている。

 タイムリミットまであと三十秒。

 勝負を決めるならここしかない。

 そう判断したガラハッドは自らの奥の手を披露する。


「『穿光剣(ルミエラ)』!」


 光を束ねて作られた剣が至近距離でフォルスに発射される。

 光属性の魔法の最大の利点はそのスピードにある。光速で飛来する魔法を避けられる者などいない。

 もちろんデメリットも存在する。光属性の魔法陣は記述量が膨大なものとなる。光には斬撃属性も打撃属性も備わっていないため、攻撃魔法として光を使用するにはそれらの属性を追加しなければならない。結果として魔法陣の記述量は増え、魔法発動に致命的なロスが生じる。

 このデメリットを打ち消すもっとも簡単な方法は一つ。あらかじめ身に着けた道具に魔法陣を刻んでおくこと。

 魔法陣さえ刻んでおけばあとは魔力をそこに流すだけで魔法は発動する。

 ガラハッドの盾には光属性の魔法が四つ刻印されている。   

 『穿光剣(ルミエラ)』はその中でもっとも攻撃に特化した魔法。

 タイムリミットまであと十秒。

 不可避の魔法はしかとフォルスの腹を貫いた。そう認識するころには光の刃は遠く彼方に飛び去って元の魔力に戻っていた。


「肉を切らせて骨を断つとは、どこの世界の言葉じゃったかな。時間切れじゃ」


 腹と口からどす黒い血を吹き出しながらもフォルスは笑って見せた。

 その言葉通り既に三分が経過していた。

 それでもガラハッドは諦めなかった。距離をとり、全力で   『魔壁(シェルド)』を展開。さらに盾に残ったすべての魔力を注ぎ込む。


「『夜闇一閃(よやみいっせん)』」

 

 詠唱とともに放出された闇子(あんし)がガラハッドを包み込む。逃げ出そうにも闇子の壁が厚すぎる。おそらくどんな攻撃も壁を突き破ることなく消滅してしまうだろう。

 だから無駄なことに魔力を使わない。ただひたすらに『魔壁(シェルド)』と盾を魔力で強化する。

 それがいかに無駄な行為かを知りつつも・・・。

 ガラハッドを閉じ込めた闇子のドームの真正面ではフォルスが居合でもするかのように刀を構えている。刀は闇子を纏い、それゆえ、徐々に刀身が消滅している。


「儂が出会った中で最高の騎士にこの一撃を捧げよう」


 横一閃に刀を振りぬくと光すら消滅させる漆黒の斬撃がガラハッドの命を刈り取るべく彼に襲いかかる。

 振り切ったフォルスの刀は既に刀身が跡形もなく消え去っていた。

 闇子によって可視化された斬撃がガラハッドを閉じ込める闇子のドームと激突する。闇子のドームは同じく闇子で作られた斬撃を反発することなく受け入れる。


「うおおおお!」


 手前に展開していた『魔壁(シェルド)』はあっけなく消滅した。

 闇子の刃とガラハッドの盾が衝突する。

 闇子が消滅させきれないほどの魔力を盾から放出する。闇子以上のエネルギーをもつ魔力と接触して闇子が消滅していく。

 

「!?」


 突然、ガラハッドの全身から力が抜けていく。それによって闇子がガラハッドの盾を消滅させて彼自身をも消し去らんと牙を剥く。

 実際のところ闇子のドームで閉じ込めたり、闇子の刃で斬りつける必要は全くない。極技とは死という結果を押し付ける技術だからだ。それまでの過程はあくまでも結果を導くためのつじつま合わせに過ぎない。ゆえにこそ極技は必殺たりえる。発動した時点で敗北、死が決定づけられる。

 阻むものがなくなった闇子の刃は遂にガラハッドの鎧を切断した。

 ・・・それだけだった。ガラハッドの体が無惨に両断されることもなければ血の一滴も流れていない。

 わけもわからずガラハッドは自分を突き倒して闇子の刃に立ち向かった人間を見た。


「どうして!」


 その姿を認識した途端、はらわたが煮え繰り返るほどの怒りを感じた。

 彼がここに戻ってきたのではガラハッドが命を捨てた理由がない。


「ガラハッド、手の届く範囲にある命すら取りこぼす王がどうして世界なんて大きなものを救えるんだ」


 絞り出すように吐き出されたその声は刃と刃がぶつかり合う音のなかでもはっきりと聞こえた。


「そうじゃない!多数を救うために少数を切り捨てればいい話なんだ!」

「断る!」

「自分の立場がわかっているのか!ここであなたが死んだらより多くの人が死ぬんだぞ!」

「わかっているとも!それでも俺は、お前を助けたい!」


 極技の対象はガラハッドただ一人。無理矢理介入したアーロットは攻撃の対象とならない。つまり、アーロットならば、死の結果を付与されることなく、極技を妨害できる。

 魔力が生み出されては消えていく。同時に、許容量を超えたエネルギーを浴びせられた闇の粒子もまたいずこかに消えていく。

 徐々に刀身が漆黒の刃に食い込んでいく。

 生み出す力が消し去る力を凌駕してさらに刀身を食い込ませていく。

 両断。

 無限の魔力が闇子の刃を見事に両断して見せた。


「なんと・・・」


 極技の発動による疲労とガラハッドに受けた傷のせいで立ち上がれないフォルスは驚きを隠すことができない。


「すまない。俺はお前の決意を踏み躙った。・・・それどころか自分に課せられた責任すらも放棄した。だが、それでも、俺は自分の行いに後悔はしていない。お前もまた、王として俺が守るべき人間なのだから」

 

 振り返ることもなく伝えられた言葉にガラハッドは怒り、呆れ、そして最後に安堵した。根拠はない。しかし確信していた。長く続いたこの戦争を終わらせるのはアーロットだと。

 誰も彼もが心を擦り減らして、他者を犠牲にすることに慣れてしまった今、それでもアーロットだけはガラハッドを救いにきた。きっとその心の有り様はこの先も失われることはない。だからこそその道行には苦難が満ちている。

 それでも、そんなアーロットだからこそ、終わりの見えないこの戦争に終止符を打つことができるだろうと、彼を見上げるガラハッドは確信していた。


「ロット!早くするんだ!」


 声のした方向を見れば、なんらかの魔法を保持した状態の晴明が二人を待っている。そのすぐそばにはイースロンとガラハッドの愛馬もいる。


「逃げるぞ!」


 全身鎧を着込んだガラハッドをなんとか担いだアーロットが晴明の元に向かって駆け出す。


「させるか」


 刀身を失い柄だけになった刀を放り捨て、フォルスが二人の跡を追う。穿たれた大穴から流れ出る血液が、彼の足元の雪を真紅に染める。

 傷の影響か、フォルスの移動速度は先ほどよりもかなり遅くなっている。

 それでも、ガラハッドを背負ったアーロットよりは十分に速い。


「『創造(クリエイシア)』」

 

 あと一メートルの距離にまでフォルスが迫った時、彼とアーロット達を隔てるように一つに壁が出現する。

 それはすぐさま幅を広げ、天を突くような巨大な山となった。

 ものの数秒でフォルスの行手にはオックス山脈もかくやという巨大な山脈が出来上がった。


「仕損じたか・・・。これではしばらく追えんな」


 気力の糸が切れ、地に倒れ込むフォルス。遠くから引き離してしまった騎士団の本体が近づいてくる足音がする。


「しかしまさか引き返してくるとは思わなんだ・・・」

 

 その呟きは悪魔の靴音に消され、誰の耳にも届かなかった。

次回の投稿は六月三十日です。

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