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神に選ばれた人間異世界で王様になる  作者: ペンギン
ロンバール編
30/48

敗走

 一体誰が予想できただろうか。十万の軍勢が一斉に出現し、アーロットたちを包囲する事態など。しかも部隊を指揮しているのは准将フォルス。一度は退けた相手とはいえ、決して油断できる相手ではない。


 「まずいことになったね」

 「フォルスと言えば経験、センスともに抜群。悪魔の中、いや全世界でも彼ほどの達人はそういないでしょう。アーロット殿は彼と一度剣を交えたそうですが、いかがですかな」


 アーロットがフォルスト戦ったのは一か月ほどまえのこと。アーロットはその時のことを思い出しながら彼なりの見解を述べる。


 「噂ほどの圧力は感じなかったです。しかしだからこそ不気味でした。本気ではなかったのでしょう。俺には彼の底をはかり知ることはできませんでした」


 重傷を与えたとはいえフォルスはまだ奥の手を持っていた。それをアーロットはよく知っている。それさえ使えばあの状況からフォルスが逆転することも十分に考えられた。まさにそれは必殺の一撃と言っていいものだ。

 しかし、乱発はできないし、複数人を同時に相手にできるものでもない。そのことをバルトは知っているのだろうか。彼だけはこの場の誰とも違う観点を有していた。


 「この際問題なのはフォルスじゃない。奴がいくら強くともここにいる者が一斉にかかれば負けることはない。問題はそれ以外だ。いかに実力者がそろっていようと十万の敵を相手にすることはできんぞ」


 この場ではバルトの意見が正しかった。

 アーロットの隣で深く息を吐いた白閻(びゃくえん)が決断を下した。


 「逃げるしかないでしょうな」


 逃げる、この場合は敗走と言い換えてもいい。

 アーロットたちに許された選択肢はそれしかなかった。

 今回はマーリンの予知を防ぎ、転移で大群を送り込んだ悪魔の方が一枚上手だった。


 「俺も同意見です」


 アーロット以外の面々も賛意を示す。

 議題はいかにして逃げるかに移っていく。


 「キャメロットに逃げるのはどうだろうか。あそこならここにいる者たちを収容するだけのキャパシティがある。俺も王としてできるだけの支援をしよう」

 「気持ちは買うがな。敵も俺たちがキャメロットに逃げ込むことは予想しているだろう」

 

 ラデスの言葉を補足するようにバルトが全員が座る長机の上に敵の配置を表示した。


 「これが部下から得られた情報をもとに私が敵の行動を予測したものだ」


 アーロット達の現在位置には白い点がプロットされている。それを取り囲むように赤い点が各地にプロットされている。その数はアーロットたちの元へ向かうものが一番多い。その次に多いのはキャメロット方面に進んでいる赤い点だ。

 

 「となると逃げるのは東になるだろうか」


 映し出された地図上ではロンバールの東側にはまだ騎士団の手は回っていない。


 「一応、師匠の意見も聞いておくのはどうでしょうか?」

 「そうだな」


 既にマーリンの予知は機能していないと言ってもいい状況になりつつある。それでも、万が一敵の隠蔽に穴があるのなら、とマーリンに連絡をする。


 「どうなさいましたか、アーロット様」


 その言葉だけでもマーリンの予知に期待できない可能性は濃厚だった。

 誰もが心中で一抹の希望を抱いていたのだろう。それが潰えた彼らの表情は皆一様に落胆を色濃く表している。

 それでもアーロットだけは少しだけ安堵していた。マーリンの反応から察するにキャメロット側に展開した騎士団がそのままキャメロットに侵攻しているということはなさそうだ。

 メリサがマーリンに現在の状況を伝えるとともに、バルトが計算した敵の進行予測を送信する。

 状況を理解すると誰に頼まれるでもなくマーリンは予知を開始した。


 「さてさて、どこまで予知を信用していいのやら」

 「少なくとも君の占星術よりはましだから安心してくれたまえ」


 マーリンと晴明、超一流の魔法使い同士の仲は誰が見ても険悪だった。


 「僕は君と違って式神を使役したり結界を張ったりできるから、予知しかない君とは違うんだよ。ロット、これからはマーリンより僕を頼りにするといい」

 「逆に言えば君は式神と結界しか能がないじゃないか。私の魔法のレパートリーをもってすればその程度造作もない。君はせいぜい僕の考えた最強の式神でも作っていればいいんだ」

 「作るとも。しかしそうなれば君は正真正銘ただの役立たずになるがね」


 二人の口論はとどまることを知らない。

 アーロットがいい加減仲裁に入ろうとしたところでマーリンの予知が完了した。

 どうやら口げんかに興じながらもやることだけはしっかりやっていたらしい。


 「隠されていた未来、その一部を見ることができました。それによると鍵となるのはアーロット様が出会ったログレスという植物種です」


 ログレスという名前にアーロットはすぐにピンときた。そもそもログレスと出会ったのは彼女がアノールへ行く手伝いをアーロットたちにしてほしかったからだ。そしてアノールはロンバールの東に位置する国。偶然の一致とは思えない。

 すぐに魔法陣の中から短剣を取り出して連絡を取る。

 短剣による転移は『遠話(えんわ)』の魔法を応用している。本来声を届けるはずの『遠話』でログレス本人を届けようという仕組みだ。だからこそジャミングの状態にあった先の戦いではログレスを召喚することはできなかったのだが。

 今回は本来の『遠話』の機能を用いることでログレスに連絡した。

 音波となった魔力が伝えるログレスの声はやはり穏やかだった。

 マーリンにしたようにログレスにも現在の状況を説明する。

 

 説明を聞き終えたログレスはさすがに言葉に詰まっていた。


 「これから俺たちはロンバールの東、アノールに避難しようと思っている。その結果をマーリンに予知してもらったところどうも君がこの逃走劇の鍵を握っているようだ。なにか心当たりはないだか?」


 アーロットの問いかけにログレスはすぐになにか心当たりを発見したようだった。


 「(わたくし)がアノールに行く理由をアーロット様は覚えていらっしゃいますか?」


 二か月ほど前の、ログレスとの出会いを思い出す。


 「たしか会いたい者がいると言っていたな」

 「そうです。彼ならこの状況もなんとかしてしまうかもしれません」


 ログレスの言葉に全員が耳を疑った。バルトなど性質(たち)の悪い冗談だと切り捨てた。

 ログレスの口ぶりから察するに彼女が会いたいという人物は一人。たった一人が十万の軍勢相手に何かできるとは到底思えない。


 「(わたくし)が会いたい人物の名はガウェイン。先王アーサー様の甥、ガウェインです」


 なるほどと、ガラハッドは納得した。しかし彼の口から出た言葉はログレスへの賛意ではなかった。


 「馬鹿な!彼はランスロットに殺されたはずだ!」


 割って入ったのは晴明だった。


 「ちょっと待ちたまえ。ガウェイン卿がランスロット卿に殺されたとはどういうことだい?彼を殺したのはモルドレッド卿だろ」

 「「モルドレッド卿?」」


 ガラハッドとマーリンが揃って疑問符を浮かべる。どうも彼らの話は噛み合っていない。


 「あくまで俺たちの世界に伝わるアーサー王の伝説ではな。史実とは異なる」


 食い違いの理由を把握できたのはラスティナとレーテルナ、両方の知識を持つアーロットだけだった。


 「世界から世界へ伝聞された情報はさらに世界から個人へと伝えられる。無意識に他世界の情報を受け取った人間はさらにそれを脚色して世に送り出す。これだけ間を挟めば本来の歴史から逸脱することもあるだろう」


 話の腰を折ったことを晴明が謝罪するとログレスが先程のガラハッドの問いに答える。


 「たしかに彼は裏切り者のランスロットに殺されかけました。しかしかろうじて生きていたのです」

 「ではなぜ俺たちの元に来ない。生きているのなら新しい王の元に参上するべきだろう」

 「その通りです。なので(わたくし)は傷を癒しため、深き眠りについたガウェインを迎えに行かねばならぬのです」


 ログレスの言葉にガラハッドは一応納得できたようだった。

 それでもまだ疑問は残る。


 「君とガウェインとの関係はなんだ?」

 「私はガウェインの契約者です。と言っても植物種はその性質ゆえ(こん)から頻繁に離れることはできません。そのため彼と共に戦うことはほとんどありませんでした」


 ではなぜ君と契約を?という言葉がアーロットの喉元まで出かかった。しかしそれが音になることはなく、問うまでもなくログレスは答えた。


 「(わたくし)が彼と契約したのは彼を看取るため。生き延びることに長けた植物種に、彼は自分を看取ってもらおうと考えたのです」


 静かで悲しげな声が部屋の中に響く。

 ガウェインとログレスが契約を交わしていたことはわかっても、わかったのはそれだけだった。彼と彼女の間になにがあるのかはいまだにわからない。

 そこは余人が軽々に立ち入っていい場所には思われなかった。


 「アーロット様、もしガウェイン卿が生きているのなら十万の軍勢は恐るるに足りません」


 誰よりも信頼している臣下の言葉でもにわかに信じられない。たった一人が十万の軍勢に対抗できるなど。


 「ガウェインはそれほどの強者(つわもの)なのか?」

 「彼とてたった一人で十万の軍勢を相手にすることはできません。しかし条件さえ揃えることができれば勝算は十分にあります」


 時間はない。こうしている今もアーロットたちの元には続々と悪魔が迫りつつある。もたもたしていれば東への退路も塞がれてしまうだろう。

 それを防ぐためにも決断は即座に下さなければならない。

 しかし両肩にかかる幾百の命の重みが決断を遅らせる。

 チラリと、横にいる白閻の顔を覗く。

 彼はすでに決断を下したようで目を閉じ、アーロットを待っている。

 逃げるか、戦うか。選択肢は二つだけ。戦いを挑めば全滅は必死。逃げるを選べば一縷の望みは存在する。

 ここはー


 「アノールに逃げてガウェインと合流する」


 そうと決まれば最初にやるべきはただ一つ。逃走経路の選択。

 それまでは敵の行動予測が映し出されていた机にさらに二本の輝線が描き足される。


 「これが予想される逃走経路だ。一つは山を越えるもの。もう一つは海を渡るものだ」


 どちらも容易いルートではない。

 大群を率いての山越えは過酷を極める。かと言って海路を利用するには船がない。


 「どちらも難しいですな」

 「船がないんだ山を越えるしか方法はないのでは?」


 ラデスの言葉に白閻は首を振る。

 

 「そうしたいのは山々ですが時期が悪い。今日は麒麟の月の十日、今このオルド山脈の中腹から上では雷雨が発生しております」

 「雷雨程度なら魔壁で防げるのでは?」

 「僕たちの世界の雷雨とは違うんだ、ロット。雷雨とはつまり雨のように降り注ぐ雷のこと。さらに今はオルド山脈に麒麟がやってくる」


 ラスティナの暦には獣の名前が使われている。それらは全てその時期に繁殖する獰猛な獣の名前だ。つまりラスティナの人々は暦に獣の名前を使用することでいつどんな獣が繁殖し危険であるかを示しているのだ。

 レーテルナでいう五月は一年で最も麒麟が繁殖する時期。


 「繁殖期の今、雷雨のエネルギーを求めてオルド山脈にやってきた麒麟は大層気が立っている。近づくのは得策じゃないね」

 「晴明の言う通り。普段は温厚な麒麟たちも繁殖期だけは別。雷雨の中、民を引き連れて彼らの元に向かうのは十万の軍勢を相手にするより危険でしょう」


となると残された選択肢は一つ。しかしこちらも容易ならざる経路であることは疑いようがない。


 「バルト殿、このロンバールからアノールまでの海路はどのようにして引かれたのですかな?」

 「最短距離を引いただけだが?」


 顎に手をやりしばし黙考する白閻だが、徐々にその顔は曇っていく。


 「この海には出るんですよ、災害種が」

 「リヴァイアサンですか?」

 「いえ、竜宮の乙女と言います。竜宮の乙女はその名の通り雌の個体しか存在しませぬ。しかし繁殖には雄の精気が必要。そこで奴らは通りかかった船に群れで襲いかかるのです。そこから男をさらって精気を吸い、それを糧に子孫を生むのです」


 つまりアーロットたちはなんとかして船を手に入れただけでは安全にロンバールを脱出できないことになる。

 慣れない航海の上で災害種まで警戒するとなると船を手に入れたとしてもアーロットたちには荷が重い。スペシャリストの存在が必要になる。


 「港の船乗りに協力をを仰ぐのどうでしょうか。彼らなら竜宮の乙女をやり過ごして海に出ていたわけですから力になってくれるはずです」

 「残念ながらアーロット殿、それは無理です。ロンバールがまだ人間の国だったころ竜宮の乙女の被害者は年間で約二百人。多い時では五百人に上ることもありました」


 竜宮の乙女が災害種と呼ばれる理由を誰もが理解した。そして船乗りたちは決して竜宮の乙女をやり過ごせていなかったことも。


 「困ったね。山も駄目、海も駄目となると・・・空はどうかな?オルド山脈を迂回して空路でアノールに行くんだ」

 「無理だな。オルド山脈を迂回すれば時間がかりすぎる。途中で悪魔に追いつかれてしまうぞ。飛ぶにしろ歩くにしろオルド山脈を越えることは必須だ」


 いよいよ状況は八方塞がりとなって打つ手がなくなってしまった。


 「提案があります」

 

 誰もが頭をひねり解決策を探している最中、真っ先にそれを思いついたのはガラハッドだった。期待に満ちた視線が一斉にガラハッドに集まる。


 「アーロット様は俺が聖杯の探索に出たことはご存知でしょうか?」


 本人から聞いたことはないがレーテルナでその物語に触れる機会はあった。多少の差異はあるかもしれないが大まかな内容は間違っていないだろう。


 「その時、私を乗せた船は確かにこの海域を抜けましたが、竜宮の乙女に襲われることはありませんでした」

 「通りかかった船すべてを襲うわけではないだろう」

 「十日間の航海で一度も襲われないことはあり得ますか?」

 「あり得ませんな。それだけこの海域に長居すれば竜宮の乙女は必ず襲ってきます」


 つまりガラハッドを乗せた船は何らかの方法で竜宮の乙女をやり過ごしていたことになる。問題はその方法だ。ガラハッドが聖杯の探索に出たのは数千年前、既にその技術は失われている可能性が高い。


 「お前はその方法を聞いたことがあるか?」

 「すみません」


 申し訳なさそうに頭を下げるガラハッド。しかし無理もない話だった。当時は聞く必要のない情報だったのだから。


 「気にするな。安全に進む方法があるかもしれないとわかっただけでも一歩前進だ」


 気休めでしかなかったがそれでも確かにアーロットたちの状況は少しだけ好転した。あとはどうにかしてその方法を探すだけ。

 しかし悠長に探してはいられない。時間をかければかけるほど悪魔はアーロットたちを包囲していく。

 なんとかして包囲網が完成する前に目当ての情報を探さなければならない。


 「俺を乗せた船は今も乗組員を代えて海に出ているらしいので彼らに聞きに行くのはどうでしょうか」

 「本当か?いや、しかし仮にそうだとしてもロンバールにいるとは限らんぞ」 

 「問題はないかと。今の彼らはロンバールを拠点に活動しているらしいので」


 その言葉はしかとこの先進むべき道を照らしてみせた。光明が見えたと思ったのは一人や二人ではあるまい。


 「ではすぐに出発しよう。どこに向かえばいい」


 ガラハッドはなぜか苦い表情をしている。

 

 「どうしたガラハッド?」


 心底言いにくそうに、視線をそらしながらガラハッドは船乗りの素性を明らかにする。


 「俺を乗せた船は・・・海賊船なんです」

次回の更新は六月十六日、タイトルは「別離」です。

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