終わりを超えた始まり
生まれつき体は弱かった。それでも医者や両親の献身的な介護で今日まで生き続けることができた。同い年の他の学生が高校に通い始める頃、その状態も限界が近づき、今終わりを迎えようとしている。
現在はベットの上で死を待つばかりの状況である。視界はぼやけ、耳に響く母の泣き声も徐々にそのボリュームを落とし、父に握りしめられていた手の感触ももうない。
薄れゆく意識の中、不思議と胸中に渦巻くのは徐々に近づく死への恐怖でも、終わりゆく生への執着でもない。たった一つの願い。
短い人生の中で抱き、今際の際にてなお己の中で強く光り輝くその願望はあるいは呪いだったのかもしれない。なぜなら今なお煌々と燃え上がるその願いを俺はきっと寿命がいくら伸びようと叶えることなどできなかったのだから。
この願いを叶えることができるのは神様くらいのものだろう。しかし、現実に神様がいない以上やはり俺の願いは叶わないのだろう。
そう自覚すると同時に俺の意識を縫いとめていた最後の糸が切れ視界は暗転する。結局最後まで俺の願いを叶える神様の声は聞こえなかった。
そして俺は死んだ。
「起きなさい」
誰かの声が聞こえる。死んだと思ったけどまだギリギリ生きながらえているらしい。でもそれも少しの間だけだろう。
「起きなさい!」
先ほどよりも強く声がかけられる。そもそもこんな声のナースさんが居ただろうか?自慢じゃないが入院生活の中可愛いナースさんの特徴は全て脳にインプットした。その俺が聞き覚えのないこの声はいったい?
「起きろって言ってんだろが!!」
突然脇腹のあたりに鈍い衝撃が走る。痛い痛い。何なの!?
そこでふと気づく。手足の感覚が戻っていることに。それだけじゃない。寒気も息苦しさも感じず、ボヤけていた視界には再び光が戻っている。
驚きのあまり辺りを見回すとそこには見渡す限りの純白の世界が広がっていた。足元は大理石とも違う純白の石材が敷き詰められ、天井や壁はなく、ただ真っ白な床だけがどこまでも続いている。一つの予感が胸の内でざわついているのを感じつつ尚も辺りを見回していると座り込む俺を見下ろす形でそれはいた。
どこか現代離れした簡素な黒衣に身を包み、黒衣からはスラリとした華奢な腕と足を伸ばしている少女。輝く銀色の長髪と同じく銀色の瞳、その相貌はこれが絶世の美女かと誰もが納得するであろうほど整っていた。その姿からは神々しさすら感じられる。ただ惜しいのは何故か肩で息をし、その可憐な容貌を鬼の如く変化させていることだろうか。どうやら俺はこの少女に暴行を加えられたらしい。
しかし、そんなことはどうでもいい。死後、いかにも現実離れした空間、そして眼前の少女。これだけ揃えば、これから起こることは予想がつく。待ちわびた瞬間を前に堪えようのない喜びと緊張が全身を駆け巡る。
目が合うと眼前の少女は気を取り直すように咳払いをして口を開く。
同時に俺も逸る気持ちに身を任せ口を開く。
「やっと起き・・・」
「神様ですか!?神様ですよね!?神様だと言ってください!」
自分の発言に被せられた俺の発言に対して眼前の少女改め神様(仮)はとてもげんなりした顔をしている。
「間違ってはいないが、そういうのは普通私から名乗るものじゃないか?」
やや呆れ気味に、神様は言う。
やはり神様だったんだ。何一つとして具体的な証拠はないけど俺は信じる。というより、もはや俺には眼前の神様に縋るしかない。たとえ実は悪魔っだとしても、願いを叶えてくれるなら、喜んで魂を差し出そう。
覚悟を決めて俺は地に膝を突き、その後掌、額と同じように地に擦り付ける。そう土下座である。死の恐怖すら霞ませる大願が叶うかもしれないという状況でプライドなんて守ったりしない。今俺にできる最大限に誠意と真剣さを示す方法はこれしかない。
「何してるんだ?」
その神様からの問いかけには答えず、俺は土下座姿勢のまま声を張り上げる。短い人生ではあったが、確かに胸に抱き、そして余りの困難に絶望を強いたその願いを口にするために。
「大好きな小説の世界に転生させて下さいっ!!」
これが俺の願い。学校に行ってみたいとか、友達が欲しいとか、まして長生きしたいですらない。他人から見たら馬鹿なこととしか思われないだろう。だけど、他人からどう思われようとどうだっていい。
一度夢に見てしまったらもうどうしようもなかったんだ。どれだけ不可能に近かろうと追い続けずにはいられないんだ。叶えないわけにはいかないんだ。
重い沈黙が純白の世界を支配する。俺の願いを聞いた神様は答えた。
「いいだろう。段取りはメチャクチャになったが初めからお前の願いは叶えてやるつもりだったしな」
気になることを言う神様だったが、正直今はその言葉は俺の耳に届かなかった。かくしてここから俺の長い長い冒険が始まった。




