束の間の休息
右腕を落とされたセルスが力なく落下していく。すでに彼を取り巻いていた赤黒い魔力は晴れている。
落下していくセルスをキャッチしたアーロットは次いで周囲を見渡す。
生き残った悪魔の軍勢は士気を下げるどころか、セルスを取り返すために今まで以上の圧力で襲い掛かってきた。
戦力差は既に逆転している。悪魔たちもそれは重々承知のことだろう。
それでもなお戦い続ける彼らに敬意を表し、アーロットは全力で迎え撃つことにした。
「向かってくるなら容赦はしない!残る兵士たちを一掃せよ!」
再び『王咆』の王法で自軍を強化する。
そうしてアーロットたちは抵抗を試みる悪魔を殲滅していった。
唐突な開戦から始まった戦争が終わるころには夜が明け、白く輝くジェルタが現れ始めていた。
あれほど綺麗だった雲上の花園は見る影もなく、色とりどりの花々が見るも無惨に散らされている。
雲の上の戦場に残った味方の兵士の数は戦争開始時の三分の一。
生き残った者も皆疲弊して、中には飛ぶ力もなく仲間に背負われている者もいる。
張り詰めていた緊張の糸を緩めることなく辺りを見回すアーロットにガラハッドが近づいてくる。
「なんとか生き残ることができましたね」
「ああ、だが・・・」
「どうやってここを降りるか、ですね?」
行き着く間も無く新しい問題が生じる。
「ああ、流石にいつまでもここにいるわけにもいかない」
飛行を続けるにも魔力は必要になる。さらに今は各自でそこに気体生成と耐寒の魔法を併用しているため魔力の減りは通常の三倍は早い。
仮にアーロットが魔力を供給しても限界はある。無限の魔力といえど単位時間あたりの生産魔力量には限界があるのだから。
だからと言ってこの人数を守りながら危険なオックス山脈を下山できるかどうかは二人にはわからない。
「私の計算上、あそこの妖精と人王、ガラハッドの魔力を最大限に使用して魔壁を展開すればこの場にいる全員を無事に下まで送ることができるだろう」
アーロットとガラハッドの会話に割り込んだ機人が解決策を口にする。
使用できる魔力量、移動する人数、吹雪の様子など全ての要素を加味した上で出された結論は信頼に足るものだ。
ここはアーロットもガラハッドも提案を受け入れることにした。
「何から何まですまない。本当に助かる」
「礼には及ばん」
そうと決まれば急いで晴明を呼び寄せたアーロットは人を集めて魔壁を展開した。
生き残った兵士たちを全員収容すると降下を開始する。
雲を抜けて下山を開始すると容赦のない吹雪が傷ついた兵士たちを出迎える。
流石に全世界で屈指の魔力量を誇る三人が協力して作った魔壁は頑丈で、猛烈な吹雪にもびくともしていない。
出来るだけ急いで天然の要塞たるオックス山脈を下山する。
地上に着くと多くの者が絶句した。
そこには屍の山が出来上がっていた。
この戦争で命を落とし、雲上の花園から落下してきた兵士たちの遺体がそこかしこに転がっている。
一歩間違えば自分もここに転がっていたかと思うと言葉を失うのも無理はなかった。
その光景を目にした上で開戦前の気迫を失っていない白閻は流石と言えるだろう。
「アーロット殿、ご無事で何よりです」
「ええ、お互いに」
しかし気持ちに体が追いついていないのか白閻は突然尻もちをついて座り込んでしまった。
自分でも何が起こったのかわかっていない様子だった。
「いやはや、年には敵いませんな」
「あれだけ激しい戦いだったのです。無理もありません」
そうは言っても、白閻の疲労は戦闘によるものだけではないことをアーロットはしっかりと理解していた。
一人娘の黄華が裏切っただけではなく、そのまま帰って来なくなったのだ。親としてこれ以上の心配事はあるまい。
「ご心配おかけしました。それで今後のことですが・・・」
「一度休息を挟んだ方がいいでしょうね」
当初の目的、ロンバール王国奪還については未だ達成されていない。
しかし今のアーロットたちに戦闘を続ける体力は残っていない。休息が必要なのは誰の目にも明らかだった。
「そうでしょうな。となれば急いでここを離れるべきでしょう」
その意見にはアーロットも賛成だった。
ここにいれば幸運にも生き延びた敵がいつ襲い掛かってくるともわからない。早急な移動は必須だ。
「メリサ」
「はい」
呼びかけると近くにいたメリサが普段と変わらぬ様子で応じる。
「住民たちの避難場所は安全か?」
「絶対とは言い切れませんが、可能な限り悪魔の目を避ける場所に逃がしました」
「上出来だ。ひとまず我々もそこに向かいましょう」
後半は白閻に投げた言葉だ。
白閻はアーロットの提案に頷くと力の入らない体に鞭打って立ち上がった。
「これから、先に避難した者たちと合流する。余力のある者は負傷者を運べ。隊列を組み次第出発する」
その掛け声と同時に兵士たちが一斉に動き出す。
速やかに隊列を組み終えると、移動を開始する。
隊列は住民の避難場所を知っているメリサとラデスを先頭に、殿をアーロットとガラハッドが務める。晴明は白閻を背負って列の中腹にいる。
「最後、剣を貸してくれて助かった」
アーロットが魔法陣からガラハッドの聖剣を取り出して本来の主人の元に返す。
「あの時、エクスカリバーがいつも以上に輝いて見えたんです。最後の最後に全力を振り絞るように・・・」
それは幾万年を騎士として生きたガラハッドだからこそわかったことなのだろう。こればかりはいくら魔法の腕を磨こうとも真似できることではない。
剣を愛し、剣と共に戦った者にのみできる芸当。
叶うなら自分もその境地に至るまでエクスカリバーと共に戦いたかったと後悔とも寂しさとも判別できない感情を胸にするアーロット。
名残り惜しそうに鞘をさするアーロットにガラハッドが先達の騎士としてアドバイスを与える。
「折れた剣は元通りに直りますよ」
「本当か!?」
予想以上に嬉しそうな主の反応にガラハッドの頬が緩む。
「ええ、折れた剣に魔力を流すことで剣を復元するんです。それだけじゃありません。筋肉と同じで再生した剣はそれまで以上の威力を発揮します」
「そうなのか。それはよかった・・・」
息を吐いて安堵するアーロット。
「エクスカリバーほどの剣ならあるいはラデスの雷霆のように第二形態に進化することもあり得ます」
「そんなことまで・・・」
ここで疑問が生じたのかアーロットが難しい顔をして唸る。
「どうしましたか?」
「いや、神世界では今の話は教えてもらわなかったと思ってな」
アーロットは十年の間を戦闘の実戦訓練と知識の吸収に使った。
彼を教えたのはいずれも神世界でも指折りの達人たち。
そんな彼らだが、今の話をアーロットに教えたことは一度もなかった。
「あっ、いや疑っているわけではないんだ」
「構いませんよ。神々は戦場に出ることがありませんからね。そもそも剣が折れるということがないのでしょう」
「なるほど」
これもまたガラハッドが騎士として生きてきたが故の知識だったわけだ。
周囲を警戒しつつも雑談に興じながら歩みを進める。
一見するとこれまで通ってきた森と同じ景色が続くなか先頭の姿がある地点を越えるにつれて消えていく。
殿のアーロットたちも境界を越えるとそこには避難した住民たちがいた。
どうやら外からは見えないように結界が張られているらしい。
「誤視と人避けの結界を張ってありますが、あくまで簡易的なものです。見るものが見れば一目で看破されます」
結界を張ったメリサ本人がアーロットたちに説明のために近づいてきた。
「なら僕がまた結界を構築しよう。ロット、お疲れのところ悪いが魔力を融通してくれるかい?」
「問題ない。いくらでも使ってくれ」
それからしばらくの間兵士たちが休んでいる傍ら晴明は結界の構築に勤しんだ。
「完成だ」
晴明がそう声を上げる頃にはジェルタが真上に来ていた。
世界が塗り替わり、このところすっかり見慣れた寝殿造りの建物が現れた。
その光景に皆一様に安堵の表情を浮かべている。それはアーロットとて例外ではない。
しかし休んでいる暇はない。
雲上での戦いを制したとはい言え、本来の目的が果たされていないのは確かだ。
こうしている間に悪魔側も体制を立て直すべく動いている可能性もある。早急に何らかの策を講じる必要があるのは明らかだった。
室内に場所を移し対策を考えるべく一同頭をひねる。この場には機人の指揮官、白閻、晴明、アーロットとラデスがいる。
ガラハッドは別室でメリサに本格的な治療を受けていた。
本来ならガラハッドと同じく治療を受けるべきアーロットが口を開く。
「改めて援軍に駆けつけてくれたことに感謝する」
「呼ばれたから来ただけにすぎん」
ぶっきらぼうな機人の口調に気を悪くしたものはいない。機人と人間の背景知識を持っていれば当然だった。
「名前を教えてもらえないだろうか」
「私たちにあるのは型式番号だけだ」
「そうなのか・・・。しかしそれでは不便ではないのか?」
「それは人間の理屈だ。私たちは名などなくとも苦労しない」
「ではせめてその型式番号を教えてくれ」
なおも食い下がるアーロットに若干イラつきながらも律儀に要求に応じる。
「B001 brt-5だ」
「なんとB世代とは珍しい」
口に出したのは晴明だけだったが皆同じ意見だった。
技術の進歩に伴い生まれてくる機人は年々進化している。新しい型の機体が生まれるたびに型式番号が変更され現在はG世代が最新となっている。
B世代はかなり初期の機体で、戦争による被害から残っている人数は少ない。とりわけbrt、battle robot typeは前線に赴く機会が多く彼らを見たことのある他種族自体ごく少数となっている。
ちなみにA世代は機巧の王一人である。
周囲の反応に機人の指揮官が顔をそむける。
それが不満の表れであると理解したアーロットは空気を変えようと試みる。
「ではbrtからバルトと呼んでもいいだろうか」
「・・・勝手にしろ。雇われた以上はたいていの頼みは聞いてやる」
許可が取れたことに胸をなでおろすアーロット。
そうして話題が今後の方針に移っていく。
「本当ならここで悪魔側に仕掛けて出るのが一番なのだろうな」
「ええ、ですが私たちにも時間は必要です。今動ける兵士は一人もいないでしょう」
敵将を確保したアーロット達だが、被害的には悪魔側と同じかそれ以上にひどい。
セルスが城内をもぬけの空にして攻めてきたとは考えられない以上今の状況で攻めるわけにはいかない。
「急いては事を仕損じるとも言うしね、ここは一度休養を挟むべきじゃないだろうか。トップを失った悪魔たちが大勢を立て直す前にはこちらから攻めることもできるだろう」
「だが、魔神領から増援が送られてきては厄介だぞ」
ラデスの反論にはガルムが答えた。
「その心配はいらん。最も近い世界からでさえ増援が来るには二週間以上の時間が必要になる。情報の伝達に要する時間を考えれば早くとも増援が来るのは一か月後だろう」
全員の意見を聞き終えたところでアーロットが結論を口にした。
「ではこれより兵士たちが回復するまで休息をとることにする」
異論は出ない。
「バルト」
「なんだ」
「動ける機人たちにロンバール王都の偵察を頼みたいのだが」
「了解した。部下を派遣しよう」
緊急の会議が終わるとアーロットは治療を受けるべくメリサのもとに向かった。
「メリサ、治療を頼めるか?」
メリサの元を訪れるとそこにはすでにガラハッドの姿はなかった。
「どうぞ。服を脱いでそこに座ってください」
メリサが居たのはそれまでアーロットたちにあてがわれていた客室だった。
促されるままアーロットは服を脱ぎ椅子に腰かける。
「・・・わたしは、アーロット様の判断が正しかったとは思えません」
治療を開始したメリサの言葉が何を指したものかアーロットは誤解しなかった。
「正しいかどうかは俺にもわからない。そんなものは結果がでるまで誰にもわからない。マーリンだって今回は予知を大きく外した。・・・だから俺はその瞬間正しいと思ったことをするだけだ」
「セルスを仲間に引き入れることが正しいことだと?確かに悪魔を引き入れるメリットは大きい、ですがそれは悪魔を引き入れるデメリットを上回るものですか?」
「少なくとも俺はそう判断した。お前は違うか?」
「はい。今のアーロット様は感情に流されているように感じます。セルスを殺したくないと」
「そうかもしれないな。俺は人間はもちろん悪魔もできることなら殺したくないと考えている。セルス一人を救って自己満足に浸っていると言われれば否定できないかもしれん」
アーロットの告白を受けたメリサの返答は至極当然の言葉だった。
「自分でそう思うならセルスを始末するべきでは?」
もしかしたらこれは彼女からの諫言なのかもしれない。
「それじゃ何も変わらない。敵をただ殺し続けた結果がいまだ。そこから脱出したいのなら今までと違うことをしなければいけない」
それ以上メリサは何も言わなかった。言っても無駄だと諦めたのかもしれない。
「治療、終わりました」
「助かった」
「魔法で治療できるのはあくまで受けた傷だけです。失った体力はどうにもなりませんから、アーロット様もしばらく無理はしないでくださいね」
「ああ、わかってる」
「じゃ、わたしは疲れたんで寝ます」
「おやすみ」
隣室に行くメリサを見送ったあと、脱いだ服を着なおしたアーロットは椅子に座りなおした。
途端に強く意識される疲労感。
気づけば瞼は閉じ、一分も立たないうちに室内には彼の寝息が聞こえるようになった。
読んでいただきありがとうございました。
次回の更新は六月二日、タイトルは「緊急事態」です。




