根絶する騎士
戦場の中心、アーロットたちから少し離れた位置でのガラハッドとオリアナの戦闘の形勢は逆転していた。
「このっ!」
振るわれたナイフが闇夜に光の軌跡を描く。
オリアナを中心に書かれた円弧は途中でその軌跡を中断する。
ナイフがガラハッドの持つ盾に行く手を遮られている。
ギリギリと音を立てて盾とナイフがせめぎ合い、火花を散らす。
人間と悪魔、より筋力に優れているのは悪魔の方だ。
それでも、人間種において有数の魔力量を誇るガラハッドの身体強化は侮れない。
現にオリアナのナイフは徐々に押し返されてついに弾き返されてしまった。
「主の危機に冷静さを失ったか。わからんでもないがな・・・先ほどまでの鋭さが失われているぞ」
「うるさい!」
アーロットを助け出そうと躍起になるガラハッドとそれを冷静に阻むオリアナ、それが先ほどまでの戦いの構図だ。しかし、今はそれが見事に逆転していた。
セルスを助けようと必死になるオリアナをガラハッドが圧倒している。
「我を忘れるほどの激情が力になる者もいるだろう。しかしお前は違う。冷静さを失ったお前では俺を倒せない」
ガラスの剣、と形容するのがふさわしい柄から剣先までがすべて透明なガラハッドの聖剣が振るわれる。
星々の光を受けてかろうじて視認できるそれをオリアナは何とか避ける。
ガラハッドの聖剣に外から彼以外の力が加わる。
オリアナの魔性だ。
固体を自在に変形させる彼女の魔性がガラハッドの聖剣を捻じ曲げようと干渉してくる。
それを聖剣に魔力を流すことで阻止する。
眼鏡の奥のオリアナの瞳が吊り上がる。
「そこをどけえ!」
信頼の厚い部下の絶叫を聞きながらセルスは防戦を強いられていた。
「『選定』+『解始』」
アーロットの体があふれ出る無限の魔力で青く発光する。
歴戦の王として君臨する未来を現在に投影した彼の剣は重かった。
「答えろ、さっきの骨の魔物はなんだ。あれも合成種か」
アーロットが問いただすと乾いた笑みが返ってきた。果たしてそれは自嘲か嘲笑か。
「あれは合成種じゃない。最も同じくらい人道に背く産物ではあるだろうがな」
「どうしてそんなものに手を出した」
静かに、それでいて確かにアーロットの声は怒りに震えている。
「どうして?そんなもの、この戦争に勝つために決まっているだろうが我々が生き残る術はもうこの戦いに勝つしかないのだからな。なんだってするさ。少なくとも本国はそう考えている。それともお前は僕たちにただ滅べと、そういいたいのか?自分たちは傷つきたくないからと、僕たちに死ねというのか。それではどちらの方が人道に背くかわからんぞ」
剣で圧倒しているのはアーロットだ。セルスの体には徐々に切り傷が増えていく。
それでも言葉の戦いではセルスはアーロットに一歩も引けを取らなかった。
「それでも、お前はそんな国に仕えることに満足しているのか」
何か意図があっての言葉ではない。ただ思うがままの言葉を吐き出しただけだ。
しかしその言葉を聞いたセルスは予想外に激情を露わにした。
「当然だろうが!」
それはまるで自分に言い聞かせているようでもあった。
だがそれを認識する余裕もない力任せの連撃がアーロットに思考の余裕を与えない。
ガラハッドは言った。時に激情が限界を超えた力を引き出す糧となる者もいると。それはまさしくセルスのことだろう。
それまで防戦を強いられていた彼は一転して攻勢に出た。防御を捨てた攻撃はそれまでの型にはまった剣技とはまるで違った。
その連撃は一瞬アーロットが嵐の中にいるのではと錯覚するほどだった。
まだまだこの戦いの勝者を予想することはできそうになかった。
勝者の予想できない戦いはアーロットたちのすぐ近くでも繰り広げられていた。
生まれた時から体に備えられているジェットパックが機人の体を押す。
推進力を殺さない完璧に計算された動きで迫る鋼鉄の戦士を酒呑童子は無造作に薙ぎ払った金棒で迎え撃つ。
バチバチと火花が散り鍔ぜり合う二人。至近距離で手にしたハンドガンを撃ち放つ機人の指揮官。
避けられない弾丸をはじめから酒呑童子は避けようとしていなかった。
放たれた弾丸は酒呑童子の額に直撃した。そして冗談のようにそこで火花を散らして弾かれた。
お互いがお互いを押す力を利用して距離を取る。
「お前、おかしなことになっているな。体内から二つの魂が検知できる」
機械的な響きなど全く感じられない滑らかな口調で放たれた言葉にそれまで終始不機嫌だった酒呑童子が笑みを見せる。
「そうだよ。あたいとこの子は少し特殊なんだ。行ってしまえば一種の病気かな。本来転世で混ざるはずの魂が混ざらなかった。そのせいで二重人格みたいになっちゃったんだ。驚いたよ、まさか人間に転世するとは思わなかったからね。まあ、おかげで人間たちのスパイになれたんだけどね」
当然の措置として悪魔がそれ以外の種族に転世してスパイ活動を行わないように対処はされている。それでも例外は存在する。たまたまシステムの穴をすり抜けてしまう者がたまにいる。おかげで六種も悪魔側に偶然スパイを送り込めているのも事実だ。
その中でも酒呑童子はかなりのレアケースだろう。
天文学的な確率の元存在しているのが今の酒呑童子だ。
「別になろうとして人間のスパイになったわけじゃないんだよ。そこは信じて。最初は苦痛だったよ。まさかあたいがあたいを殺した種族と一緒に生活することになるなんてさ。でも住めば都ってどこかの世界の言葉は意外と正しかった」
そこで酒呑童子が満面の笑みを浮かべる。絶世の美貌を台無しにするほどの邪悪な笑みを。
「せっせと働く人間どもをいつかぐちゃぐちゃにしてやろうと考えながら過ごすのは今までにない新鮮な楽しみをあたいに与えてくれた。築き上げた全てが台無しにされる時の彼らの表情を想像するだけで胸が高鳴ったよ」
一転、恍惚とした表情が消えてその顔は冷酷な殺戮者の顔となる。
「だからその楽しみを奪ったあんたらは絶対に許さない。ドロドロに溶かして一つに纏めて暗黒界に放り出してあげる」
気を失ってもおかしくないほどの殺気の中、平然と機人の指揮官は宣った。
「話は終わったか?」
自分から話を振ったとはいえ意外なほど長々と喋る酒呑童子に彼はかなり本気でうんざりしていた。
それがわかるから酒呑童子も本気でキレた。
「このスクラップがっ!」
既に酒呑童子は酒の散布を終了している。
彼女にとって酔えない相手に飲ます酒は無いからだ。
鬼は魔法を不得手とする種族だ。魔法全盛のこの時代で彼らを見下す輩は悪魔の中にすら存在する。
しかし鬼を馬鹿にする者は知らない。鬼の恐ろしさを。
その皮膚は至近距離での発砲すらも防ぎ、その瞳は一キロ先で落ちる砂粒すらも目視し、その怪力は片手で軽々と家を持ち上げる。
彼らの体は何よりも頑丈で強力だ。
ゆえに彼らの一撃はそのすべてが必殺となる。まともに受けようものならかなり残酷な映像ができることだろう。
その攻撃の数々をシステムのアシストを受けているとはいえ軽々躱す機人も尋常ではない。
その行動はどこまでも計算されつくしていて一切の無駄が存在しない。
神すらも凌駕するその頭脳は絶えず最善手を計算し続けている。
鬼と同様かそれ以上に魔法を苦手とする機人は戦争初期は蹂躙の対象でしかなかった。まともな抵抗もできずに彼らは一方的な暴力にさらされていた。
その状況を打開するため機人たちは優秀な頭脳を最大限利用した。結果として独自の産業革命を遂げた彼らは最強の傭兵集団としての地位を確立した。
基本的に彼らが使う武器は狙撃銃、拳銃、小銃の三形態に変形可能な可変式銃と刃の長さを自由に調節できるレーザーブレードの二つだけ。
それらを巧みに操り、限られた選択肢だけで彼らは最強の称号を手に入れた。
完全実力主義を貫く機人の指揮官ともなればその実力は疑いようもなく一流だ。
「このっ!」
力任せに振るわれる一撃はその余波だけでも十分凶器だ。ぎりぎりで躱すなどという真似はせず十分に距離をとって躱す。
技術の進歩に対してここだけは変わらず弾切れを起こした拳銃のマガジンを交換する。
マガジンに装填された弾丸にはすべて雷撃の魔法が刻印されている。
小銃形態に変形した銃がフルオートで弾丸を撃ち出す。
先ほどと同じように弾丸を弾く酒呑童子の皮膚。しかし高温も低温も大したダメージにならない彼女の皮膚も電気には抵抗を持たない。
電撃に体を貫かれ一度大きくのけぞるも予想通りのタフネスを示した彼女は意識を失うことだけは避けた。
それでもその動きにはそれまでの力強さは感じられない。
追撃を仕掛けようとする機人のカメラが大気中に満ちた酒を見て取った。
彼女はあえて自分の体の周囲だけに酒を撒いた。身体強化だけでなく回復の効果もあるそれは直ちに酒呑童子の体を回復する。
そのまま自分を強化するために酒を散布し続ける。
その様子を見たうえでそれでもかまわず突っ込んでくる機人を迎え撃つ。
酒呑童子が全力の一撃を見舞う。
刃で受けず搭載されたシールド展開装置を利用してその一撃をかろうじて受け止める。
しかしそれも一瞬のことですぐさま展開したシールドは破壊される。
そんなことははなから承知していた機人は酒呑童子の側面に移動する。
移動の力をも利用して手にしたレーザーブレードで彼女の首を一閃する。
だがまたしても強靭な皮膚に阻まれる。
驚きも恐怖も戦慄も、戦いに不要な感情を完全に排除できるはずなのに彼はこの瞬間確かに
焦りを覚えた。
打つ手がないと考えた酒呑童子は闇夜を背に凄惨な微笑を浮かべた。
「くそっ!どうして!?」
一向にガラハッドを排除できないオリアナは既に冷静さなど持ち合わせていなかった。
「立場は違えど、思想は異なれど、それでも共にたった一人の主に忠誠を誓うものとして、敬意をもってこの剣の真価を見せてやろう」
ガラハッドの聖剣が光を内部に取り込んで輝きを放つ。
透明な聖剣が光を束ねた聖剣へと変貌する。
ガラハッドの聖剣、フィリ・ア・ナイトは日本語に訳すと根絶する剣となる。名匠が鍛え、絶えず十分な魔力に満ちた場所で魔力にさらされたこの剣はに刻まれた魔法は、『根絶』。この魔法はたった一つの種族に対して特攻効果を発揮する。
聖剣の特攻対象はむろん悪魔。魔法を発動したこの剣で斬りつければたとえかすり傷でも悪魔には無視できない重症となる。
一瞬だけガラハッドの聖剣におびえた表情を浮かべた後、その意識を振り払うように眦を釣り上げたオリアナ。
飛行に費やす以外のすべての魔力を使って空気中に氷の塊を作り出す。
もはやガラハッドを倒した後のことなどまるで考えていない。それほどまでに今の彼女には余裕がない。
『彫刻士』の魔性で剣、槍、斧、ガラハッドの命を絶つべく凶悪な姿に氷が変化していく。
「いけ!」
号令とともに一斉にガラハッドめがけて氷の凶器が発射される。
隙間なく、時間差で自身を貫かんとする氷の凶器たちをガラハッドは眉一つ動かさず見つめる。
迫りくるそれらを剣で砕き、盾で弾き、できた隙間に体を投じる。機人に負けない機械的な動作でガラハッドはすべての攻撃を凌いでいく。
それでも、オリアナがまだ少しの冷静さを残していたならガラハッドもここまで余裕を保てなかっただろう。
同じように主に仕える身の上として彼女の気持ちは痛いほどよくわかっている。
しかしそれが手を抜く理由にならないのは明白だ。
氷の嵐に身を隠すようにー本人はそのつもりだったーガラハッドに迫ったオリアナは誘いこまれたとも知らずにガラハッドの背後を取った。
「ああああっ!」
気合とともに突き出されたナイフがガラハッドの首を貫くことはなかった。
目一杯の力を込めて突き出されたナイフが盾の上を火花を散らして滑る。勢いを止めることのできないオリアナはそのままガラハッドの盾に覆い被さるようにつんのめる。
ガラハッドが渾身の力で盾を持ち上げると嘘のようにオリアナの体が宙を舞う。
バランスの崩れた彼女は急いで体勢を直そうと試みる。
体勢を治そうとするオリアナ、追撃を仕掛けるガラハッド。
早かったのは、ガラハッドだ。
「はあっ!」
光の刃がオリアナの肩から脇腹にかけてを斬り裂く。
斬り裂かれた傷口は出血の代わりにフィリ・ア・ナイトと同様に光り輝いている。その光が一層強く輝くとオリアナが絶叫した。
「うあああ!」
オリアナはその眩い光が放つ熱に耐えきれず力なく夜空を落下していった。
読んでいただきありがとうございました。
次回の投稿は五月二十二日、タイトルは「憎悪」です。




