10110100(駆けつける者たち)
「アーロット様!」
主君の危機に馳せ参じようと、臣下が吠える。
しかしその前に同じく主君を守らんとする臣下が立ちはだかる。
アーロットたちが戦闘を行っている場所から少し離れたところでガラハッドはオリアナの足止めを食らっていた。
単純な実力はガラハッドが上。お互いが何の策もなくぶつかったらまずガラハッドが勝つ。
しかし無謀な攻撃は行わず、勝つことよりも戦闘を長引かせることに主眼を置いたオリアナの戦いはガラハッドを確実に彼女に縫い留めていた。
オリアナがガラハッドに勝つ必要はない。このまま時間を稼げばセルスと酒呑童子はアーロットを殺す。そうなればこの戦闘に勝利するだけでなく、もっと大きな局面で戦争を自軍の有利に進めることができる。
冷静にそこまで考えて、かつ自己の実力を客観的に評価したうえで彼女は自らが取るべき最善の解を導き出していた。
「くそっ!」
攻めあぐねるガラハッドの内心に焦りが募っていく。転移でオリアナを抜き去ることはできるかもしれない。
だが、それは彼女を置き去りにすることにはならない。最悪、彼女を連れてアーロットのもとに向かう羽目になり、そうなればより戦況は混沌として、アーロットの身に不測の危険が及ぶかもしれない。
だからこそ彼はここでオリアナを倒さなければならない。
だというのに先ほどから彼女は涼しい顔をしてガラハッドの攻撃を躱し、防ぎ続けている。
「焦っているようですね。無理もない。ですがそれでは私を倒すことは叶いませんよ」
オリアナの指摘は的確なだけに余計にガラハッドを焦らせる。もしかしたら彼女はそれすら見越してこの発言をしたのかもしれない。
「はっ!」
空間に魔力を送り込む。ガラハッドの魔力に満ちた一辺二十センチの立方体が八つ出来上がる。それらの空間をでたらめに魔性で入れ替える。
だがしかし、入れ替えられる空間の隙間を縫って彼女はその攻撃を回避する。
「食らいなさい」
今度はこちらの番だとばかりに空気中の水分を冷却して作りだした氷柱を射出する。
「うっ!」
それを盾で受けたガラハッドはそのあまりの手ごたえに思わずうめき声をあげる。手首の骨が折れたのではないかと錯覚させるほどの威力を内包していた。
「まだまだ行きます」
淡々とした絶対零度の声が響く。
魔力によって巨大な鉄塊が作り出される。
それをオリアナは自身の有する魔性『彫刻士』で形を変えていく。
固体の形状を意のままに変化させる魔性が作り上げたのは巨大な、全長三メートルはあろうかという大剣。
彼女はそれをガラハッドめがけて振り下ろす。
さすがに盾で受けるわけにもいかず、ガラハッドは回避を余儀なくさせる。
「まずい。何とかしなければ・・・」
視界の奥でどんどん追い込まれていく主に嫌が応にも焦燥感は募っていく。
ぼろぼろになりながら衝撃に跳ね飛ばされるアーロットは空中で奇妙なダンスを踊っているようだった。
既に飛行の魔法は解除させられている。いまの彼には身を守るために体内に魔力を循環させること以外にできることはない。
だというのに落下しないのは酒呑童子のせいだ。
楽しんでいる、アーロットは今にも消えそうな意識でそれだけを考えた。
アーロットの体が落下しようとすると、それを阻止する方向に彼の体を打ち上げる。
さっきからその繰り返しだ。
「何をしている。早く片付けろ!」
セルスの怒号にも聞こえる命令が飛ぶ。
「あはははは!」
だが目の前の男をいたぶることに夢中な彼女にその声は届かない。
アーロットがまだ生きていられる理由はもう一つ。それは酒呑童子がまるで全力を出していなこと。
しかしそれでもアーロットの限界は近い。今やもう魔力による身体強化すらままならなくなってきている。
そんな彼の周囲も似たような状況が広がっていた。最初は勢いのあった人間も徐々に数の暴力に押され、極めつけにアーロットの王法による強化がなくなったことで一気に劣勢に立たされていた。
加勢に入った晴明でさえ状況をどうすることもできないでいた。
どんな魔法も、戦略も、魔性もこの状況を覆すには至らない。
盤上の駒だけではもうどうすることもできない。
必要とされているのは盤面をひっくり返すだけの盤外戦力。
そんなものは存在しないと敵味方を問わず戦場の誰もが知っている。
それでもなお戦い続ける彼らは勇ましくもあれば哀れでもあった。
一瞬前まで隣にいた戦友が切り刻まれようが、魔法に焼かれようが彼らは止まらない。止まることはできない。
止まったところで何も変わらないと知っていたから。
足掻いて足掻いて足掻きぬいた先にしか奇跡は起きないと知っているから。
はたして彼らの行動に意味はあったのだろうか。
それはきっと結末を見届けるまで分からないことだ。
しかし少なくとも彼らがこの瞬間まで諦めなかったからこそ、盤上に変化が訪れたのは確かだ。
自分が意識を保っているのかどうかも判然としない状況でアーロットの耳は確かにその音を捉えた。
驚きとも喜びとも言える不思議な感情に彼の心は支配される。
重低音を響かせるモーターの音が重なり合って近づいてくる。
きらきらと輝く光の群れは星ではない。極小の光の点は徐々にその大きさを増していく。そしてそれはやがて人の形が認識できるほどに近づいてくる。
その体は全身が金属で覆われてる。と言っても全身に鎧を着こんでいるわけではない。体そのものが金属でできているのだ。その証拠に金属鎧では描けない細身のシルエットは人間の体に限りなく近い曲線美を備えている。
六種のうちの一種、機人の集団が戦場に乱入した。
「10100011!」
機人にしかわからない言葉で指揮官機と思しき個体が命令を下すと千を越える機人たちが戦闘に乱入した。
突如として戦場に現れた機人たちに敵味方を問わず動揺が走る。
その隙を見逃さず、機人たちは文字通り機械的に悪魔を排除していく。
機人たちは構えたライフルを一斉に発砲する。それは恐るべき正確さで悪魔だけを貫いていく。
現在の戦闘の主力兵器は剣や、斧、槍といった時代錯誤ともいえる武器の数々だ。
近代的な、ライフルやハンドガンといったものに魔力を込めて戦わない理由は一つ。
単純に威力が劣るから。
弾丸を破壊することなく込められる魔力の量では銃身と火薬を強化して発砲すると弾そのものが耐えられないし、弾だけを強化しても魔力で強化された体には傷一つつかない。
そういった事情で現代は時代を逆行するように剣や槍の時代になっている。
その状況を覆す可能性を持ったのが機人の兵団である。彼らは独自の技術で高圧の魔力を注入されても自壊しない弾丸を開発した。
さらには銃弾が発射される過程でそこに魔法陣を刻む技術さえ確立しており、火器については他種族を何世代も凌駕する技術を持っている。
その機人軍団が今まさにその技術力を誇示するように戦場で猛威を振るっていた。
発砲の音がするたびに夜空を悪魔が落ちていく。
唐突な乱入に一時唖然としていたセルスがそこでようやく声を上げる。
「全員魔壁を最大展開しろ!」
その言葉とともに戦場のあちこちで魔壁が展開される。
それでも飛来する弾丸から身を守ることができているのは全体の四割にも満たない。
すさまじい勢いで戦力の不均衡が解消されていく。
歯噛みするセルスのもとに四機の機人を率いた指揮官機が接近する。
彼らはアーロットたちのすぐ近くで静止すると堂々と、今度は人間にも悪魔にも分かるように名乗りを上げた。
「機巧兵団一番隊、人王の要請のもと現着した。機巧の王の命令に従ってこれより我らは彼らの矛となり盾となる」
その言葉にセルスは絶句する。最強の傭兵集団の加勢など全く予知できていなかっただろう。
「戦闘を開始する」
感情のこもっていない言葉を合図に五機の機人が行動を開始する。
まずはボロボロになって酒呑童子に拘束されているアーロットの救出。すでに彼らは酒呑童子の領域に侵入しているが、もともと酔うという機能のない彼らにとっては全く問題とならなかった。
「面白くないな〜」
笑顔で突っ込んでくる機人を見つめるその瞳は笑っていなかった。
「酒に酔えないような連中はみんなスクラップにしちゃおうかっ!」
左手でアーロットの首を鷲掴んだまま、恐るべき質量を有した金棒を先頭の機人に振り下ろす。
「対物障壁展開」
ターゲットの特定、音声入力を経て物質の侵入を拒むシールドが展開される。
バチバチと音を立ててそれは酒呑童子の金棒を難なく受け止めた。
指揮官機の両脇からレーザーナイフを構えた二機が酒呑童子に接近する。
金棒の侵入を阻もうとする障壁からの力を利用して後退し、ナイフを躱す。
その行動を完璧に予測していた残る二機が特製のロープで彼女を拘束する。
一瞬動きが止まった隙に指揮官がアーロットを奪取する。
一分にも満たない時間で機人達はアーロットを救出してのけた。恐るべき連携と素早さにセルスは介入のタイミングすら与えられなかった。
一方、縄に縛られて身動きの取れない酒呑童子はその美貌で最大限の怒りを表現していた。
「人の楽しみを奪うなんて!」
ぶちっ!という音が鳴った。最大で五ギガニュートンの力にも耐えるロープが酒呑童子の細腕で千切られようとしていた。
「001010011」
再び機人にだけわかるように指示を出すと、ナイフを構えていたうちの一機がアーロットを指揮官から受け取り、酒呑童子の領域を脱出する。
「ふんっ!」
とうとうロープを千切ったかと思うと金棒を持っていない左手で切れ端を掴んでブンブンと回し始めた。当然、ロープを発射していた機体も先端で振り回されることになる。
機人の機体を武器代わりに振り回すとよけ損ねた一機が同胞と衝突する。
電子の瞳がちかちかと明滅するとやがて光は消え、自己修復のためのスリープモードに入った。人間でいう意識を失った状態である。
「覚悟はできてるよねぇ、鉄屑諸君。あたいの楽しみを奪った罪は重いよ」
天敵ともいえる存在に臆することもなく牙を剥く羅刹。
常人なら意識を失いかねない殺気も機人にすればどこ吹く風。
腰に帯びたハンドガンのようなものを左手に右手には柄だけの剣を装備する。柄からシュンッと音を立てて一メートル半のレーザーソードが出現する。
酒呑童子と機人の指揮官が激突する。
それに割って入ろうとするセルスを残った一機が足止めする。
「うっ!」
「もう少々お待ちください。すぐに治療を終わらせます」
こちらをいたわる様に機人は優しい言葉をかけてくる。
治療を彼に任せてアーロットは周囲を見渡す。
先ほどまで敗戦一歩手前だった状況が五分にまで持ち直している。暗黒界最強の傭兵集団という肩書が伊達ではないことを彼らは示している。
「要請に応じてくれて感謝する。それに予定よりも早く駆けつけてくれたことにも」
「礼には及びません。呼ばれればどこにでも参上する、それが私たちです」
この会話からもわかるようにアーロットはキャメロットを出る前に機人の援軍を要請していた。一度この世界から退いた機人の兵団は人王の即位に合わせて再びこの世界の救援に駆けつけることを約束してくれた。
しかしそれはまだ先の話だったので今回の作戦に彼らを戦力として数えてはいなかったが、こうして可能な限り迅速に駆けつけてくれたのは嬉しい誤算だった。
助けを求める声に応じてどこへでも向かう、その在り方はいつの日かあこがれたヒーローのそれだった。
「治療が終了しました」
目に見える傷もそうでない傷もすべてきれいに塞がっていた。負傷による疲労までは回復しなかったものの十分戦線に復帰できる状態だ。
「助かった」
「我々は酒呑童子を討伐します。人王陛下はセルスの討伐をお願いします」
アーロットでは、というよりも機人以外では彼女を止めることは難しいだろうからその提案に異論はない。
「わかった」
グングニルを魔法陣に収納して愛剣を鞘から抜き放つ。
混迷を極める戦場に再び王はその身を投じた。
次回の投稿は五月十九日、タイトルは「根絶する騎士」です。




