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神に選ばれた人間異世界で王様になる  作者: ペンギン
ロンバール編
23/48

蹂躙

 両軍の長の激突による衝撃は戦場の端にまで轟いた。

 それに及ばずとも夜空のあちこちで星の輝きにも劣らない閃光が瞬く。

 アーロットたちの後ろでは主君に加勢しようとするガラハッドと、同じく主君を守ろうとするオリアナの臣下同士による対決が開始された。

 そしてその間を縫って晴明が巨大な骨人間めがけて飛翔していく。

 混迷を極める戦場でアーロットたちが生き残る(すべ)はたった一つ。一秒でも早く、一人でも多くの敵を倒すこと。数的不利なこの状況で時間をかけることは敗北にしかつながらない。

 戦力差はおよそ十倍近い、それでも兵士の質では人間が勝っている。今日まで生き残った彼らの腕前は伊達ではない。何より彼らはアーロットが作り晴明が強化した防具に身を包んでいる。彼らの防具に刻まれた魔法は自動回復。先日の合成種(キメラ)が使った魔性には及ばないにしても十分兵士たちの継戦能力の向上に一役買っていた。さらにダメ押しとばかりに王法による加護も受けている。いまだ絶望のただなかにいる彼らにも一縷の望みはある。

 そして・・・


(せい)!」


 セルスと戦うアーロットが先行している晴明に呼びかける。その瞬間、無限の魔力の一端が晴明に譲渡される。それを受け取った晴明は敵陣の中央で長方形の紙をばらまいた。よく見るとそこには一枚一枚に魔法陣が刻んである。

 魔力を送り込まれたお札は閃光とともに弾け飛ぶ。それだけでもお札の周囲にいた悪魔を吹き飛ばし、さらには閃光の中から珍妙な生物の群れが出現した。

 有翼の犬、大鷲に乗った猿、空を飛ぶ魚奇怪極まる光景が生み出される。

 式神、魔法分類の一つ陰陽術において好んで使われる術式の一つ。式神と使い魔の違いは明確に存在する。後者は自然に存在する小動物を媒介にするのに対して後者は術者がオリジナルの生物を創造する。と言っても式神のあり方は模型や粘土細工に近い。要は魔力をこねて固めて生物の形をさせているに過ぎない。真の生物には遠く及ばないし、簡単な命令しか聞くことができない。

 それでもこの状況を少しでもましなものにするには十分だった。

 術者の感性に従って造形された式神たちは遺憾なくその本領を発揮し、悪魔に戦いを挑んでいく。

 意識の片隅でその状況を認識しながら、それ以外の全神経を目の前の()()()に集中する。

 戦いが始まってからセルスは既に二度変身している。噴出された黒い靄がセルスを包み、一度目は上半身だけが極端に発達した姿に、二度目はしなやかな細身の姿に変身した。

 一度目の変身後はただの殴打がアーロットの魔壁を砕く威力を秘めていた。なおかつ敵の攻撃への耐性も桁外れときている。しかし移動速度は亀のようにのろい。

 二度目の変身後は目で追うのがやっとな速度で移動できるものの攻撃力は皆無と言っていい。恐らくは防御力も似たようなものだろう。

 三つの形態を巧みに切り替えてセルスは戦っている。時には本来の攻守ともにバランスの取れた姿を現すこともある。


「イースロン俺を下ろして、雑魚を片付けに行ってくれ」

「いいの?」

「頼む」

「わかった」


 戦闘の最中、短い意思の疎通を経て互いに別行動を開始する。


解始(スタート)


 全身に魔力が巡り一気に体が限界を超える。

 黄金の槍を構え、攻撃に優れた形態のセルスに肉薄する。

 突き出した槍の穂先が彼の胸を貫かんとする直前、残像だけを残してセルスは消えた。

 先ほどからこれの繰り返しである。セルスの変身は魔性によって行われるため、所要時間を限りなくゼロにして行われる。

 なのでセルスがタイミングさえ間違うことが無ければ、各々の形態の弱点を無視して戦うことが彼にはできる。

 しかし、これまで通りの展開だったのはそこまでだった。アーロットはセルスの超高速移動に食いついていた。

 そして遂にアーロットの攻撃がセルスを捉える。

 到底致命傷とはなりえないそれはしかし確かにセルスに血を流させた。

 浅く裂かれた肩を覆う靄が晴れる。

 その事実を意に返さずに繰り出される悪魔の拳。気づいたときにはすでに変身は完了していた。

 鈍重さを忘れさせる距離で繰り出された拳打をかろうじて交わす。

 それを狙っていたように再びセルスは距離をとる。

 今度はそれを追わずに右腕に魔力を込める。そこには漆黒の宝石がはめ込まれた腕輪が輝いていた。


「『黒斬(こくざん)』」


 三日月の形をした(おびただ)しい数の闇子(あんし)の刃がセルスの移動の到達点めがけて襲い掛かる。

 一つでもまともに食らえば致命傷となる死の刃の群れに敵は無理な方向転換を強いられる。

 その隙をアーロットは見逃さなかった。

 

「がっ!!」


 刀を握る手とは逆の腕をグングニルが貫く。

 苦し紛れに振られた刀を避けるべく距離をとる。

 アーロットに戦闘の才はない。

 十年という年月の修行は人の身には短くはない時間だった。それでも目の前の敵は人間の寿命の終わりなど見飽きるほど見てきた存在。互いが戦いに費やした時間には埋めようのない差が存在する。

 それでも、彼は今まさに強者(セルス)と渡り合っていた。

 魔法と剣技を併用した自分だけの戦い方を編み出そうとしていた。


 「うっ!」


 それでもなお、セルスは強力な障害として立ちはだかった。

 アーロットの肩が熱を帯びた。

 確かにそこには刀傷が刻まれていた。避けたと思った斬撃はそれでも届いていた。

 戦場のど真ん中で二人の男がにらみ合う。


 一方、式神を召喚した晴明は次いで宣言通り騎士団に魔骨兵(まこつへい)と命名された巨大な骨に攻撃を仕掛けていた。

 

 「星衝乱打(せいしょうらんだ)


 黄金の輝きを放つ星屑が四方から巨大骸骨に襲い掛かる。

 現在の陰陽術は攻撃に特化したものとなっている。そしてその神髄は星にある。夜空に輝く星々の配置が魔法的な出力増幅器の役割をなす。

 星の配置に左右されるがために季節や天気によって陰陽術の威力はまちまちとなる。その不安定さを嫌うものが多いためにほかの魔法分野に比べてその使い手は少なくなってしまっている。

 だが、大陰陽師安倍晴明にその制約は作用しない。光の妖精たる彼は自らの意思で以って空を塗り替えた。


「一度壊されると再発動に時間がかかるんだけどね。まあ、一部だけ再現するならほらこの通り、全く問題ない」


 彼は先ほど破壊された結界の天空部分のみを再現していた。そこには彼の望み通りの場所に星々が配されている。


「・・・なるほど、見た目通り頑丈なようだね。この数の悪魔が山を越えられたのは君が守って連れてきたからかな」


 直撃によって生じた煙が晴れるとそこには依然それがいた。ところどころの骨にひびが入っているものの全体的に無傷と言って差し支えない。


「BOOOOO」


 低く唸るような声とともに肉のない右腕が薙ぎ払われる。

 決して早くはないその攻撃も目の前の巨体から繰り出されれば逃げ場を探すのにも一苦労、余裕などあるはずもない。

 しかしそれでも晴明はやすやすとその攻撃をかわす。

 その背後では攻撃に巻き込まれたー悪魔も含まれているー者たちが宙を舞っている。

 その光景を見て晴明は冷静に分析する。


「君はあまり知性に秀でていないようだ。恐らく僕の言葉も通じていないだろう。・・・仕方ない、君のことを知っておきたかったんだけど今は趣味よりも優先させるべきことがあるからね。悪いけど手短に終わらせてもらうよ」


 その挑発を理解したわけではないだろう。振り払った右腕を戻して、今度は左手を突き出してくる。


「『星降波(せいこうは)』」


 仮初の夜空に輝く星の一つから真下に向かってレーザービームが発射される。

 それは狙いたがわず攻撃中の骨の左手を直撃した。今度も大したダメージは与えられていないが攻撃の軌道はそれた。

 攻撃を受けた左手がだらんと下がった。

 元々既による攻撃を狙っていたわけではないらしい。

 手の甲の骨を晴明にさらすように不自然な位置で停止した。

  そこに刻まれた魔法陣を晴明は確かに見た。しかし彼はそれが具体的な効果を発揮する前に回避行動に入っていた。

 数秒前まで彼が居た場所を特大の氷柱が貫く。少しでも判断に費やす時間が長ければ体を貫かれていたタイミングだ。


「なるほど、全身が魔法具の役割を果たしているのか」


 よく見ると先ほど与えた微細な傷も修復されている。魔性による治癒ほどではないにせよ、高度な治療魔法が組み込まれていることが窺える。

 もっとも、個人の魔力量の上限は決まっている。睡眠や食事を通して枯渇した魔力は回復できるものの、一度の戦闘で使える魔力には限りがある。与えたダメージは決して無駄にはならない。


「それは僕にも言えることだけどね」


 相手に聞かせるでもなく独り言を言う。

 そう、魔力に限界があるのは晴明も同じこと。アーロット以外、この場にいる誰もが同様の制限を受けたうえで戦闘に参加している。

 ならばこそ、一見時代遅れの刀や剣が必要となってくるのだ。魔力で強化した刃でしか同じく魔力で強化された肉体を傷つけることはできない。

 なので戦士に剣士、魔法使いの区別はないに等しい。余程の理由がなければ片方に特化するメリットはないのだから。

 

 

「当たれ!」


 魔法陣からクナイを取り出してそれを投げつける。狙い違わずそれは骨と骨の継ぎ目に食い込んだ。

 動作を阻害されてしまった魔骨兵は大きく胸を張った。巨大な胸骨からいくつもの突起がせり上がる。


「BOAAAAAA!」


 雄叫びとともに突起は骨の槍となって降り注いだ。

 飛んでくる骨に器用にクナイを投げつけて威力を殺す。それ以外の初めから自分にあたることのない軌道を飛んできた槍はそのまま後方へと流れていく。

 背後ではそれによって負傷したと思しき者の叫び声が聞こえてきた。


「なかなか多彩な攻撃をするんだね。本当に、君を研究できないのが残念で仕方ないよ」


 心底悔しそうにそう嘆く晴明の手元がきらめいて再度クナイが投擲される。それは今度も又狙いを外すことなく一本残らず命中する。

 魔骨兵にダメージを与えられている気配はない。仮にこの巨大な骨の魔物に知性があったのなら彼の無意味ともいえる行動に違和感を覚えていたことだろう。

 しかしそれはあくまで仮の話。実際には何の疑問も持たずに魔骨兵は己に与えられた命令を忠実に実行しようとする。

 すなわち、敵の殲滅。

 その兆候をいち早く察知した晴明は叫んでいた。


「全員退避するんだ!」


 その言葉と同時に、彼の後ろで戦っていたすべての兵士が魔骨兵の前から姿を消した。それは人間も悪魔も例外ではない。

 直後、口を目いっぱいに広げた骨の化け物から特大の熱線が放たれた。逃げ遅れた、と言っても直撃を免れてはいる兵士でさえ放射された熱で大やけどを負っている。

 それほどの威力だった。

 

「げほっ!」


 熱風で喉を焼かれた晴明がせき込む。回避に成功しても至近距離で放たれた晴明は無事とはいかなかった。押し寄せる熱に魔壁の展開すら間に合わなかった。


「なかなかやるね。僕も負けてられない。ふっ!」


 もう一度、クナイを投げつける。それも今まで通り大したダメージを与えない。

 晴明の攻撃を全く意に介さない魔骨兵は手を振り上げる。

 その時だった。手を振り上げる怪物の姿に彼が何かを見出したのは。


「『監獄結界(アルカトラズ)』」


 座標固定魔法が目の前の怪物の動きを止める。

 その瞬間無意味だと思われた攻撃に意味が与えられた。

 晴明が投げていたのはただの魔力のこもったクナイ。それ自体に何も特別な能力はない。

 重要なのはその配置だった。彼が投げたクナイは一本残らず突き刺さったままだ。それが今、陰陽術的に重要な配置を取っている。

 すなわち晴明桔梗印。彼自らの名前が用いられたこの紋様は強い魔除けの効果を発揮する。

 クナイを仮想の星に見立てて、陰陽術の技法を応用しこの瞬間この態勢で印が完成するように彼は仕向けたのだ。


「『破魔の印(セーマン)』!」


 呪文とともに魔を打ち払う純白の光が立ち上る。


「BOOOOO!」


 戦場に響くのは一つの決着の音。魔法の効果が収まると、まるで最初からいなかったかのように骨でできた巨体は光の粒子と化して霧散していた。



「消されたか・・・」

 戦ううちに晴明から離れた位置でアーロットたちもその断末魔を聞き届けた。

 状況はややアーロットが有利。しかしそれはふとした流れの変化で容易に覆ってしまう危うさを秘めていた。

 そして流れを変えうる要因が介入してきた。

 それはとても甘美でともすれば聞く者の心を溶かしかねなかった。

 それでもアーロットはこの一か月で聞きなれたその声に、その声が孕む邪悪さに顔を顰めた。


「手伝ってあげようかセルス」

「頼む」


 突然の登場に驚きもせずに提案を受け付けるセルスの隣に人類を裏切った黄華が現れた。

 しかしつい先ほど別れた彼女とは明らかに外見が変わっていた。輝きを放っていた黒髪は色が抜け落ちた白色に、額からは二本の角が生えている。


「お前は誰だ」


 顔見知りの少女の正体を誰何(すいか)する。

 その問いに、口端を釣り上げて彼女は答える。


「酒呑童子、って言えばわかる?」

「!」


 アーロットも詳しくは知らずともその名は聞いたことがある。

 一言に獣と言っても馬や獅子がいるように悪魔にもその分類の中でさらに複数の種が存在する。

 悪魔種鬼属に属するのが酒呑童子だ。

 彼女の行いの(おぞ)ましさは語るに堪えない。

 彼女は同胞からでさえ恐れられた。


(目の前にいるのが災害種(それ)だと言うのか・・・)

 

 衝撃とそれを忘れさせるほどの絶望が一瞬にせよ脳裏をよぎる。

 彼女の体内で魔力が活性化したかと思うと、あたりにお酒の匂いが充満する。

 ぐにゃりと視界がゆがむ。体に力が入らず思考がまとまらない。原因は明確。酔いを醒ますために耐異常の魔法をかける。

 しかし、彼女の散布した酒はそんな無粋を許さない。抵抗はむなしく、意識が蝕まれていく。

 酒気を孕んだ空間の中央にいる酒呑童子の体の魔力が勢いを増して彼女に力を与える。

 それは一つの地獄。自分以外を等しくすべて酩酊状態に変えて、一方で自分の身体能力を底上げする。敵味方の区別がつかないデメリットこそあれどこの空間内で彼女に勝てる者はいない。

 華奢な片腕で取り出した金棒を軽々と振るうと、スキップでもするように彼女はアーロットに攻撃を仕掛けた。

 回避する余裕などなく、精密な魔力操作もかなわない。アーロットはもろに鉄塊の直撃を腹部に受けた。

 激痛すら酔った体では感じることができない。

 追い打ちとばかりに領域の範囲外からセルスの魔法が炸裂する。

 一瞬にして形成が逆転し、なす術もなく蹂躙されていく。

 霞むアーロットの視界に、愉快に笑う酒呑童子の顔が映る。

 その顔はどこまでも邪悪で、幸せに満ちていた・・・。

 

 

次回の投稿は五月十五日、タイトルは「10110100(駆けつける者たち)」です。

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