悪夢
時折その悪夢を見た。
悪夢はいつも決まって同じ内容だった。
夢の中で少女は多くの人の命を奪っていった。
あまりに生々しいそれはとても夢とは思えなかった。
夢を見続けるうちに少女はそれが自分自身が隠している本性なのではないかと恐れた。
何度も何度も同じ夢を見るうちにいつしか疑念は確信に変わっていった。
そして少女は心を閉ざした・・・。
屋敷の中ではそこに住むロンバールの民の悲鳴が響き渡っていた。
しかしそれもどこか遠くのことのように聞こえた。
「今、何と言った。ガラハッド・・・」
この世界で初めて出会った男に王は問いかける。
「ここにいる人々を見捨ててお逃げくださいと申しました」
返ってきた言葉は先刻と何も変わらなかった。
「俺に人間を見捨てろと言うのか!俺は人王だぞ!ここにいる者たちは皆キャメロットの民ではない。しかし俺が守るべき人類であることに変わりはない!それを切り捨てろと言うのか!」
「そうです。これから救う多くの命のために目の前の命は諦めてください」
返ってきた言葉はどこまでも冷徹で正しかった。
ここで数百の人間を守るために自分が命を落とせば、その後十倍、百倍では済まない命が消えていく。それはアーロット自身わかっていた。
「断る!」
「なっ!?」
それでも王はその他大勢のために目の前の命を奪う道を選ばなかった。
「俺は人を守るために剣を取った。人を守るために悪魔を斬った。ならば、自分自身の王道のためにも、この手で殺めた悪魔のためにも俺は救える限りの命を見捨てるわけにはいかない」
真っ直ぐに、どこまでも誠実に王は自らの臣下と向き合う。
短い間見つめあった二人。やがて折れたのはガラハッドの方だった。
「王として、あなたの決断は間違っている。だけど、俺は今この瞬間あなたが歩む王道の後に続きたいと心の底から思った。それはアーサー様に託されたからではなく、自分自身の意思で・・・。このガラハッド、お供させていただきます」
改めて忠誠を誓うように、ガラハッドは床に膝をつく。同じようにメリサ、ラデスも膝をつく。
アーロットは知っていた。ガラハッドが自分のためを思って進言していてくれたことを。彼とて、一時をともに過ごした同胞を見殺しにはしたくなかった。それでも先を見据えるのなら、無謀な戦いに臨むわけにいかなかった。
だが、優しすぎる彼の王はきっと耐えられない。目の前の人々を見殺しにすることに。
だからこそ忠臣は自身がその罪を背負うことにした。王に決断を委ねるのではなく、あくまで自分に押し切られたという形を取りたかった。
それがわかっているからアーロットも感謝を口にする。
「ありがとう、ガラハッド」
「もったいなきお言葉」
意識を切り替える。今まさに最悪の状態に向かっている現状をどうにかするために。
まだ間に合う。最悪の状態に向かいつつあるのは間違いないが、まだ最悪に至ってはいない。
ともすれば焦りでパニックになりそうになる思考を必死に落ち着かせ、これからすべきことを考え出す。
「メリサとラデスは非戦闘民を集めろ。彼らの避難はお前達に任せる」
「「御意」」
「ガラハッド、俺たちは白閻殿と晴明と合流するぞ」
「御意」
打てば響くような返事とともに四人は行動を開始する。
白閻と晴明も考えは同じだったのだろう。彼らの元へ向かうアーロット達を探しにきた白閻達とは廊下で出会った。
「アーロット殿!」
「戦の準備を。戦争をはじめます」
単刀直入に要件を伝える。それ以外のことに時間を使う余裕はない。手をこまねいていれば結界は破られ、中にいるロンバールの民は何の準備もないままに大空に放り出される。そうなればもうどうすることもできない。一方的な蹂躙が始まるだけだ。残されたわずかな時間で体勢を整えなければならない。
しそれは白閻も重々承知だ。それでも彼は動揺を隠せない。彼も考えていることはガラハッドと同じだったのだろう。
だからこそアーロットは歴戦の王に告げる。
「これが俺の歩む王道です」
それを聞いて白閻は豪鬼に笑う。
「では打って出るとしましょう」
「ええ、敵も我々がこの状況から攻撃を仕掛けるとは思わないでしょう。まずはその動揺を突いて非戦闘員を逃がします。避難はラデスとメリサが担当します」
「かたじけない。黄華、お前は戦える者を集めよ」
「はい、お父様」
「晴、俺たちは工房に行くぞ」
「僕たちの作品を悪魔達に見せつけよう、ロット」
愛称で呼び合う二人が工房に駆け出し、方針が決まった残りの面々もそれを行動に移す。
工房にはすでに人の姿があった。
「東さん!?」
そこにいたのはロンバールの鍛冶士、東だった。
「アーロットさん、悪魔が攻めてきたんですね」
「そうです。だから東さんも早く避難してください」
彼の身を案じるアーロットに東があるものを渡す。
「これは・・・」
彼が渡したのはアーロットに頼まれていた防具一式。そして無事に加工された闇石。
白を基調としてところどころに金糸による刺繍が施された美しい防具は大部分が布でできていて動きやすさを重視したいというアーロットの要望を十分に満たしたうえで強度についてもできる限りの処置が施されている。なにより新品特有の輝きの中に秘められた業物の風格が品質を物語っていた。
腕輪の方も防具との調和を意識して全体が金色の輝きを発する特別な鉱石でできている。何より目を引くのはそこにはめ込まれた一つの石だった。アーロットの装備の中で唯一暗黒の輝きを放つそれはこの世のどんな宝石よりも輝いて見えた。
「精一杯を尽くしました。防具には晴明さんが魔法陣を刻んでくれました。ご武運を祈ってます」
「ありがとう東さん。あなたの努力を無駄にはしません。さあ、メリサ達の元に向かってください。今度会うときはロンバールで」
頷いて東は走り去っていく。
「ロット、武具はあらかた収納した」
東とアーロットが短い会話をしている間に晴明は工房に置いてあった武器、防具を回収していた。
「なら中庭に向かおう」
中庭にはすでに建物内にいた全ての人間が集まっていた。
その数は合計で約千人。中央で二つの集団に分かれている。戦う者とそうでない者。しかし。その表情には違いはない。皆一様に決死の覚悟を宿している。
ここで彼らが負ければ、守る術を持たない者達もたどる運命は同じなのだから当然だ。それをこの場にいる全員が理解していることの証左でもあった。
「まもなく結界は崩壊する。それと同時に我々は悪魔に突撃を仕掛ける。ただしそれはせめて最後は勇敢に散るためではない。明日を生きるためだ!勝って祖国を取り返すため戦いを挑むのだ!当初の作戦はすでに崩壊した。だが、そのために我々が行ってきた準備は無駄ではない!魂を燃やせ、我らの手で祖国を取り戻すのだ!」
白閻の演説をかき消す程の鬨の声が鳴り響く。それは大地を揺るがすほどの大絶叫だった。
「陣形を組め!結界の崩壊とともに仕掛けるぞ!」
アーロット達から武具を受け取った戦士達が五人一組となって固まりだす。五人のうち三人は近接戦闘員、残る二人は魔法使いだ。
そうして出来上がった小集団が合計で百出来上がる。
メリサとラデスの抜けたアーロットの班は晴明とガラハッドがを含めた三人だ。
戦の開始を待つアーロットは白閻に近づく黄華の姿を見つける。
死地へと赴く父への最後の言葉をかけにいくのかとアーロットは考えた。そしてアーロットを過去最大の不安が襲う。理屈ではなく感情に従って彼は駆け出した。
果たしてその判断は間違っていなかった。
父へと伸ばされた手は心臓を貫かんと差し迫る。肉を先、骨を砕かんとする寸前でその腕をアーロットは掴み取った。
「何をしている」
「バレちゃった〜」
場違いに陽気な声音がアーロットの神経を逆撫でする。
「黄華・・・」
白閻は状況を飲み込めていない。
「お前は誰だ」
「さて誰だろうね〜。当ててみたら?」
蠱惑的に笑うその姿はこれまでの黄華のものとは全く異なる。
バキン
空間に亀裂が走る。結界が今まさに限界を迎えようとしていた。
それを気にも止めず目の前の何かを睨むアーロット。
それを全く意に介さず微笑む黄華だった何か。
アーロットが握りしめる腕を容易に振り解くと、呆気に取られた兵士たちを置き去りにそれは去っていく。
塀の上、ミースを背にしてそれは笑う。
「ば〜いば〜い。また会おうね♡」
捨て台詞とともに女は去っていった。
しかし呆けている場合ではない。今の騒動で、場の士気が低下したらますます勝算は低くなってしまう。なんとかしようと、アーロットが兵士たちに向き直ると、そこには先ほどとなんら変わらない彼らの姿があった。
一瞬にせよ動揺した。家族同然の少女に裏切られた。繰り返されるなぜ、どうして。それでもなお彼ら、彼女らの闘志は燃え続けた。祖国を取り戻すため、その一心で胸中の動揺を抑えつけた。それは父である白閻でさえ例外ではなかった。
「事ここに至って今更立ち止まることなどできますまい。我らのことは心配無用でございます」
一瞬でも彼らの覚悟を見くびったことをアーロットは心の中で謝罪した。そして自分もそんな彼らの覚悟を無駄にしないようにと改めて決意した。
ガラハッドたちのもとに戻ると亀裂はさらに広がっていた。
「そろそろ結界が破れる」
イースロンの背に乗ったアーロットは前方を見つめる。そこには恐らくは何万の悪魔が自分たちを待ち構えていることだろう。
それを踏まえたうえで彼は叫んだ。
「行くぞおおっ!!」
それと同時に一つの小さな世界が崩壊する。砕け散った結界の向こうには夜の世界と悪魔の軍勢が立ちはだかる。
構うものかと誰も彼もがそこに突撃する。
意表を突かれた悪魔たちに動揺が走る。
その隙にメリサの魔法で守られた住民が避難を開始する。
そして戦の火蓋は切られた。
総勢五百余名の軍団の突進にひるんだ悪魔たちは既に体制を整えた。そこまでは予想通りだった。しかし予想外の要素もそこにいた。
「あれは!?」
隣を駆けるガラハッドが声を上げる。
目の前の、悪魔の軍勢の最後尾にそれはいた。
身の丈が五メートルを優に超える巨大な生物。いや、それを生物と呼んでいいのかは疑問があった。人型をした巨大なそれには本来あるべき肉がない。あるのはただ骨だけだ。
死霊魔法を生業とするものは死者を触媒としてスケルトンを作成し操る。だから目の前の巨大な骸骨もそれと同じ存在と言えるかもしれない。
だがそれはあり得ない。死者を触媒とするのなら、面前のスケルトンにも生前の姿があった理屈だ。しかし世界中、どこを探してもあんな巨大な生物は存在しない。巨人と呼ばれる種族は悪魔や妖精と違い正真正銘の空想上の産物だ。
脳裏をよぎる詮索の思考を振り払ってアーロットは叫ぶ。
「進め!『王咆』!」
戦意を向上させ、身体能力を高める王法とともに人間たちは突き進んだ。
結界が崩れた瞬間、人間と悪魔の間にあった距離はニ十メートルと少し、その距離は次第に縮まり彼我の距離は五メートルを残すのみとなっていた。
黒一色の装備に身を固めた悪魔の軍勢は一つの生物のように統率のとれた動きでアーロットたちを飲み込んだ。
両軍が激突する。
剣と剣が交わる音、魔法が炸裂する音、兵士が吠える声、全てが夜空に響き渡る。
その中を、行く手を阻む悪魔を蹴散らしながら、二人の人間と一人の妖精は突き進む。
「あの巨大骸骨は僕が請け負うとしよう」
「まかせた」
未知数の危険度を孕むスケルトンに晴明が向かっていく。
それを見送ったアーロットとガラハッドは軍勢の中央に目当ての悪魔を発見した。
「セルス!」
馬上でグングニルを構えたアーロットはこの場で最も危険な男に戦いを挑む。
ゆらりと刀を抜いた悪魔は繰り出された槍の一突きを受け止めた。
明かりの乏しい夜空を火花が明るく照らし、行きつく先の見えない二人の戦闘が開始された。
誰にも予想できない結末に向かって時が進んでいく。
次回の投稿は五月十二日です。
タイトルは「蹂躙」です。




