己とは
白閻に連れられて部屋を出たアーロットは屋敷の縁側に来ていた。ここからはミースがよく見える。
あらかじめ敷いてあった座布団の片方に白閻が腰を下ろしたのでアーロットはもう一方の座布団に腰を下ろした。
「私は民たちと触れ合うのも好きですが、これにも目がないんですよ」
白閻が湯呑みにお茶を注いで差し出してくる。多くの世界では酒よりもお茶が嗜好品として愛されていた。湯呑に注がれたお茶は深い緑色をしていて湯気を立てている。
自分の湯呑みにもお茶を注ぎながら、白閻は子供のように笑っていた。その姿はとても一人の王には見えなかった。しかしアーロットは白閻のそんな雰囲気にどこか安心を覚えていた。
湯呑みを交わし、お茶を飲む。数種類の厳選された茶葉が組み合わされたお茶は飲んだ者の心を大いに癒した。
「とてもおいしいお茶ですね」
神世界にいた時にもお茶を飲む機会はあった。それゆえにアーロットも多少なりともお茶の味には理解がある。
「そうでしょうとも、私のお気に入りです」
心底おいしそうに白閻はお茶で喉を潤す。
「それにしても驚かされました。まさか、アーロット殿が晴明と同じ世界の出身だったとは」
「俺も晴明殿が転世者ではないことには驚きました」
「そちらの世界でも晴明は有名な陰陽師だったのですかな?」
「ええ、彼の死後も彼の名は歴史に刻まれました。実際には死んでいなかったわけですが。白閻殿はどのようにして彼と出会ったのですか」
「・・・彼と出会ったのは私たちが王都を追われ、この雲の下の山脈の一角に小さな集落を営んでいた時です」
夜空を見上げ話し始めたのはありし日の出来事。
「今と変わらぬ様子で彼は言いました。私たちを助けようと。彼にしてみればこの雲の上に自分の根城を構えるついでだったのでしょう。それでも私たちが彼に救われたことに変わりはない。感謝してもしきれん話です」
お茶を一口飲み白閻は話題を切り替えた。
「私からも一つ質問をしてもよろしいですかな?」
「なんなりと」
「何を悩んでおられるのですかな?」
「!?」
白閻の質問は正確にアーロットの心中を看破していた。
「無駄に歳を重ねたつもりはありません。王たる者として人を見る目がなくては困ります」
「恐れ入りました」
「どうですか、この老ぼれに話してみては。何か力になれるかもしれません」
「・・・」
ぽつり、ぽつりとアーロットは話し始めた。
「俺は、この世界に来る際に悪魔に記憶を奪われました。最初はひどく動揺したものです。自分という存在が揺らいで消えていくようで・・・。それは今もあまり変わりませんが・・・。何より戦う理由を失ってしまったことが辛いのです。俺にもここに来る前は確かにあったはずなのです。剣を取り、民のために戦う理由が・・・。今はそれが思い出せない。義務感だけで戦うのは苦しいものです。何より、戦う理由もない自分が戦場に立ち数多の敵を葬ることに心が耐えられないのです」
アーロットの独白を静かに聞いていた白閻が口を開いた。
「戦う理由などあったところで何も変わりませんよ、私たちの罪深さは・・・。私とて王です。ロンバールを守るために多くの悪魔をこの手にかけました。そこにいかなる大義名分があろうと、我々と同じように家庭を持ち、仲間を持ち、心を持った存在を殺した事実は揺るぎません。私たち王は、その罪を背負った上でなお民のために己が王道を進むしかないのです」
「・・・」
覚悟を決めたつもりでいた、実際にアーロットは覚悟を決めていた。あの日自身が犯した惨状を目の前にして。しかし心のどこかに甘えが潜んでいたことを目の前の王に突きつけられた。
「あなたはどんな王になりたいですか?それをよく考えなさい。そうすればおのずと自らが進むべき王道というものがわかってきます。それがわかったのならあとはひたすらその道を進むだけです」
優しく語りかけられた言葉はアーロットへの思いやりに満ちていた。アーロットは心が軽くなるのを感じた。自分にはこうして親身になってくれる先達がいるとわかったから。
「王とは常に誰よりも先を歩み、後に続く者の道しるべとなる存在です。しかし王は孤独ではありません。私を慕う民や臣下がいるように、あなたにもまたあなたを慕う者たちがいます。一人で背負う必要はありません、辛いのなら、苦しいのならそれを仲間と分かち合いなさい。あなたの周りには素晴らしい仲間がいるのですから」
白閻の一言一言がアーロットの胸に染みわたっていく。
アーロットの心を覆う雲が完全に晴れたわけではない。それでも暗闇だった彼の心に光が差したことは間違いではなかった。
「ありがとうございます。白閻王の言葉しかとこの胸に刻ませていただきました。俺は俺自身が目指す理想の王となり、王道を歩みます。大切な仲間たちとともに」
「それがいい。私の言葉が少しでもお役に立ったのなら幸いです」
そうして夜は更けていった。
二人の王は月明かりの下で夜通し語り合ったという。
昨日、アーロットたちが初めに通された部屋で今日も又二国の話し合いが行われていた。
正式に同盟を結び共同で作戦を開始するにあたっての作戦説明が行われていた。
「王都解放の条件はロンバール城の奪還です。城が騎士団の要である以上あそこをどうにかすれば悪魔にまともな抵抗はできないでしょう」
ラスティナを含めほとんどの世界において戦の勝敗を決する要因の一つとして敵の城の奪取が挙げられる。
戦争において城はそれだけ重要な役割を果たす。
「ロンバール城に刻まれた魔法の効果はどのようなものですか?」
城はそれ自体が一つの魔法具だ。城造りの職人が魂を込めて作った城にはその城独自の魔法が刻まれ、それは時間とともにより強大なものに変じていく。
もし仮にトロワ基地にも同様の処置が施されていたら、アーロットたちの全滅は間違いなかっただろう。
「我々の城に刻まれた『ロンバール城』の効果は不壊。城下では魔法の加護を受けた騎士たちの装備は破壊できません」
「それは装備を破壊しても修復されてしまうということですか?」
ガラハッドの質問に白閻は首を横に振る。
「いいえ、傷をつけること自体が不可能です。なので敵の騎士を倒す場合には鎧と鎧の隙間を狙わなくてはなりません」
厄介極まりない魔法の効果にキャメロット側の顔が若干ひきつる。だが逆に裏を返せば城を取り戻しさえすれば自分たちがその恩恵にあやかれるということでもある。
「それで、白閻殿はどのように城を取り戻そうとお考えですか」
アーロットの問いを聞いて黄華が地図を広げた。といっても昔ながらの神に書いたものではなく、机に映し出された立体映像だ。
地図の一点を指して白閻が説明を始める。
「オックス山脈の中腹とロンバール城を繋ぐように一本の地下道が通っています。かつてロンバールが悪魔に攻められた際に一部が崩落し現在は使えませんが、掘り返すことができれば直接城に乗り込めます」
「しかし悪魔もそれは十分警戒しているのでは?」
奇襲の要因になりうることは悪魔の側でも十分理解しているはず。それを放置する愚策をロンバールを現在治めているセルスが取るはずはないと、一度とはいえ彼と剣を交えたラデスが訴える。
「確かに、地面が崩れ落ちた双方を現在悪魔が昼夜を問わず見張っています。そこで催眠の魔法に長けた兵を送り込み魔法で工事中の悪魔の記憶を改竄します」
「待ってください。地下道を掘り起こすなら晴明殿が地形操作の魔法を行使すれば早いのでは?」
「メリサ殿のおっしゃる通りですが、私は戦に備えた魔法具の作成で手が離せません。そちらはどうですか?」
「わたしはまだそこまで大きな地形操作はできません。アーロット様は?」
「できないことはないが、俺も魔性で武具の作成や、その他の消耗品を作ったほうがいいだろう」
ガラハッドとラデスはあまり魔法が得意なほうではないので地形操作の魔法は使えない。となると地下道の採掘は時間をかけて人の手で行うほか無いようだった。
黄華が地図を切り替える。
見る限りではそれはロンバール城内の見取り図だった。
「下手に城を改築すれば、魔法の効果が損なわれます。おそらく現在も城内の様子はこのままだと思われます。ここを見てください」
地図の一点を白閻が指す。
「ここが城に刻まれた魔法の核となります。ここで使用者の情報を私に書き換えれば、形勢は逆転します。そしてここに至るまでの最短の道が、こうです」
魔法の核から地下道の入り口まで一本の線を白閻が引いた。
「無論ここに至るまでには多くの騎士が配されていることは予想できます」
「こちらの兵の数は如何程ですか?」
戦力を問うガラハッドに白閻は短く思案したのち口を開いた。
「五百、これが今回の作戦に参加できる者の人数です」
少ない、とは誰も思わなかった。むしろ今の今までこれだけの兵力が残っていた方が驚きだった。
「その人数でも俺の王法や晴明殿の魔法具を合わせれば勝機も見えましょう」
こくりと白閻頷いた。
「では、細かな役割分担を決めたいと思います」
誰も何も言わないことを了承と受け取って白閻は話し続ける。
「私とラデス殿、ガラハッド殿で兵士たちの訓練を、メリサ殿には使い魔による情報収集を、アーロット殿が武具を作り、それに晴明が魔法陣を刻む。これでよろしいでしょうか?」
各々が各々の方法で了解の意を伝える。
「地下道の採掘には一月はかかるでしょう。各自その間死力を尽くして戦争に備えていただきたい」
一度晴明の結界から出てアーロットはオックス山脈を下山していた。背後にはメリサの魔壁に守られた地下道の採掘員が控えている。
「あったわ」
吹雪で視界が狭まる中、ぽっかりと口を開けた洞窟をイースロンが見つける。
中に入ると後を追ってきたメリサが照明の魔法を使う。すると奥に山を削ってできた階段が見えた。これを降って行った先にロンバール城があるのだろう。
メリサ達を待機させてアーロットとイースロンが先行して階段を降りる。折り返しで向きを変え、さらに降りること数分、階段が途切れ先の見えない長い通路が現れた。
ゆっくりと進行を再開して一人と一頭は通路を進む。念の為灯りを消したため見通しはこの上なく悪いが、皇馬属はこの程度の暗闇を意に介さないらしい。
しばらく進むと視線の先に光のようなものが見えた。
「恐らく悪魔だ。殺さずに意識を奪ってくれ」
頷いたイースロンは突如凄まじい勢いで駆け出した。
見る間に光源が近づいて、悪魔が声を上げるまもなく見張りの騎士二人は地に伏した。
イースロンから降りて崩落の現場を目にする。どれほどの距離で崩落が続いているのか定かではないが、魔法を使っても一日、二日で作業が終わらないことは確かだった。
一旦目の前の光景から目を離して地に倒れた二人の悪魔のそばに膝を突く。
「『虚偽』」
アーロットが念じた偽りの現実が悪魔の魂を支配していく。横たわる悪魔は彼の魔法によって洗脳されていく。自分たちは悪魔側にもぐりこんだ人間のスパイであると。
王法の一つである『虚偽』は並みの催眠魔法よりも強力に相手を洗脳する。ちょっとやそっとの解除の魔法では洗脳を解くことはできないし、何より洗脳の内容についての自由度が高い。
役割を代わってまで彼がここに来たのは少しでも多くの兵士を確保するため。
崩落によって天井にできた穴からミースの光が降り注いでいる。
ちょうど人一人が通れそうな穴を見つけて、そこから外に出る。
外に出ると吹雪とは比べ物にならないほど穏やかな雪が降っていた。遠くにはうっすらとロンバール王都が見える。
少し移動してもう一度アーロットがギリギリ通過できそうな穴から地下道に戻る。今度は崩落のあった場所のロンバール王都側に出る。予想通りそちらにも騎士がいたので先ほどと同様の手順で自らの仲間に仕立て上げる。
崩落の両側の騎士を洗脳したことで工事の準備は整った。待機を命じたメリサ達と合流して工事が開始された。可能な限り音が出ないように配慮したので音はほとんど出ない。これなら敵に気づかれる心配は必要なさそうだった。
「では俺はこれで上に戻る」
「ご苦労様でした。わたしはここで使い魔を使役しますので」
「よろしく頼む。何かあったら連絡してくれ」
「はい」
メリサに別れを告げてアーロットは雲の上に戻るべく、イースロンの背に跨った。
「動き出すか・・・」
ロンバール城執務室で配下からの連絡を受けたセルスはしばし思案に暮れる。
静寂に満ちる室内で秘書の悪魔はじっとセルスの言葉を待つ。
「地下に眠っているあれを起こせ。全軍を率いて空に向かう」
セルスが下した結論に秘書の、オリアナという悪魔は疑問を呈した。
「それでは城の恩恵を捨てることになりますがよろしいのですか?」
「正面からやり合えば数で圧倒的に勝る我らが勝つは必然。故に奴らも地下道からの奇襲作戦を考えたわけだ。逆にこちらが奴らに奇襲を仕掛ければ城の恩恵などなくとも勝利は明白だ」
今度はオリアナも異を唱えなかった。
「決行の日取りはいつにいたしましょう」
「すぐにでも、と言いたいところだがこちらにも相応の準備が必要だ。決行は奴らが作戦を仕掛ける前日の夜とする」
「かしこまりました。奴らの日程について調べるよう伝えておきます」
こうしてアーロット達の作戦はセルスにその内容が知られた状態で開始したのであった。
次回の投稿は五月五日です。
タイトルは「開戦準備」です。




