頂の景色
イースロンとの契約を済ませて一行はロンバールに向けて北上していた。
トロワの街を出発して一晩野宿した獅子の月の七日。アーロットたちの目の前にはキャメロット王国とロンバール王国を隔てるオックス山脈が立ちはだかっていた。
「雪・・・」
メリサが上を向いて呟く。見上げれば空を覆う雲の上からしんしんと雪が降っている。ロンバールは年中雪の止まない雪国だ。
「これを登るの?」
アーロットを背に乗せたイースロンがそう問いかける。
オックス山脈の頂上ははるか雲の上に存在しており地上からではその頂を仰ぎ見ることはかなわない。さらに上空は猛烈に吹雪いている。いくら空を飛べる馬とて山越えは容易なことではなかった。
オックス山脈を越えてロンバールに入国する方法は二つ存在する。
一つは自力で山を登る方法。もう一つはキャメロットとロンバールを繋ぐように整備されたトンネルを利用すること。
しかし後者の案は現状利用できない。二国を繋ぐ道路の各所には悪魔の検問がありそこを人間が通過することは難しい。特にオックス山脈に掘られたトンネル部分の警備は厳しく、例の思考波吸収の魔法がトンネル内に仕掛けられているため馬用の遮断装置がない現状は通り抜け不可能だった。
「無理そうか?」
アーロットは背中からイースロンに問いを返す。
「私は問題ないけど・・・」
イースロンが口にしなかった部分を正確に読み取ったガラハッドが代表して答える。
「我々の馬も問題ない。さすがに皇馬属には及ばないかもしれないが皆十分に優れた馬だ。この程度の山越えは可能だ」
「そういうことなら私としても問題ないわ」
「話がまとまったようなら出発しましょう」
ガラハッドとイースロンの会話が一段落したところでメリサが会話を締めくくった。
アーロットとイースロンが先陣を切り、飛翔していく。残る三人と三頭もそのあとに続いた。
アーロットたちは現在時速五百キロの速さで上昇を続けていた。メリサの魔法のおかげでこの速さでも騎乗に支障はない。彼女は現在気流操作、気体調節ー気体の濃度や割合を地上と同一に保つ魔法ーさらに耐寒の魔法を同時に発動していた。
三つの魔法を同時に発動するのは困難な上に負担も大きいが誰もメリサを手伝おうとはしない。魔法による旅の補助はマーリンからメリサに申しつけられた課題であるためだ。
魔法による支援があれどすぐ先も見えない吹雪の中を進むのは容易なことではない。並みの者では頂上までたどり着けないだろう。
それでも上昇を続けるうちに頭上に見えていた雲がだんだんと近づいてきた。これは物理的に発生したものではなく、世界の意思によって魔力が雲に変化してできたものだ。そのためオックス山脈の頂上は常に雲に覆われている。
一行が勢いよく雲を突き抜けると眩しい日の光が彼らを照らした。ちなみにこの世界を照らす太陽のような恒星はジェルタと呼ばれている。
オックス山脈の頂上に到着したアーロットたちは皆一様に息を呑む。
そこは一面の花畑だった。色とりどりの花々が雲の上を埋め尽くしている。さらに空気中の魔力が世界の意志によって花びらに変化して宙を舞っている。
まさに天上の楽園と呼ぶにふさわしい光景が広がっていた。
この場にいる誰もがそのあまりの美しさに言葉を忘れている。
アーロットたちはしばし無言で目の前に広がる花園を見つめていた。
「美しいですね」
ぽつりと、ガラハッドが感想を口にした。
確かに眼前の景色は美しいと形容するに最適な光景だった。一度目にすれば誰しもがこの花畑を生涯胸に刻み付けるほどの美がそこにあった。
「なんだかこれからここを下るのがちょっぴり残念ね」
イースロンがそう言うのも無理はなかった。
「その心配はいらん。しばらくはこの雲上の花園を歩くことになる」
イースロンに答える形でラデスが全員にそう説明する。
「俺が連絡を取った時、晴明は王都ロンバールの民とともにいると言っていた。ルシア同様己の生まれ故郷を再現した結界の中にいるらしい。それがこの雲上の・・・この場所にあるらしい」
話の途中で地図を取り出したラデスは全員に見えるように地図の一点を指さした。その場所は現在彼らがいる場所から五キロほど北東に進んだ位置にある。
「ではそこまで歩くか」
アーロットがそう言うと全員がその意見に賛成した。
馬を降りて徒歩での移動が開始された。
雲の上を隙間なく埋め尽くした花々を踏み潰すことはとてもできないため、全員オックス山脈の峰の部分を歩いているーそこにだけ花は生えていない。
山頂にはアーロットたち以外の生物の気配はない。
そこに下から雲を突き破って一頭の龍が侵入してきた。その姿はレーテルナの東洋龍に酷似しており、蛇のように長い体と立派な髭を持っている。
「不吉ですね」
龍の姿を見たメリサがぼやいた。
龍の体の色は全身に墨を塗ったのかと思うほど黒々としている。
ラスティナでは一般的に黒龍は不吉な存在とされている。その昔一頭の黒龍ーこちらは西洋風ーがラスティナの近くの世界を丸々一つ消したことに由来する。
「気にしても仕方ない。先へ進もう」
止まった歩みをアーロットが再開する。
空を飛ぶ黒龍もアーロット達を認識しているはずだが襲ってくる気配はない。下手に刺激しなければ襲ってこないのはどんな獣も一緒だー災害種という例外は存在するが。
ある程度山の峰に沿って歩いた後、再び騎乗し飛行の魔法で目的地を目指す。視界いっぱいに広がる花の甘い香りが全員の心を癒す。
「止まってくれ、目的地に着いた」
後方にいるラデスが停止を呼びかける。
四人は馬の足を止める。
「それでどうやって清明の結界の中に入る」
アーロットがラデスに尋ねる。
妖精が作る結界の中には入り方を知らなければ入ることはできない。そして訪ねる方法は妖精によって異なる。ルシアの場合は合言葉だったが晴明も同じとは限らない。
アーロットたちが見守る中ラデスが黄色の魔法陣を描く。しかしラデスは魔法発動の引き金となる魔法名を口にしない。
魔法陣がカチカチと音を立てながらその模様を変えていく。最後にガチャンと鍵を開けるような音が響くと周囲の風景が塗り替わっていく。どうやらラデスの描いた魔法陣が鍵の役割を果たしていたようだ。
「面会の約束をしたときに一緒に今の魔法陣の画像が送られてきてな」
風景が塗り替わっていく中ラデスが補足する。
風景が完全に切り替わるとそこはそれまでの花園とは全くの別世界だった。しかし美しさに関しては引けをとっていない。
風雅な寝殿造りの屋敷がアーロットたちを出迎えた。
アーロットたちは屋敷の門の内側の位置に立っていた。春の日差しを思わせるあたたかな光を放つジェルタの位置から察するに門は屋敷の西側にあることがわかる。
物珍し気にあたりを見回していると屋敷の中から初老の男性が一人、それに付き従うように後ろを歩く着物姿の男性が一人出てきた。
「ようこそいらっしゃいました、人王陛下とその従者様方。私はロンバール国王千白閻と申します」
挨拶をしたロンバールの国王はやさしさに満ちた表情を浮かべている。その姿は平安後期、公家が身に着けていたとされる強装束に似ているがどことなく異国の印象を備えている。
「はじめまして、安倍晴明と申します」
つやつやと輝く銀髪が美しい中世的な人物が今回の訪問の目的でもある安倍清明だった。
この男が安倍清明、と心中呟いたアーロットは一部その考えを否定する。妖精には男女の区別がないため男という認識は間違っている。
清明の格好も白閻と似たようなもので異なるのは白閻が黒い衣装なのに対し、清明は白い衣装を身に着けている。
「ほら、お前も挨拶をしなさい黄華」
白閻が振り向いて手招きすると屋敷の中から色鮮やかな着物を身にまとった一人の女性が顔を俯けて小走りに寄って来た。
女性が顔を上げた途端、アーロットたちの心臓が跳ね上がる。
それは見た者を問答無用で虜にしてしまうのではと錯覚させるほどの美しさだった。透き通るような白い肌、宝石のように輝く黒い瞳、桜色の唇、頭の後ろで束ねられたきれいな黒髪、何もかもが人の心を鷲掴みにする美しさを備えている。
不死となり長い年月を生きたガラハッドでさえこれほど美しい女性を見たことはない。
その美しさは同性であるメリサをも魅了する。
誰も彼もがその美しさから目を離せない。失礼だと目をそらそうとする考えさえ浮かばない。
もしここで黄華と呼ばれる姫が言葉を発しなければアーロットたちは一日中彼女の容姿に釘付けになっていたかもしれない。
「せ、千黄華と申します」
上ずったその声によってアーロットたちの意識が呼び戻される。
頬を赤らめ恥ずかしそうに身をよじる姫を前にようやく自分たちの無礼を認識し一同はさりげなく視線をそらした。
「キャメロット国王にして人王であるアーロットです。本日は話し合いの場を設けていただきありがとうございます」
きまずい空気になるのを避けるため、今度はアーロットが自己紹介をする。
白閻と握手を交わしたのち、ガラハッド、メリサ、ラデスにイースロンが名乗る。
黄華の衝撃からようやく落ち着きを取り戻そうとしたところ三人の子供たちが駆け寄ってきた。
「白爺遊んでー!」
先頭を走る少年が元気よく白閻に駆け寄ってそのまま彼の足にしがみついた。
抱きつかれた白閻は孫にそうするように少年の頭をなでると優しく話しかけた。
「すまないね錬、爺ちゃんはこれから大事なお話があるから今日は遊べないんだ。凛と優善と遊んでいておくれ」
錬と呼ばれた少年が駄々をこねるより先に、後から三人を追ってきた一人の少女が錬を抱きかかえて白閻から引きはがす。
「こら錬!今日は白閻様のところに行っちゃいけないって言ったでしょ!」
「すまないね葵」
「そんな、わたしこそ錬たちをしっかり見てなきゃいけなかったのに目を離してしまってすみませんでした」
「気にしなくていい。錬、今日は葵に遊んでもらいなさい」
「はーい」
ふてくされているようだが一応は錬も納得したようだった。
そうして四人はアーロットたちに会釈して屋敷のどこかに消えていった。
「お騒がせして申し訳ない」
四人が去ると白閻がアーロットたちに頭を下げる。
「いえ、気にしないでください。それよりもずいぶん民に慕われているのですね」
アーロットはたいして気にしたそぶりも見せずただ思ったことを口にした。
「狭い国ですから。ささ、中にどうぞ」
そう言って黄華、清明を連れて白閻は屋敷の中に向かっていく。アーロットたちもそれに続く。
玄関から屋敷の中に入りーもちろん靴は脱いだー板張りの廊下を進む途中白閻が先ほどの話の続きを口にした。
「ロンバールは面積こそ広いですが、そのほとんどは険しい山が占めています。人間が暮らせる場所は限られている。王都といえど人口はたかが知れています。そのおかげで私は民と一人一人まるで本物の家族のように接することができた。幸せな話です」
心底幸せそうに白閻はそう口にする。
ふと白閻の言葉からアーロットは自分の、キャメロットの住民のことを思い出す。彼らとアーロットの心の間には深い溝がある。それを放置して国外に遠征してしまってよかったのかと考えて、アーロットは即座に心中で首を振る。民の信頼を得るにも、何より彼らの平和を考えるならこれが最善の選択であると自分に言い聞かせる。
「どうぞ、こちらの部屋です」
そう言って清明が襖を開ける。
中には純和風の建築様式の建物にはふさわしくないテーブルと椅子がおかれていた。おそらくはアーロットたちに配慮してのものだろう。
白閻たちが部屋の中央に置かれた長机の左側に座ったのでアーロットたちは白閻が席を進めると反対側、右側に腰を下ろした。
「さっそく話し合いに入らせていただいてもよろしいでしょうか」
お茶が運び込まれた後に白閻がそう切り出した。アーロットはそれを了承した。
そこで白閻の雰囲気がそれまでの好々爺のものから一国を治める王のものに切り替わる。
「本日はこちらの安倍晴明を西大陸奪還のためひいてはラスティナ奪還のための軍に加えるため訪ねられたということでよろしいでしょうか」
「はい、ぜひとも噂に名高い陰陽師安倍清明殿のお力をお借りしたい」
雰囲気の変化にひるむことなくアーロットは要求を口にする。
「残念ですがお断りします」
次週お休みします。
次の投稿は四月二十八日水曜日、タイトルは縮小大陸です。




