闇魔法
魔力とは何か。魔力は魔法の源となるエネルギーとしてだけでなく、日常生活でも幅広く利用されている。現にトロワ基地の動力源としても使われている。そんな魔力の本質に初めてたどり着いたのは今から五十億年ほど前ーラスティナの宇宙が誕生したのが約四千二百億年前であることを考えると最近も最近の話だーエッセンという獣人の科学者だった。彼曰く魔力とは物質というより現象に近いらしい。それを踏まえて彼は魔力を別名万能変化現象と呼んだ。
魔力は魔法陣に記述された内容にしたかっで様々な物質、現象、時には概念などありとあらゆるすべてに変化する。エッセンが魔力を万能変化現象と呼んだ理由はこのためだった。例えば『飛翼』の魔法、魔法陣の内容にしたがい魔力が重力と逆向きの方向の力に変化することで使用者は空を飛ぶことができる。
炎の魔法なら魔力は炎に変化し雷の魔法なら魔力は雷に変化する。しかし万能変化現象と呼ばれる魔力でも魔法陣が不完全では変化できるものもできない。その最たる例が闇子だ。魔力を闇子に変える魔法陣は現状存在しない。
そんな闇子を用いた魔法を闇魔法と言う。闇魔法は闇子を放出する希少な鉱石、闇石を使用するのでその使い手は極端に少ない。
トロワ基地司令官のフォルスはその数少ない使い手のうちの一人だった。彼は闇子研究の第一人者であり広くその分野の研究者の間にその名を知れ渡らせていた。
指にはめた闇石の指輪に魔力を流すと、魔力を吸収した闇石が魔力を闇子に変換し放出する。放出した闇子は魔法陣に従い弾丸の形を取り、推進力を与えられる。
「『黒砲』」
漆黒の闇が世界を消失させながらアーロットへと突き進む。
それこそが現状把握されている闇子最大の特徴であった。
闇子に触れたものはそれがなんであれ問答無用で消滅してしまう。消失した分のエネルギーがどこへ向かうのかは未だ解明されておらず、研究者達の議論の的となっている。
有から無へエネルギー保存則を無視したその効果はアーロットの魔性と通ずる所があった。
「『魔弾』」
アーロットの魔弾がフォルスの闇魔法を相殺する。
闇魔法も防ぐ手立てがないわけではない。闇子は闇子自体が持つエネルギーと同等かそれ以上のエネルギーをぶつけられると消失しきれずに逆に闇子の方が消えてしまうという特性を持っている。
「お主の魔弾は最下級の魔法とは思えん威力じゃな」
「その武勇を敵味方問わず轟かせるフォルス少将に褒められるのは光栄だ」
両者余力を残した状態で不敵な笑みをかわし、魔法攻撃をより苛烈に撃ち合いだした。
制御室を後にしてラデスとガラハッドはメリサの指示に従って基地内で陽動の役割を果たしていた。悪魔との戦闘もすでに数度発生しておりその悉くにおいて彼らは敵を一方的に蹴散らしていた。
「奴の様子はどうだ」
通信機越しに制御室のメリサへとガラハッドがセルスの動向を問う。
「ちょうど今部屋を出たところです。誘導します」
二人はセルスがいるという地下五階へと向かう。
通路を突き進むとやがてガラハッドたちの前方にメリサが作動した隔壁が見えた。
「隔壁を上げてくれ」
ガラハッドはメリサにそう要請した。
「その前に一つ。中に七人悪魔がいます。一人指揮官らしき悪魔もいます」
目を伏せ、一瞬思考を巡らせるとすぐにガラハッドは結論を出した。
「やむを得ん、俺が魔性でラデスを先行させる。セルスが地下五階にいるなら地下六階に行く前に何としてでも止めねば」
ガラハッドがそう宣言をする。ラデスに異論はなかった。
メリサもそれが最善と考えた。問題はガラハッド一人で七人もの悪魔を相手にできるかということだが彼の魔性なら勝算ありと判断した。
「わかりました、隔壁を上げます」
隔壁が上がり中に進むとそこは休憩室なのか少し広めの空間に椅子やテーブルが並べられている。
「「『炎却』!」」
ガラハッドとラデスの姿を視認すると中にいた複数の悪魔が一斉に魔法砲撃を開始した。
迫りくる業火を冷静にガラハッドは自らの魔性で対処する。彼が魔性を使うと炎はあらぬ方向へと飛んでいき奥にあったテーブルを消し炭へと変える。
「走れ!」
ガラハッドが叫ぶと隣にいたラデスが飛び出した。
次の瞬間にはラデスは悪魔たちの包囲を抜け広間の奥の扉から階下へと向かった。
後を追おうとした数人の悪魔がしかし寸前で降ろされた隔壁に行く手を阻まれる。
一瞬できた悪魔たちの隙を逃すまいと間髪入れずガラハッドが再度魔性を発動する。魔性発動の兆候を感じて退避した悪魔は事なきを得たが、逃げ遅れた悪魔が三人、彼の魔性の餌食となる。首ともども空間を入れ替えられた悪魔は即死した。
これがガラハッドの魔性『空移』。視界内の任意の空間を入れ替える魔性。
空間とは何か、それは世界に取っての細胞そのものである。
ガラハッドが入れ替えられる空間の体積は最小で五立方センチメートル、最大で二十立方メートル。重要なのは彼が空間を入れ替えると付随してその空間に存在する全てが移動するということにある。例えば先程のように空間ごと人を転移させたり、飛んでくる魔法の軌道をずらしたり、身体の一部のみを転移させ攻撃に使用することができる。
ガラハッドが空間を入れ替えれば当然世界は傷を負う。世界はそれを一瞬で直すだけの治癒力を備えるが、この時入れ替えに伴って移動した物質などは治癒の対象とならない。
現に首だけ切り離された悪魔達の頭があった場所の空間は元に戻っているが、元に戻っているのは空間だけだった。
「臆することはない。集中して彼の魔力をよく感じるんだ。次に入れ替える空間をしっかり示してくれるよ」
この場で最も階級が高いであろう悪魔が周りの悪魔に指示を出す。
悪魔の言う通りガラハッドの魔性には致命的な弱点があった。
ガラハッドが空間を入れ替える際、入れ替える空間同士に彼の魔力を満たさなければならない。それはつまり次に入れ替える空間を相手に教えてるに等しかった。
「さあ、ネズミを排除しようか」
「そこで停止してください。30秒後に前方の通路からセルスが現れます」
二つの通路が直交し少し広めのスペースが出来上がった場所にラデスが陣取る。ここなら彼が持つ槍を振るのに十分な場所が確保されていた。
戦闘が始まる前の最後の時間を使ってラデスは己が集中力を研ぎ澄ます。
「来ます」
通信機からメリサの声が聞こえるのと同時に雷撃を放つ。
それは通路全てを逃げ場なく呑み込んで突き進んだ。
視界を焼き尽くす閃光が収まると通路の奥に一人の悪魔が立っていた。服装はレーテルナでいう袴に似たものを身に着けており金属鎧の類は一切身に着けていない。布装備でも糸に魔力を馴染ませるか、服そのものに魔法陣を刻むかすれば最低限の防御力を発揮するので動きやすさや速さを重視する者は布や革の防具を身に着けることも多い。
「出資した研究の成果を見に来ただけだというのに厄介な事態に巻き込まれたものだ」
目の前に槍を構えたラデスがいるにも関わらずセルスは武器も抜かずまるでラデスなど眼中にないかのようにぼやく。
あれだけの雷を正面から受けたにもかかわらずまるで応えた様子のないセルスにラデスは不気味なものを覚えつつ、下手に近づかないよう雷撃の第二波を放つ。
「はあ!」
「うるさいよ」
気合を乗せて振るった槍はしかし雷を生み出す直前、セルスがいつの間にか抜いた日本刀によってはじかれる。
当初二人の間には五メートル近い距離が残されていた。そこをセルスはラデスがギリギリ視認できるほどの速度で近づき、彼の攻撃を阻止した。魔性でも魔法でもない、ラデスはセルスの魔力に十分な注意を払っていた。つまり今の神速の接近は純粋にセルスの身体能力と歩法のなせる技だった。
「こんなところで躓くわけにはいかないんだ。僕の計画の邪魔をしないでくれ」
告げられたその言葉はあまりに穏やかでしかしその深奥に抑えきれない怒りが渦巻いている。
かくして三つの戦いの幕が上がった。その行き着く先を知らぬまま戦士たちはそれぞれの思惑で手にした刃を振るう。
ガラハッドは己の魔性の弱点を知られたうえで善戦していた。位置取り、剣捌き、魔法、魔性己の全てを駆使して敵を攪乱、隙をついた魔性による攻撃で悪魔を仕留める。長い年月を戦いに費やした彼は自分の戦い方というものを熟知していた。そんな彼と悪魔との差は戦闘の一要素に過ぎない魔性の弱点を知っている程度では覆しようのないものだった。
しかし最後に残った指揮官だけは一筋縄ではいかなかった。
「『増加』」
ガラハッドの目の前、少年の見た目をしたー悪魔の年齢は見た目によらないー悪魔が右手に構えるレイピアに魔法をかける。
魔法の効果でその数を増やしたレイピアは重力にしたがい床に落ちることなく、各々が独立しているようにゆらゆらと悪魔の周りを飛んでいる。
「それが噂のお前の魔性か、アシュカ」
名前を呼ばれた悪魔、アシュカの顔に驚きはない。長い戦い強者の名前がその力とともに広まることは何ら不自然ではない。事実アシュカがガラハッドの魔性の弱点を知っていたのも全く同じ理由なのだから。
「そうさ、残念だけどこれで振り出し。君はまた不利な状況に陥ったわけだ」
アシュカの魔性の名前は『吹き込む魂』。この魔性は非生物に疑似的な魂を吹き込むことでアシュカの僕とすることができる。
「はじめから不利な状況になったとは考えてないさ。もちろん今もな」
ガラハッドの言葉に一瞬だけアシュカは不機嫌そうに眉を顰める。
「やれ!」
しかしアシュカはすぐに気を取り直し魂を吹き込んだレイピアたちに命令する。
合計十二本のレイピアたちはアシュカの命令に従ってガラハッドの体にその切っ先を突き付けるべく彼に向って飛び掛かる。
それをガラハッドは涼しい顔で一本また一本と捌いていく。時には魔性で刀身を真っ二つに切断したり、時には自らの剣でたたき折ったりして徐々にレイピアの数を減らしていく。
連係して繰り出されるアシュカの攻撃もガラハッドの身を傷つけるには至らない。
「くそっ!」
焦りによって生じた一瞬の隙をガラハッドは見逃さなかった。
剣撃の嵐がアシュカを襲う、攻守が後退して一方的にアシュカが追いつめられる。ガラハッドは彼に命令を出す暇さえ与えない。
疑似的な魂しか持たないレイピアたちは命令なしに動けない。宙を舞う剣たちは直前のアシュカの指示に従って突撃を繰り出すが攻撃の片手間に魔性によって粉砕されていく。
無意味な攻撃を繰り返した末とうとうアシュカの僕がすべて消えたとき明確な恐怖の感情がアシュカの表情に現れる。
「せめて俺を呪いながら死んでくれ」
転移で距離を詰め、アシュカの心臓に深々と剣を突き立てる。剣を引き抜くと夥しい鮮血がガラハッドを濡らす。
倒れ伏した悪魔たちをただ一人見下ろしたガラハッドは深呼吸を一回して気持ちを入れ替える。アーロットほどではないが彼とて敵とはいえ悪魔を殺すことに抵抗がないわけではなかった。それはもしかしたらこの戦争に関係するすべての者に共通の認識なのかもしれない。
ガラハッドはメリサと連絡してラデスとの合流を目指し、地下五階へと向かった。
アシュカとガラハッドの戦いの決着がついた頃、ラデスとセルスの戦いは膠着状態に陥っていた。
お互いが武芸を極めたと言っても過言ではない達人同士がぶつかり合っているのだから勝負が拮抗するのは自然の成り行きというものだった。
「強いな・・・。これほどの強者はそうそういるものではない」
激しい戦いを繰り広げているにも関わらずセルスの呼吸に乱れはない。
「お前の名前を教えてくれ」
急な質問を訝しく思いつつもラデスは素直に答えることにした。
「ラデスだ」
「ではラデス、悪魔となって俺に仕える気はないか?」
予想もできない提案にラデスは驚きを隠しきれない。ラデスには提案の意図がまったく分からなかった。
無論ラデスにここで反旗を翻す意思はない。それをセルスも承知しているはずにも関わらず彼はこんな馬鹿げているとも言える提案をしてきた。
一瞬ラデスは自身の動揺を誘う罠かとも考えたがセルスに動く気配はない。そこではじめて彼は目の前の悪魔が本気で自分を勧誘しているのだと気づく。
「残念だが俺が人類を裏切ることはない」
「それほどまでに今の人王に忠誠を誓っていると?」
「無論彼への忠誠に偽りはない。しかし俺が人類の味方をする理由の根底にあるのは友との約束だ」
友、という言葉に一瞬だけセルスが反応したようにラデスには見えた。
「今の人類に味方するのは生半可な覚悟ではないのだろうな。お前にとってその友人はそれほどまでに大切な存在なのか?」
セルスの問いにラデスは即答する。
「そうだ。あいつは俺にとってかけがえのない存在だった」
その言葉を聞いてセルスは微笑んだ。その笑みは敵に向けるにはあまりにやさしく、穏やかだった。
「俺にもいたんだ、たった一人の親友が・・・」
そう呟いたセルスが不意に意識を切り替えたような雰囲気をラデスは察知した。しかしセルスはラデスに攻撃を仕掛けるのではなく耳元に手を当てた。ラデスが注意深く彼の手元を見るとそこにはイヤホンの様なものが装着されていた。それは悪魔たちの間で一般的に使われている超小型の電話だった。特定の個人にしかかけられないデメリットを追うことでイヤホンサイズの小型化に成功した代物だった。
「わかりました」
通話を終えたセルスが視線をラデスに戻す。ラデスは彼が通話中に攻撃することもできたがどうしてかそうする気にはなれなかった。
「俺は帰ることにする。また会おうラデス、お前が無事ここから脱出できたのなら・・・」
ラデスが行動を開始するより早くセルスは懐からゴムボールのようなものを取り出し廊下に叩きつけた。ボールが廊下に接触し破裂すると閃光がラデスの視界を焼き、魔力の爆発がラデスを襲った。
爆発そのものはラデスの魔壁を破るには至らなかったが、爆発が収まったときにはセルスの姿は消えていた。セルスが投げたのは閃光で視界を奪い、魔力の爆発で魔力感知を防ぐ逃走用の爆弾だった。
ラデスは急いでメリサにセルスの居場所を確認しようとしたが、おそらくセルスもこの基地に自分たちが侵入したときのように『隠者』の魔法を使っているはずなので追跡は不可能だろうと考えてメリサにガラハッドの居場所だけ聞いた。
ガラハッドとの合流のため走りだそうとしたラデスの耳に基地全体を揺らすほどの絶叫が響く。
「GAAAAA!」
思わず耳を抑えたラデスは階下からとてつもない魔力の塊が上昇してくるのを感じ急いで魔壁を展開した。
次の瞬間、堅固な基地の床を突き破り何かが這い上がってきた。それはあっさりとラデスの魔壁を食い破りなおも上昇を続けていった。
残されたラデスは左腕を食いちぎられる重傷を負っていた。しかし彼は顔色一つ変えずに視界の端に捉えたものの正体を分析していた。
「今のは・・・」
ラデスが頭上を見上げると通り過ぎて行った何かはすでに地上に進出しており、見上げた先には空が広がっている。しかし太陽の光は分厚い雲に遮られ、雨粒が基地の内部にまで降り注いでいる。雷鳴が轟き不穏な気配をラデスは肌で感じた・・・。
次回も来週の19:00頃に投稿します。
次回予告「禁忌の研究と悲しき存在」
フォルスとセルスが行った禁断の研究が地上を襲う。




