大英雄
「お前の逸話は俺の前世の世界でも有名だった。まさか本物に会えるとはな」
ヘラクレス、その名前を聞けば彼の化け物じみた強さにも納得がいく。強く逞しい無双の英雄、彼の名前はレーテルナに広く知れ渡っていた。
そんな彼に出会えたことは紛れもない幸運だろう。
「なんとしてでもお前が欲しくなった。戦争の終結のためその力存分に貸してもらう」
「なら俺を打ち負かすことだ。言っておくが雷霆の全力はまだまだこれからだ!」
突き出される槍から迸る稲妻。
まずはなんとか魔壁で雷を防ぐことに成功する。しかし防ぐと同時にそれは粉々に砕け散る。まだまだこれから雷霆の出力は上がっていくと思われるので時間が経つほどこちらが不利になるのは明白だ。
勝負はいかに俺がラデスに接近するかにかかっているだろう。あれほどの雷、自身の周囲では容易に放てないはずだ。
そう思って突進を仕掛ける。
無造作に振われた槍から目も眩むような雷光が迸る。
なんとか魔壁でそれを防ぎ、続け様に放たれた二発目を透過の魔法でやり過ごす。
短い戦いの中、透過の発動時間と再発動までのタイムラグを正確に見切ったラデスが絶妙なタイミングで三発目を放つ。今の俺ではこの短時間にもう一度同じ硬度の魔壁を出力する技量はない。
いっそ惚れ惚れするほどの攻撃だが・・・
「消えろっ!」
その言葉によって目の前まで迫っていた稲妻が消え失せる。
しかし目の前の男は憎らしいまでに動じない。
既に刀の間合いこの距離なら大技は使えないはず。
渾身の一撃!狙うのは穂先より下、直接電流を流し込まれないであろう持ち手近く!
突き出された槍を幽霧で真下に斬り落とす。狙い通り槍の軌道は逸れて下を向く。そのままもう一度幽霧でラデスの体をすり抜けるかのように前傾する。
それを見たラデスが体を後ろに捻るのを見て、体を起こす。
「陽動か!」
「これでっ!終わりだ!」
作られた一発の魔弾が、フェイントにかかったラデスの無防備な額に迫る。
この至近距離で雷撃による迎撃は不可能。槍での迎撃も間に合わないはず。
一瞬のうちに迫った魔弾はラデスの額を貫く寸前・・・霧散する。俺が致命傷を与えないように魔弾を無害化したためだ。
これで決着はついただろう。
「俺の勝ちで良いな?」
「ああ、俺の負けだ」
ラデス本人もあのまま続けていれば自分が死んでいたことは認めているらしく、異議を申し立てない。
そうして立会人のガラハッドが一騎打ちの終わりを告げた。これにてラデスはこれから俺の配下として戦ってくれることが決まったわけだ。
幽霧を鞘に収めて手を差し出す。ラデスも雷霆を収納してこちらの手を握り返す。
「いい勝負だった。お前のような武人と戦えたことを喜ばしく思う」
「こちらこそ、久しぶりに血のたぎる試合だった。いや、もう俺はあなたの臣下、言葉遣いは改めねばなりませんね」
「気にするな。いちいち言葉遣いなど気にはせん。・・・お前たちも好きなように話せば良い」
駆け寄ってきたガラハッドたちにもそう伝える。
「王の好意を無碍するようで申し訳ないのですが、私は今まで通りで構いません」
ガラハッドの返答は予想できていた。
「私も同じく」
「良いんですか?」
・・・?最初に喋ったのはマーリンだがその次に喋ったのはいったい誰だろう。
ガラハッドがなんとも言えないような顔をして、マーリンが必死に笑いを堪えている。
「正直この先ずっと猫被ったまま接していかなきゃいけないんじゃないかと思ってたんで、助かりました。ありがとうございます」
普段の彼女はどこへやら、淡々と感謝を口にするメリサがそこにいた。その声からは一切の感情が消えている。一瞬本当に誰が喋ったのか分からなかった。
「彼女はこれが素ですよ。王様の前なのでずっと猫を被っていたんです。こんな感じですが王様にはきちんと敬意は持っているんですよ」
笑いを堪えながら彼女の師匠が教えてくれる。
改めてメリサを見る。そこにはもう俺の知っているメリサはいなかった。快活で従順な印象を抱いていたがそれは全くの偽物だったらしい。
今の彼女からは全く感情の起伏というものが感じられない。ころころと変わっていた表情も今は全くの無表情。整った顔立ちも相まってもはや人形のそれである。
「まあ、驚きはしたが無理せずに済むのなら何よりだ・・・」
正直転世後最大級の驚きに見舞われた気分だ。転世してまだ一週間程度だが。
「二人も本当にいいのか?ガラハッドとマーリンは俺とは年齢が桁二つは違うだろう?」
「それが何か?」
こちらの意図が分からないと言った顔でガラハッドが聞き返す。
「そうか、この国には歳上を敬うという文化がないのだな」
世界が違えば文化が違うのは当然か。意外なところでここが異世界だと再認識することになった。
「王の世界にはそのような文化がおありなのですね。是非とも色々聞いてみたいものです」
「お前は好奇心が旺盛だな、マーリン」
改めてラデスに向き直る。
「これからよろしく頼む」
「こちらこそ。俺の力、存分に使ってくれ」
そうしてラデスという大きな戦力を獲得することができた。
「ところで、最後の三発目の雷撃を消した絡繰是非とも教えていただけませんか?」
流石のマーリンもあれはわからなかったらしい。
「王冠の力だ。戴冠してから三回しか使えないという制限のもとどんな攻撃でも無効化できる」
「なるほど、勉強になりました。後で魔法陣の方も拝見してよろしいですか?」
「城に帰ったらな」
そうして城への帰途に着いた。
ちなみに、ラデスが撮った動画の視聴回数はたったの五回だったらしい。
「いけると思ったんだがな」
ラデスが仲間になってから数日後、再び円卓の間に集まって開口一番ラデスが落ち込み気味に呟いた。その姿には逸話に語られる大英雄の影も形もない。
これはヘラクレスとしてではなくラデス本来の性格なのかと考えながらラデスにフォローを入れておく。
「今の時代、この世界の人間に娯楽を楽しむ余裕などないさ。今は一刻も早くそのような環境を取り戻せるように努力するのみだ」
なんとか気を取り直したラデスとともに会議を始める。
「ラデスがこうして仲間になってくれたわけだが、他にここキャメロットで有望な人材はいるのか?」
「いえ、いません」
いたら当の昔に声をかけているという話だ。予想通りだったので話を進める。
「では外に出るしかなさそうだな」
「はい。悪魔が蔓延るこの世界では遠出もままなりませんが、それでも風の噂で国外の強者の名を耳にすることはあります」
「例えば私やメリサはよく同じ魔法使いとして、安倍晴明の名を聞きますね」
安倍晴明、その名前も聞いたことがある。有名な陰陽師だ。
「それは是非とも会って仲間にしたいな」
「魔法使いなら私がいれば十分でしょう。ついでにメリサもいますし」
「師匠はもう黙ってて良いですよ。安倍晴明の噂は確かに私も耳にしてます。」
マーリンに喋らせるとうるさいのでこのままメリサに聞いてしまおう。
「どんな人間だ?」
「いえ、安倍晴明は妖精だという話です。外見は中性的で美しく、魔法使いとしてだけではなくその美貌もまた諸外国にその名が知れ渡る一因となっています」
レーテルナで言うアイドルのようなものなのだろう。ただし妖精ということが本当なら、レーテルナのアイドルとは根本的に異なる存在となるだろう。
妖精には性別がないのだ。外見上他種族に男性的、女性的と言われるが、中には全く見分けがつかない中性的な妖精もいるらしい。同じことは機人ー機巧の王に守られる種族で、レーテルナ風に言うとAIーにも当てはまる。
「安倍晴明だったら俺が投稿した動画にコメントしていたな」
意外も意外、先日の戦いを安倍晴明も見たと言うのか。もしや晴明もこの世界でオタクになったのだろうか。いやそれ以前に・・・。
「そもそもそれは本物の安倍晴明なのか?」
ネットでならいくらでも名乗りようはあるだろう。
「いえ、悪魔の悪用を防ぐためネット上での本人確認は厳重に行われております。まず間違いなく本人でしょう」
「なら本人に連絡は取れるか?」
「任せろ。彼とはすでに親友だ」
それは頼もしい・・・。
ラデスのおかげで安倍晴明との交渉の場を設けることに成功した。
「ではこれより出立する。後のことは頼んだ」
今日は安倍晴明に会うためにキャメロットを出る。うまくいけばそのまま諸外国を巡り仲間探しと並行して悪魔を掃討していく。
目の前にはキャメロットの政治を担当する官僚が並んでいる。この世界において王の役割は脅威の排除であって政治をこなすことではない。故にこうして国を開けても問題はないということだ。
軍事面でもマーリンを残しておくから問題ない。また城に残った数少ない兵たちもここまで生き残ったというだけあって皆優秀だ。少ない兵力でも問題なく王都を守れることだろう。
それにマーリンの予知ではしばらくキャメロットに悪魔の進軍はないとのことだ。
「予知に変更があった場合はすぐに伝えろ」
「そうさせてもらいます」
連絡には携帯端末を使う。しかし戦時下のラスティナは資源が乏しくレーテルナほど普及していない。
「では行ってくる」
「行ってらっしゃいませ」
正門を出るとガラハッドとメリサ、ラデスの三人が待っていた。三人とも馬を連れている。
「俺の分の馬はいないのか?」
見たところ馬は3頭しかいない。
「これらの馬は普通の馬とは違うんです。一頭一頭が魔力を有している特別な馬で、こういった馬は主従契約を交わさないと乗れません。なので今回は私の馬に乗ってもらいます」
「そうか、わかった」
車もあるにはあるらしいが戦闘が発生することを考えると魔力を有した馬の方が良いらしい。
今回の目的地は隣国のロンバール。面積で言えばキャメロットよりも大きいが、その大部分は山岳地帯で人間の居住区画はそれほど広くはない。キャメロット、ロンバールがある西大陸には他に二つの大国と周辺に小さな島国がある。この惑星には他に同程度の大陸が三つあり、ラスティナを占拠する悪魔たちは現在東大陸を拠点としている。
現在いる惑星から飛び立ち宇宙空間に出ると他にも無数の惑星が存在する。しかし不思議なことにレーテルナ同様、ラスティナでもこの惑星以外での生命体は悪魔も例外なく観測されていない。
現在地はキャメロット近郊に広がるログレスの森に差し掛かる。
「今更だがガラハッドの転移は使えないのか?」
俺が乗る馬の手綱を握るガラハッドに声をかける。魔力を有した馬というだけあってとてつもなく速いが、乗り心地は悪くない。
「ダメですね、俺の転移は視界内の中だけの話ですから」
少し砕けろと言ってからガラハッドの一人称が私から俺に変わった。口調もそれに合わせて硬さが抜けたような気がする。自分で頼んだことだが、心を開いてくれているようで実はこの変化が密かに嬉しい。
「便利なだけな能力もないものだな」
「王がそれを言いますか・・・」
「俺の魔性とてデメリットがないわけではない」
「お二人ともおしゃべりしてて良いんですか?何か近づいてますよ」
メリサの言葉にようやく気づく。大きな魔力の塊がものすごいスピードでこちらに近づいてくる。
慌てて馬を止めるガラハッド、同時に目の前に接近してきた魔力の正体が現れる。
体調はざっと四メートル。獰猛な唸り声を発して、こちらを睨みつけるのは猫だ。大きさこそ規格外だがそれ以外はまごうことなき猫だ。全身は長く白い体毛に覆われて、その手には凶悪な爪が生えている。
「キャスパリーグ、災害種ですね」
「実物は初めて見るな」
災害種、引き起こされる被害がまさに災害に等しいことから名付けられた。これは生物としての分類というより一種の称号だ。言ってしまえば厄介者、災害レベルで暴れましたと言われているのと同義だ。
「人間、しかも一人は六王のうちの一人か。これはうまそうだ」
可愛さのかけらもない声で白猫は物騒なことを口にする。見た目通り獣の王に守護される獣種なのだろう。魔力を持ち、喋れるということはその中でも特に力ある存在。
「食おうというのか?随分とグルメなのだな」
「おうさ、儂はうまいものが大好きでな。特に人間は大好物だ。今までも何人も食べてきた」
そう語る口からはだらだらと涎が滴り落ちている。
正直敵は悪魔だけにしてほしいというのが本音だ。いや、本音というのなら悪魔とも敵対したくはないのだが・・・
しかしどの種族であろうと決して一枚岩になることはない。機人ですら秩序を乱す者が現れると聞いた時は本当に驚かされた。
「ならばその報いを受けても文句は言うまいな?」
目の前のこいつは間違いなく自分が守るべき人類の敵だということを認識した上で問いかける。
「勿論だとも。儂らは狩るか狩られるかの関係、殺されても文句は言えないさ。しかしお前さんに儂が殺せるかね?新米の王様」
挑発の言葉に応じるつもりはない。さっさと剣を抜いて戦闘体制を取る。
「皆、手を出さなくて良いぞ。俺一人でやる」
「いいのか?」
「お前と戦ったおかげで魔力が体にかなり馴染んだ。少し今の実力を試したい」
そこまで言うと三人は一歩後ろに下がり了承の意を示す。
「はじめよ・・・」
言い終わる前に目の前の大猫は姿を消した。正確には早すぎるあまり一瞬で視界から消えたと言うのが正しい。
「シャアッ!!」
死角からの前脚による攻撃はしかし魔壁によって阻まれる。
「なかなかやるね。全方位にそれだけの魔壁を展開するとは恐れ入っ・・・」
お返しに今度はこちらの方から攻撃を仕掛ける。
当たるはずの攻撃はしかし無様にも空を切る。避けられたわけではない。今までよりも格段に速くなった自分のスピードにまだ慣れていないのだ。
「なるほど・・・今ので感覚は掴めた。次は当てるぞ」
「やってみな」
先日の戦いより明らかに身体能力が上がっているのを感じる。タネは簡単、ラデスとの戦いを経て体が前より一層魔力に馴染んだことが原因だ。
無限の魔力を作り出せる俺の魔性もデメリットがないわけではない。作り出した膨大な魔力は制御を誤れば自分自身に牙を剥くし、それを体内に取り込めば許容値を超えた魔力量に器が壊れることだろう。大きすぎる力は毒にもなりうる。
そうならないためには時間をかけるしかない。時間をかけて魔力の制御を学び、徐々に徐々に体内に流すことのできる魔力の量を増やしていくしかない。
ラデスとの戦いは最高の経験になった。雷霆を防ぐためにいつも以上に大きな魔力の制御を余儀なくされ、優れた身体能力に対抗するため限界以上の魔力強化を体に施した。
お陰で前よりも扱える魔力量が格段に増えた。
「『氷雪刺撃』」
氷片が突き刺さり、白い体毛を自らの血液で赤く染める。
「にゃっ!」
「なんだ、猫らしく鳴けるではないか」
「いい気になるんじゃないよ!」
目の前でキャスパリーグの体が歪む。空間に滲むようにその歪みは大きくなっていく。
再びその輪郭を取り戻した時目の前の猫の体格は元の十倍以上になっていた。
「それがお前の魔性か」
「おうさ、これで戦うと皆ペシャンコになって食えたもんじゃなくなるから嫌なんだけどね」
前脚を持ち上げると勢いよくそれを地面に叩きつける。流石にあの質量に耐えられるだけの魔壁はまだ作れない。
「『飛翼』」
飛行の魔法で空中に逃げる。
振り下ろした脚が地面に衝突すると砂埃が巻き上がり、大地が揺れる。
「『氷雪刺撃』」
先程と同じ魔法を打ち込むも大したダメージは与えられない。
「図体がでかくなっただけではないようだな」
「まだまだいくよ!」
今度は爪による攻撃、回避したところに噛みつき攻撃。
魔壁で防ごうとするが一瞬で噛み砕かれる。その間になんとか脱出する。
「お仲間に頼った方がいいんじゃないかい?」
「その必要はない」
周囲に千の魔弾を作り出す。それを一つに纏めると圧縮された魔力の塊が出来上がる。
「『魔弾・【裂】』」
打ち出されたそれは音を置き去りにして白猫に迫る。千の魔弾を固めただけあって難なく体内に侵入する。
しかしサイズがサイズだけに大したダメージは与えられない。
「ここからだ」
ニヤニヤと笑っているキャスパリーグに伝えてやる。
相手の体内に送り込んだ魔弾の圧縮を解除する。すると無理矢理押さえ込まれていた魔力が一気に膨張し一瞬でキャスパリーグの体を内側から消しとばす。
青い閃光が収まるとそこにはもう獣の姿は無くなっていた。




