仲間探し
キャメロット城の中庭、今ここには城下に住む民の多くが集められている。オルトスの進軍から一週間が経ち、今日は新たな人王の帰還を伝える大事な日だ。
中庭にはカメラを持った人間も何人かおり、人間の操作を必要としない自律型カメラも飛んでいる。城に来ていない民もテレビなどで様子が見れるようになっている。
「少ないな・・・」
民からは見えないように外を覗くと驚くほどその数は少ない。その数は千を下るのではないだろうか。
キャロットの住民全てを集めたわけではないが、大国と呼ぶに相応しいキャメロット、その王都から集まったにしては圧倒的に少ない。
「今日までの戦いの日々で城の兵のみならず多くの民もまた悪魔の侵攻にその命を落としましたので」
一歩後ろに控えるガラハッドがそう答えてくれる。
彼を連れ立ってバルコニーに移動する。
歓声は聞こえない。俺を見ても民の様子に変化はない。皆一様に疲れ切った目をしている。その瞳には一欠片の希望も見て取れない。
俺は民に何かを伝える前にじっくりと彼らのその様子を見つめた。一生忘れないように胸に焼き付けるために・・・。
そしてゆっくりと息を吸い、集まった民の一人一人に語りかけるように声を出す。
「俺が新たなる人王として即位したアーロットである。即位するにあたって宣言しよう。俺はこの戦争を必ず終わらせることを」
その宣言に至極もっともな野次が投げられる。
「理想を語ることなら誰にだってできる・・・」
聴衆の中からそんな言葉が投げかけられる。
「彼はセデス、キャメロットに店を構える酒場のマスターで、住民から一目置かれるほどの存在です」
ガラハッドが相手の情報を伝えてくれる。
声のした方を見るとそこには二メートルを超える巨漢が立っていた。服の上からでもその体を包む筋肉の分厚さがわかる。しかし精悍なその体つきに反して、やはりその目は希望を失っている。
「先代の王、アーサー様が亡くなられてこの世界は悪魔のものになった。辛うじてここキャメロットは悪魔の手に落ちちゃいねえが先日も大きな戦の舞台になった。嫁とも随分前の戦で死に別れちまってる。俺は生まれてこの方平和っていうもんを見たことがねえ。ここにいる連中は皆そうさ。生まれた時から毎日戦争、いつしか夢を、この戦争が終わるなんてことを考えるのも辛くなっちまった。いや、俺たちだけじゃねえ、俺の親も、祖父母も、皆ずっとそうだ。生きることに絶望しちまってる。そんな俺たちにとっちゃあんたの語る理想は遠すぎる・・・。できるのか、本当に戦争終結なんて」
およそ国王に対する言葉遣いとはかけ離れたその言葉を咎める者はいない。ガラハッド達、俺の臣下と違い、この世界の民にとって王とは敬う者ではなく、信じる者なのだ。未だ彼らから信を得られていない俺が彼らから敬われようとするのは間違っている。
その言葉に即座に頷きを返す。
「できる。そのために俺は王となった」
「何を根拠に・・・」
「根拠などない。そんなものを探している内に君らは滅ぶだろう。故に俺は結果だけを示そう。まずはこの大陸から悪魔を一掃する。そうした時諸君らは俺の言葉を少しでも信じることができるだろう。それまでは好きにしろ。いくらでも俺の言葉を疑えばいい」
「そうさせて貰おう」
その言葉を残して男は中庭から去っていく。それを機に他の住民たちも彼の後に続く。
「あれでよかったのだろうか・・・?」
つい、口から出た言葉は先の演説に関する感想だ。最終的に喧嘩別れのようになってしまった・・・。
「よかったと思いますよ。今の彼らには何を言っても届かなかったでしょう。それこそ何か明確な根拠でも示さない限り。なので結果で示すというアーロット様の考えは間違っていないかと考えます」
「ありがとう、マーリン」
場所は円卓の間、演説を終え今はマーリン、メリサ、ガラハッドと共に今後について話し合いを始めようというところだ。
「それでは戦争を始めるにあたって今後どうしていくかを話し合おう」
「まずは仲間集めが最優先でしょうな。今のままでは圧倒的に戦力が足りません」
ガラハッドの主張はもっともだ。先日の戦いの後、ここキャメロットの王都を守る兵の数を尋ねたが、その数はやっと五百を超える程度の数だった。これでは守るも攻めるも圧倒的に兵が不足していると言わざるを得ない。
「となるとやはり転世者を探したいところだな・・・」
転世者とはまさに俺のような人間を言う。
多くの人間や亜人、獣といった生物は死した時点で蘇生されなければそのまま消えていく。しかし稀に強靭な魂の持ち主は死後その魂を新たに生まれる別の生命に宿った魂と混ぜ合わせることがある。そして生前生きた世界、又はそれとは別の世界に輪廻することがある。まさに俺とアーサー王のような関係だ。
この場合魂が混ざり合うことで、例えばアーサー王の性格が引き継がれた部分もあれば、俺独自の性格が現れる部分もある。ガラハッド曰く、悪魔を殺すことにはアーサー王も強く抵抗を覚えていたらしい。
重要なのは魂が輪廻するほどの存在は何か並々ならぬ才能を有しており、貴重な戦力となることが多い。それゆえ、神々はあらかじめこの世界に何人か意図的にその魂を転世させていたらしい。それこそ、レーテルナの神話の元となった人物も転世させられているようだ。
「一人ここキャメロット王都に転世者と思われる男がおります」
「それはすぐにでも声をかけてみよう」
「我々もそう思って一度彼を訪ねたのですが・・・断られてしまって」
全世界の存亡をかけた戦争とはいえ、参加を無理強いすることはできないだろう。しかし理由が気になる。
「なぜ断られた?」
「それは・・・」
「・・・なるほど」
ガラハッドの話の通りだとするとこちらの味方となる可能性が全くないわけではないことがわかる。
「その男と会えるように話をつけてきてくれないか」
「かしこまりました。しかしアーロット様心の準備だけはしておいてくださいね」
「?」
不思議なことを言うガラハッドだがその真意は読み取れない。マーリンとメリサに視線を向けると、マーリンは笑いを堪えたような顔をして、メリサは苦虫を噛み潰したよう顔をしている。
使者を送ると簡単に面会の約束は取れ、早速今日件の男の元へと向かうこととなった。
そんなわけで城下に来たわけだが、先日の戦いの爪痕は未だに残っている。しかしそれだけではない。この街には幾度も戦果に晒されてきた証が今なお多く残されている。
マーリンに案内されて訪れたのは前世で言うところのマンションやアパートといった集合住宅の一角だ。
「ここか?」
「左様でございます」
メリサが鋼板製の玄関の横につけられたインターホンを押す。
現れたのは先日の酒場のマスターに負けず劣らずの大男。全身はがっちりとした筋肉に覆われている。
しかしこちらを見下ろす顔には生気がない。彼の場合は生きることに絶望しているというより単純に肉体的な疲労によるもののような気がするが・・・。
「ようこそ・・・。どうぞ中に入ってくれ」
中に案内してくれる彼に続いて俺たちも中に入る。
「・・・」
案内された部屋の光景には言葉を失うばかりであった。間取りは前世で言うところの1K相当だろうか。通された部屋には最低限の家具だけが置かれている。しかし何より目を引くのは壁にかけられたポスターや棚に並べられた漫画、フィギュアの数々。テレビの前にはゲームソフトであろう物が積まれている。
「座っていてくれ。今お茶を入れてくる」
「あ、ありがとう」
そう答えるので精一杯だった。
「この世界にもオタクはいるのだな・・・」
「オタクとはなんですか?」
興味津々に聞いてくるマーリンだが、改めて問われるとオタクの定義とはなんなのだろう。
結論を出すより先に彼がお茶を持って戻ってきたのでこの話は一旦中断だ。
面食らってしまったが、よく考えたらこの世界で訪れたどこよりも馴染みやすい空間には安心感すら覚える。
「はじめまして王様。俺の名はラデスだ」
「アーロットだ。よろしく頼む」
出されたお茶ー緑茶に近い味で飲みやすいーを飲みながら本題の前の世間話程度の話題を振る。
「君はゲームとかが好きなのか?」
「ああ、新しい人王が帰還するのを待っている間暇だったのではじめたのだが、思いの外ハマってしまってな・・・。今ではあまり趣味に現を抜かすこともままならんがな」
「そうだな。早く好きなことを好きなだけ楽しめる日が来れば良いのだがな」
「ああ」
「そのために今日はこれから戦争を始めるにあたって君の力を借りにきた。どうか俺たちに力を貸してくれないだろうか?」
頭を下げてラデスという青年に助力を請う。
「以前にもそこの騎士が訪ねてきた。王はその時俺が示した条件を聞いたのか?」
「ああ無論だ。今日はそのために来たと言ってもいい」
「では場所を移そう」
場所を移して、初めてガラハッドと出会った草原、ラノス平原に移動した。
ラデスの力を得るために、彼が示した条件とは俺との一騎打ち。俺が彼に勝てば彼は俺の兵として戦うこととなる。
少し離れて向き合った彼がその条件を提示するに至った経緯を話し始める。
「子供の頃、ある日突然自分のものじゃない記憶が蘇った。初めは夢か何かだと思った。だがそれは違った。それは前世の俺の記憶だった」
決まりだ。彼は間違いなく転世者だ。
転世者の多くはなんらかのタイミングで生前の記憶を思い出す。それはすなわち生前の技術の継承につながる。
いつかは俺もアーサー王の記憶が蘇るかもしれない。俺の場合はアーサー王の魂が砕かれているため確かなことは言えないが。
「俺は前世での友との約束を守るためあなたにこの力を捧げよう。しかし弱き王に仕えるつもりはない。あなたには俺が仕えるに相応しい力を持っていることを示してもらいたい」
「いいだろう・・・ガラハッド、立会人を頼む」
「承知しました。くれぐれもお互いにやりすぎることのないようにお願いします」
「死ななければいくらでも治癒できますが、死んだら私でも助けられませんからね」
自信満々に言うマーリン。一週間という短い時間だが一緒にいて気づいたことがある。この男かなりの自信家だ。しかもそれをウザいくらいに誇示してくる。その自信を裏付ける実力があるのがまた性質が悪い。
「ラデス、お前が勝ったら何を望む?俺に叶えられることなら叶えよう」
「特に何も望みはしない。ただその代わりこの戦いの動画を撮ってもいいか?動画サイトにアップしたい」
動画も撮るのかと思ったが口には出さず、その要求を了承する。
「別に構わんぞ」
こちらの許可が取れると彼は物を収納できる魔法『収納』の魔法陣から先日も飛んでいた自律型カメラを取り出す。電源を入れるとカメラは飛び上がり、録画を開始する。
さらにラデスは魔法陣の中から巨大な両手剣を取り出して構える。
双方剣を構えて睨み合う。
「それでは、始め!」
ガラハッドの合図と同時にお互い駆け出す。まずはなんの駆け引きもなくお互い握りしめた剣を打ち付ける。
「くっ!」
剣と剣が触れ合った瞬間一瞬で力負けした俺はあっさりと吹き飛ばされる。
魔力による身体強化だけじゃない、元々の身体能力がずば抜けて高い。疾く、強く、しなやか、己の体という最大の武器を極めた男の姿がそこにあった。
驚くべきはそこだけじゃない。その体を彼は十全に活かしている。動きに一切の無駄がなく、体の動き全てが剣に注がれている。
悔しさより先に尊敬の念を抱く。これほどの技を身につけるのに、一体どれ程の死線を潜り抜けてきたというのか。
「一歩も引かぬつもりでいたのだがな・・・」
その声にラデスの方を見ると確かに打ち合いの時より一歩後ろに下がっている。
「そうは言うが、これほどの差を見せつけられては王としての立つ背がないな・・・」
どう足掻いたところで技術の差は一朝一夕では埋まらない。ならば別の方法で相手の上を行くのみ。
エクスカリバーを鞘に収め、こちらも『収納』の魔法で神世界から持ち込んだ武具を取り出す。
取り出したのはこれといって特徴のないただの日本刀。
鞘から抜いたそれを両手で構える。
再度の衝突。前方ではラデスが手にする大剣を振り下ろし始める。
その光景を見ながらも走る速度は緩めず、構えた刀を振りかぶることもしない。もう既に迎撃は間に合わないだろう。
ラデスはこちらの行動に違和感を覚えたようだが振り下ろした剣を引き戻すことはできないだろう。
迫り来る刃が頭上のほんの少し離れた位置に迫った瞬間、握りしめた刀に魔力を込める。
誰もが俺の敗北を確信した瞬間、その予想を裏切るように、大剣は俺の体をすり抜けていった。それだけにとどまらず、そのままの勢いでラデスの体を通り抜ける。
振り向き様、空を切って体制を崩したラデスに無防備な背中を一閃する。
「浅いっ!」
絶好のタイミングで繰り出した一撃はしかし致命打を与えるに至らなかった。
大剣を振り切ったラデスはそのままの勢いで前方に進み、こちらの一撃を回避するとともに距離を取った。
「マーリン、今のは・・・」
何が起こったのか分からず、とっさにマーリンに助言を求める。
「透過の魔法だろうね。ラデスとその武器以外、光や地面、衣服なんかが透過しなかったということはある程度透過の対象を指定できるんだろう」
初見の魔法の効果を一発で見抜くマーリン。こういうところを素直に称賛したいのだが・・・
「初見の魔法を見抜く私の観察眼のなんと素晴らしきことか!」
「・・・」
こちらが何かを言わずとも自画自賛を始めるので随分前からこの悪魔を褒めるのはやめている。一度この悪魔には完膚なきまでにボロ負けして欲しい。
ほっとけば延々と自分を褒め続けて鬱陶しいので別の話題をふる。
「この戦い、どちらが勝つのか分かっているのか?」
マーリンには未来を見るための魔性が備わっている。そんな彼ならもうどちらが勝つのか分かっていてもおかしくない。
「いや、私にもこの戦いの決着は見えなかったよ。知っての通り私の未来視は起こりうる確率の最も高い未来を見るものだ。故に勝負が本当に五分五分の時は未来を見ることができない」
たしかに、最初にアーロット様が吹き飛ばされた時はどうなることかと思ったが、新たに取り出した武具のおかげで今は均衡を保っている。
「技術で言えばラデスは間違いなくアーロット様の上を行く。しかしアーロット様は強力な魔性を秘めておられる。それだけじゃない。アーロット様は王が王たる所以、王法を使うことができる。総合的にはどちらの実力も拮抗していると言えよう」
話を聞いている間も目の前の戦闘は徐々にその勢いを増していく。
声もなくその様子をじっと見つめる。ただ一心に自らの王の勝利を祈って。
取り出した刀、幽霧之羽々軌に刻まれた魔法の効果は至極単純。指定した対象をすり抜ける、ただそれだけだ。しかし永遠に効果を持続することはできない、魔法発動のタイミングにはシビアな判断が要求される。
先程とは違いラデスの剣に重みがなくなっている。
魔法の発動が任意なため、こちらの刀がいつすり抜けて彼に迫るのか彼自身には全く予想がつかず、それゆえに思い切った攻撃ができないのだろう。
「まだまだいくぞ」
『零から無限へ』によって作られた魔力が魔弾を形成していく。
熟練の魔法使い、マーリンのような者は両手が塞がった状態でも魔法陣を描くことができる。そもそも魔法陣を描くのに実際に指からの魔力放出で陣を描く必要などないのだ。そうするのは単に描きやすいのと技量不足が原因、指を使わないで魔法陣を描くのは高等技術なのだ。
俺はまだその域に達していないので今のように両手で刀を構えると魔法が使えない。
そこで魔性の出番だ。これなら魔法陣を描く必要はない。
そうして作られた魔弾の全てがラデスに向かって殺到する。
これをどう防ぐのかと思っていると彼はなんと手にした大剣を頭上に投げた。
「真の姿を見せろ」
その言葉が引き金となって宙を舞う大剣が光る。一瞬の後、爆音とともに雷が走り魔弾を全て消し去る。それだけに留まらず雷光はこちらに迫る。
ほんのわずかな差で透過が間に合った。今の雷撃はいかに魔力で強化した体とてくらえばタダでは済むまい。
「なんの因果か前世の親父の武器が巡り巡って俺の手に収まってな、以来使わせてもらっている。先日の戦い、ヒュドラの矢を使ったのはあなただろ?懐かしい物を見せてもらった。そんなあなたならこの武器についても知ってるかもな」
まさか、という思考が脳裏を過ぎる。
「雷霆それがこの槍の名だ」
「つまり、お前の前世の名は・・・」
ラデスは俺の予想が間違っていないことを教える。
「俺の前世の名は、ヘラクレスだ」




