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神に選ばれた人間異世界で王様になる  作者: ペンギン
キャメロット編
10/48

本物の覚悟

 差し出されたマーリンの手を握り返す。

「こちらこそ・・・宜しく」

 マーリンの手はオルトスのように生気が感じられないほど白かった。戸惑うこちらの内心を見透かす魔法使いは笑顔のまま衝撃の発言をする。

「お察しの通り私は悪魔ですよ」

 悪魔が皆敵になるとは思っていなかったがそれでもやはり驚いてしまうのはしょうがないだろう。

 悪魔の寿命は人間の寿命より長くアーサー王に仕えたというマーリンが今の時代まで生きておることは不思議ではない。

 なんと言っていいか分からず固まる俺にガラハッドがフォローを入れる。

「ご安心を王様。こちらのマーリン、(こと)女性に関しては全く信用できませんがそれ以外は信用に足る悪魔なので。いち早く私に王様を迎えに(つか)わしたのも彼です」

 そこまで聞いてレーテルナでのマーリンのことを思い出す。マーリンは優れた魔法使いであると同時に預言者でもあるのだ。もしかしたらそれも実話なのかもしれない。

「マーリンは未来を見ることができるのか?」

「はい。それが私の魔性『予知(プレディクト)』でございます。それについてはまた後ほど詳しく。さあメリサ、(きみ)も王にご挨拶なさい」

 メリサと紹介された女性が一歩前に出て丁寧にお辞儀(じぎ)する。

「はじめまして、新しい人王様。私は魔法使いマーリンの弟子のメリサと申します。私は人間です。以降お見知り置きを」

 落ち着いた様子のメリサとも握手を交わす。

 一通り自己紹介をしてもらったので次は自分の番といきたいのだがそうもいかないのが今の俺の状況だ。

 俺は記憶喪失の件とその経緯をマーリン達に話した。するとマーリンが診察を申し出てくれたので引き受けることにしてみたのだが・・・

「・・・脳に呪いがかけられていますね。本来は記憶全てを消去してしまうほどの強力な呪いです。そうならなかったのは『転世の神』のおかげでしょう。大半の呪いなら解いてしまえる私ですがこの呪いは初めて見ます。今すぐに解呪はできそうにありません。申し訳ありません」

 診察結果はショックだったが被害が抑えられていたのは助かった。心の中で『カイン』様にお礼を言う。

「これ以上深刻化することはあるのか?」

「いえ、ご安心を。その心配は必要ないでしょう。これ以上の記憶の喪失はないと判断します」

 ひとまず安心といったところだ。しかし失われた記憶が自分に関することだけとは限らない。あるいは巧妙に記憶が書き換えられている可能性もある。一度情報をすり合わせておくのが賢明だろう。

 その(むね)ガラハッド達に伝えたが返ってきた答えは否だった。

「いえ、王様まずは食事にいたしましょう。丸一日寝ておられたのですからきっとお腹が()いているはずです。話はそれからでも遅くないでしょう。師匠が城の召使い達に料理を用意させてあります。ぜひ召し上がってください」

「王がこの時間に目覚めるのはわかっておりましたので先に用意させておきました」

「そうか、ありがとう」

 丸一日寝ていたというのも驚きだがそう言われれば確かにお腹は()いている。ここはお言葉に甘えるとしよう。

「こちらにお持ちしますか?」

「いや、大丈夫だ。食堂に案内してもらえるか?」

 そうして、ひとまず食事を挟むこととなった。


 圧倒された。目覚めた部屋も豪華な部屋だったが、食堂も負けず劣らずの華やかさだ。ここに来るまでに通った廊下ですら輝いて見えた。

 驚いたのはエレベーターがあったことだ。俺が呼んだラスティナの物語はレーテルナでいう中世をイメージさせる世界観だった。そのため今も変わらず文化レベルは中世のそれと変わらないと思っていたのだが、どうもそれは間違いだったらしい。ラスティナはラスティナで発展を繰り返してきたということだろう。

 無論そうだったとしても不思議はない。無数に存在する世界、レーテルナよりも先進的な世界などいくらでも存在するだろう。事実神世界(しんせかい)でもレーテルナにはない便利道具が数多く存在した。

 そんなことを考えながら案内された席に座っていると料理が運ばれてくる。

 食事のマナー等、ラスティナ独自の礼儀作法は神世界でも一通り学習済みだ。とはいえ、食事に関しては特に覚えることがあったわけではないのだが。

 その代わりに気になったことを聞いてみる。

「円卓ではないのだな」

 通された食堂に置いてあったのは普通のテーブルだ。上座も存在する。

 着席し食事をともにするガラハッドが答えてくれる。

「円卓は別の部屋にございます。後ほど案内させていただきます」

 そして特にこれといって会話に花を咲かせることなく食事を進める。

 出された食事はどれも美味(おい)しく、レーテルナでは味わったことのない料理を楽しんだ。


 食事を終え、話し合いは俺の希望もあり円卓の置かれた間で行われることとなった。

 案内された部屋には円卓が一つ置かれているだけで、それまで通された部屋のような豪華さは存在しない。

 代わりに身の引き締まるような神聖さが空気を満たしている。

 四人が着席すると会話が始まる。最初に口火を切ったのはマーリンだ。

「まずは先に王の名前を決めましょうか。王も名無しのままでは不便でしょう」

 そう言われればそうかもしれない。名乗る名がなければ不便は多そうだ。

 しかしなんと名乗るべきだろうか。出身が日本であることはかろうじて覚えているのだが、この世界で日本風の名を名乗るには違和感がある。

 ここは他のものに考えてもらうのが適切だろう。

「何か()い名はあるか?」

 こちらの問いに恐縮したようにメリサが問い返す。

「私たちが決めて宜しいのですか?」

「構わん」

 するとマーリンがいの一番に己の案を披露する。

「アーサー二世でどうでしょうか?」

 俺としてはそれでも良かったのだが、ガラハッドは納得いかないらしい。

「安直すぎないか?もっと捻ってみても良いだろう」

 それを聞いたメリサが別案を口にする。

「ではアーサー王とキャメロットから文字をいただいて、アーロット王でどうでしょうか?」

 こちらを見るメリサに頷きを返す。ガラハッドの方を見ると彼も満足げに頷いた。

「良いんじゃないか」

「ではこれからはアーロット王とお呼びいたしましょう」

 名前について神世界では教えられなかったラスティナ文化について聞いてみる。

(みな)は家名のようなものはないのか?」

 これにはマーリンが答えてくれた。

「文化としては存じておりますが、ここキャメロットではあまり流行しておりません」

「そうなのか。すまん話を戻そう。まず俺の記憶が正しいのか確認したい。知りうる限りの情報を話すので確認してくれ」

 そうして俺は時間をかけて自分が知っている情報の全てを話した。


「・・・どうだろうか?」

「問題ありません。全て我々の持っている情報と一致しております」

 話し終わるとガラハッドがそう保証してくれる。念のためとマーリン、メリサにも視線をやると二人は揃って頷いた。

「では次にラスティナについて質問したい。神世界でも一通り教えてもらったが、現地の人間の話を聞いておきたい」

「なんなりと」

「ではまずラスティナの人間が異世界というものを知っている理由を聞きたい。地球、レーテルナの住民にとっては異世界は空想の産物でしかなかった。この差は一体なんだ?」

 自信に満ちた表情でマーリンが答える。

「その理由は世界が生きた時間でございます。生まれたばかりの赤子が両親との意思疎通に困難を抱えるように、世界もまた生まれて間もなくは他世界との意思の疎通ができません。世界が時間を重ねるごとにやがてそこで暮らす住民にも異世界を把握できるようになっていくのです」

 ふむ、レーテルナの歴史も長いと思っていたが異世界からすればまだまだらしい。

「ちなみにレーテルナで宇宙ができたのは約百三十八億年前なのだがラスティナは?」

 異世界にも宇宙という概念が存在する。人から人が生まれるように『ユニヴェル』様から生まれる世界も基本的な構成要素は変わらない。ミクロな視点で言えばこの世界を構成する元素もレーテルナと同一のものだ。

「ラスティナではその三十倍はあります。具体的には約四千ニ百億年前にこの世界の宇宙はできました」

 それならば確かにレーテルナなどラスティナから見れば子供も同然だろう。エレベーター位普通にあるのも頷ける。

「アーロット王、私からも一つ質問させてもらっても宜しいですか?」

「許す」

 許可を出すとマーリンは(いくさ)を始めるにあたって最も重要なことを聞いてきた。

「自らを襲った悪魔を見逃したというのは本当ですか?」

「・・・!」

 こちらの反応を見てマーリンは答えを聞くまでもなくそれが真実だと悟ったのだろう。

「失礼を承知で申し上げます。それは甘えです。すでに事態は話し合いで解決できる段階をとうに過ぎています。そしてあなたは人を守るべき人王だ。ならばあなたは悪魔を殺さなければいけないのです」

 マーリンの言葉は全てが正しい、俺は何も言い返すことができないでいた。

「師匠!アーロット王もまだ即位してまもなく、戦争への心構えというものが・・・」

「王が覚悟を決めるのを待つ時間はないよ。レーテルナはこことは違って平和な世界だったのかもしれない。アーロット王は悪魔を殺したことのない善良な人間だったのかもしれない。そんな王に悪魔を、人の姿をした敵を殺せというのは酷だろう。しかし王になったからにはその責任を果たしてもらわねばならない。ここラスティナはもう限界だ。ここキャメロットにはもうまともな戦力が残っていないのはメリサ、君も知っているだろう。もう時間がないのです、王様」

 最後の一言は自分に向けられたものだ。

 それになんと返せば良いのか。今の俺の言葉にどれだけの価値があるのだろうか・・・。

 しかしこちらが何かを言うより先に室内を揺らすほどの爆音が響く。

 侍女(じじょ)の一人が室内に飛び込んでくる。

「悪魔の大群が城下に火を放ちました!!」

「何!?」

 円卓がある部屋に繋がるバルコニーに飛び出す。眼下には一面火の海となった城下が広がる。かつては見る者の心を魅了するほどの美しさを有していたであろう街並みはそこにない。

 よく見ると街の至る所に悪魔らしき影が見える。上空にも悪魔が飛び交っている。

 その光景に言葉を失う俺にマーリンが声をかける。

「おそらく、あの悪魔の大群を率いているのはオルトス大佐でしょう。大佐という高位の悪魔が単身敵地に乗り込むとは考えにくい。恐らくはキャメロット侵略が本来の彼の任務だったのでしょう・・・」

 ではこの事態を招いたのは俺だ・・・。俺が彼を殺せなかったから・・・。

「自分を責めている時間はありませんよ。この事態を収集できるのはアーロット王だけです。」

「・・・」

 これは戦争だ。そこに甘える余地など少しも存在しない。覚悟を決めるまで事態は待っていてはくれない。己が引き起こした惨劇を前にようやく理解する。

 ・・・殺そう、俺自身の心を。そうすることで王としての責務を果たすんだ。

「王法【人の章】第二条『継承』+第十条『信仰』」

 第二条は人が作った、持った、人が関わった道具の作成を可能にする。

 第十条は信仰の対象に力を与える魔法。信仰というより、認知の度合いと言った方がいい。人に広くその存在や事象を知られているほど効果は大きくなる。

 『継承』により左手に黒の大弓、背に矢筒が現れる。大英雄ヘラクレスの弓だ。矢にはヒュドラの毒が塗られている。

 『信仰』によりヒュドラの毒が強化される。

 矢を構え、その前方に二つの魔法陣を描く。

「『必中(ロックオン)』+『増加(インクリス)』」

 矢を引き絞る。指を離す直前、許しを乞いそうになるのを必死に堪える。

 指を離し加速した矢は前方の二つの魔法陣を貫く。一つ目、

必中(ロックオン)』の魔法陣を貫いたことで必中の効果が矢に与えられ、二つ目、『増加(インクリス)』の魔法陣を貫いたことで必中の矢が無数に増える。

 増加した矢は猛毒の雨となって必中の効果に従い悪魔たちへと降り注ぐ。

 ヒュドラの毒に(おか)され、次々と悪魔が絶命していく。

 その光景を見ながら膝から崩れ落ちそうになるのを必死に堪える。涙を流すまいと必死に歯を食いしばる。

 声が震えないように気をつけながら、背後の臣下達に命令を下す。

「残った悪魔を殺せ」

「「「御意」」」

 ガラハッドとメリサが飛行の魔法で城下へと降りていく。

「どうしたマーリン?」

「アーロット王は如何(いかが)なされるので?」

「無論オルトスを討ち取りに行く」

「お供いたします」

「好きにしろ」

 二人揃って飛び立つ。

 城下へは向かわずに上空、空を飛ぶ悪魔の元に向かう。


「来たか」

 予想に違わずオルトスはそこにいた。 

 ヒュドラの矢は防いだのだろう。その体に傷はない。

「再び不様を晒しに来たのか?」

 その言葉に(あざけり)の意図はない。あるのはただ覚悟のない王が戦場に来ることを責める意思だけだ。

「先日の醜態(しゅうたいは)は不様としか言いようがないのは自覚している。だが今回は違う。俺はここにお前を殺しに来た」

 前回と同様王法によって漆黒の炎が聖剣を覆う。

「マーリン、お前は他の悪魔の相手をしろ」

「御意」

 オルトスも剣を抜く。

 ヒュドラの矢でその数を減らした悪魔達とマーリンの戦いが始まる。キャメロット随一と言われるだけあり数の不利を物ともせず悪魔を蹴散(けち)らしていく。

 それを確認してからオルトスに意識を戻す。

 先に動いたのは俺だ。

 剣撃の応酬が始まる。

 押しているのはこちらだ。相手の剣を()(くぐ)った斬撃が着実にダメージを与えていき、(まと)った炎がさらにオルトスを追い詰める。

 しかしそれでもオルトスは攻撃の手を緩めない。むしろ徐々にその苛烈さを増していく。

 死に物狂いと形容するのがふさわしい攻撃が、こちらの余裕を削いでいく。

「どうやら覚悟を決めてきたというのは本当らしい。ならばこちらも相応の覚悟をもって報いるのが礼儀」

 一際強力な一撃に体が後方へと飛ばされる。

 間違いなく魔法発動のための間合い稼ぎ。

 予想に違わず前方で奴は魔法陣を描く。命懸けの魔法なのだろう、体中に俺がつけたものではない傷が増えていく。

 今から魔法陣を描いての迎撃は間に合わないだろう。

 しかしその必要はない。発動したままの『継承』によって一本の槍を作り出す。

「グングニル」

 北欧神話の主神オーディンが持つ槍。神世界にオーディンなる神は、さらにはゼウスやヘラといったレーテルナの神話に登場する神の多くは存在しなかった。

 しかし異世界には神話の元となった実話の登場()()として存在していることを教えられた。

 『信仰』によりグングニルに魔力が集められる。膨大な魔力は制御を誤ればこちらの命を奪いかねない。

 リスクと引き換えに眼前の悪魔を貫くに補って余りある力が槍に込められる。

 刹那の思考の終わりとともにオルトスが魔法陣を描き上げる。

「『炎焉龍火(テルミナス)』」

 紅蓮の炎が龍の姿を象って迫り来る。その熱量は容易に世界の許容値を超え世界そのものを焼いていく。龍が通った後は世界そのものが焼かれ、その外に広がる暗黒界が露出する。

「■■■■■■■■!」

 体内を焼かれた世界の悲鳴が鼓膜を破らんばかりに響く。

 構わず手に持つ槍を迫り来る炎の龍に投擲(とうてき)する。

 槍と龍、膨大な魔力同士の衝突に世界が揺れる。

 龍を貫かんとする槍と、その業火で槍を溶かさんとする龍との拮抗。

 徐々に槍が火の粉を散らしながら龍の体を貫いていく。

 そして遂に、槍が龍を貫きオルトスへと迫る。

 衝突で僅かにその勢いを減じた槍はオルトスを仕留め損ない、その肩を貫く。それを気にする様子もなくオルトスは傷だらけの体で俺の命を奪おうと迫る。

 それに真っ向から受けて立つ。

 互いの体が交差した一瞬、決着はついた。

 斬り裂かれたオルトスの腹部からは鮮血が噴き出す。

 絶命したオルトスは言い残す言葉もなく空を落ちていく。

「見事な勝利でした」

 マーリンの声に振り返ると周りにいた悪魔はマーリンによって全て倒されていた。

 城下も・・・街を焼いていた火は鎮まっている。ガラハッド達も首尾よく悪魔たちを掃討したのだろう。

 これでひとまずキャメロットに平穏を取り戻したということだろう。



 目の前には此度(こたび)の戦で亡くなった者たちの遺体が並べられている。そこに悪魔と人間を分けるものは何もない。(みな)等しくこの戦争で命を落とした者達だ。

 彼らの遺体を前にして『エレクナ』様の言葉が脳裏に蘇る。


「良いか■■よ、お前がラスティナで死んだ場合蘇生することはできない。この戦争のはじめ『蘇生の神』が殺されてから、『蘇生(リバイヴ)』は不完全なものとなった。今やあの魔法は神々しか使えん。その神々は神世界の外で生きることのできない種族だ。お前が『オルデアル』と戦ったのは『ユニヴェル』が創り出したひどく不安定な神世界の模倣世界だ。唯一死したお前を始めに神世界に連れてきた『移動の神』が例外として存在するが、貴重な神材(じんざい)を最前線に派遣するわけにはいかない。だからくれぐれも蘇生頼みの無茶な戦い方はするな」 


 つまり俺のせいで死んだ彼らを蘇生させる(すべ)はないということだ。

 俺は深い後悔とともに本物の覚悟を決める。彼らに誓ってこの覚悟を死ぬまで貫き通すことを密かに宣言する。

 そしてもう一つ・・・

「マーリン、ガラハッド、メリサ」

 背後に控える臣下達の名前を一人づつ呼んでいく。

「「「はっ」」」

 たった今目の前の死者たちに誓ったもう一つの誓いを彼らにも伝える。

「この戦争を始めたのが『崩滅の魔神』だというのなら、俺は魔神を殺す。そして俺が次の魔神になって悪魔を導く。そのための戦争を今から始める。俺に力を貸せ」

「「「御意!」」」

 こうして俺の戦争が本当に始まった。


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