とある老猫の話
設定だけ書いてたら悶々としたからとりあえず少しだけ…
猫人間がお嫌い、なんか頑張ってるファンタジーアレルギーの方はブラウザバック推奨
旅立ち方は人それぞれだが目につく容姿とそれ以上に目立つ字名を持つ傭兵が動くとなればその影響は少なくない、同業者の厄介な嫉妬や殺し殺されかけた相手、その子や連れ、字名を持つものを殺し名をあげんとする者などは特に敏感に反応するだろう。元暗殺者だった母と大商人とまではいかないがそれなりに辣腕を振るった父を持つ彼は独り立ちしたその日から誹謗と中傷を、そして時が経ちその字名を手にする頃には畏敬と崇拝を等しく受けてきた。
その容姿と絶技から彼は『白影』と呼ばれ、叩き切った頸が100を越えると『夢幻の紅』数多の護衛依頼や撤退戦を駆け抜けてきた故か『白盾』、たった一人で山賊の砦を血の海に沈め、古代の遺跡から魔剣を盗み出し、シュガーの詰まった葉巻を吸う。男は確かにその名を得るにふさわしい偉業と人生を送ってきたのだ。
「ふぅ〜…厄介だ。」
煙を吐く。他種族にとっては麻薬に等しいモノだが猫人と呼ばれる種族である彼にとっては精神を落ち着かせ感覚を鋭くする常備薬のようなモノだ。だが冴え渡る感覚を得た感想としてはあまりふさわしいとは言えない表情だ。
まぁ、それもそうだろう。
「クソが!あの絨毯野郎めどこに行きやがった!」
その言いようも無い異臭に眉を潜めながらゆっくりと、優雅に煙を吐く彼のことなど見えていないかのような振る舞いをする賊が目の前を通り過ぎる。ぞろぞろと4、5人、奥の方からは悲鳴と略奪の悦びに叫ぶ野蛮な雄叫び、大型の鱗獣のいななきと商人か何かのであろうよく響く命乞いが…
「はぁ…面倒だ。」
握り拳を作ると指輪の内側についた刃によって手の内側から血が溢れる。
「『ラウズより出し此方の神、血と黒、策謀、暗躍、幸運の黒猫オウドに願う』」
詠唱の完了とともに血はたちまち消え失せそして大気へと溶け込み微かな黒い光と霧が奇跡を発動する。ざわめきがズレ、景色が妖しく霞む。
「なんだ…?」
特徴的な角と刺青をした山賊が何かに気がつくがそれはもはや意味のない、無用に恐怖を煽る気づきにしかなり得なかった。モヤのかかった視界の中トンと何かが足にぶつかる。その違和感に下を見ると…それはあった。
「ッヒ…っ!?」
それは自らもしくは仲間の手で幾度となく積み上げてきた首級であり、有り体に言えば首だった。光の消え失せた瞳が、こちらを見上げる仲間だった物と目が合う。
瞬間、彼の短くなった人生初にして最後の後悔が生まれた。狩る側から狩られる側へ、暴力はさらに強い暴力によって淘汰される。刃を振るうものはその意味と価値を考えなければ畜生へと成り果てるのだ。
「あ!あああああ!クソが!『夜よぉぉぉぉ』!」
刺青の男、竜人であろう術師は錯乱しながらも必死に声を上げる。自らの悪逆、そして鱗を捧げてさらに刺青に侵されるのも厭わず持つ力の最大限である奇跡を発動する。
おかしいおかしい、さっきまでは、ついさっきまでは俺が殺す側で敵は殺される側でしかなかったはずだ。こんな痛みも、身から記憶が、経験が、積み上げてきた筈のモノが代償として失われる喪失感も、全て全て哀れな獲物共のものの筈だった。
「クソクソクソクソ、この仕事が嵌れば雨季までのんびり出来たはずなんだ!」
代償を払い泣きたくなるほど情けなく震える膝になけなしの力を入れ、夜の眷族たる影を操ろうとするが…
『『『影がないところで闇を操ろうとも意味はないだろう?この間抜けが。』』』
奇跡の霧により太陽は隠され光なくば無力な存在でしか無い影は弱々しい、影も形も無いとはよくいった物で発動した奇跡とその代償に似合わぬ矮小なソレは形を成すこともなく解けてゆく。
「クソっ!クソクソクソ!誰だ!どこにいやがる!この卑怯もんがぁ!」
奇跡の残光だけを残し何も起きなかった事に、今の状況に、今までの行いを全て棚に上げ血走った目で喚く男にすでに正気はなく。風でざわめく木々の音さえその精神を蝕んだ。いや、たしかに人の声の筈だ。だがその目にはすでに映らない、近くにいるようでもあり遠くにいるようでもある。
「あ、ああ!ああああ!竜よ!我が身に御身のお力をっ!?」
ぞぷり
深い深い霧の中、遠く遠く何かが聞こえる。痛いような、苦しいような、音もなく。音を立てて。前なのか後ろなのか、何もわからないまま、ボヤける。溢れる。ずれて…おち…
どしゃり…
「ま、こんなところだろう。」
「…」
フードを目深くかぶった彼はさして疲れていないというのにわざわざくたびれたように、ひと心地着いたと言った風情でその死体の背面からナイフを抜いた。まるで整列するかのように列になった頸なし死体はどれもこれもまるで同じように胸に一撃、首に一撃で仕留められこれを為したモノの恐ろしさを演出する。
死体は死体でこれもまた恐ろしい、それが異常な殺され方で有ればあるほど恐怖は煽られる。だが少なくとも動いたり、暴力によって全てを略奪するような現実的で物理的な脅威を失っていた。
「あ…ありがとう。助かったよ。」
口と容姿だけは人種として最高の其れであると自負する海人の商人は目の前の男のあまりに鮮やかな手際と恐ろしく洗練された奇跡の行使に上擦った声で礼を言う。だがその声には僅かに落胆があった。
「…どうした。命あっての物種というが命より大事なものでもなくしたか?」
「ハハ…加護と妻を失った。正義の名の下武力の全てを振るわぬと誓ったが、目の前で妻を殺されハッとしたときにはもう遅かったよ。」
物言わぬ骸となった妻の目をソッと閉じ、立ち上がった商人は自らを護っていた物が、もはや何も応えて来れなくなったのを確認して息を吐いた。
猫人は眉尻を下げ申し訳なさそうに声を低くする。
「すまない、余計な詮索だったな。」
場は助かったことを喜ぶ商人の連れと傭兵、そして沈痛な面持ちで亡骸を丁寧に積む親子に分かれた。彼は申し訳ないとは思うがキャラバンであればその危険はいつか降りかかると覚悟していた。故に通りすがりで手を出して一人二人死んだ程度ならばまぁマシな結果だったろうとひどく冷徹に、そしてどこかどうでも良さげに…しかし表情と雰囲気だけは繕っていた。
乗って行ってはくれないか、大きな声ではいえないがあまり頼りにならなさそうでね。
そう言った時金貨とシュガー、そして今時な薫製肉をちらつかされられたならば断る事はできないだろう。一人旅に荷物は少なく。獲物はとれば良いと考える彼にとって労せずに歩みが進みなおかつ稼ぎと飯が出るならば働くには十分な理由だった。
男はフードの翻った一瞬で彼の正体を見破っていた。そして何より加護がなくとも自らの商人としての腕と運は落ちていないと悲観をやめた。
「まさかあの白描がこんな辺鄙な…密林のど真ん中にいるなんて思いもしませんでしたよ。」
「ああ、そうか、それはよかった。」
「ええ、本当に助かった。」
八つ足の蜥蜴がのっしりのっしりと密林に湿った地面を踏みしめ進んでいく。足の動きこそ緩慢そうに見えるが、人種の多くがこのぬかるみ気味な地面を舐めてかかる。酷い場所では大蜘蛛の餌となった後のように手足をばたつかせるしかなくなる。木の根が張っているように見えても雨季になれば表面の土は流され足のようになった根が出てくるのみ、いま踏み締めている地面の大半は神の名を冠する大陸に載っただけのものである。
「このまますすめば昼ごろに着くはずだよ。」
「鱗人の集落か、この積荷もそこへの届け物だろう?」
ガジガジと肉をかじりながら彼がそう言うと商人は笑みを浮かべた。物わかりのいい聞き手というのは案外話しやすいモノだ。自分が喋るときは静かに、しかし不足している部分は自ら補える。自身と同等程度の知識の応酬はただ喋っているのよりも楽なのだ。しかし、干し肉をしゃぶりご機嫌な猫人の髭がピンっと立つと遅れて他の傭兵も騒がしくなる。
「来るな、かなりデカイようだ。」
「くる?なにがだ?」
商人の問いに応える間も無くそれは現れる。木々が薙ぎ倒される音と土砂の巻き上げられる音、およそ聞く機会の無い音に商人は戸惑う。
現れたのは馬車ほどの大きさを持つ巨大な蜘蛛、眼は赫く燃え上がり興奮していることが窺える。古代遺跡の自動機械を思わせる重厚な甲殻は薄らと生えた毛により艶を消し、およそ生物として考えうる限りの筋肉を詰め込んだその脚はたやすく覆いかぶさる塵を押し退け大地を掴み、速度と質量で持って破壊を生み出していた。
ビンゴブックを片手に一攫千金を夢見る若い傭兵が叫ぶ。
「『赫眼』!?おかしいだろう、なんでそんなバケモンがここに!」
渾名持ち、ノートリアス、悪名高い、賞金首。言われようは様々だがそのどれもに共通するのは同種、同族に比べ圧倒的に害を持ち、この地に蔓延る疫病や災害と同じように命や財産や時には街や国を滅ぼす存在であると言うこと、決してなりたての傭兵や冒険者が手を出せるような相手では無いし、出したとして如何にかなるようなモノでは無い…商人はやはり自分のツキが尽きたのだと思った。今日1日で一体どれだけ失えばいいのか、妻と力を失い、そして神はこれ以上なにを奪おうというのか。
「あぁ…ラウズ様、イーデゥ様、ダン様オーム様エイシュ様!とにかく神様お助け下さい!」
震える娘の声
「ダメだこんなの付き合ってられねぇ!」「除籍されたって命には変えられねぇよぉ!」「バカ!不用意に動くなっ!」「いや、もう限界だ!」
怒号と悲鳴が入り混じる傭兵達の情けない声
「…っく!」
そして何よりこの現状を把握したところでどうしようもないと声すら出せず諦めている自分…商人は一縷の望みをかけ、猫人を見る。しかし、その姿はどうであろうか、いくら渾名に謳われるような奇跡や技術を持とうとも純粋な暴力の前には全ては無意味、ボロと見紛う外套を纏うその姿にもはや彼は希望を見出せなかった。
「はぁ…」
男は『鞘』から忌々しい魔剣がこちらを見つめいまにも飛び出しそうになっているのを感じた。此方も彼方もいずれの存在も娯楽に飢えているのだろうか、英雄やら勇者やらなんてそんな者早々いるはずがないし神々を楽しませるような存在となると其の中でもほんの一握りと言えるだろう。
しかして自分はそんな大層な者ではなく。少々悪運が強いだけの只人である。
故にできることは少なく。そして既に諦めるなどという選択肢はない、生き汚く生きて来るため切って捨てたモノの分まで…そんな自分本位な、考えすら浮かぶ間も無く商人の背後に迫る暴徒を闇夜のようなナイフで斬り殺す。
「ごぉ!?」
「っ!?」
血が吹き出る。背後を取り剣を持ち振りかぶったそれは明らかな殺意、しかしてそれは彼にとって好都合だった。
獲物を殺し、その血を啜るがオウドの在り方、即ち狩によって得た糧こそが彼の存在に最もふさわしい贄であり供物である。狩りの祈りに所作はない、しかし消え失せゆく肉体がその発動を報せる。
「『オウドよ、血と黒、策謀と探究、幸運と狩りの成就を司る我等が祖よ、我が供物に応え我が身に御身の御力を!』」
その肉の一片すら残さず奇跡の触媒と化し、その全てが黒く血生臭い霧となりそれはぼやけた輪郭の猫を象った。
ゴォォォ!!
猫とは思えぬ轟音が、血の黒を霧散させ彼の姿に纏わり付く。
そして目の前の惨劇に恐れ慄いた傭兵は叫びと呪いの言葉を一緒くたにぶちまけ逃げ出し、商隊の一部もあまりの事態に反転した。
しかし間近で命を救われた商人とその娘はその黒が短剣を長剣に変え、彼の身体自体を覆う薄い鎧のような形を取っていくのを見つめていた。
それは正しくオウドの中位奇跡であり、獣の力と早さを、それに似合うしなやかさを、『黒』を味方にする狡猾さを彼に与えた。
獲物の全てと引き換えに一時の力を得るそれはその代価と条件に対して言えば余りに矮小な、細やかに見える強化だが、生粋のオウディリンであり、何より軽戦士としてほぼ完成した彼にとって足りない物を補い、怪物を殺すに足る鋭さを研ぎ澄ます。
左手にショートソードを、右手に黒を纏った漆黒の短剣を携えぬかるむ地面を意に介さずまるで平地の様に加速する。
ギィィィイイイ!
灼赫と燃える瞳は小賢しくも向かって来る存在を獲物と断じ、六本の脚で地を掴み、残る二本で事足りるだろうと振り下ろす。
しかしそれがトゲのある獲物だと気がつくと無機質ながら傲慢な瞳は怒りに染まる。
右、左、跳び、斬り付け周る。
人種とは違う血が重厚な甲殻の隙間から噴き出し、その血でもって欺瞞の奇跡を発動する。
複眼を持つとは言えその姿は巨大な蜘蛛であり死角は多い、短気と暴力故に悪名を得たモノが目障りなソレを叩き潰さずに居られるだろうか?
左、右、後ろ、前、更に飛び込んで髭が切れるほど密着する。
オウドの奇跡は肉体の強化と血にまつわる攻撃効果、特に短剣などを使う彼が怪物狩りに好んだのは止血の阻害、知能が低く大物で有ればあるほど血を奪いその血を触媒に欺瞞や細かな強化を施すその戦いは光る。
まるで獲物を嬲る猫の様に、少しずつ相手を弱らせるその戦い方は相手の防御を抜ける最低限の力を得た後は連鎖的に続く。
ザクザクザクザク。甲殻の隙間、腹部の柔かな部位、目、触覚、とにかく走り、避け、端から斬り付け血を奪う。
大それた動きや重い一撃はいらない、剣士としての才能も、体格的な優位も、力と呼べる物はほとんど最低限しか持たない彼を支えるのは地道な訓練に裏打ちされた体力と技量、何も切らせず皮を剥ぎ、とにかく生き残るという巧さと狡さである。
決して怪物狩りが得意と言うわけではない彼、だがその程度の苦難を乗り越えずして渾名を持つ事は無く。偉業を讃えられる存在とはなり得ない。
あり得ない、その光景が信じられない、あれほど立派だった手足が、体が、ほんの小さな、いかにも柔らかそうな獲物でしか無かったはずのソレに刻まれる。
獲物から啜っていた血が、まるで自分が獲物に成り下がったかの様に啜られる。
ギャアアアアアアァァアアアア!!
いかり、イカリ、怒り、怒怒怒怒怒怒怒怒怒怒怒怒怒怒怒怒怒怒怒!
無機質な筈の瞳がなぜ赫く燃えたのか、己が存在を脅かす塵芥に知らしめる。ビキビキと殻が割れ、弾けた。
「マズいな。」
弾けた甲殻を避けると想定よりも早い打撃が僅かに左手を捉え、剣が飛ぶ。人差し指が力なく垂れ、僅かだが左半身に痺れが出る。
割れた甲殻の中にいたソレは充血した筋組織を唸らせ重く重なった物を脱ぎ捨てた。
ッボ!
「っく!」
浅く切りつけるが出血はわずか、しかしソレで指は治った。目で追えるギリギリの速さで繰り出される脚の打撃を凌ぐ。
ボボボボボッ!!
「っっ…!!」
左手は予備の剣を握り、加速していく動きに追いすがる。しかし剣を振り捌き、追いつくことに意識を割いたせいか、掠った左の足が止まる。そこを捕食者は逃がさない、肉体の重さを捨て去り自らの力で砕ける肉体を更に加速させた蜘蛛がアギトを開きその身を砕かんとした!
ガギリ
…
……
オカシイ、獲物の悲鳴が、鮮血の香りが、肉の味がしない…
「やはり虫は単純だ。」
ずぶり
と、獲物を仕留めたと勘違いし幻を食んだ間抜けな捕食者の脳天に短剣が食い込み、抉るように捻じ込む。
ぎちぎち…ぐちゃ…
外側の筋肉のみを硬化させ僅かながら抵抗を見せたが既にその身に入り込んだ刃は抜けず。振りかぶられたもう片方の剣がまだ無事だった眼の奥へ捻じ込まれる。
最後に食んだソレは血の気の失せた自らの脚であった。
「本当にありがとうございました。」
「ククク…諦めていた割に気持ちのいい礼をする物だ。」
商人は恥じた。妻が与えた一瞬がつないだ娘の命を、自分の命を自ら諦める。それは彼女の死に対する冒涜であり、あの愚かで短慮だった傭兵や怪物以下の行いであったと、少なくとも彼と彼の娘は此度の騒動をそう解釈し、それを教わり命を救われた相手への感謝は深いものになった。
「荷物は半分になりましたが、報酬は支払えそうです。ですので…」
「まぁ貰えるものはもらっておく。だがそれ以上は不要だ。」
そう言って彼は商人から金貨袋を受け取り、僅かだがあの蜘蛛の甲殻と毒の入った袋を担ぐ。
「残りのもんは売っておけ、死んだ傭兵の補填にはなるだろ。」
あの蜘蛛の報償金もそれなりだった。しかし他の部位や金は身を重くするだけである。
「ハハ…残念だ。あんな連中よりあなた一人を専属にした方がいいと思ったんですがね。」
「抜け目のない商人は長生きする。いい事だが…俺には関係ない話だ。」
そう言って彼は次の機会を待つためかそれとも情報を得るためか、傭兵や探検家の集う酒場へと消えていく。
彼の名はディン、戦場の怪、白き幻影、赤雷の名で謳われる傭兵であり、今は西を目指す旅人だ。
…気が向いたら、書くかも
けど書くと駄作になりそうで悲しいぃぃぃぃ、ルルブでも作るかぁ…?