線香花火
白熱した珠が僅かに黒くなった、と思うと、ぽと、と落ちた。
「じゃ、帰ろっか」
綺麗で、少し高くて、小鳥のような声が、しゃがむ僕の斜め上から投げかけられる。
落ちた珠がアスファルトの黒に同化していくのを、僕はただ、見つめていた。
僕の99回目の恋は、終わった。
* * *
「もう、繰り返さないんでしょ?」
僕の横、帰路を歩く陽葵がそっけない調子で問いかけてくる。
「うん。……100回になるのが嫌っていうか」
王道ストーリーなら大抵100回目で恋愛は成就するし、少し捻ったものでも101回目には成功するだろう。
でも、僕は、映画の主人公じゃない。
また同じ道を辿ることになるのが怖かった。
『次』を呼ぶ腕時計が、僕の左手首でカチャカチャと音を立てる。ものすごく耳障りだ。
「もう十分かなって」
そっかー、と陽葵は言って、ちら、とこちらを見た。
目が合ってしまって、僕は慌てて近くの電柱の張り紙に気を取られている風を装った。
「あなたの好きな人、知りたかったけどね」
陽葵は分かってて言ってるんだと思う。
ずるい。卑怯だ。なんで。どうして。
「まぁ、これは陽葵にも言えないかな」
そっかー、と、また彼女は、今度は残念そうに言って、僕は気にせず笑う振りをした。
「じゃ、私こっちだから」
「うん」
僕の足は動かない。動けない。
『次』は迎えないと決めたのに。
「――どしたの?」
「いや。……別に、だいじょぶ。うん」
僕は少しだけ息を吸う。
「――じゃあね」
彼女が、太陽を背に羽ばたく小鳥のように、大きく、そして小さく、笑った。
「うん、またね」
彼女の足は僕に踵を向ける。歩く。遠ざかる。振り返らない。
僕はそこに佇むだけ。
『次』を呼ぶ腕時計を手首から外し、空に向かって力いっぱい、投げた。
ガチャ、と近くに落ちて、それは壊れた。
もう繰り返せない。
僕の99回目の恋は、終わった。
* * *