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微睡みの月前  作者: 砂福 晶
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真夜中の帰宅

 一人の若い女が月のない、夜深くなった街道を一人歩いている。

 背は女性にしては高い。それでいて大柄に見えないのは、彼女の線が程よく細いからだろう。履いているヒールの低いパンプスが彼女の背をさらに高くしている。

 腰に届きそうな長くきめ細かい白金の髪は後ろで一つにまとめられ、彼女の歩みに合わせて揺れている。シンプルな黒のスラックスと無駄な皺のないシャツ、品の良い黒のベストが彼女を聡明に見せる。フォーマルなショルダーバッグを肩から下げ、手には大きめの紙袋を抱えている。

 コッ、コッと決してうるさくなく、速すぎず、かといってゆっくりしすぎない足音は聞いていて心地の良いものだ。

 

 彼女がしばらく歩いた先にあったのはそこそこ広さのある公園だった。薄ぼんやりと明かりをともす街灯が立ち並ぶ道に沿ってあるいていけば、一つの橋が見えてきた。レンガ造りのそれは最近できたものではない。小奇麗ではあるが取り切れなかった雨染みや、黒くなったつなぎのセメントが年季を感じさせる。

 女は橋のちょうど真ん中に行くと脇により立ち止まった。橋の中央に体を向け、目を閉じてじっとする。

 しばらくすると、周囲の街灯がチカチカと不規則に点滅し始める。次第に点滅のスピードは速まり、そして不意に、一斉に明かりを消した。

 あたりは闇に包まれ、目を凝らしても何も見えない。音は聞こえず、己の姿すらも見えない闇に、女は慣れた様子でそこに佇み続ける。

 ボウッと明かり一つ、どこからともなく灯った。それに続くように遠くから馬の足音と時折カラーンと鐘の音が聞こえてくる。

 音が近づいてくると、女はゆっくり目を開ける。音のほうに視線を向ければ、文字通り肉のない骨だけの馬が一頭、小さな馬車を引いていた。

 馬車の外装は趣味の良いもので、豪華というほどではないが質素というわけでもない。つや消しの焦げ茶色の塗装に金で縁どられたドアが違和感なくそこにある。御者台にはシルクハットと燕尾服を身にまとった透明人間の御者が、馬の手綱とオイルランプをそれぞれ手にもって座っている。

 馬車は徐々にスピードを緩め女の前で止まる。

 「いつものとこで。」

 降りてきた御者に取り出した硬貨を手渡しながら行き先を告げると、御者はコクコクとシルクハットを前後に揺らし馬車のドアを開ける。

 中は意外に広く、二人掛けの椅子が二つ向かい合う形で配置されている。香が焚かれているいるらしく、ほのかに柔らかい香りが女の体を包む。

 女が椅子に座るのを確認すると、御者が扉を閉め鍵をかける。

 カランカラーンと鐘を二つ鳴らして馬車がゆっくりと動き出す。

 小さな振動と香の香りが女の眠気を促し、数分もしないうちに女は座ったまま眠ってしまった。

 

 コンコンと扉をたたく音で女は目を覚ました。

 いつの間にか窓にもたれかかっていたらしい。頬に跡がついている。一つ伸びをして荷物を手に取る。忘れ物がないことを確認してドアを開けると、御者が手を差し出し降りるのを手伝ってくれる。降りてから軽く会釈句をすると御者は片手で帽子を少し持ち上げる。

 馬車は発車すると、すぐに霧の中へ姿を消した。

 女が歩きだした方向にあるのは、小洒落た塀に囲まれた二階建ての小さな屋敷だった。

 塀を抜けると庭が広がっている。それなりに広さのあるそこには、様々なハーブが植えられている。いくつか蕾が膨らんでいるものもあり、朝になればきれいに花を咲かせるだろう。屋敷の裏に行けば、茶畑や果樹園などもある。

 庭を抜け、屋敷の前に来ると、女は一度紙袋を下ろしバックから鍵を取り出す。鍵はレンガ造りの屋敷に似合わない現代的なもので、小さな動物の牙や角のキーホルダーがいくつかついていた。

「おかえり。リーヴェ。」

 ドアを開けて中に入るとリーヴェと呼ばれた女より先に、小さな角が額に二つ生えた少年がそう言った。

 屋敷の中は薄暗い。壁に埋められるようにしてあるいくつかの間接照明が、室内を認識する唯一の手掛かりとなっていた。

 頼りない明かりで照らし出された少年の手にはちょうど取り込んだところであろう大量の洗濯物が入った少々大きめの籠が抱えられていた。

「ただいま、サク。」

「何か収穫はあったかい?」

「今月はお客さんの新規さんが、三人。常連さんは六人。」

「上々だね。」

「うん。」

 パンプスを脱ぎ、シューキーパーを入れて靴箱に収納する。

「持っていくかい?」

 リーヴェが返事をするより先にサクと呼ばれた少年が紙袋を左手で持ち上げる。右手には洗濯籠が抱えられ、サクの顔を隠してしまっている。そこそこ洗濯物の重さがあるはずなのだが、彼は悠々と紙袋の中身をのぞいている。

「うん。お願い。」

「冷蔵庫に入れておくものはある?」

「ううん。今日はない。明日片付けるから適当な所に置いといて。」

「了解。いつものとこに置いとくよ。明日は何時に起きる?」

「昼の、一時か二時。」

「うん。じゃあその時間に起こすように言っておくよ。ちゃんと着替えてから寝るんだよ?面倒くさがってベッドにバタンキューとかやめてね。ベストの皺を伸ばすのは僕かアルーなんだからね。」

「…。」

「返事は?」

「…善処します。」

 リーヴェがそういうと、呆れたように目を細めて「しょうがないなあ。」と言ってサクは奥の部屋に消えていく。

 リーヴェは「おやすみ。」とつぶやいて玄関のすぐ右手にある階段を上って行った。

 

 二階に上がるとまっすぐに伸びた廊下の両脇に四つずつ、計八つの扉が並んでいる。扉はどれも木製でリーヴェの目線くらいの高さよりも少し低いところに名前の彫られた鉄プレートがつけられている。

 リーヴェは右側の手前から三番目の扉に手をかけると、思い出したようにショルダーバッグから先ほどとは別の、しかしやはり現代的なカギを取り出す。こちらのカギにはシンプルな皮のベルトのキーホルダーがついている。

 扉を開けると、小奇麗にされた一人暮らしには十二分に広さのある部屋。

手前にはハンガーラックと机。部屋の左側には壁一面を埋める大きな本棚に小説や植物図鑑、多肉植物などが並べられ、部屋の奥にはセミダブルのベッドとクローゼットが置かれている。

 リーヴェは部屋の灯りは付けず、月明りを頼りに、バッグを机の上に置く。ひとまずベッドに腰かけた。すると不思議なことに彼女の体はベッドに引き寄せられるように倒れこみピクリとも動くことができなくなった。掛け布団も下敷きにし、ただベッドに張り付いて剥がれない両手を眺める。

(ベスト、脱がないと)

 そうは思いつつも体はどんどん重くなる。

 ベッドに腰かけてからわずか数分。睡魔に抗いきれず、彼女はついに瞼を閉じてしまった。

 微睡みの月前を見つけていただきありがとうございます。

 初めまして。砂福さふく あきらといいます。物書きをするのはこれが初めてで、至らないところも多いと思いますが、できることなら気長に優しい目で見ていただけたらと思います。

 ふと思い出したときに読みたくなるような物語を目指して、ゆるゆると書いていくつもりなのでもしよろしければお付き合いください。

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