南雲 仁
佐藤は、車に乗り、男に話しかけた
「あんたの名前は?」
「教えることはできません」
「何でだ?」
「それが組織のルールです」
「じゃあ、今から向かう場所を教えてくれ」
「STCです」
佐藤は、車に揺られ、二時間後、壁は剥がれ、ツタが絡まっているボロボロの大きな廃ビルの前に立っていた。
「ここが?」
「はい、STCです」
この廃ビルがSTCと聞いて、呆気に取られ、固まっている佐藤を尻目に、男はドアを開け、ビルの中に入って行った。
バタンッとドアの閉まる音を聞いて、慌てて佐藤は、男の後を追った。
廃ビルの中は、外見同様ボロボロで、電気もついておらず、真っ暗な中、男は道が見えているかのようにスイスイ進んで行く。
佐藤は、男の後について行っていると、数分後、男はエレベーターの前で止まった。
「動くのか?」
佐藤が訝しげに尋ねると
「動きますよ」
男がボタンを押すと、ドアは開いた。
エレベーターの中は、今にも消えそうに、ついたり消えたりしているライトが、頼りなく光っている。
男は、その中に入ると、佐藤にも、入るように促した。
佐藤が入ると男はドアを閉めた。
「今から下に降ります」
「ここは、一階だぞ? 下に降りるボタンは無い」
眉を潜める佐藤を見ると、男はしゃがみこみ、
「今からやることを覚えてください」
男は、エレベーターの階を示しているボタンの下にある、床のカーペットの角を持って、カーペットを少しめくった。
そこにはSTCと書かれたボタンがあり、男はそのボタンを押して、カーペットを戻した。
すると、エレベーターは下に向かい動き出した。
「あんな単純な所にあるなんてな、灯台もと暗しとはこの事か」
佐藤がぶつぶつ独り言を言っていると、チンッという音と共に、エレベーターは動きを止め、ドアが開いた。
眩しい光が、目の前に溢れ、佐藤は思わず手で目を庇った。
佐藤が、光に慣れ少しずつ目を開け、手の間から見ると、さっきの廃ビルとは全く違った、真っ白で清潔感がある部屋が広がっていた。 その部屋は、扉が5つもあり、40数人もの人々がデスクに座り、パソコンを使っていて、壁には情報部と書かれた看板がある大きな部屋だった。
男は、その5つの扉の一つを開け、佐藤が来るのを待っている。
佐藤は、それを見ると、足早にそのドアの中に入った。
佐藤が、長い廊下を進んで、ふと後ろを見ると男は、居なくなっていた。
(役目は終わったという事か、という事は、この先に伊藤がいるのか)
佐藤は、そんな事を考えている内に、扉の前まで来ていた。
佐藤は、ドアノブに手を掛け、一呼吸置くと、回して、部屋に入った。
「久しぶりだな」
佐藤の予想通り、部屋には、高級そうな椅子に座り、細い顔を向ける、伊藤が居た。
「昨日あったばかりだろ」
「それもそうだな」
「ようこそ、STCへ。今日から君も仲間だ。」
歓迎の様子があまり感じられない機械的な声を聞いて、佐藤は口を開いた。
「仲間じゃなくて、部下だろ? 敬語使った方がいいか?」
佐藤は皮肉めいた言葉を言ったが
「良く解っているじゃないか、君は、もう私の部下だ。だから、他の部下がいる前では、敬語を使ってくれ」
伊藤はそんな事を気にする様子も無く続けた。
「今から、部下として活動するのに一つ、君に言わなければならない事がある」
「何だ?」
「君が必ずしも氷室を殺せるわけじゃないという事だ」
伊藤の言葉を聞くと、佐藤は、明らかに不服そうな顔をした。
「そんな顔をするな、超能力者をお前が殺すまで、ほって置くわけにはいかないだろう?」
「確かにそうだが、なら何の為にSTCに入る意味があるんだ?」
佐藤の問いに伊藤は、迷うこと無く答えた。
「復讐の為だろ?」
「俺の復讐は氷室を殺すことだ」
「知っている。だが、君には、情報部に行かせず、討伐隊に入れてやるんだ、この組織に居るもののほとんどは、君と同じように、サイコテロに巻き込まれ大切な人を亡くしたもの達だ、みんな討伐隊に入りたいと望んでいるが情報部で頑張ってくれてる。彼らの為にも君の復讐は、超能力者を殺すことに出来ないのか?」
「ずっと聞きたかったんだが、サイコテロってのは何なんだ?」
「その名の通り、超能力によるテロだ。奴らは、その強大な力を用いて、超能力者が国を治めるために、国を相手にしてテロを行っている。あの水泳施設は、この国の大統領の奥さんが良くお忍びで行く場所だ。あの日、風邪で行かなかったが、奴らは、居ないと解っていて、自分たちの力を見せつけるため、あそこにいた人々を皆殺しにしたんだ」
「そんな事のために、圭子もあそこにいた人々も、皆、殺したのか!」
「そうだ」
佐藤の頭の中には、圭子と一緒に凍った、何人もの人々の光景が甦った。
「殺してやる、氷室だけじゃなく、全ての超能力者を」
佐藤は、奥歯を噛みしめ、グッと手を握りしめた。
「ありがとう、君の決心に感謝する。だが、君だけでは、超能力者は殺せない。一般人の君が、討伐隊に入るには、ある超能力者と組む必要がある」
「超能力者と!? 何で超能力者何かと!?」
佐藤は、伊藤を睨んだ。
「安心してくれ。その超能力者は、黒犬と言う部隊に所属していて、隊員全員がアンチ超能力と身体強化の超能力を持っている。彼らは、超能力者を殺す為の超能力者だ。彼らと組まないと君を討伐に行かすわけにはいかない」
「わかった。そういう事なら、そいつと組もう、同じ超能力者を殺すという目的があるなら」
「契約完了だな、入ってくれ」
佐藤が、入って来た扉から、一人の男が入って来た。
男は、黒いスーツを着て、引き締まった体に、サングラスを掛け、ツンツンとした髪型をしている。
「彼が君と組むものだ」
そう伊藤が、紹介すると、男は、佐藤に近づき握手を求めてきたので、それに応じてきたので、佐藤は男と握手をした。
「では、早速、このアタッシュケースを持って、討伐に行ってくれ」
伊藤は、2つのアタッシュケースをテーブルの上に乗せた 男は、すぐにアタッシュケースを受け取って出ていった。
「何が、入っているんだ?」
「討伐に必要なものだ」
これ以上聞くなと言うように、伊藤が睨むと佐藤は黙ってアタッシュケースを受け取り部屋を出た。
佐藤は、長い廊下を進んで、大きな部屋に戻り、エレベーターを呼んで、普通の1Fと書いてあるボタンを押し、上に戻った。
廃ビルを出ると、黒塗りの車に、さっきの男が乗っていて、窓から顔を出し、、助手席のドアを開け、佐藤に手を振っている。
「早く乗れよ」
佐藤が、助手席に乗り込むと、男は、車を出した。
「俺の名前は、南雲 仁よろしくな、佐藤さん」
「佐藤でいいよ、名前を言ってもいいのか?」
佐藤は、佐藤を案内した男の言葉を思いだしている。
「ハハッ、一緒に行動する相手には、いいんだよ。これから、一緒に行動するのに、名前を知らねぇのは、変だろ」
南雲は、サングラスを外し、佐藤に笑顔を見せた。
(桐田に、似てるな)
顔は、野性的でアゴヒゲを生やしながらも、その人懐っこい笑顔に、佐藤は桐田を重ねていた。
佐藤がジッと見ていると南雲は、それに気づいて
「何ジッと見てんだよ!俺に惚れたか?」
「まさか! そんな筈無いだろ!」
佐藤は、あっちの人に間違われたのかと思い、少し腹を立てた。
怒っているのを感じ、南雲はまた笑った。
「冗談だよ。そんなに、キレんなそんなことより、アタッシュケースを開けて見ろ」
ゲイ疑惑をかけられた事 に腹を立てながらも、佐藤は南雲に言われた通り、アタッシュケースを開けた。
ケースの中には、黒い携帯と銃、銃の弾に黒いスーツとサングラス、そして、分厚い封筒に通帳が一つ入っていた。
「携帯には、STCの電話番号と組んだ相手の持つ携帯のメアドと電話番号が入っている。いる。携帯の電源を点けて見ろ、情報部の奴らが集めた超能力者に関する情報が、毎日ドンドン入ってくる、それを見て、あらかたの場所を定めて、自分たちで調査をし、討伐するんだ」
佐藤が携帯の電源を点けると、そこには10通ものメールが来ており、日本で起きている怪奇事件や不可解な出来事という、本当に超能力者の仕業か判断しにくいものから、詳しい場所や名前、顔写真という確実な情報もある。
「それから、黒いスーツは着なくてもいいが、超能力者と戦う時は、必ず着ろ。戦うのは俺の仕事だが止めても、お前も戦いに来るだろ? 一見、普通のスーツに見えるが、STCの科学部の技術の結晶だ。衝撃吸収に耐火性、一般の包丁ぐらいまでなら、切ることは出来ない。それに、動きやすく軽い」
佐藤がスーツを持ってみると、たしかに普通のスーツより軽い気がした。
「封筒の中には、百万程度入っている。情報を集めたり泊まる時に使え、無くなったらSTCに電話すれば振り込んでくれる。何か、欲しいものがあったら取り敢えずSTCに電話しろ。道具の説明はこれで終わりだ。何か質問はあるか?」
「いや、特にない」
「じゃあ、一番有力そうな情報を言ってくれ」
佐藤が携帯を確認すると、一つの情報が目に止まった。
「首都圏に、超能力者が集まっているという情報が」
「首都圏か〜、結構範囲広いな、どこに向かう?」
「東京だ」
佐藤は、すぐに答えた。
「恋人を殺された場所だからか?」
佐藤が、何で知っていると目を向けた。
「悪いな、ボスに聞いちまった」
佐藤は、ため息をついて
「伊藤がいったのか。まぁ、たしかにそれもあるが、東京はビルが多いし、あれほどの人の数だから、隠れやすいだろ?」
「あんた立ち直り早いな」 南雲は、驚いた様子だ。
「復讐のために全てを捨てた。俺に後ろを振り返って立ち止まる暇はない」
「あんた、強いな、心が」
「強くないさ、復讐のために全てを切り捨てたんだ。本当に心が強いやつは、人の死も全て抱えて復讐するもんだ」
「いや、あんたは強いよ全てを切り捨てるなんて、そうそうできるもんじゃない」
少し沈黙が、続いた後。
「行くか、東京に、狩りの始まりだ」
南雲は、獣じみた微笑を浮かべ、勢いよくアクセルを踏んだ。
黒い車は、佐藤を乗せて、恋人が殺された場所、東京に向かって、夜の暗闇の中に溶け込んでいった。