世界は面白い
◇二十階◇
氷室と茜が階段を降りていると、佐藤と夏樹に出会った。
「……神藤、生きてたか」
「氷室さんもご無事で」
「何処に行くんですか?」 早足で通り過ぎる夏樹に茜は問いかける。
夏樹は立ち止まり振り返る。
「上に」
「私たちもついて行った方が……」
「いえ、僕たちに付いてくるより、下に行って黒瀬さんと花宮さんを助けて下さい」
氷室と茜は頷くと下に降りて行き、夏樹と佐藤は上に上がって行った。
◇十七階◇
黒瀬が後ろに瞬間移動し、細身な男の首筋を狙い蹴る。
細身な男はそれを屈んで避け、後ろ回し蹴りを放ととうとするが、細身な男の体を花宮が能力で吹き飛ばす。
が、花宮は後ろにガタイのいい男が回りこんでいるのに気づかなかった。
「危ない!」
黒瀬が叫んだ時、花宮は振り返り、ガタイのいい男は満面の笑みで刀を振り下ろす。
しかし、その間に氷の槍が入って、刀を受け止める。
「大丈夫か?」
氷室は刀を受けたまま花宮に言ったのと同時に、黒瀬に襲いかかった細身の男を蹴り飛ばし茜も言う。
「大丈夫ですか」
氷室は刀を上に弾き、ガタイのいい男を槍で殴りつける。
ガタイのいい男は数歩下がると、憎々しげに言う。「四対二は卑怯だろ」
◇四十四階◇
誰かが階段を上がる音を聞いて、水谷はナイフを構え階段の方を見る。
階段から一人の男と一人の少年が現れた。
水谷が誰だと聞こうとするより先に、竜介が声を上げる。
「佐藤さん、神藤」
「誰だよ」
「大丈夫、仲間だから」
ナイフを構えたまま聞く水谷に、竜介はなだめるように水谷の顔の前に手を出すと、神藤と佐藤の方を向く。
神藤と佐藤は急ぎながら、竜介に近づく。
「竜介くんじゃないですか。無事ですか?」
「ああ大丈夫だ。どうしてここに?」
「いや、ちょっと、バベルの電波ジャックをした場所を探してるんですけど……」
夏樹は辺りを見渡し、電波を流すような機器は無かいのを確認する。
「ここにはないようなので、探してみます」
夏樹がそう言って、佐藤と共に、上に上がろうとした時、馬島が口を開く。
「僕が知っているよ。その場所、案内するよ」
突然口を開いた黒いスーツを着た馬島に、夏樹は不信感を抱く。
「誰ですか?」
それを敏感に察知して、竜介が慌てて間に取り入る。
「こいつは俺の友達の馬島。信頼出来る奴だよ」
「……分かりました。その場所を案内してくれますか?」
馬島が頷くと、馬島を先頭に夏樹と佐藤、水谷と竜介は上に向かった。
しかし、竜介たちは気づかない、水谷が殺した筈のユキの死体が消えていることに。
数十分後、着いた部屋には沢山の機材やモニターが設置してあり、それをテキパキと馬島は整備していく。
馬島が準備している間、竜介は夏樹に尋ねる。
「何をするんだ?」
「超能力を消します」
その言葉に、夏樹と佐藤以外全員が驚いたが、その中でも一番驚いた水谷が夏樹に問う。
「ど、どうやってやるんだよ」
「佐藤さんの能力は、超能力を消し去る能力なんです」
「……マジかよ」
水谷は佐藤を見る。
「でも、それでどうやって?」
「その佐藤さんの能力を電波に乗せ、飛ばします」
「そんなこと、出来んのか?」
「やってみないと分かりません」
沈黙が部屋に広がる中、馬島が額から伝う汗を拭い、立ち上がりながら言った。
「出来た!」
馬島は色んなレバーを上げ、モニターに光が灯り部屋が薄明かりに照らされる。
馬島は一つのボタンを指差し言う。
「後は、このボタンを押せば、電波が流れる」
「電波を流しているのは、どれですか?」
「えーっ……これだな」
馬島は横にある長いコードを握る。
「これが上にある電波を流すアンテナに繋がっている」
「佐藤さん、これを持って下さい」
夏樹に言われる通り、佐藤は長いコードを握り、夏樹はボタンに手を当てる。
「佐藤さん、さっきを思い出して能力を使って、合図して下さい」
馬島と水谷と竜介は、夏樹たちから離れる。
佐藤は目を瞑り、これまでの戦いを思い出す。
圭子を殺され、STCに入り、南雲に出会い、石山を殺し、夏樹と出会い、南雲が死に、ここに来て、この戦いを終わらせられるかも知れない力を手に入れた。
偶然なのか、必然なのか、佐藤は超能力を消し去る力を手に入れた。
しかし、佐藤はある確信を持っていた。
(これは、圭子が俺にくれた力なんだろう)
佐藤の頭の中に熱いものが広がる。
「今だ!」
佐藤の頭の中が爆発するような感覚に陥るのと同時に、夏樹がボタンを押した。
一瞬不思議な感覚が辺りに広がるが、それはすぐに終わりを告げる。
佐藤はコードから手を離し、夏樹もボタンから手を離すと、馬島が電源を落とした。
多量に汗をかいている佐藤が夏樹に言う。
「これで終わったのか?」「……分かりません、超能力者がいませんから」
夏樹が悔しげに言うと、水谷が前に出る。
「いや、俺がいる。俺は不老不死の超能力を持ってる。だから」
水谷はナイフの先を手のひらに向ける。
「ここに傷をつけ、傷が治らなかったら、超能力は消えたことになる」
ナイフが手のひらに近づき、ナイフが手のひらにつくと同時に、血が出始める。
その光景を、部屋にいる全員が見守る。
血は手を伝い、床に落ちる。
しかし、血は傷口に戻ることもなく、傷も塞がらない。
「……消えた」
竜介が呟く。
「終わったんだ」
◇十七階◇
一瞬不思議な感覚が広がり、氷室や茜たちも、黒犬の男たちも、体が固まる。
その瞬間、氷室の氷の槍が砕け散り、茜が電気を放とうとしても電気は出ない。
「終わったのか」
氷室が呟きながら、能力を使おうとするが出ない。
それを隙と見たガタイのいい男が、刀を振り上げ氷室に向かい駆け出す。
が、氷室は横目でそれを見ると、氷室はガタイのいい男の懐に潜り込み、刀が振り下ろせないよう、左手で刀の柄を押し上げ、右手で鳩尾を殴る。
「ぐっ」
苦し気な声を上げ、ガタイのいい男が座り込む。
氷室はガタイのいい男を見下ろす。
「多分、もう超能力を持っている奴はいない。お前らの身体強化の能力も消え去った。俺もお前らもただの人間だ」
氷室は屈み、ガタイのいい男の髪を引っ張り、視線を合わせる。
「だが、それだけだ。もし、お前がまだ俺を殺すつもりなら、俺も戦おう。けどな、見ての通り、同じ身体能力なら俺は負けないぞ」
氷室はガタイのいい男の髪から手を離し、立ち上がる。
「さあ、早くここから出るぞ」
氷室が走り出すと、その後を追って、茜、黒瀬、花宮も走り去る。
放心状態のガタイのいい男を細身の男は脇から手を入れ立ち上がらせる。
「もう、終わりだな」
「……ああ」
「行くぞ」
「……どこにだよ。俺はここで死ぬぜ」
ガタイのいい男の言葉を聞いて、細身の男は鼻で笑う。
「やっぱりバカだなお前。バカだから俺の命令に従うと言ったのはお前だろ。俺の命令は死ぬな、だ」
「……分かったよ。どこまでもついて行ってやるよ」
◇バベル外◇
「氷室さん!」
「……神藤か」
名前を呼ばれ、氷室たちが振り向く。
そこには、夏樹と佐藤と竜介の他、見知らぬ少年二人がいた。
「終わったんだな」
「はい」
「じゃあ、早く逃げるぞ」 その言葉を合図に全員が走る。
走りながら、佐藤の横に花宮が並び、佐藤を挟む形で竜介も並ぶ。
「……ありがとう」
俯きながら言った、花宮の小さな呟きに佐藤は笑顔で答える。
佐藤は竜介を見る。
「お父さんは良いのか?」
「上の階まで行ったけど居ませんでした。多分、誰かに殺されたんだと……でも、いいんです」
「……しかし」
「いえ、人を沢山殺したから、父さんは殺されて当然とか、そう言う訳じゃなく」
竜介は照れくさそうに頬をかく。
「僕にもやるべき事があって、父さんもそれをしていた。僕は大切な友人を見つけた。父さんも何か、理由があったんだと思います。やり方は残酷で、非道なものだったけど、それをしてでも、やるべき事があったんだと思います。だから、父さんの葬式は誰になんと言われようとあげるつもりです」
「……そうか」
佐藤が呟くと、竜介の後ろから水谷が飛びかかる。
「大切な友達って俺!? 俺!?」
「拓真はそうであってもお前は違うよ!」
水谷を振り払おうと、竜介は体を振るうが、水谷は首にしがみつき離れない。
その様子を横で見て、拓真はクスクス笑っている。
「じゃれてる場合じゃないぞ」
先頭を走る氷室が振り向きながら言った一言で、水谷は竜介から離れる。
竜介は首をさすりながら、空を見上げる。
「終わったな。僕たちの夏休み」
水谷が走りながら、頭を抱える。
「……やばい……俺宿題してない!」
馬島の白い顔も、真っ青になっていく。
「……僕もだ」
花宮は苦笑いをしながら言った。
「……私も」
そして、前方を走る夏樹から絶望的な声が聞こえた。
「……最悪だ」
そんな学生たちの様子を見て、佐藤は笑った。
「学生は大変だな」
空はどこまでも、どこまでも、青かった。
◇バベル外・ビルの上◇
PEACE7の一人である少女、水野美香の後ろにユキが立った。
「終わりは見えたかい?」 声がしたことで、水野は初めてユキの存在に気付き、振り返る。
「……PEACE7……負け」
「そうだね、僕らの負けだ」
「……一つ聞いていい」
ユキは笑顔で水野を見る。
「いいよ」
「……あなたの能力は触れた人間の姿になる……でも、あなたの姿は本物の姿になってない……超能力は消えたのに……あなたは……三倉ユキ? ……後藤ユキ? ……ユキ? ……あなたは人間なの?」
ユキが口笛を吹く、すると、さっきまで柔和な雰囲気は一気に消え去り、水野のが思うず後退りするような、恐怖が辺り一帯に広がる。
怯えている水野の頭を、ユキは笑顔のまま撫でる。
「僕の正体をこんなに早く分かるなんて賢いね。私が世界に降りるようになってから初めてだよ。俺はこの世界では死神と呼ばれる存在らしい。初めに出会った人間が死ぬからか? 久崎とか」
ユキはビルの端に立ち、下を見下ろす。
そこには、駆けていくhomeの面々がいる。
「彼らはこれからどうなるんだろうね? バベルには沢山のカメラがあるから、彼らの顔は映っているだろう。国が彼らは生かす訳がない。でも、それは余りに酷いだろう? 世界よ」
ユキは空を見上げる。
「あの中に友情と言う目に見えない力で、ワシを払いのけたものがいる。あいつらを殺すのは余りにも惜しい。だから、わらわからプレゼントだ」
ユキは指を鳴らす。
「ふーっ、こんなところでいいか。しかし、来る度、来る度、色んな事が起こる。やはり、世界は面白いな」