呪われた双子
小さな農村で幸せに暮らしていた夫婦は、ある日双子を授かった。
玉の様に可愛い男の子、それを二人授かった、夫婦はまさに目に入れても痛くないほどに、二人を可愛がっていた。
双子が物心ついた頃、両親は双子の異常に気づいた。
「熱いから気をつけなさいよ」
母が熱いお茶を双子に出し、弟の凍吾がすぐに飲もうとするが、
「あちっ!」
熱くて湯飲みは持てず、凍吾は慌てて湯飲みを机に置く。
「気をつけなさいって言ったでしょ?」
母が少し溢れたお茶を拭いていると、兄の陽が兄貴振り、凍吾に説教をし始めた。
「凍吾、ちゃんと母さんの話、聞けよな? こういう熱いのはこうやって冷やしちまえばいいんだ」
「そうそう、フーフーして……ね?」
母が陽に向かい誉めようと陽を見ると、陽は確かに湯飲みに息を吹きかけていたのだが、明らかに口から冷気が出ていた。
呆然とする母を尻目に、陽は得意気に冷やした湯飲みを凍吾に見せる。
「どうだ?」
「兄ちゃん、こっちの方が簡単じゃない?」
凍吾は自分の湯飲みに両手をかざし、手のひらから冷気を出して冷やす。
十分に冷えたのか、凍吾はさっきまで持てなかった湯飲みを持ち、お茶を飲んだ。
「冷たい」
凍吾は湯飲みを置き、頭を押さえている。
そんな、凍吾の様子を見て、陽は楽しそうに笑う。「そっちでやったら、調整難しいって、前俺が言っただろ」
「……うるさい」
凍吾は拗ねたように口を尖らせ、それを見て、陽はまた笑う。 そんな二人の子供を見て、呆然としていた母が口を開いた。
「……何してるの?」
「何って……冷やしただけだよ。母さんも出来るでしょ?」
さも、当然のように陽は言うが、それでも不思議そうな顔をする母に、陽と凍吾は顔を見合せ首を傾げる。
「陽くん、凍くん、そういう事が出来ること、誰にも言っちゃだめよ」
真剣な目の母の言葉に、二人は黙って頷くしかなかったが、もうすでに、近所の友達に見せていた。
この双子が不思議な力を持っていることは、村全体に広まり、やがて双子と遊んでいた友達も無視し始め、氷室家と関わろうとする者は居なくなった。
だが、双子の両親だけは、二人を大切に可愛がっていた。
父は大工の仕事をしていたが、仕事中、仕事仲間に自分の息子のことを、化け物と呼ばれたことに腹を立て殴り飛ばしたため、仕事を辞めさせられた。
この村で生まれ育った母も、親友と呼べる人間から離れられ、村の裏切り者の汚名を被りながらも、双子の前ではいつも笑顔だった。
色んなものを捨ててまで、化け物の自分達を愛してくれる両親にを見て、双子は負い目を感じ、何度も死のうとしたが、いざ、死のうとすると足がすくみ、喉が渇き、動けなかった。
そんなある日、村に日照りが続き、作物が取れなくなった。
日照りの原因を探るため、村人達は祈祷士を呼んだ。
その祈祷士は村人から双子の話を聞いた瞬間、迷わず、呪われた双子が原因だ、と言った。
それから数分後、氷室家の前には、手に農具を持った村人達が集まっていた。 扉を破壊し、村人達は家に入っていく。
「双子は何処だー!」
「お前ら、早く逃げろ!」
玄関から大声が聞こえた時、それに負けじと大声を張り上げた父の後ろで、双子はリュックを背負い裏口から逃げようとしていた。
「父ちゃんと母ちゃんは?」
角材を持ち立つ父の背中に、陽は疑問をぶつける。「父ちゃん達はここで時間を稼ぐ」
「そんな! 父ちゃん達も一緒に―ー」
泣きそうな顔になった凍吾は、母に柔らかく抱きしめられ、何も言えなくなった。
母は腕の中にいる双子に、優しく言い聞かせる。
「強く、強く、生きて」
双子の目をじっと見つめてから、母は双子の背中を押す。
「早く行きなさい」
「居たぞー!」
村人達の先頭に立つ大柄な男が、双子を指差し叫ぶ。
「うおおぉぉー!」
父が大きな咆哮を上げ、村人達は一瞬怯んだ。
その隙を突いて、父と母は村人達に向かい駆け出す。
「強く生きろー!」
父の叫びを聞き、双子は裏口から逃げ出す。
逃げ出す双子の視界の端に映ったのは、父の頭から吹き出す、真っ赤な真っ赤な液体。
「くそ! くそ! くそ!!」
山の中を駆けながら、陽は血が出るほど唇を噛み締める。
「殺してやる! 殺してやる! 俺達を憎む奴らを皆、皆! 邪魔する奴らも皆、皆! 殺す!」
陽は横にいる凍吾を見る。
「ここからは、分かれて逃げよう」
「えっ?」
これからも、二人で逃げるつもりだった凍吾は驚く。
二人の前に、分かれ道が現れ二人は立ち止まる。
「俺は右に行く、お前は左に行け」
「そんな、兄貴」
凍吾が手を伸ばした手を、陽は振り払う。
「いいか、次会うときに決めろ」
陽は凍吾を睨む。
「人間を共に殺すか、人間を守るため俺と闘うか」
陽はそれだけ言うと、右の道に入って行った。
「……兄貴」
凍吾は呟きと共に、左の道に入って行った。
その時から、今までずっと苦楽を共にしてきた二人は、分かれ道のように違う人生を歩み始める。
◇二十六階◇
フロアは凍てつく氷河期のようにな状態で、あちらこちらに氷柱がぶら下がっている。
右腕の氷の槍を、陽の喉元に向け突き出すが、陽は槍の先端を氷の剣で打ち上げ、もう一つの氷の剣で、氷室の体を一閃しようとする。
しかし、氷室はバックステップをし、紙一重でそれを避ける。
氷室は壁を蹴り跳んで、陽の上から槍を、自らの体重をのせ、降り下ろす。
陽は剣を交差し、それを受け止める。
耐えきれず、膝が曲がるが、陽は氷室の顔に向け唾を吐く。
唾は即座に凍り、氷の礫となって氷室の顔面を襲う。
氷室は顔を横にし避け、氷の礫は氷室の頬に赤い線を残すだけだったが、それに一瞬気をとられた隙に、陽は氷室を蹴り跳ばし、距離を置く。
腹を押さえながら、氷室は口を開く。
「止めよう。兄貴」
「何だと?」
「昔のことを思いだしていたんだ。兄貴がどんな道を歩いてきたかは知らないが、俺と兄貴はあの日までずっと一緒だっただろ? 帰って来い、こっちに」
「……あの分かれ道から、俺達の人生は変わった。もう、遅いんだよ」
陽は氷室に剣を向ける。
「俺はお前と違って、黒犬だけじゃなく、多くの一般人の命を奪った。後戻りなんで出来ない」
殺意のこもる目で、氷室だけでなく、この世界全てを睨む。
「それに、あの日誓ったんだ。俺は全ての人間を殺す! 邪魔する奴らも全て!」
陽は剣を両手に携え、駆け出す。
氷室は槍を構え、悲しい目をして、昔と同じように呟いた。
「……兄貴」