決戦の日
一週間の間、人々は我先に逃げ始め、交通規制まで敷かれることにもなった。
人々は、改めて恐怖というのは身近に存在するものだと気づいた。
そんな一週間が過ぎ、人っ子一人いない東京の街で、一番大きなビル、通称『バベル』が見える場所で、七人の男女が立っている。
バベルは建設途中で、最上階は鉄骨などが、剥き出しになっている。
「決戦ですね」
黒い髪をした少年が口を開く。
「ああ、確実にhomeかSTC、どちらかが生き残り」
端正な顔をした男の言葉を、黒いスーツに身を纏った男が次ぐ。
「どちらかが死ぬ」
黒い髪をした少年は、周りの皆を見渡す。
「誰一人、僕は死んで欲しくありません。皆、無茶をしないで下さい」
黒瀬が、花宮が、竜介が、佐藤が、氷室が、そして吉備のニット帽を被った茜が頷く。
「行きましょう全て終わらせに」
夏樹を先頭に、バベルに近づいて行く。
バベルの正面玄関から入ると、広いフロアで黒いスーツを来た数人の男達、黒犬が夏樹達にマシンガンの銃口が向けられている。
黒犬が引き金を引き、爆音を辺りに唸らせる。
しかし、その銃弾は突如隆起した鋼の壁に遮られる。
「皆さん! 行きましょう! それぞれが成すべく目的があるでしょう!?」
そこで、七人の男女は別々の方向に駆け出す。
ある者は一人で、ある者は誰かと一緒に。
◇裏口前◇
夏樹達が、バベルに入って数分後、三人の男がバベルに向かい歩いている。
「ヒャーーー、たっのしそう!」
銀髪を風になびかせながら、マントを羽織った久崎はバベルを見上げる。
「落ち着け」
陽は久崎にそう言葉をかけるが、陽自身もバベルを見上げ薄く笑っている。
「陽ちゃんもわくわくしてるくせに」
「まあな」
「軍ちゃんも、絶好調?」「ああ」
二人の横にいる包帯で顔を隠している、軍眞が答える。
「美香ちゃんは〜……もう観察してるのか?」
三人は言葉を交わしながら、バベルの裏口に近づく。
バベルの裏口には、二人の黒犬が警備している。
二人の黒犬は三人に気付き、銃を取り出し銃口を向ける。
「お前ら何者だ? それ以上近づくと撃つぞ!」
しかし、三人は黒犬の忠告を聞かず近づく。
躊躇わず二人の黒犬は、真ん中に立っている久崎に向け引き金を引く。 が、それに引き金を引くより早く気付いた久崎は、マントを自分の前方にはためかせる。
すると、マントは風で揺れていたままの形で固定され、盾のように銃弾を防ぐ。
「俺がやる」
久崎は横にいる二人にそう告げると、マントの盾を右手で持ったまま、二人の黒犬に向かい駆け出す。
黒犬は何度も拳銃を撃つが、マントの盾にそれを防がれる。
拳銃からカチリと、弾切れの音が響いた時には、久崎は二人の黒犬の間に立っていた。
「じゃあな」
そう呟くと、マントから手を放し、片手を黒犬の首筋に添え、同時にもう片方の手も反対側にいる黒犬の首筋に添える。
その瞬間、久崎の両側にいた二人の黒犬は事切れたように倒れる。
「ここからは、自由行動な?」
久崎は振り向き、氷室と軍眞にそう言うとバベルに入って行く。
氷室と軍眞もそれに続くようにバベルに入って行った。
◇ビルの壁◇
そのまた数分後、大きなビル、バベルの壁を登っている男がいた。
それは、重力を無視した可笑しな光景だった。
手も使わず、バベルの壁が下にある地面と変わらないかのように、ゆっくり一歩ずつ、ビルの壁を男は歩いて行く。
男はネクタイを締め直し、ずれ落ちる黒い眼鏡を上げる。
「……間柱さんを殺したことはもういいんだ」
男は呟き
「だけど、俺がこの街に居る限り、間柱さんの意思を継いだ。いや、赤い悪魔の意思を継いだ俺が、この街に居る限り」
男は囁き
「この街に危害を加える奴は許さない。それが、赤い悪魔だ」
男は赤い悪魔となる。
赤い悪魔、桐田優人はバベルを登る。
◇一階◇
階段を立ち塞ぐように、三人の黒犬は立ち、目の前のナイフを持つ少年に拳銃を向ける。
拳銃を向けられた少年は、特に気にする様子もなく、黒犬に姿勢を低くし、素早く近づいていく。
黒犬が近づいてくる少年に発砲する。
真っ直ぐに進んでいく弾丸は少年の右腕に当たるが、少年は走るのを止めない。
走る少年に二度、三度と発砲するが、少年は弾丸に当たりながらも、黒犬達目掛け走る。
黒犬達の目の前まで来ると、先頭に立つ黒犬の喉を掻っ切り、流れるような動作でその奥にいる黒犬の一人の左胸にナイフを突き立てる。
しかし、残った黒犬に少年が顔を向けた瞬間、黒犬は少年の左目に発砲した。
少年の上半身がのけ反り、数歩後ろに下がる。
黒犬は少年がそのまま倒れると思ったが、少年はバネ仕掛けの人形のように上半身を戻し、黒犬の顔に当たりそうなぐらい顔を近づける。
そこで、黒犬は驚愕の光景を目にした。
「……お前何者なんだ?」
少年の左目から流れでていた血がゆっくりとゆっくりと、巻き戻しのように傷口に戻っていく。
「お前のせいで、治りが遅いよ」
少年は黒犬の心臓にナイフを突き立てる。
黒犬は地面に崩れるように倒れた。
少年は黒犬を見下ろし言う。
「俺は、連続通り魔のカマイタチだ」
黒犬が最後に見たのは、金髪の少年の八重歯が目立つ笑顔だった。