中継
夏樹の部屋で、homeにいる面々が揃っていた。
全員が部屋に置かれたテレビを見ている。
数分前、この部屋にあるテレビだけでなく、日本中全てのテレビが、電波ジャックされ、一人の男を映している。
テレビの中の男は、何かを待つかのように黙り込み、俯いている。
男はゆっくりと顔を上げる。
「こんにちは。日本中の皆さん。私は伊藤龍哉です」
伊藤は微笑みながら、続ける。
「今から、興味深い映像を見て貰います」
すると、テレビの場面は切り替わり、路上に立っている段ボールの箱を抱えたサラリーマンの男を、カメラは空中から映す。
男は耳にイヤホンのようなものを差しており、青ざめた顔をしている。
「この男は私が誘拐した自分の愛する息子と妻を解放するため、私の条件を飲みここにいる」
空中から男を映していたカメラは、移動し男の数メートル向こうにある国会議事堂を映すと、また男に戻す。
耳にあるイヤホンに手を当て、男は頷くと国会議事堂に向かい歩き始める。
「私がこの男に解放するために出した条件は、段ボールに入っている爆弾を持ち、国会議事堂で自爆することだ」
クククッと伊藤の笑う声がテレビから流れる。
「しかし、もう息子も妻も死んでいるのだがな」
男は国会議事堂に近づいて行く。
その時、不審な男だと思ったのか、二人の警備員が男に近づく。
「では、もう死んで貰おう」
警備員が男の手を掴んだ瞬間、光がカメラを覆いつくし、爆音が鳴り響いた。
さっきまで、男と警備員がいた地面は、大きくえぐれている。
その周りには大量のどす黒い液体と、かき集めても一人分の体にもならない肉片が落ちている。
「嫌ーーーー!!!」
花宮は頭を抱え叫び、竜介はその場と嘔吐し、佐藤は憤怒の形相で見つめる。
テレビからはまた、あの声が聞こえる。
「どうでしたか? 昼下がりの午後にこういう映像は新鮮でしょう? 後、テレビの皆さん、もう終わったと思ってますか?」
すると、爆発地点を映していたカメラは、自爆した男が歩いてきた方向を映す。
そこには、十人ほどの人が、自爆した男と同じように段ボールを抱え、国会議事堂に向かい歩いている。
その顔はあまりに青ざめていて、まるで死者の行列だった。
「この人達も大切な人が捕らわれ、大切な人を解放するため、こうしているのです」
映像は切り替わり、伊藤を再び映した。
「これは、警告です」
伊藤はカメラを見据え、爆発音をBGMにして話す。
「東京の皆さん、こんな風になりたくなかったら、一週間以内に東京から出ろ。もし、一週間後に東京にいるものが居たら、殺す」
テレビは消えた。
「決戦は一週間後、皆さん覚悟はありますか?」
夏樹が全員の顔を見渡す。
答えるように全員が頷く。
「決戦の場所は恐らく、今東京で建設中の二百階建てのビル、通称『バベル』、といってもまだ百階までしか建設されていませんが。多分そこでしょう」
「確かに、東京で一番高いビルはそこだな」
夏樹の言葉に、氷室は同意する。
「一週間後……か」
「嘘……だろ、おい」
桐田は、伊藤が消えたテレビを見つめたまま呟く。
「東京で、何をするつもりだあいつ」
桐田は拳を握りしめる。
部屋の中、四人の男女が円になるように座っている。
「動きだしたな」
陽が口火を切る。
「ああ、最っ高に! 楽しい日になりそうだ。なあ、軍ちゃん」
久崎は楽しそうに笑う。
「三倉はもう、行ってるのか?」
軍ちゃんと呼ばれた、顔中に包帯を巻き、そこから目と口だけを出した、体つきからして男、軍眞健夫は質問で返す。
「三倉……もう……あっちにいる」
軍眞の隣にいる少女は答える。
「水野ちゃんは、来なくていいからね」
久崎は優しい声で少女、水野美香に言うが、少女は首を横に振る。
「美香は……結末……見たい……だけ」
「そっか、水野ちゃんが言うんならいいけど」
久崎は寝転び、氷室を見上げる。
「氷室ちゃんの弟も、来るんじゃない?」
「……かもな」
「そしたら、当然神藤ちゃんも来るだろな〜。ヤバい! 一週間後、超楽しみになってきた俺! 何人死ぬかな!? 笑い止まんない! ギャハハハハハハハハハハハハハ」
部屋の中、久崎の笑い声だけが鳴り響いた。
「どういうこと何ですか? あの男は」
漁師は漁船で見たテレビのことを、隣で歩いている警察官に訊ねる。
「どういうことと言われましても、テロですよ。国を征服しようとする」
「そんなもん、自衛隊をガンガン出せばいいんじゃ。ねぇんですか!?」
漁師が手を振りながら熱弁する。
「が、そうはいかないんですよ。首相が自衛隊に出動命令を出さないみたいで」
「何やってんだ。この国は」
落胆する漁師の肩に、警官は手を置く。
「まっ、とにかく東京には近寄らない方がいいですよ。それで、引き上げた水死体はどこに」
「あの漁船の上です」
漁師は数メートル先にある漁船を指差す。
漁師と警官は漁船に乗り込み、漁師が水死体を置いた場所まで行くが、
「あれ? 何で? 何でねぇんだ!?」
漁師は置いたはずの水死体が無くパニックになるが、警官は呆れた顔で言う。
「バカにしないで下さい。水死体なんて、何処にも無いじゃないですか」
警官の持つライトから伸びる光は、漁船の上に引き上げた数匹の魚だけを照らした。