様々な思い
南雲には友達が居た。
その友達は南雲の横の培養液で満たされた、カプセルに居た。
いつか、ここから出れた時、ここに閉じ込められるきっかけになった超能力を殺そうと南雲は友達と約束していた。
あの頃、培養液に浸され異常な速度で成長していく南雲達に、伊藤は超能力者がこのカプセルに閉じ込めたと教えていた。
超能力者は絶対悪だと。
そんなある日、南雲の友達は突然苦しみ始めた。
身体中を掻きむしり、自分の身体に爪で傷を付けていく。
目も白目を向き、大きく叫ぶと同時に、南雲の友達は動かなくなった。
南雲が人の死を初めて見た時だった。
南雲の友達は、力なく培養液に浮かび、時折痙攣している。
南雲の友達が死んでから数十分後、台車を持って伊藤がやって来た。
南雲は、伊藤が友達を助けてくれると思った。
伊藤は南雲の友達のカプセルの前に立ち、何かのボタンを押す。
培養液がカプセルからどんどん抜けていき、南雲の友達はカプセルのそこに横たわる。
伊藤はカプセルを開け、南雲の友達を台車の上に乗せる。
「……役立たずが」
その伊藤の小さな呟きは、南雲にもはっきり聞こえた。
伊藤は台車に南雲の友達を乗せ、部屋から出ていった。
南雲は思い出す。
伊藤が作業中ずっと、物を見るような目で南雲の友達を見ていた。
いや、伊藤は物を見るような目でしか、南雲達を見たことが無いことに。
南雲の中で変化が起きる。
――もし、絶対悪というものがあれば、超能力者なんかじゃなく、それはあいつだ。あれは悪魔だ
南雲は伊藤の右足を握りしめる。
伊藤は南雲を見下ろす。
「うらあああーー!」
南雲はもう片方の拳を握りしめ、伊藤の右足に今の状態から、考えられないほどの速さで殴る。
ボキリと部屋に嫌な音が鳴り響く。
伊藤を殴った南雲の拳は無惨に砕ける。
「バカか君は。私が超能力を解く訳ないだろ? 石山の能力は君に近づく前からずっと使っている。そうだろ? 君が近くに来てから発動したら、君の能力で大して硬くはならないからな。そして、私は少し怒りを覚えている」
伊藤は足を上げ、南雲の腹に振り下ろす。
「私はな」
もう一度、振り下ろす
「たった一人の人以外を」 振り下ろす
「人間だと思ったことはない」
振り下ろす
「人間ではなく、『物』だ」
振り下ろす
「使えない『物』は要らない」
振り下ろす
「私の言う通りに動けばいいんだ」
振り下ろす振り下ろす振り下ろす振り下ろす振り下ろす。
伊藤が足を振り下ろす度、南雲の体から血が飛び散る。
伊藤のスーツは、南雲の返り血で染まっていく。
薄れていく意識の中で、南雲は真っ赤に染まる伊藤を見て思う。
――赤い……悪魔
伊藤は南雲が死んだのを確認すると、部屋の隅に蹴飛ばす。
伊藤は携帯を耳に当てる。
「中々、面白い余興だったかな?」
ククッと伊藤は笑う。
「黒犬は中途半端な連中だ。人間としては、体はもう二十から三十代ぐらいの体だが、まだ、十年ぐらいしか生きていない。超能力者としては、細胞の持ち主は近づいたら超能力を完全に使えなくする事ができる。が、黒犬は近づいても、弱めるぐらいだ。作りだした私が言うのも何だが、可哀想な連中だ」
伊藤は煙草を取りだし、口にくわえる。
空いている手を煙草の先に持っていき、指を鳴らすと、火が一瞬現れ、煙草に火を着ける。
伊藤は灰色の気体を吐き出す。
「佐藤君、君が抜けたのは残念だ。君と出会った時、私は君に昔の自分を重ね合わせた。良く似ている。愛する人のため、心を消して、復讐をするために何でもすると、あんなに早く決めたのは君だけだ。だが、君は心を取り戻したようだな? 少し前の君なら、超能力者を殺すこの団体を抜けないだろう。例え、私が超能力者で有ろうとも。……使えない『物』はもう要らない。また、会えるのを楽しみにしてるよ」
伊藤は電話を切ると、南雲の死体に近づく。
伊藤は南雲の死体の胸の上に手を乗せる。
その瞬間、南雲の死体は一気に燃え上がる。
冷めた顔付きで、伊藤は南雲の死体が燃え上がるのを見つめる。
炎の明かりが、伊藤の顔を照らす。
一瞬、薄く笑った伊藤の顔は、まさしく悪魔そのものだった。
部屋にいる全員が、切られた携帯を見つめながら、黙り込む。
「クッソー!」
佐藤は目の前にある携帯を拳で叩き潰す。
「ふざけるなよ! 南雲を殺しやがって!」
佐藤は頭を抱える。
命をかけて、情報を与えてくれた南雲。
南雲はこのビルから出る時から、こうしようと、決めていたのだろう。
佐藤は下唇を噛む。
何故、自分に言ってくれなかったのか?
佐藤はおもむろに立ち上がると、部屋から出ていき、夏樹に与えられた部屋に戻った。
それに続くように竜介も部屋から出て行く。
部屋には、氷室と茜と夏樹と黒瀬、そして、花宮が残った。
花宮が心配そうな顔で、夏樹を見る。
夏樹はその視線に気付き、花宮に微笑む。
「大丈夫ですよ。花宮さん。皆、今日は気持ちの整理が必要でしょう。それより、花宮さん。あなたは、伊藤さん、延いてはSTCと戦いますか?」
「戦います」
花宮は強い視線を夏樹に向ける。
「私、勘違いしていました。黒犬は全員が悪い人だと思ってて。南雲さんみたいな人も居るんだってことを知りませんでした」
花宮の目が潤む。
「でも、南雲さんみたいに元は好い人が、頭に爆弾何か仕掛けられて、従わされて。可哀想です。あの伊藤って人は悪魔ですよ!」
「……分かりました。では、一緒に二階に来てください。黒瀬さんあなたも着いてきて下さい」
夏樹は後ろに黒瀬と花宮を連れて出て行く。
部屋には、茜と氷室だけになる。
沈黙を破るように、茜が口を開く。
「黒犬は悪い人では無かったんですね。頭に爆弾を仕掛けられて……」
「勘違いするな」
茜の言葉を氷室は静かだが、威圧感のある声で遮る。
「全員が全員。あの南雲みたいな奴じゃない。考えてみろ。あいつらは十年生きていると言っただろ? その十年、何をしていたんだ他の奴らは? 南雲以外にも、伊藤が起爆装置を持っていない時に襲う奴はいなかったのか? いや、いたんだろう。超能力者との戦いで、四百人から、二百人まで減ったと伊藤は言ったが、超能力者がこの日本にどれくらいの数がいる? 百人にも満たないんじゃないか? しかも、俺や茜、peace7のような、強い超能力を持つ者は限られている。俺の予想だが、その死んだ二百人の中の、最低でも半分くらいは伊藤を襲って返り討ちにされた奴らだ」
茜が息を飲む。
「だからな、今残っている黒犬の九割以上は、超能力者との戦いを楽しんでるか、伊藤の狂信者か、または、人を殺すことで、自己を保ってる奴らだろ」
氷室は部屋のドアに近づく。
氷室はドアノブを回し、茜の方を振り返る。
「黒犬は敵だ。迷わず殺せ。じゃないと殺られるぞ? 神藤も分かっている筈だ」
氷室はドアを開け、出ていった。
ドアの閉まる音が部屋に鳴り響く。
茜はしばらく考え込むと部屋から出ていった。