罪と犬
誤字、脱字等があれば、お知らせ下さい。感想、評価待ってます。では、心楽でした。お楽しみ下さい
佐藤の目の前に圭子が立っている。
佐藤は圭子に近寄る。
「……圭子」
佐藤は圭子がそこにいるのを確認するかのように、強く抱きしめる。
それに答えるようにして、圭子は佐藤の背中に手を回す。
佐藤は腕の中の圭子の体温が感じられて、安堵の溜め息をつく。
ふいに、圭子が佐藤の背中に回している腕で、佐藤の頭を撫でる。
「泉くん。夏樹をよろしくね」
佐藤はベッドで目を覚ました。
「夢……だったのか」
良い夢だったな、と呟く。
佐藤は頭をかきむしると、ベッドから降りて、部屋から出る。
部屋を出た後、夏樹の部屋、要するに佐藤が夏樹と再開した場所に向かう。
その途中にあるドアから少女、花宮が出てきた。
「あっ」
花宮は佐藤の顔を見たまま止まった。
佐藤もいきなり花宮が出てきたものだから、驚き立ち止まっている。
「おっ、おはようございます」
「おは……よう」
花宮は頭を下げると、まるで佐藤から逃げるかのように、足早に夏樹の部屋に向かって行った。
少しのショックを佐藤は受けながらも、花宮の後を追うように夏樹の部屋に向かう。
佐藤が夏樹の部屋に入ると、もうすでに全員が揃っていた。
イスに座っている夏樹が微笑みながら、佐藤に挨拶する。
「おはようございます。佐藤さん」
「おはよう」
佐藤が挨拶を返すと、夏樹は手を打つ。
「では、皆さん揃いましたね? 今日から佐藤さんが仲間になりました。皆さんよろしくお願いします」
佐藤が周囲にいる皆に笑いかける。
ほとんど全員が、佐藤に微笑みかけるが、一人だけ、納得出来ないという顔をしている。
「どうかしましたか? 花宮さん」
夏樹がその一人の人物、花宮に話しかける。
花宮はゆっくりと口を開く。
「納得いきません」
部屋にいる全員が花宮に視線を向ける。
そんな中、花宮は佐藤を睨んでいる。
「納得いきません。この人は石山さんを殺したんですよ? そんな人を仲間にするなんて納得いきません!」
花宮の瞳が潤む。
零れおちそうになる涙を花宮は手の甲で拭う。
そんな花宮を見て、今まで、心を消して行動していた佐藤は石山を殺した罪悪感を今になって感じた。
――心は、こういう時に邪魔になる
佐藤は下唇を強く噛む。 石山をあの時、簡単に殺した自分を責めるように。 花宮の横に寄り添うように黒瀬は立ち、その背中を擦る。
佐藤はふいに頭を下げる。
「すまなかった」
佐藤は視線を下に向けていても、頭の上から全員の視線が降っているのを感じる。
「人を失う悲しみは俺も良く知ってる。だから、許してくれとは言わない。ただ、昨日、氷室と話して、俺も超能力者にもいろんな奴がいると分かった。俺は昨日、君達に会う前まで、超能力者は全員、殺戮対象だと思ってた」
佐藤は顔を上げ、花宮を見つめる。
「あの時の俺はクズだった。今の俺も殺人を犯したから大した存在じゃないんだがな。だけど、こんな俺でも、何か手伝わせて欲しい。それが、俺の罪滅ぼし。いや、罪は一生滅びないな。ただの自己満足なんだ。許してくれなくていい。憎んでくれていい。嫌ってくれていい。それでも、何か手伝わしてくれ」
佐藤はさっきより深く頭を下げる。
「……ズルいですよ。そんな事言われたら、拒めないじゃないですか」
佐藤が顔を上げると、花宮が泣きながら、微笑みかけていた。
夏樹は嬉しそうに笑いながら、二人に近づく。
「はい。握手握手」
夏樹は片手で佐藤の手首を、もう片方の手で花宮の手首を握ると、二つの手を近づけて握手させ、上下に振る。
「私、まだ許してませんからね」
花宮が腕を上下に振られながら、目の前の佐藤を見据える。
「ああ。それで構わない」 佐藤も腕を上下に振られながら答える。
「これで、佐藤さんも仲間ですね」
夏樹は二人の手を離す。
二人は手首が自由になると、握っていた手を離した。
その光景を周りで見ていた全員が微笑んだ。
ふいに、電子音が部屋に響き渡る。
全員が電子音の発信源、佐藤を見つめる。
佐藤は自分のポケットから、STCで配布された携帯を取り出す。
携帯のディスプレイには、南雲仁と写っている。
佐藤が夏樹を見ると、夏樹は頷いた。
佐藤はスピーカーフォンにして携帯に出た。
「もしもし」
「おー、佐藤だよな? 出てくれないかと思ってたぜ」
携帯の向こうから、南雲の陽気な声が聞こえる。
「何のようだ?」
「冷たいなー。まあ、いいや、ようって言うか頼みごとだ。俺が合図したら、絶対電話を切るなよ? 後、何が起きてもしゃべるなよ?」
その言葉に佐藤は眉をひそめる。
「逆探か?」
「んな事してねーよ。頼む。ここは俺を信じろ」
携帯から聞こえた声はその時だけ、真剣な声になっていた。
携帯の声は答えを待つかのように黙り込む。
佐藤は周りいる夏樹達を見渡すと、全員が頷く。
佐藤も頷き返すと、携帯に話しかける。
「分かった。信じよう」
「よし。じゃあ、合図は俺がいつも言う言葉だ。それを言ったら、さっき言った通り頼むぜ?」
電話から息を吸う音が聞こえる。
時が止まったかのような静けさが、部屋を包んだ。
あるドアの前で、南雲は携帯を片手に持ち立っている。
もう片方の手には暗闇でも、妖しく光っている日本刀が握られている。
南雲は息を吸い込む。
南雲は佐藤と仕事をしていた時の、お決まりの言葉を合図にした。
「狩りの始まりだ」
南雲は携帯に囁くと、通話のままポケットにしまい。
目の前のドアを開け、素早く中に入り込み、ドアを閉める。
ドアが閉まる音で、部屋の中にいる男は侵入者の南雲を見る。
男が目を見開くのと同時に、南雲は男に一気に駆け寄る。
南雲は男が身構える前に、刀を握っていない手で男の首を掴み、壁に押し付け、首筋に日本刀を当てる。
「よう」
南雲は獣染みた微笑を浮かべる。
「南雲か」
その男の反応を見て、南雲は大きく口の端を吊り上げる。
「何だ? 冷静だな? 俺が来ることは想定内ってか? 伊藤さん」
伊藤は無表情のまま答える。
「いや、こんなに早く来るとは思ってなかった」
「ハハッ。そうだな、あんたの目を見開く顔なんて始めて見たぜ」
南雲はバカにしたように笑うと、真剣な表情になる。
「今日はあんたに聞きたい事がある」
「答えない訳にはいかないな。刀を突き付けられたら」
伊藤は顔は動かさず、横目で日本刀を見る。
「ああ、そうだ。それしか選択肢はない」
「何を聞きたい?」
「八月に何をする気だ?」
「ほう、それを知っているのか」
伊藤は無表情な顔に初めて笑顔を見せる。
南雲は有利な状況にいるのにも関わらず、恐怖が襲って来た。
「いいだろう。教えてやろう。私はこの国を征服するんだ。そして、この国の超能力者を全員殺すんだ」
クククと伊藤は笑う。
「手始めに東京から支配してやる」
南雲も声を上げて笑う。
「ハハッ。じゃあ、残念だったな。わざわざ、黒犬の頭の中に仕掛けている起爆装置を持ってない時に来たんだ。こんなもん仕掛けたあんたは、しっかり殺さしてもらうぜ!」
南雲が日本刀を振り上げた瞬間、体が吹き飛ぶ。
南雲はニ・三回転して、立ち上がる。
焦げ臭い匂いが辺りに充満し、南雲の黒いスーツからは煙が上がっている。
南雲は日本刀を中段に構え、伊藤を見る。
「マジで超能力者だったのかよ」
「ああ、そうだ。しかし、そのスーツは耐火性があって中々燃えないな」
伊藤の両手から炎が吹き出る。
「それに、君のアンチ超能力のお陰で火の出も悪い」 伊藤は両手の炎を見つめる。
南雲は日本刀の柄を握りしめると、伊藤に向かっていく。
伊藤の首目掛け、日本刀は迫る。
が、伊藤はそれを素手で受け止める。
金属音が鳴り響き、南雲の振るった日本刀は、伊藤の手に握られている。
「……石山の能力か」
「その通りだな」
伊藤は南雲の腹に強烈な蹴りを叩き込む。
痛みで思わず日本刀から手を離し、後ろに二、三歩下がった南雲の顔面に、伊藤の拳がめり込む。
南雲は嫌な音が、鼻から鳴り響くのを聞く。
そのまま、南雲は仰向けに倒れ、その横で見下ろすように伊藤は立つ。
「君は生まれた時から他の黒犬とは違っていた。命を握られているのにも関わらず、私に気楽に話しかけていた」
起き上がろうとした南雲の腹を、伊藤は思い切り踏みつける。
南雲は吐きそうなのを堪えながら、鼻から流れ出る血で赤に染まっていく目で伊藤を睨む。
「私は君がいつか裏切る事は分かっていた。だがな、生まれてから十年ぐらいしか立ってない若者が調子に乗るな」
伊藤は足で南雲の腹を押さえつけたまま、南雲のスーツのポケットから携帯を取り出す。
「もしもし。居るんだろ? 佐藤君」
伊藤が携帯に出るが、反応が無い。
「君がどこに居るか知らないが、良いことを教えてやろう」
一向に、携帯の向こうからは何の反応も無いが、伊藤は続ける。
「君は同じ超能力を持つ者が何故何人も黒犬にはいるかと思った事は無いか? 黒犬はな、アンチ超能力を持つ、超能力者の細胞を植えつけた人造人間なんだ」
伊藤は本当に楽しそうに笑う。
「アンチ超能力を持つ者を見つけた時は、心が踊ったよ。直ぐにそのオリジナルの細胞を取り、カプセルの中で培養液に浸している千人もの胎児に植え付けた。だが、成長するにつれて、拒否反応でバタバタ死んでいって、四百人程度しか残らなかった」
伊藤はため息を付く。
「本当に残念だ。千もの胎児を作り出すのに、どれだけ苦労したか。勝手に死なれては困るというのに。しかも、今となっては、超能力者との戦いで二百人程度になってしまった」
南雲は怒りが湧き出る。
「てめえ」
伊藤の足を精一杯の力で握りしめる。