影
「そうですか。それは、残念です」
花宮と黒瀬は本部に戻り、昨夜起こった事を報告していた。
「でも、二人とも良くやってくれました。ありがとうございます」
夏樹は頭を下げる。
「でも、石山さんが死んだから、任務出来てませんよ」
申し訳なさそうに花宮は言う。
「それでも、黒犬と会って二人共、死んでません。それだけでも充分です」
夏樹は花宮と黒瀬に笑顔を見せる。
「ありがとうございます」
「こちらこそ。じゃあ部屋に行って休んでていいですよ。もしどこかに出かける時は必ず一人で行かず、二人で行って下さい」
「わかりました」
二人は部屋から出て行った。
夏樹はふぅとため息をつくと机の上を眺め始めた。
「黒犬」
机から犬の頭を模した小さな像が生えた。
「home」
犬の像から少し離れたところに家の形の像が生える。
「PEACE7」
また少し離れたところに『7』の形の像が生えた。 丁度三個の像を線で繋げると、正三角形を表す。
「黒犬はPEACE7の存在を知らない」
犬の像は家の像だけを見てる。
「黒犬が僕らのことを見てるうちに、PEACE7は黒犬を潰す」
犬の像はバラバラに崩れさり、机に溶け込む。
「そして僕らも潰す」
家の像もバラバラに崩れさり、机に溶け込んだ。
「それだけは絶対に避けないと」
『7』の形の像だけが机に残った。
「ふぅ」
竜介と水谷は肩で息をしながら港の倉庫に背を預けて座り込んでいる。
「何で……こんなに……ハンターがいるんだよ!」
「知る……か!」
二人は話すのを止め息を整える。
荒かった息はだんだん収まってくる。
「ここ、どこ?」
水谷が立ち上がる。
「東京湾だろ。東京だし」
「そうか〜東京湾ね〜」
「何が面白いんだよ?」
竜介は含み笑いをしている水谷に気づく。
「う〜ん、何かさ、面白くね?」「全っ然っ!」
竜介は即答する。
「ていうかさ光希、東京来ても黒服の奴ら少なくなるどころか増えてるじゃねーか!」
「そうだな」
憎々しげな顔で竜介は問うが、水谷はまるで自分のせいじゃないみたいな顔をしている。
「そうだな……じゃねーよ! どうすんだよこれから〜」
半分泣きそうな竜介を見て、水谷は考えこむ。
「ん〜、取り敢えず飯でも喰おう!」
「何でだよ!」
「まあまあ」
水谷は竜介の肩を抱くと、無理やり近くの店を探しに行った。
氷室と茜は人通りの多いビル街を進んでいた。
「今日は人が多いな」
「夏休みですからね」
つまらない会話をしながら二人は歩いている。
「夏休み……か」
ポツリと氷室は呟く。
「何か言いましたか?」
「いや、何も言ってない」
「ならいいんですが」
人混みの大半は夏休みに浮かれている若者などが多くかった。
二人はその群衆を避けながら目的地に向かっていると
「待てよ」
後ろから声をかけられた。
二人が振り向くと黒い帽子を目深に被った若い男が立っていた。
男は黒いタンクトップを着て、黒いジーンズをはいてポケットに手を突っ込み、薄く笑っている。
「誰だ?」
氷室が警戒心を隠すことなく言った。
男は青白い肌に薄い不健康そうな唇をしている。
しかし、その唇の間から出た舌は真っ赤に染まっていた。
ゆっくりと舌なめずりをし、唇を潤し、男は一言一言噛みしめるように言った。
「死・ね」
「離れろ!」
氷室と茜が一気に距離を取ると
ドンッ
大きな黒い球体のような物が落ちてきた。
若者たちの何人かが巻き込まれ球体の下で潰されている。
騒がしかった街の喧騒が静寂を取り戻し、周りにいた若者たちが球体を見ようとした時、氷室は男が楽しそうに口を歪めるのを見た。
「イヤーーーー!!!」
一人の女が叫んだ。
伝染するように恐怖は人から人へ移り行き叫び声を上げる。
転がり、相手を押しのけ、若者たちは我先にとこの場から逃げ出していく。
通りには氷室と茜と男以外、誰も居なくなった。
「お前、誰だ!」
「俺か? 俺はPEACE7の一人、吉津 啓だ」
氷室の問いかけに吉津は軽く答える。
「あんたらは邪魔だ。よって殺す」
吉津が言い終わった刹那、地面にめり込んでいた黒い球体はブワッと広がり、いくつもの黒い紐のようになり氷室と茜に襲いかかる。
「挟んで攻撃するぞ」
氷室の掛け声と共に、氷室と茜は左右分かれる。
茜は凄い速さで男の背後に周りこもうとする。
黒い紐は茜を諦めたのか、氷室に全て襲いかかってくる。
「串刺しになれ!」
吉津の叫んだ瞬間、黒い紐は一気に速度を上げ氷室に襲いかかる。
「舐められたもんだ」
氷室は呟くとペットボトルを取り出し、手に水をかけて凍らせ、氷の槍を造り出す。その槍で襲いかかる大量の黒い紐を払っていく。
その間に茜は吉津の後ろに周り込み殴りかかる。が、黒い人の形をしたものが現れ、その拳を手のひらで受け止める。
茜が握られた手を振りほどこうとするがびくともしない。
黒い人は空いている拳で茜を殴り飛ばす。
茜は受け身を取り、口の端から出た血を拭う。
「影を操る能力」
「正解だ」
吉津は嬉しそうに答える。
氷室に襲いかかっている黒い紐も、茜を殴った黒い人も、全て吉津の足元の影に繋がっている。
「まっ、ちゃんと言うと俺の影と、俺の影と繋がった影を立体化させる能力だけど」
氷室に襲いかかっていた黒い紐が集まり、黒い球体を氷室の上に作り出す。
「な!」
黒い球体が氷室に振り下ろされる。
氷室は左手から冷気を噴出させて、その勢いで回避する。
「茜! アレをやれ!」
茜は小さく頷くと吉津に背を向け走りだした。
「どこに行く気だ」
吉津は茜をどこに行くのか見ようと振り返ったが、
「お前の相手は俺だ」
氷室の声で吉津が前を向くと氷室が跳躍し、氷の槍で吉津を串刺しにしようと腕を後ろに引いている。
氷室が引いた腕を突きだす。
しかし、その槍を吉津の人がたの黒い影が腕を交差させ受ける。
金属と金属をぶつけたような甲高い音共に、氷室の槍は弾かれる。
「あの女、速ぇーなー。どこ行ったんだよ」
吉津は手を横にして目の上に持っていき、茜の去って行った方向を見ている。
「よそ見していていいのか?」
「あー、悪い悪い。でもさーあんた一人で俺に勝てんの? 俺はあんたより強いぜ」
吉津は小馬鹿にしたように鼻で笑う。
「お前は俺より強い、だが、それだけだ。強いか弱いかは関係ない。重要なのは勝つか負けるかだ」
「何言ってんだ? あんたバカだろ! 強い方が勝つに決まってんじゃねぇか!」
吉津の影がビルの影と繋がり、ビルの影が黒い紐のようになり襲いかかる。
「食べないんですか?」
「いや、ちょっと」
「じゃあ貰いますよ」
テーブルの向かいに座っている夏樹は花宮が頼んだハンバーグを取る。
今、このテーブルには花宮と夏樹と黒瀬が座っている。
きっかけは夏樹が気晴らしにと花宮と黒瀬をご飯に誘ったが、夏樹以外の二人は食べていづ、苦笑いをしている。
二人は頼みはしたが、夏樹の余りの食べっぷりに、それだけでお腹一杯になってしまった。
「何で食べないんですか?」
唇からはみ出したパスタをすすりながら言う夏樹に、二人は苦笑いするしかなかった。
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