七つの平和
夜明け前、ビル群の中を、一人の男が怯えた様子で走っている。
「あの……噂は……本当だったのかよ!」
男の背後から、炎が襲ってきた。
間一髪、男は炎に気付き横に跳んだ。
男は立ち上がろうとしたが、暗闇から足が伸びて男を蹴り、仰向けにし、その胸に足が置かれ上半身が動かないようにされた。
髪の毛の焦げた匂いが辺りに立ち込める。
足を置いた人物は月を背にしているため、顔が見えない。
その人物は男を見下ろしている。
「タダで殺られてたまるか!」
男がそう言って体に力を入れ、行動を起こそうとすると、人物は前に屈み男の両腕を両手で掴み、
「お前の能力は手から凄まじい水圧のでかい泡を出すこと……だったよな?」
吹き飛ばした。
「ぐわぁぁぁぁ」
悲痛な叫びがビル群にこだまする。
その人物は男の顔に右手を乗せた。
(もしかして……もしかして……こいつが、十数年前、この街に危害を加えようとした超能力者や黒犬を殺した)
「……赤い……悪魔」
そう呟くと、男の思考と共に頭は吹き飛んだ。
悪魔は足を男の胸に乗せたままネクタイを直している。
頭と両手が無くなった男から血が止めどなく流れ、大きな血だまりを作りだしている。
朝日が男と悪魔を照らし、真っ赤な血だまりと、悪魔の白いワイシャツの不思議なコントラストを生み出す。
眩しそうに悪魔は手で影を作り、目を細めて去っていった。
暗い部屋で、数人の男女が会話をしている。
「死んじゃっ……た」
幼い少女の声が響き、それに呼応するように若い男の声が暗闇から響く。
「誰がだよ」
「今日……東京に着いたって……連絡……くれた人」
「あー、誰だっけー」
思い出している様子の若い男の代わりに、他の男か女か区別出来ない声が答える。
「手から泡出す奴だろ?」 若い男が思い出したようにまた声を上げる。
「そうそうそんな奴だったな、まっ別に死んだっていいだろあいつなら。PEACE7《ピースセブン》の中で一番弱いし、居ても居なくても変わらないだろ」
「でもそれじゃあ、7じゃなくなるだろ?」
「違いねぇな、じゃああれだ、誰かが二人分頑張るってことで……解散!」
「適当だな」
呆れた声の後に、一人が立ち上がり歩く音に続いて、バラバラと立ち上がり歩く音が響く。
先頭の人物がドアを開けると眩しい朝日が入り込んできた。
「眩しいな」
若い男が手で影を作って部屋から出て行くと、それに続いて五人の男女が出て、バラバラの方向に歩いて行った。
花宮は氷室達に連れられHOMEの本部、小さなビルの一室に戻ってきた。
「良くやってくれましたね氷室さん、茜さん、それに初めまして吉備さん」
夏樹の激励に、氷室と茜は丁寧に頭を下げるが、吉備は口を半開きにしてボーッとしている。
「ガキ……じゃん」
ボソッと呟いたが、横にいる氷室に頭を押さえられ、礼をする形になった。
「別にいいですよ、吉備さんの言う通り、まだガキですし」
夏樹は少し笑った後、真面目な顔になり花宮の方に向く。
「大丈夫でしたか? 花宮さん」
「大丈夫ですけど、これから私どうすればいいんでしょう?」
「あなたに任せます……と言いたい所なんですが、黒犬に顔も住所もバレているとなれば話は別です。花宮さんはHOMEが保護します。もう黒瀬さんが花宮さんの両親に電話して、友達と勉強合宿しているという事にしました。後で電話かけてあげてください。こんな事態になって本当にすいません」
視線を下に落としながら言う夏樹に花宮は声をかける。
「しょうがないですよ。じゃあ私どこにいたらいいですか?」
「この部屋を出て右に行った部屋に黒瀬さんが待っているのでそこに行ってください」
「分かりました」
花宮が部屋を出て右に行った部屋の電話の横に、黒瀬が立っていた。
「本当にごめんなさい」
花宮が部屋に入ると同時に黒瀬はすぐに頭を下げた。
「大丈夫ですから顔を上げてください」
花宮が慌て言うが黒瀬は頭を下げたまま謝る。
「ごめんなさい」
花宮はずっと頭を下げている黒瀬の対応に困り、時計の時を刻む音だけが部屋に響く。
花宮は何かを決めたかのようにいきなり口を開いた。
「実は私、HOMEに入るつもりだったんです」
「えっ!?」
黒瀬は驚き頭を上げる。
「あんなに悩んでた私が、黒瀬さんと神藤くんのお陰で、悩んでるのは私だけじゃないんだと思って、他に超能力で悩んでいる人がいるなら私が助けようと思って、だから……だから」 上手く言葉に出来ずに困っている花宮の手を握り、黒瀬は笑いかけた。
「ありがとう」
花宮も笑みを返す。
「だから私も手伝わしてください」
「ありがとう、その気持ち神様に伝えに行きましょう。その前に両親に電話してあげて」
花宮は受話器を取り、ダイヤルを押し始めた。
「だからガキって認めてるんだからガキって読んで何が悪い!」
「神様がガキなら、あなたはまだ胎児ですよ!」
茜が吉備に夏樹のことを神様と呼べと言ったところ、ガキと言ったのを口火にまたケンカを始めていた。
「別にいいですよガキでも何でも」
「ほ〜らなっ」
茜は得意げな顔をする吉備を無視して、夏樹に非難の声を上げる。
「ですが、神藤や夏樹ならともかくガキはダメですよ! しかもこんなうじ虫以下の存在に!」
「なっ何て言った!」
「う・じ・虫・以・下、って言ったんです。脳がすっからかんなのに耳まで壊死してるんですね、可哀想に」
吉備が反撃しようとした時に、呆れはてた声を氷室が出した。
「お前らいい加減にしろ。今回、突然帰還命令を出した理由を神藤がしようとしてるんだ。耳が壊死しているとしても、だが、それだけだ鼓膜は生きてるだろ?」
「氷室さ〜ん」
吉備が不服そうな顔をするが、氷室が睨んだことで口を尖らせ夏樹の方を向いた。
「ありがとうございます氷室さん。では、今回本部への帰還命令を出したのは彼らが本格的に動きだしたからです」
氷室が眉をひそめる。
「もしかして……あいつらか」
「そう、PEACE7です」
茜は驚きを隠せないような顔をし、氷室は悟った顔をしているが、吉備だけは状況を理解できないようだ。
「PEACE7?」
「PEACE7……二年前に発足した超能力テロ犯罪組織、一人一人が強力な能力を持っていることと、メンバーが七人以外は何も解らない謎の組織、しかし、発足して一年目に未遂も含め二十件以上のテロを起こした。更に情報は黒犬側にはほとんど回っていず、二年目は何も起こさず今日までやってきた組織です」
辞書を引いたかのように言う茜の言葉に夏樹は頷く。
「その通りです」
「奴らがなんで動き出した?」
氷室が当然の言葉を口にする。
「それは解りません。ただ動き出したのは確かです。黒犬が揉み消したためニュースには出てませんが隣町の水泳施設にいた人たちが凍りづけにされ皆殺しにされました。ここまでやるのは彼らしかいません。そして、彼らはまたテロを起こし始めるでしょう。あなた達にやって貰いたい事は、もうお分かりですよね?」
吉備が顔を引きつらせながら言う。
「お分かりしたくないんだけどな〜」
「お分かりしたくないか、だが、それだけだ、結果は変わらない、だから神藤、早く言え」
その堂々とした態度に
夏樹は苦笑しながら言う。
「PEACE7のテロをくい止めてください」