ある組織の名前
「うるさい奴だ、少し黙れ。吉備、その娘を頼む、茜、うるさい男は俺がやる、残りはお前がやれ」
下品な男の笑いは、さっき殺した氷室が起き上がる姿を見て止まった。
「何で、何でだ?何でてめ〜が生きてんだ〜?」
訝しげに目を細め問いかけながら、下品な男は氷室の眉間に向かい銃を射とうとしたが、いつの間に取り出したのか、凍った水が入ったペットボトルを投げつけた。
投げたペットボトルは、男が指に力を込める寸前に銃を手から弾き出す。
「確かに危なかったな。だが、それだけだ。ちゃんと俺は防御した。そのペットボトルでな」
男が投げられたペットボトルを見ると、中に弾が入っていた。
「防御だと〜? フツー出来るか〜んなこと〜」
「出来たから俺は生きてる」
「ムカつくぜ〜、氷程度に防がれるなんてよ〜!」
怒りで顔を歪めながら男が銃を拾おうと、手を伸ばした時、氷室は肩から掛けている鞄からペットボトルを取りだし、水を右手にかけ始めた。
「俺の造り出す氷は鉄より固い」
そう言うと、滴る水の最初の一滴が落ちた時、右手を流れていた水は完全に凍った。
右手は足下まである氷に覆われ、まるで氷の槍だ。
氷室は空になったペットボトルを捨て、走り出した。
男が銃を拾い氷室に向かい何発も撃つが、氷室はジグザグに細かく走るので、弾は氷室に当たらない。
氷室が五メートルほどに近づき、男が引き金に力を込めたが虚しくも、弾が切れた。
それを見逃さず、氷室は一気に足に力を込め、男の心臓に向け、氷の槍を前に突き出す。
しかし、男は銃で槍の横腹を殴りながら、横に一回転しかわす。
「くそ! くそ! くそがー! 死んで堪るか!」
男は体勢をすぐに立て直し、氷室の顔に右ストレートを浴びせようとするが、氷室は首を横にしてそれを避け、左手で男の首を掴み持ち上げた。
「確かに早い、威力もあるストレートだった。だが、それだけだ。怒りに我を忘れたな、お前」
氷室は哀れみの顔で男を見ると、男は笑い出した。
「ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハははは……はは……はぁ……ふざけんじゃねえ!」
男は氷室の顎を蹴り上げ、氷室の手から首が解放された。
氷室の上半身が後ろに仰け反り、一瞬動きを止めた。
男はそれを見逃さず、一気に畳み掛ける。
右を殴ると左を殴り、左を殴ると右を殴り、右、左、右、左と、器用に氷室が倒れないようにしながら、氷室の顔に男は自分の拳を刻んでいく。
「ふざ!」
右
「けん!」
左
「なよ!」
右
「超!」
左
「能!」
右
「力!」
左
「者が!」
右
「哀れんだ顔で見てんじゃねぇよ!」
渾身の左ストレート。
今度は確実に氷室の顔に叩き込み、十メートルほど殴り飛ばす。
「はっ! 超能力者は全員地獄行きだ!」
氷室は起き上がりながら、左手で唇の端から流れる血を拭い、口から赤い唾を吐く。
「超能力者は地獄行きか……だが、それだけだ、死んだ後の事は死んだ時に考える」
男は顔に手を当て、また笑う。
「ハハハハハハハハハ! そうかそうか、死んだ後のことは死んだ時に考えるか、カッコいいねえ!」
男は手を下ろし、氷室に向かい邪悪な笑みを浮かべる。
「じゃあ死ねよ!」
氷室達から数メートル離れたところで、茜と静かな男は向かい合っている。
男は銃口を茜に向けているが、殺気は感じられるず、黙って茜を観察している。
「撃たないんですか?」
茜は氷室と下品な男が戦っているのを見ながら、問いかける。
「君の能力が解らないからな、無闇に弾を無駄にしたくない」
「あの、頭が空っぽそうな人みたいにですか?」
「その通りだ」
茜が皮肉めいた感じで男の仲間を批判するが、男は気にしていない。
「かと言って、何もしない訳にはいかないからな、こっちも始めるか?」
「何で聞くんですか? あなた達、いつも何も言わず切りかかるのに」
「任務だったらそうしてたが、君は俺の苦手な女子供の部類だからな」
茜は眉をひそめる。
「見逃してと言えば、見逃すんですか?」
「任務以外だったらな」
男は即答する。
「優しいんですね」
茜が今度は男に向け皮肉を言ったが、やはり男は気にしていないようだ。
男は静かに殺気を出し、静かに銃の引き金を引き、大きな銃声がなった。
茜は身を翻し、弾丸をかわした。
「不意討ちですか?」
「ああ」
悪びれた様子も無く、男は言う。
「前言撤回です。卑怯者ですね」
「ご自由に」
そう言いながら、男は眉間に向かい撃ったが、茜は首を曲げて避ける。
その早い反応を見て、男は考える。
男は黒犬の中でも、戦闘に関しては苦手で、自分と組んでる男よりも弱いと自負していた。
しかし、男は非凡な冷静さがあった。
男にとって任務の成功率は0%か100%その二つだけだった。
必ず成功する時にしか全力を出さず、少しでも100%では無くなったら、最低限の情報を集め、さっさと任務を切り上げる。
その冷静さは、状況適応できるほど強く無い、男の戦闘力の低さが生み出したものであった。
そんな非凡な冷静さを持っている男は考える。
(あれを避けたか。多分能力だろう。自分の脳の電気信号を速くする能力か? 速く動ける能力か? 時間を止める能力か? 未来を読む能力か? 体感時間を変える能力か? 瞬間移動か? いくらでも考えられる。アンチ超能力の十メートルぐらいの距離で不意討ちをかわした。どんな能力でも、明らかに銃一本で勝てる相手じゃないな、しかも仲間もいる、なら、答えは簡単だ)
男が自分の考えをまとめた時、少し離れた場所から叫び声が聞こえた。
「ぐわああああぁぁ」
声の方に向くと、男の仲間の下品な男が左肩を抑えて立っていた。
抑えた左肩から、スーツと同じ色の黒い液体が流れだし、下のワイシャツの白色を染めていっている。
さっきまで、氷室と下品な男の実力は拮抗していた。
下品な男が接近戦に持ち込んだことで、超能力が弱まり、身体能力が高い下品な男が少し勝っていたぐらいだ。
しかし、下品な男は、少し油断し、さっきより大きめに振りかぶって殴ろうとした。
その少しの油断に付け入り、氷室は槍を放ち、今の大きな結果を生み出した。 下品な男は目が血走り、憎しみを込め、氷室を睨む。
「くそが! ぶっ殺す! ぶっ殺す! 五千枚おろしにして、百万回金槌で叩いて肉塊にして、あらゆる部位に千発づつ銃で風穴開けて、それから、それから、とにかくぶっ殺す!」
「落ち着け!」
肩の痛みも忘れ、下品な男が氷室に飛びかかろうとしたが、少し離れた場所からの怒鳴り声で動きを止めた。
下品な男が声がした方向を向くと、茜の方を見たまま、喋る静かな男がいる。
「今の俺たちじゃ、まず勝てない。今は逃げるぞ」
「何でだ! 俺はやれる!」
顔の血管をヒクヒクさせ、怒りを抑えながら、下品な男は反論するが、冷静に静かな男は下品な男に命令する。
「俺は頭が悪いからと言って、俺の言うことを聞くと言ったのはどいつだ。逃げるぞ、これは命令だ」
そう言って静かな男は茜に背を向け走り出し、海に飛び込んだ。
それを見て、下品な男は悔しそうに歯ぎしりして、氷室を一瞥すると、静かな男と同じように海に飛び込んだ。
「殺りますか?」
茜が氷室に近づきながら聞くが、氷室は静かに首を横に振る。
「止めておけ、海に電気を流したら大問題だ」
「そうですね」
二人は、花宮と吉備に近づいて来た。
「大丈夫ですか?」
茜が腰が抜けている花宮に伸ばした手をあろうことか、吉備が握った。
「仲直りの握手か、やっと先輩に対しての、イッテーー!」
吉備が茜に勝手に喋っていると、バチッという音と共に絶叫した。
「あなたは黙って海に飛び込んどいてください」
茜は握った右手首を持ちながら、悶絶している吉備を見てから、すぐに花宮に向きなおり話を進める。
「すいません、大丈夫ですか?」
さっき吉備を睨んだ時、一瞬だけ見せた何でも凍らせそうな冷たい顔と、今花宮に向けている、誰もが見惚れそうな天使の笑顔とのギャップが激しすぎて花宮は固まっていた。
「茜、その娘ビビってるぞ」
そう言いながら、一歩後ろで見ていた氷室が花宮に近づいた。
「名前は何て言うんだ」
「花……宮……唯、です。」
「そうか、花宮かいい名前だ」
震える声で答える花宮に氷室は笑顔を向ける。
「俺は氷室 凍吾、こいつは茜エヴンリィース、クォーターだ」
茜は頭を下げる。
「フランスのクォーターです」
「で、そこでうずくまってる童顔は吉備 尊」
吉備は氷室の方を振り返る。
「氷室さんでも怒りますよ!」
さっきの痛みで涙目に鳴りながら、必死に叫ぶ吉備を見て、氷室は小さく笑った。
「こんなキテレツなメンバーだが、ある超能力者保護団体に入っている」
氷室が紡ぎ出した言葉に花宮は聞き覚えがあった。
「HOMEって言うんだ」
今日、花宮にいろいろ教えてくれた、一人の少年が設立した組織の名前が浮かんでくる。
氷室が花宮の手を掴み、立ち上がらせた。
四人の超能力者を朝日が照らした。