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森と少女と道化師  作者: 黒羊 鈴
6/8

ありがとう

僕はこの森に操られている道化師と言ってください。操られている僕は何もしてあげれなかった。唯一できたことは抱きしめることだった。意識が少し遠のきながらも僕は湯船から出た。きっと長風呂でのぼせたせい。そう信じた。帰り道はさすがの鈴も無言だった。

『なんで鈴は僕のことが好きなの?』

また操られた。道化師になった僕が聞いた。

しばらく沈黙が続いたが鈴は口を開いた。

『なんでだろ?わかんない』

久しぶりに素の鈴は笑顔を見せた。鈴は続けた。

『わかんないけど、嫌いなとこが好き、なんでもできてどんな時も優しくて自分の事なんか考えずに行動しちゃうところ?あ、もちろん顔も好きだよ?でもここに来てから泣きすぎだなー、そこは減点!』

鈴の目は一つも変わってない。すごく綺麗で汚れ一つない。覗けば鏡のように僕の顔が映る。

『あれ、今度は泣かないんだ?』

鏡で確認したがそこに涙を流す道化師はいなかった。ずっと前から知っている僕がいた。

『鈴』

『んー?どしたの?』

『思い出した。遅くなってごめんなさい。僕は君の事が大好きだ。』

やっと伝えられた。もう僕は道化師じゃない。

『私もだよ、大好き』

小屋に戻り僕達は誓った。記憶をなくしているなんて関係ない。忘れたら思い出せばいい。新しい思い出を作ればいいと。

『いつかこの森から出たら二人で暮らそう。』

僕はそう伝えたが鈴は

『ここから出たらまた私のこと忘れるんじゃない?』

なんて冗談を言ってきた。

『鈴が僕のことを忘れることはあっても僕は鈴を忘れない。鈴が好きだから。だから完全に思い出すまでもう少し待ってね。』

鈴に言われた言葉を少し変えて伝えた。その後、僕達の体は一つになった。今日は向かい合って手を繋いで寝た。先に鈴は綺麗な目を閉じた。眠ったのを確認し僕は小さな声で

『ありがとう』

と伝えた。起きている時に言うのは少し恥ずかしい。鈴は微笑んだ。聞こえているのだろうか。まぁいいか。その後、風のせいか森も優しく微笑んだ。

そんな森と少女の微笑みを感じながら僕は眠りについた。


目が覚めた。いつもより長く寝てしまった。ゆっくり目を開けるとそこには眠っているはずの鈴の姿はない。眠気が一気に覚め、布団から飛び出した。どこに行ったんだ、急いでドアを開け外に向おうとしたがそこにはあるはずのない朝食が置かれている。

する遠くの方から可愛らしい高い声が聞こえる。どうやら鈴が僕の代わりに朝食を作ってくれたらしい。その喜びと驚きと同時に僕は鈴が朝に弱いということを思い出した。

『おっはよー!相当気持ちよく寝れたんだね』

嫌な笑い方をしながら鈴があいさつしてきた。

『恥ずかしいから夜のことは思い出させないでくれよ、おはよ』

ここに来て初めてあった時と変わらない。鈴は騒がしくて下品な女だ。なんで僕はこんな子と恋人なんだろう。まぁいいか。無意識に笑顔がこぼれた。

『あれ、なんで今笑ったの?朝ごはん美味しそうだから?ねぇ?なんで?』

今度から笑う時と泣く時は気をつけなきゃな。そんなことを考えながら鈴の頭に軽く手を置いて撫でてやった。鈴はまるで飼い主に褒められた犬のような目で見てくる。悔しいが可愛らしい。

『さぁ、食べよー!頑張ったんだよー?野菜だけだけど』

『頑張ったって切っただけだろー?こんなの赤ん坊でもできるよ』

『じゃあ君は赤ちゃんが料理してるところを見たの?見てないでしょ?素直に褒めてよー!』

『はいはい、よく出来ましたねー』

『なにそれ!それじゃほんとに私が赤ちゃんみたいじゃん!』

そんなつまらない会話をしながら僕達は座り朝食を取った。こんな当たり前でつまらない楽しい生活が毎日続けばいいのにな。僕はそんなことを考えているとまた無意識のうちに笑っていた。

『また笑った!今度は何ー?美味しかったの?』

鈴がニヤニヤしながら聞いてくる。

『鈴』

ちゃんと1回くらい伝えなきゃな。そう思った僕は口を開いた。

『なーに?』

『僕を覚えていてくれてありがとう』

今度は操られてなんかいない。これは僕の意思で伝えた言葉だ。

『どういたしまして』

鈴は素直に喜んだ。少し恥ずかしくなった僕は鈴に

『これじゃまるでバカップルじゃないか、朝からきついって』

と言ったが鈴に

『そっちから言ってきたんでしょー?まぁたまにはいいんじゃない?こーゆーのも』

とその通りの答えを返された。まぁいいか。僕の気持ちに迷いはなかった。鈴が好き。その気持ちを確認し初めて僕からキスをした。

『さぁ、今日はどこ行こうか!』

そう言うと鈴はでかける準備を始めた。後ろ姿からでもご機嫌なのが伝わってきた。

『そんなこと言ったって野菜取りに行くくらいしかないだろ?』

『じゃ、案内してね!私忘れちゃったから!』

そうだった。鈴はこれから記憶をなくしていくのか。

『任せてよ、鈴が忘れた事は全部僕が覚えてるよ』

あれ、珍しくかっこいいこと言えたかな?

『どしたの?珍しくかっこいいじゃん』

おちょくるように鈴が言った。

『よし、行こうか』

僕は鈴の方に手を差し出した。少し間が空いたが鈴はそれにこたえ手を繋いだ。僕は離れないように鈴の指と指の間に僕の指と指をはめた。なんとなく空を見上げた。空は笑っていて森も笑っている。横を見ると鈴も笑っていた。その鈴を見て僕も笑った。僕は幸せだ。



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