ヘーゲルくん 1
僕はいつも通り何でもないふりをして教室を出ようとしていた。
多くのクラスメイトたちはそれぞれ友人がいて楽しそうに教室をあとにしていた。
僕はカバンをわざとらしく高く掲げて肩の高さに逆手でぶら下げて持った。
何もない日にふさわしい何もない所作だった。
だから僕を止めるものはいなかった。
僕は孤独を愛する思想家みたいなもんだった。
というかもうカントとかヘーゲルとかそんな……
「あの〜」
僕は下げていた視線を上げた。
何もいない、気のせいか。
「あの〜ここです」
下の方から声が聞こえて僕は視線を下へ戻した。
「なんだこのちんちくりんなヤツは?」
「あの〜一応聞こえているんですが」
僕は心底済まなそうに右手をひらひらと振った。
それは僕が悪いと思った時に無意識のうちにしてしまう所作だった。
「あの〜貴方がヘーゲルさんですよね?」
僕は少し考えようとしたけど、この子本当に同じ高校生かよと思ったので即答した。
「違うよ」
「ええ!? 違うんですか!!?」
こりゃまいった驚かれてしまったみたいだ。
いいなおす必要があるみたいだ。
「そうだよ」
「ええ!!? そうなんですか!!?」
あれれ、おかしいなデジャブか。
ったく……。
「僕が2年3組 伊達直人 またの名をヘーゲル、またの名を頭のおかしい変人郷の変人 好きなタイプは巨乳だ!」
「はあ〜びっくりしました やっぱりヘーゲルさんだったんですね」
僕がそういい放つと彼女は心底ホットしたように胸をなでおろした。
「カントとかヘーゲルが何とかとか言ってたのでそうだと思ったんです」
「聞こえてたのか ってか僕口に出してたの!?」
「はい、孤独を愛する思想かだと自称するところか———」
「シャラップ!!」
「噂通りの変人でホッとしました」
「あどけない笑顔ですごいことをいうな君は これでも僕は年頃の少年だよ」
「はい、ご存知です」
そういって笑みを見せたこの少女は3年3組 中田俄士ミミコさん。
なんと年上だった。
そして徒然と友達の紹介で僕を知ったこと、相談にいこうと思ったことを話し始めた。
そして事情を聞くうちにどうやらに久々に仕事の依頼みたいだった。
「ふ〜ん、弟さんがもう三ヶ月ほど部屋からでないと」
「ええ、とても心配なんですけど 私にはどうにもできないんです」
「というと————?」
「はい、何度か心配になって弟の部屋を覗いてみようとしたのですけど 見えなかったんです」
「見えなかった?」
僕は目を見開いた。
彼女は何か嫌なものを思い出すようにじっとりとした汗を額にかいていた。
「はい、部屋には弟の私物が置いてあって 確かに気配を感じるんですけど その何故か見えないんです」
「ふぅん……」
僕は顎に手を当てた、別に理由はないけど物事を深く考える時はそういうふうにしていた。
「私もおかしいとは思うのですけど、どう考えても弟はそこにいて、一歩も部屋から出ていない そう感じるんです」
「なるほどね」
僕はそういうと、その小さい頭にポンと手を置いた。
「まあ、とりあえず行ってみようか 僕は見えたものしか信じない性格なんだ」
僕の励ましがきいたのか、それともそうではないのか、ミミコさんは元気に頷いた。
「はい!」