⒉転生
途切れかけた意識の中で僕は年端もいかない女の子の声が聞こえた。
「ようこそ異世界へ。今私はあなたの脳裏にテレパシーとして音を送っています。これから私が言うことをよく覚えて置いてください」
その女の子は機械的に説明する。
「これから桐谷さんが一ヶ月の間体験する世界では、現実世界と全く同じ時間が流れています。つまり桐谷さんは一ヶ月の間病院のベットで寝たままということになります。しかし心配しないでください。栄養管理も点滴で行い、親族や友人などの連絡は全てコンピュータが状況に応じて適切に対処してくれます。
また、異世界での生活の当たって、衣食住の管理を自らで行ってもらいます。異世界でも空腹、痛み、欲求は存在するので適切に食を取り、暖をとる事は欠かせません。
もし万が一異世界で何らかの原因で死亡した場合は、桐谷さんが選んだ住居のベットで復活するという仕組みになっています」
息継ぎを一つもせずアナウンサー顔負けの滑舌で説明できるのは、案内人の女の子が機械だからであろうか。実際僕の脳裏には彼女の姿を見る事はできず、高く透き通った女の子の声だけが聞こえる。
「また、お金の単位はベルとなっていて、桐谷さんのバックの中にはすでに千ベルを入れています。しかし千ベルは日本円にして一万円ほどなので、お金を稼ぐ必要があります。そちらに関しては転生後に桐谷さんの家の前にある所謂役所に掲示されていますので、確認の方をよろしくお願いします」
淡々と説明していた案内人の説明がフリーズし、僕は案外説明もあっさりだったなと思った。
先の病院での手続きも驚くほどすぐに終わり、少々の不安もあったが、長ったらしいものよりマシであった。
少しの間案内人は黙ったままだったが(どうやら機械に何かを打ち込んでいたのだろう。カチカチと音が聞こえていた)やがて話し始めた。
「…私からの説明はこのくらいです。後は桐谷さんのカバンの中に入れておきました説明書の方を読んでくだされば大丈夫かと思います。おそらく病院の方で既に読んでくれたとは思いますが。読んでいなければ必ず読んでください」
そういえば、病院においてあった説明書を読めって言われたのに読んでいなかったな、と僕は思う。
まあ、後で読めばいいか。
僕は勝手に納得する。
「それではいよいよ異世界転生です。楽しんでください」
案内人の女の子には感情がないはずであろうのに、なぜか達成感のような、語彙に強調された勢いを感じた。
とうとう異世界だ。
僕は興奮と好奇心に体をぐちゃぐちゃにされたような気がした。
その時辺りが急に明るくなり、鳥のさえずりが聞こえ、嗅覚に木の甘い香りが反応した。
ゆっくり目を開けるとそこは、ベットの上だった。
とうとう始まったのだ。
異世界生活が。