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六傾姫の雫~ルークィンジェ・ドロップス~  作者: にゃあ
Ⅲ ウフソーリング・クリスマス
43/164

043 南洋路のエンカウント

 <ナインテイル自治領>は<大災害>後、初の冬を迎えようとしている。

 といっても他の地域と違って冬支度の必要はほとんどない。



 <Plant Hwyaden>の実効支配を受ける<ナカス>や、【工房ハナノナ】のある<サンライスフィルド>、古神宮のある<ユーエッセイ>などを含め、北部九州に当たる地域は<トオノミ地方>と呼ばれ、建物をはじめとして街のコンセプトなどは熱帯や南国をイメージしたデザインのものが多い。



 街を出て道を往けば、香りの強い大きな花が咲き乱れ、細く背の高い植物が森を形成し、大きな葉が光を受け柔らかな緑の世界を作り出している。

 建物は白壁で蔦の絡まるものや、通気の良くしたもの、雨を効率よく流すための傾斜がついた屋根などが目に入る。



 日差しは眩しく、木々は青々と茂り、冬といえども暖かさが感じられるほどであるから、【工房ハナノナ】のメンバーがさらに南国の<フィジャイグ地方>を目指したのが年忘れのための慰安旅行であったのなら、最早気の迷いというよりほかにない。



「だってさ、盆地だからさ。寒いんだよー、<サンライスフィルド>」

 誰かに言い訳するようにたんぽぽあざみがつぶやく。


「あざみっちー、あざみっちー。忘年会なら<ユフインの温泉街>にすればよかったじゃない! <ユフイン>!」

 船旅に飽き気味なのか、ツインテールの髪を両手でぱたぱたと揺らしながらイタドリが言う。


「そーっすよー! 近場でいいじゃないっすかー! こんだけエンカウント回避のための設備投資してんのになんでこんなに敵に遭遇するんですか! ボス級ですよ。いいかげんにしてくださいよー。『船要るから廻してくれ』って、操舵手が要るんですよ? 近場だったら、ボクわざわざ呼ばれなくって済むのに」


 <召喚術師>の青年ツルバラは嘆く。

 【工房ハナノナ】が乗る船は<パンナイル>で建造された蒸気船である。<La Flore>(ラ フローラ)の名をもつ。サブギルドマスターのシモクレンが打った刀と引き換えに【工房ハナノナ】が所有権を得たが、<サンライスフィルド>に海はなく<パンナイル>に預かってもらう形となっている。



 数週間前の<サクルタトル攻略戦>に使われたときは、陸路から<サンライスフィルド>に戻った【工房ハナノナ】の代わりに、<鬼邪眼>龍眼率いる冒険者一団が<パンナイル>まで船を戻していた。


 この船に乗船するためには、<パンナイル>まで行って乗船すれば早いのであるが、問題は<パンナイル>が<ナカス>に程近いことである。<冒険者>をたくさん乗せて船を出せば<ナカス>への反乱の兆候ありと見られてもおかしくない。


 そこで、<ナカス>を刺激しないように、交易船を装い<ツクミ>まで船を廻してもらったのである。そのためにツルバラが必要だったのだ。ちなみに<ツクミ>は<トオノミ地方>の中でも<ナカス>から最も離れた地域である。



「いやあ、おかげで助かるよー、ツルバラくん。こないだの戦いでも、君が辛抱強く待っていてくれたから<フォーランド>脱出がうまくいった」



 積荷の後ろからウサギのぬいぐるみのような人物がぴょんと現れ出た。エンカウント率を異常上昇させている張本人、【工房ハナノナ】リーダー桜童子である。



「ほめても何も出ねーですよ! そもそも<ツクミ>に行くまでに<ユフイン>通ってきたんでしょう! 目的がないなら、そこでとどまっておけばいいのに!」


「目的ならあるんだけどね。もちろん忘年会ではなく。おや? 嘆いているところ悪いが、ツルバラくん!」

「え? なんすか? もう嫌な予感しかしないっすよ」


「敵襲だ。しかも特大」

「はああああ、もう! なんでこの穏やかな海原でこの船のニ倍もあるようなモンスターが猛り狂って襲ってくるんですか。この人置いていくか、ボクを置いていってくれー!」



「おきろバジル! <銀鱗鯨竜>(ホエールドラゴン)だ。ドリィ! 船首に!」

 バジルを起こし、ハギに船の前方により大きな結界を張るよう指示を出し、ディルウィードに威嚇射撃魔法を放つように桜童子は命じる。


 <銀鱗鯨竜>が激しい勢いで水を吐き出す。それがディルウィードに向けてのものだったからイタドリは飛び込んでカバーに入る。



「ドリィさん、さんきゅ! でも盾じゃなくハルバードで受けるくせ、なんとかなんないんですか」

「ソフトテニス部だもん! バックハンド! バックハンド!」


「ついでに弾き返す技覚えたらいいんじゃないですか?」

「リターン ムリ! ムリ!」 

 

挿絵(By みてみん)


 ハギが<護法の障壁>を張り終わる。その結界が閉じる直前、三人が大きく飛び上がった。

 二刀流女侍あざみ、バジル・ザ・デッツ、<古来種>の鎧を身にまとう<大地人>少年ユイの三人だ。



 バジルの<マルチプルデッツ>で<銀鱗鯨竜>から右目の視界を奪い、あざみも<口伝>を発動するため連撃を放ち、ユイが重いかかと落としを脳天に見舞う。後方支援のサクラリアが<マエストロエコー>でダメージを倍加させる。


「逃がさ、へん、で!」

 シモクレンがハンマーを投げる。鈍い音を立ててヒットすると、ブーメランのように手元に戻ってくる。

 <猫人族>の<大地人>イクソラルテアと<剣牙虎>山丹は周囲を警戒している。



 桜童子も既に空中にいた。ユニコーンに高く舞わせ、その背から飛び降りる。その瞬間、ウンディーネの召喚に切り替えた。

「エレメンタル・・・・・・レイッ!」

 水色の光線が掌から迸り、<銀鱗鯨竜>を鋭く貫いた。



■◇■


「海の上ってドロップ品が木箱で浮いてくるの、ちょっと愉快にゃねー」


 船の縁に取り付いてイクスが楽しそうに笑う。


(イクスはイクソラルテアの愛称である。ちなみに、その横にいるユイも愛称で、正しくはヴィバーナム・ユイ・ロイと表記すべきではあるが、<大地人(彼ら)>については通称を表記名とする。さらに言えば、桜童子にゃあやたんぽぽあざみなど姓名が区切れそうな名前の場合、姓名どちらかにあわせて表記してある。)



「うわ、たも、ちっちゃいよー。ツルバラちゃ-ん、おっきいのない?」

「えー、網ならあるけど、あれでしょ、取れなかったらボクに潜れっていうんでしょ。うわ、何その冷ややかな笑い」



「おい、たんぽぽー。ツルバラくんをいじめるなー」


 海に落ち、濡れたぬいぐるみのような毛をぷるぷると振るって乾かしながら桜童子は笑った。パンナイルの貿易品である手ぬぐいで包み、ペットのように拭いてやるシモクレン。



「すごいよー、すごいよー! なんか地図でてきたよー! 地図だー!」

 木箱を開けると地図が出てきてイタドリは喜んだ。なんだか宝の地図のようだ。

「ドリィさん。そんな強く引っ張ったら破れちゃいますよ」

「ヤクモもみるー!」


 このところ、式神であるヤクモは「カッコワルイ」だけでなく、「見る」や「する」という言葉も覚えていた。他の冒険者の式神ではそのような現象は起こっていないらしいから、<ルークィンジェ・ドロップス>の影響であるのだろう。



 <ルークィンジェ・ドロップス>とはいったい何であるかは【工房ハナノナ】はほぼ掴んでいない。現時点で分かっていることは次のことぐらいである。


① 大量のマナを放つことで一種のバグを起こす宝石。


・神祇官の使役する式神や、召喚術師の下を離れた従者の自律行動が可能になる。

例:式鬼ヤクモ・式鳥ハトジュウ・はぐれサラマンダーのサラ坊


・リスポーンを異様に早め、不死系モンスターを高速再生させる。

例:ネクロマンサー黒夢の<無限グレイブヤードウォーク>


・不安定な効力しか発揮しない装備の能力を向上させる。

例:サクラリアの<舞い散る花の円刀>


② ヤマトの地下物質と同じ魔法物質でできているらしい。


③ <ユーエッセイの歌姫>が感知することができる。



 <ユーエッセイの歌姫>はおそらく、アルブの姫<六傾姫>の末裔でないかと【工房ハナノナ】では推測している。ヤマトにおける<六傾姫>とは、およそ<ウェストランデ皇王朝>時代に現れた<二姫>のことを指す。



 <二姫>はゲームの世界では次のように語られていたと桜童子は記憶する。


 三百年前<ランデ真領>に侵攻を開始したのが<二姫>である。

 彼女は<フォーランド>を滅ぼし、後の<イースタル>を疲弊させた。そして、<ランデ真領>を一時占領し、彼女の呪いによって生まれたのが<ヘイアンの呪禁都>である。

 <ランデ真領>内部にダンジョンをつくり悪の亜人を大量に出現させることで、時の皇王を討ち禁軍を壊滅させたのだ。


 十五年もの期間、<キョウ>の都を制圧したにもかかわらず、この<二姫>について語られることは非常に少ない。



 桜童子はゲーム時代からこの<二姫>に興味を持っていたが、ほとんど<二姫>についての情報を得ることはできなかった。彼女はなぜ兵を率いてヤマトを襲ったのか。なぜ、<ナインテイル>では直接的な被害が語られないのか。そもそも彼女はどんな人物だったのか。



 この<ルークィンジェ・ドロップス>は大災害後に現れたアイテムである。ひょっとすると今回のアップデートで<二姫>に迫るためのアイテムとして、<ルークィンジェ・ドロップス>を用意してあったのではないかと桜童子は夢想する。


 ふと我に返ると、にこにことしたイタドリとあざみが地図を広げて立っていた。「議論を尽くしたがさっぱり理解できないのでギルマスに頼もう」という表情である。


 見ればそれはこれから向かおうとしている<フィジャイグ>地方の地図だ。


「太陽石のところに×印が付いているな」


「太陽石?」

 イタドリとあざみは同じように首をかしげた。



「ああ。<ウフソーの太陽石>って言ってな。昔、おいらも立ち寄ったことがあるんだが、これはなー、ただの石だ」

「えー、ただの石ー?」


宝の山だと期待したイタドリとあざみは露骨にイヤな顔をした。


「くかか。でもアップデートを重ねるうちに、『アルブの魔法機能が蘇った』という触れ込みで機能追加があったらしい。どんな使われ方をするのかは知らないが行ってみるのもいいかもしれないな」



 桜童子はMMORPG<エルダー・テイル>の熟練者である。

 日本語版がリリースされる前から遊んでいてこのセルデシア世界にもくわしい。桜童子によると今目にしているこの世界は、最新拡張パック<ノウアスフィアの開墾>が導入される直前の世界によく似ているらしい。


 桜童子が<フィジャイグ>地方を訪れたのは、大昔のことである。その頃はまだボイスチャットに移行する前であった。

当時はまだ、復活施設のある有名な<シュリ紅宮>ですら別の名前で呼ばれていたし、人口や土地面積に比してデザインされたためか、小さな<大地人>村しかなかった。


 今、手にした地図の北東には比較的大きめの島が描かれ<アマミアークペラゴ>や<ナムワードポートタウン>などの文字が読み取れる。そこから南東の<ニライカジャングル>や<ドゥーナーアイランド>まで点々と小さな島々の絵でつながっている。



 <ウフソーリングサンストン>と書かれてあるのは、その島々のちょうど真ん中あたりだ。

 

 島々の周りには翼竜や恐竜、大蛇や大蝙蝠の絵が描かれている。また<ウフソーリングのテリトリー>と大きく書かれている。最早、桜童子の記憶の通りではないのだろう。元々の世界だって十年もすれば空き地にビルが建ち、街も様変わりする。


 <エルダーテイル>とそっくりだからといって全て同じとは限らない。この<セルデシア>は元々その形なのである。植物は大きく茂り、動物は独自進化を遂げ、人々は生活スタイルを環境に適応させてしまっている。ゲーム世界のように何もないところに創られたわけではなく、この世界のものは長い時間をかけ進化し続けて今の姿を見せているのである。


 <フォーランド公爵領>でもそうであったが、のんびりとした旅は味わえないであろう。



「隊長ー、今年は<スノウフェル>ってあるんですかねえ」

 ハギがヤクモをあやしながら聞いた。


「時限式のイベントなら起こってるって、龍眼さん言うてはったよ」

 桜童子の代わりにシモクレンが答える。



「それにしても誰も今が何月何日かわからないっていうのが問題ですよー。そういう私も、高校通ってた頃からあんまり曜日感覚とかなかったからなー、人のこと言えないんですけど。授業に必要な教科書全部持っていってたしー、観たいテレビ番組があったわけじゃないからさらにわかんないしー。あ、でも商店街の串揚げ屋さんは、金曜日半額にするから明日は土曜日だーって分かってました」


 サクラリアは可憐な容貌だが、喋るとエキセントリックを通り越して杜撰な性格を露呈してしまうものだから、一番常識から外れた狼面をかぶるバジルですら「おいおい」とため息をつかざるをえない。



「コーコーとか、ジュギョーとか、キョーカショとか、テレビとか、なんか姉ちゃんが話すとカッコいいな!」

 <大地人>のユイは異国情緒あふれる言葉を素直に喜んでいる。


「イクスは、<パンナイル>の都市学校行ったことあるから<授業>はわかるにゃねー」

 自慢げなイクスにいいなーとユイは答える。さらにしたり顔になって自慢するのでとうとう躍起になって言い返した。


「オ、オレなんか、<古来種>のあんちゃんにいろいろ習ったからなー」


「イクスは戦闘訓練なんか受けてないけど天才にゃから強いにゃねー」


「くわー、オレはもっと強くなる! 絶対に強くなるからなー」

 なんともほのぼのとした光景だ。


ふと気付いて桜童子はユイに声をかける。



「ひょっとしてお前ぇ、本来は<武闘家>じゃねえのか?」



 あまりに突拍子もなかったが、言われてみれば心当たりが誰にもあったらしく、全員があああああああっと大きな声を上げて叫んだ。


「そういえば! この子、いつも<踵落とし>だわ!」

 あざみが指を指して指摘する。サクラリアも常にペアで戦っているから、盲点を突かれたようで慌てふためく。

「<荒れ狂う柴巨荒鬼>のときも、<羽坂の狂戦士>のときも、今の<銀鱗鯨流>も! え、でも待って、私と最初に会ったときから<アサシネイト>って叫んでたよね」

「ボクもステータスで<暗殺者>って見ましたよ」


 サクラリアもディルウィードもユイにはじめて会ったときから<暗殺者>だと信じている。いや、ステータス画面に従えば、<暗殺者>なのだ。 


「そう! そう! 大きな剣装備できてるよ! 剣!」

 よく戦闘訓練を一緒にしているイタドリも混乱する。確かに身軽な身のこなしは<武闘家>に近かったような気もする。だが、<二刀流の武闘家>と揶揄される<武士>のあざみの例もある。特技や修練の仕方、または装備次第で本職と違う動きも可能ではある。


「なんだよ、オレ様てっきり<守護戦士>だと思ってたぜ。鎧でけーから」

 <古来種>から譲り受けたという鎧が大きすぎて、重鎧にみえるが大人が着れば中鎧ぐらいかもしれない。バジルはためつすがめつ眺める。ハギも同じような勘違いをしていた。


「いやー、僕は<古来種見習い>って職があるのかと思っていましたよ。そもそも十二職じゃなければ装備制限はないものだとばかり」


「イクスも職はないにゃよー。<二級市民>にゃし。でも強いから<盗剣士>にはなれると思うにゃ」


「けー! オレ様ほどの達人の前でよく言うぜー」

「間違ってもバジルみたいなセコいのにはならないにゃ」



 ほとんどの<大地人>は戦闘用のメイン職を持っていない。誰かに弟子入りして身につけるよりないのだが、ユイに教えを授け装備を託した<古来種>は<暗殺者>出身の騎士だったのだ。

 鎧が大きいのはアルブの魔法機構を利用した<衛兵>と同じ回路を有するためなのだそうだが、その機能を利用していない以上、ただの重石だったに違いない。


「弱いから鎧を重く感じてると思ったんだな、ユイ。本来お前ぇは<武闘家>になるべきだったんじゃないかとおいらは思うぜ」

 優しく桜童子は言う。


「オレはあんちゃんに<古来種>の鎧を託されてんだ。重いからって脱ぐわけにはいかねえ」


「ふうん。ただ、幸運なことに<大地人>はおいらたちと違ってメイン職業の転職は珍しいことじゃねえ。経験を増やすつもりで転職もありなんじゃないかとは思う」

「オレは<古来種>になるんだ!」


 <古来種>に技を授かり、<古来種>の鎧を纏っている。それがユイの誇りであり、原動力なのだ。だからこそ意固地になってしまう。


「ユイ、<古来種>って種族があるわけじゃない。強いものが<古来種>になるんだ。だからおいらはお前ぇのその強い意志は大好きだ。きっとなれると思う」

「じゃあ」


 微笑む桜童子の代わりに、シモクレンはユイに語りかける。

「ウチらがいた世界に、『世に伯楽あり。しかるが後に千里の馬あり』って言葉があってね。名馬もそれを見出す人に出会えなければ、名馬になれないって意味なの。ウチはにゃあちゃんに出会えたこと、ラッキーやと思うよ」


「そんな大したもんじゃねぇが、お前ぇは、もっと強くなれると思っただけだよ」



「のんびり話してる場合じゃねーっすよ! やべーっすよ! なんすかここは、海竜の巣窟っすか。マジ勘弁してください!」

 ツルバラの悲鳴が聞こえる。



 ユイは駆け出す。自分が<古来種>直伝の<暗殺者>であることを確かめるように、次々に技を繰り出す。荒れ狂うように海竜をなぎ倒していく。



「まずい! ユイを全力で守れ! ヘイト上がりすぎだ!」

 海竜の尾で弾かれ、薄いガラスのように障壁魔法が砕け散り、別の敵の衝撃波を浴びてユイの体は甲板に叩きつけられる。


「回復急げ! こっちは任せろ! 」

「ユイィィイイイイイイイイイー! ダメー! 死んじゃだめぇぇえええ!」


 ユイは叫び声や怒号にまじってサクラリアの泣き声を聞いた気がした。




 海の底にいるイメージがユイを包んでいた。

 ほの青く暗い海。

 白い砂が波に舞い上がり、時折ユイに覆いかぶさる。

 そしてまた波に洗われる。ゆらゆらとゆれる天上の光。

 その明かりがどんどん遠のいていく。

 これが死なのかとユイは思った。

 人魚が見えた。光の中を螺旋を描くように潜ってくる。

 お迎えか。目を閉じようとすると、手を強く引かれた。

 人魚はサクラリアの顔をしていた。


「ぐは!」

 急速に浮上した意識に、一瞬視界が真っ白になる。人魚が泣いていた。

「ユイ!」

 抱きついたのはサクラリアだった。仲間たちも心配そうに顔を覗き込んでいる。


「ふー。HPは回復してるわ」

 シモクレンと同じくハギも肩で息を吐く。

「<リザレクション>かけといてよかったですね」

「あれ、オレ、一体」

 きょろきょろと辺りを見回すユイにバジルが笑う。

「いやーすごかったぜー。嬢ちゃんなあ、小僧がやられてから、<月照らす人魚のララバイ>やらなんやら歌い続けて、まさに巨匠(ヴァチュオーソ)だったぜ。危うくオレ様も眠りに落ちるところだった」



 サクラリアの表情はぐしゃぐしゃだった。お気に入りの前髪は乱れ、鼻水やら涙やら分からぬほど泣き濡れていた。


「ごめん」

 ユイは手の甲で、サクラリアの涙を拭く。


「よがったよぉおおお。ユイ生きてて良かったよおぉおぉおおお」

 安心したのかサクラリアの泣き声も聞き取れるほどの声になってきた。



「どこか安全な港を探して少し休むか」

 桜童子も安心したようにごろんと転がった。

 逆に、ユイは身を起こし、桜童子を見た。


「リーダー。オレ、もっと強くなる道を探すよ」

「んー?」

「<武闘家>めざしてみる」


「そ、れ、な、らー」

 狐の尾を揺らしながら、しゃなりしゃなりとあざみが歩いてくる。

「いい師匠紹介したげようかー」


 【工房ハナノナ】の全員がよく知る腕利きの<武闘家>といえば―――。

彼だ。

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