039 地の底のサクルタトル
ここが決戦の地<サクルタトル>である。
平地から続く石垣に沿って斜面をゆったりと螺旋状に登っていくと、少し開けた場所に<深き穴>の入口がある。
八本の柱に支えられた八角形の屋根があり、柱同士を腰板がつないでいる。南側の腰板が外され、そこから地下を覗くとほの暗い穴がどこまでも続いているように見える。
「<サクルタトルの深き穴>に誰か挑戦したことは?」
龍眼と桜童子のように第四拡張パックの時代に<エルダーテイル>を体験した者以外にはあまり知られていないクエスト名である。
おそらくは<ハンドメイドメイズ>につなげるための試作コンテンツであったのだろう。
怪異が頻発するというサクルタトル城址を探索にきた大地人学者が、ヤマトで最も深いという井戸<ニノマル>を調査することになった。数人の坑夫とともに井戸に降りてみると、そこは迷宮のようになっており、最深部には魔王と化した<羽坂の狂戦士>がとりついていた。
彼はこの城を作り上げた石積みの匠で、城の秘密の暴露を恐れ城主に殺害された恨みを抱き、地上に怨嗟の念と様々なモンスターを送り続けていた。彼に七日で死ぬ呪いをかけられた学者が、冒険者に彼の念を鎮めるよう依頼をするというのがクエストの発端である。
これまでのダンジョンと異なるのは、<大地人>坑夫を雇ったり、サブ職業で掘削の技術を身に付けたりすれば、ダンジョンを掘り進めて行けるという点だ。
サーバー負荷の問題で同時挑戦数に制限があったのと、本家<ハンドメイドメイズ>がリリースされてからは報酬が貴重なものではなくなったという理由からこちらは次第に廃れ、第五拡張パックの時代にはただのモンスターが出る穴となってしまった。しかし、「掘りすぎてヤマトの青い底が見えた」という伝説の残る穴となった。
おそらく龍眼と桜童子が、この<深き穴>の構造を覚えていたとしても、それは参考程度にしかならない。<大災害>後内部がどのように変化したかは入ってみなければわからないのだ。ここは、ヨードとヤクモとハトジュウの探索能力に頼ることとなる。
予想とはうってかわって迷宮と呼べるほどの構造ではなく、最深奥にたどり着くのは比較的簡単らしい。サクルタトル城址の鏡写しなのだ。登ってきたのと逆向きに螺旋をたどっていけば、深奥の広い空間にたどり着くらしい。
しかし、構造がわかり易いというだけで、途中に現れる敵の打倒は容易ではない。ゆるやかな螺旋は半径を広げながら、徐々に深くなっていく。その深度によってエネミーが様変わりするのだ。
また途中途中に広い空間があり、ボス級の敵も待ち構えている。上の敵を掃討し尽くしておかないと、ボスと対峙している間に挟み撃ちを食らってしまうことになる。そのため、横穴は徹底的に探索させた。
情報を元に桜童子が紙にマップを描いていく。平面マップではなく断面図のようなイラストとなったのは、<筆写師>ではなく<画家>の彼らしい。
「なんだか、<ハイザイトイアー>を思い出しちまうな」
ヨサクが笑うと、あざみはうっとりとした表情を浮かべた。
「おい、虎娘」
イクスを指してヨサクが言った。
「おめえ、またトチ狂うんじゃねえだろうな」
「そんなことないにゃ。あん時はたまたまにゃ!」
<ハイザントイアー峡>では、イクスと山丹は<ルークィンジェ・ドロップス>の魔力に魅了されたか、はたまたその一帯の瘴気に当てられたか、敵に操られたか、正気を失って味方に攻撃し続けたのである。用心は必要なのかもしれない。
意を決して第一が降りる。井戸を降りて最初の横穴がダンジョンの入口である。最初の敵<緑不定形>を掃討してしてしまわねば、第二は入れない。じりじりとした時間が流れて、ようやくブロマインの肩に止まったハトジュウが「ケーッ」と鳴いた。掃討終了の合図だ。
螺旋の先頭を行くのはヨサクとあざみだ。外の石垣のように見事に石積みされた坑道の中を、まるで無重力の宇宙ステーションの中であるかのように、壁を蹴り、天井を駆け、その位置をめまぐるしく変えながら突き進んでいく。ヨードもハギも偵察済みで頭に構造は入っているのについていくので精一杯だ。<蛍火灯>も置き去りにされそうで、フルオリンもあすたちんも息切れする思いでついていかねばならなかった。
「ストップ!」
アルラウネがハギの肩から降りた時点で声をかけることになっている。
桜童子から、「待っている間は螺旋の外向きに壁を掘れ」という奇妙な指示も出ている。ヨサクはハイレベルな<採掘師>であるので石垣を外すのも、その奥の土を掻き出すのも粘土を掘るかのような容易さでやってのけた。
第二パーティが来たらまた前進する。出た土はブロマインが<マイコニド>を従者召喚し、よちよちと外に運ばせる。気のいいオヤジドワーフは、戦闘ではなくこのような計略に用いられてばかりだがにこにことしていた。
第三パーティーが来たらディルウィードが穴を広げ横穴作りをしていく。第四パーティが到達すると、その横穴の入口に椅子から降りた桜童子がペイントを施す。そして氷で封をした。
第一パーティから敵ボスを倒した連絡が入る。元々このダンジョンはレベルの限度が六十の時代のものである。強者ぞろいの第一パーティだけでもまだしばらくは進めそうだが、用心しMPの回復を図るよう休憩をとる。
合流したところで今度は第四が第一と入れ替わる。
アンデットが多い層なのでネクロマンサーの黒夢を前面に出したのだ。脇道からも続々と現れてくるので、全て討伐していかなければいけない。
全メンバーが穴に入り終わったから、挟撃を喰らわないように本道で敵を殲滅するのが今度の第一の仕事だ。
螺旋の内向きの脇道に入った桜童子が「やはりな」とつぶやく。
「何がにゃ? リーダーさん」
脇道を覆う石積みが濡れている。ところどころで、雨漏りのように水が滴っている。
桜童子はそれ以上は語らなかった。語ろうにも、山丹の背めがけて矢が放たれ、それを虎の持つバネのような跳躍で躱したものだから、桜童子は椅子にしがみつくので必死だったのだ。矢を放った敵はシモクレンの投げハンマーで打ち砕かれる。
「斬鉄剣のおっさん! シュキーンという音、それ笑えるな! キケケケケケ」
「うむ!」
「よし、そいつで最後か。逝け、生ける死者どもの葬列! <グレイブヤードウォーク>!」
黒夢は<召喚術師>でありながらどんどん前に出ていく。自分が囮となっているうちに、使役するアンデットを敵背後に忍ばせ<デスサイズ>で敵を葬り去るのだが、この<グレイブヤードウォーク>はさらに凄まじかった。
一斉に敵に襲いかかる亡者の群れは恐ろしくも壮観な光景だった。
黒夢の掲げているのは<ルークィンジェ・ドロップス>だ。敵を殲滅し尽くすまで続く恐るべき波状攻撃を可能にしていた。
「よう、そっちは終わったか。こっちも掘り終わったぜ」
ヨサクとディルウィードはまた外側の壁面に穴を開けていた。そこに桜童子が現れてペイントを施す。そしてまた氷で封をする。
「ウサギの耳を持つ光の魂を持つ貴方よ。貴公はなぜ彼らに横穴を掘らせているのだ?」
「おいらは来るべき未来への保険をかけているだけだよ。小心者だからね」
フォスフォラスは分かっていないが大仰に頷く。言葉はキザだが、小児の「なんでー?」という言葉とほぼ同レベルらしい。聞いて答えが返ってきたら既に満足なのだ。
「次は私たちの番だねー! 行こう! 【アロジェーヌ17】!」
「ちょっとー、凛たん。ちゃんと龍眼さんの言うこと聞いてからじゃなきゃダメよー」
「いや、構わない。行ってくれ、君たちが適任だ」
大型のエネミーが得意な【アロジェーヌ17】に、龍眼とアリサネ一党がバックアップに回り、先へ進む。
下の層は広々とした空間が多かった。その分、敵も大きくなった。ただしこれも独自進化のためか、上半身が<巨石兵士>で下半身が<不定形>で、壁や床をするすると這って迫ってくる。
「いっくぞぉおおおおおお! 最硬スマーッシュ」
正面の敵に突撃するフルオリン。そこを狙って<不定巨兵>の鉄槌のような拳が振り下ろされる。
静かに歩み寄っていたクロラインが居合で断ち切る。高速の抜刀術だ。
飛んできた腕に甘い声をあげて逃げるあすたちん。しかし、ヒールワークは完璧だ。
壁のような三体の敵に殴りドルイドが突進していく。
「(射)てぇええええええ」
龍眼の声にすずの矢が飛ぶ。同時に障壁を繰り出す。ブロマインの攻撃で前のめりになった三体の敵の頭上に、赤髪の魔法剣士が華麗に舞う。<サンダーボルトクラッシュ>。
脇から現れた魔法使い一群を龍眼の<インフィニティーフォース>を受けて金色に輝くヨードとU17が切り裂く。
フルオリンが全員のヘイトを肩代わりして先へ進む。連携も上々だ。
もうどのくらい下ったのだろうか。もう地底と呼ぶにふさわしい深度であるはずだ。食料を口にする者もいる。きっと時間も随分と経過している。
ドロップ品もかなりの量になり、桜童子が掘らせた穴も七つになった。
「やったー! やったー! 龍眼さんに兜もらったー! 見て兜! 見て兜ー!」
「ハイハイハイハイ、おめでとさん」
「ほらー、この兜、骨だよー。骨兜ー!」
「何回言うたら気が済むんよ」
「だってかっこいいもん! だってかっこいいもん!」
このようなやりとりを見ると龍眼も微笑ましくなる。高レベルプレイヤーになればなるほど、本当に欲しいアイテムしか欲しがらないし、同じ職業であったりすると半ば奪い合いになることもある。
イタドリが喜んでいる骨兜は、確かにHP回復や火炎耐性などの効果はつくがそこまで高級なアイテムではない。それでもあんなに喜ぶ様子を見るとほっとする。
「あらー、イタドリさーん。可愛いわー」
「てへへー。あすたさんもあすたさんも、耳飾り素敵ー」
「いいでしょー。これ回復系の再使用時間を一秒短くしてくれるのー。羽が可愛いでしょ~ん」
会話にフルオリンとディルウィードも加わる。
「お、いいねえ。あたし、秘宝級脚装備<エレメンタルギア>来たよー! 最高ー!」
「リンさん、なんかそれすごそうですねー。特殊効果あるんですか」
「よくぞ聞いてくれたディル坊、この装備のすごいところはー!」
「すごいところはー!?」
「こけにくい!」
「え、それだけっすか」
「あと、泥沼でもムレない!」
「え、大概の装備そうじゃないっすか?」
「まじで!? 今までのめっちゃムレたよ? 嗅いでみる?」
「いやっすよ!」
「フルたん、ディルっちにそんなもの嗅がせちゃダメー」
「えー、クロラは嗅ぎたいよねー」
クロラインは熱心に刀の手入れをしているので、実に淡々と「捨てろ」と答える。
「うわー、雑! 最高に雑!」
「雑じゃねーよ。余計な雑菌こっちに寄せるなよ」
「雑菌とか言うな。ムッキー、クロラ腹立つわー」
その様子を見てヨードが苦笑する。
「うちのギルマス恥ずかしすぎるにゃり」
「ヨードさん、欲しいものはなかったん?」
「あにゃたの<武肥後>に勝るものはないにゃ。いやあ、名匠紫木蓮にお会いできるとは光栄だにゃー」
「ありがとなぁ。ウチも大事に使うてくれてうれしいわあ。このダンジョン、刀の高級素材が採れるから。またええのでけたら買うてな」
「うにゃー。それなら、金を貯めなきゃにゃりね」
ドロップ品の中からユイは透かし彫りの守り札を手にとった。
「龍眼さん。オレ何もいらねーって言ったけど」
「ああ、気にするな。持っていけ」
「これ」
「似合っている」
「アイテムの力借りなきゃ強くなれねえとか、なんか反則なような気がして嫌だったけど。やっぱオレ、強くなりたい。もっと、強く」
「ああ。きっとその札もお前を呼んだのだ。必要な効果を持つアイテムでも気に入らないデザインであることもある。そんなものは一見しても目に入らない。<大地人>のお前はそのアイテムの効果も見えないのに、それを手にとった。それを持てば何か強くなれる気がしたんだろう? 正解だ」
経験値増加効果を持つ<散らぬ桜の守り札>。握り締めたユイは礼をした。
束の間の休息時間を皆は楽しんだ。
龍眼は立ち上がって言った。
「皆、準備は万端か! 残る階層はあと三つ! 第二第四で二層を蹴散らし、第一第三で<羽坂の狂戦士>に当たる! 全力で下るぞ!」
おおという喚声の中、ブロマインが動揺した声を上げる。
「最初の<緑不定形>にマイコニドが襲われた! 次々と復活してきているらしいぞ」
時間をかけすぎたか? と龍眼は自問する。否、と即答した。
休息時間は、本当に束の間でしかない。
時間をかけず下る手もあるが、ここからの最後の敵に消耗した状態で挑むのは無謀だ。挟撃されるにはまだ時間がある。これは<ニノマル>に下る前に、桜童子と打ち合わせていたことだ。
「<第一>! 出撃準備!」
「もうできてますよ、大将! やるっきゃないでしょぉおおおお!」
ガンと盾を打ち鳴らすフルオリン。
伸ばした拳の先を重ねるヨサクとあざみ。
ハトジュウもハギの肩で翼を広げる。ヤクモはヨードと握手した。
「<第二>! ファーストを全力で先に行かせろ!」
「了解!」
サクラリアもユイもイタドリも胸に手を当てるポーズをした。クロラインもアリサネもてるるも右に倣う。第二の決めポーズにしておいたのだ。
「<第三>! 出るぞ!」
「おう!」
それぞれの武器を掲げて答える。
「<第四>! 頼んだぞ!」
「応」
「キケケケ」
野武士タケトノも死霊遣い黒夢も喜んで飛び込んでいく。バジルも駆け出す。
「くぉ! オレ様をおいていくんじゃねー!」
「にゃあちゃん、後ろは大丈夫なん?」
「ああ、何カ所かに<シュリーカーエコー>を設置してもらった。小一時間は大丈夫だろう。山丹、行ってくれ」
「がう」
「さあ、行くにゃ! これが最後にゃ!」




