030 離別のリーフトゥルク
ナカスで異変が起きたのは、船沈没の一報から三日経った明け方のことだった。
地震が起きたのだ。
戦闘中のエフェクトならばまだしも、プレイヤータウンで眠りを妨げるようなものとなるとこれは異常事態である。
眠りの浅い者にとっては野営中にモンスターに遭遇したかの慌てふためき様であった。このようなときでも熟睡できる大胆さを持ちあわせた者は幸せ者である反面、大変危険であるといえよう。
この地震は実のところ、敵襲であったのだから。
<大地人>の朝は早い。ただし、プレイヤータウンでは、活動している<大地人>の数がそもそも少ないため、敵襲に気づいたものはほんのわずかでしかなかった。
しかしそれがただのひとりも<冒険者>に報告した者はいない。敵影を認めていながらだれもそれが敵だとは誰も思わなかったのである。
先日、沈没した船の船員が泳ぎ着いたのが、灯台の対岸に当たる<ナノツ>と言われるエリアである。
<ナノツ>は<セントラルリバー>の先に作られた埋立地である。
船がつくと市が立ち活気で満ち溢れるところだ。
しかし、積荷を乗せた船が沈んだので、この三日は静かなものであった。
次の船の予定はまだ先であったので、日の出前にここにいたのは清掃にやってきた三人の<大地人>のみであった。
地震が起きた。
三人の<大地人>は腰を抜かしたように座り込んだり、近くのものに頭を隠したりした。
揺れが収まり顔を上げると、どこから現れたか腰まで下ろした長い髪の女が少し離れたところに立っていた。
<大地人>の老人は、安心したのもあって白い服の女に気安く声をかけた。
振り向いた女の前髪は水から上がったように濡れて額に張り付き、生気の感じられない青白い顔をしていた。
それでも大層美しい女だったという。
女の背後で海鳴りがした。
短く低い音。
津波だ。
「逃げろ! 親父さん」
<大地人>の青年に手を引かれ老人は駆け出す。
高速環状線遺跡入り口まで退避しなければ、海抜〇メートル地域は脱せない。
海面がせり上がってきたのが見える。
「む、娘さん! あんたは」
「もう間に合わねえ。親父さん急げ!」
黒々とした潮が、市のテントや置かれた空荷を飲み込み始めた。
どんな若い<冒険者>でも、津波の恐ろしさは身に染みて分かっている。
現実世界で恐ろしい光景として目に焼き付けている者が多いからだ。
地震の起きないプレイヤータウンに暮らす<大地人>に、津波に対抗する伝承があったのは僥倖と言わざるを得ない。
数百メートルを死に物狂いで南へ駆ける。
冒険者なら持っているスキルによっては数秒で到達する距離だが、大地人の足なら数十秒かかる。
恐怖に満ちた数十秒間、振り向かず走りぬいたおかげで九死に一生を得た。
環状線遺跡の高台から走ってきた方を三人は見下ろした。
<ナノツ>が海水に洗われていく。
「あの娘さんは」
夜明け前の仄明るくなった青い闇の中、老人は目を凝らす。
いた!
そしてその光景に三人は凍りついた。
女は流されず、立っていたのである。
水の上からこちらを見ている。
数回目を瞬かせていると、女は次の波に飲み込まれて見えなくなりそれきりだった。
日が出た頃には水は引いたが、無残にテントや空荷が泥にまみれて散らばっている。
三人は例の女性を探したが見つかりはしなかった。
「あれは<冒険者>だったんじゃろうか」
<大地人>も<冒険者>のようにステータスを見ることができたならば、<大地人>でも<冒険者>でもなくこう書かれているのを目にすることができただろう。
<典災>と。
■◇■
<パンナイル>の龍眼に次々と情報が寄せられている。
彼のサブ職業は<軍師>である。
これは大型戦闘を組みにくい<ナインテイル>では稀有な職業である。
この軍師というサブ職業の難しいところが、まず己の特技が理解しがたいことである。とても有用とは思えないのだが、その意味を理解して初めて効力を得るといった特技である。
「まず己を知り、敵を知らば、百戦危うからず」を地で行くサブ職業だった。
その職業特性から、龍眼は情報収集とその分析を行動に応用するようにしている。
大災害直後これは最も役に立つ考え方であった。まず自分に出来ることを必死に模索し、周囲の状況を察し、九商家の一角にその身を売り込むという電光石火の転身を見せた。
人員と資金力を身につけてからは手に入る情報量は格段に跳ね上がった。さらにナカスを<Plant hwyaden>が実効支配を強めるに至って、情報の価値も増してくる。
早期に味の秘密を解明し、<冒険者>の招致を早い段階で始めたのも、情報収集と分析による大きな功績であると龍眼自身感じていたところであった。
しかし、カラシン&マヤによる配送サービス構築の一件から、小骨が喉にかかったような違和感を覚え、もう一度己を知るところから始めた。
すると、<大地人>商家から己がどのように映っているかが分かってきた。
冒険者は能力こそ絶大でぜひとも利用したいが、セルデシアの常識外の考え方を持つ不死の怪物という印象が拭えないらしい。
そのため実権を握られることに強い嫌悪感をもっているということが分かった。
感覚としては、虎や龍をペットとして飼うようなものなのだろう。珍しいもの好きな商人の血は騒ぐが、害になるようであっては困るのである。
有用であっては欲しいが、でしゃばられたくはないという思惑なのだ。
それを知って龍眼は、一旦<リーフトゥルク>の屋敷から離れることを決意した。これが【工房ハナノナ】と同行することにした大きな要因である。
もっとも<リーフトゥルク>家の財力を使って新開発した蒸気船を今回の作戦に用いようというのだから、その意図は話しておかねばなるまい。
ただし詳しく話してしまうとその情報さえ商取引の材料としてしまうことも考える。話して構わないのは<ナインテイル>の特産を入手し、それを手札にして<フォーランド>から資源を持ち帰るというところまでだ。
どのような資源なのかはその場に行ってみないとわからないので、自らが今回の遠征に参加したいという旨をつたえると、<リーフトゥルク>で囲う冒険者の中から優秀なものを<パンナイル>に残して置くことを条件に許可が出た。
「さて我々は東へ行くとしよう。今、船は順調に進んでいるそうだ。サファギンがよく出てくるそうだが、<冒険者>をすでに八人拾ってある。滅多なことでもなければ問題もあるまい」
「軍師のあなたが出陣されるのは一番最後かと思っていました」
ハギは外套姿の龍眼に頭を下げた。
ドンキューブの森公園は、いつか見たプレイヤータウンであるかのような<冒険者>の賑わいはなかった。ある者たちは<ナカス>からの使者を意味のないクエストに連れ出すため旅立っていた。
またあるものたちは龍眼に腕を買われ、蒸気船への乗船を目的に<ナインテイル>各地に散っていた。そのため<パンナイル>内の<冒険者>人口が減っているのである。
万が一の事態に備え、守備の面で<パンナイル>は心配ないのかと尋ねると龍眼は答えた。
「今、<ナカス>では非常事態が起きて復興に力を割いているらしいからな。船を南に廻すいい口実ができたというものだ。こちらの予想外だったのは、船に興味を持った大地人がそれぞれの港で盛大に歓迎会を催しているということだ」
「それじゃあ情報は筒抜けなんじゃないですか?」
ハギが重ねて尋ねると龍眼は口元に冷笑を浮かべる。
「船に乗る者たちには、目的の港までついたらパーティで蒸気船に乗れとだけ言ってある。最終地点は私が合流してから話す。それぞれで噂しあった方が混乱も大きくて良いだろう」
龍眼の読み通り、港に集まった<大地人>の多くは<フォルモサ>行きの船だと噂し合っていた。中には言伝を頼む者もいたが、丁重に断るようにしてある。
「軍師様がOKって言ってんだからOKなんだっつぅの。オレらがつまんねー知恵こねくり回して考えることなんざ先刻ご承知なわけさ。いいからオレたちゃあ符術師探しに集中だ」
バジルは早速歩き出した。龍眼がその背中に声をかける。
「船を目的地まで届けることも、<符術師>を見つけることも、どちらもこの龍眼に任せていただこう。ただし同行の対価として、約束は守っていただくぞ」
「Lv.91を超える刀をウチの<刀匠>に作らせるということなら心配いりませんよ。これ以上遅く作り始めては<フォーランド>行きに間に合わないかもしれないですからね。もう、作り始めていますよ」
ハギは龍眼の背中に答える。そのハギを<剣牙虎>山丹にまたがったイクソラルテアが追い抜いていく。ハギの足元では<式神童>ヤクモが駆け足し、頭上では<式神鶏>ハトジュウが旋回している。
これはこれで一応パーティになってるじゃないか、それならば龍眼の実力を見てみたいものだ、行先にエネミーでも出ないものか、とハギは考えていた。しかしバジルの戦い方の底意地の悪さを見せる気がしなかったのでその考えは霧散した。




