003 決意 ~この世界で強くなる~
<梟熊>を倒した後には、僅かだがドロップ品と金貨が地面に落ちていた。二人で金貨を拾っていると、どこかで獣の鳴き声がして佐倉莉愛はビクンと背を伸ばす。
「姉ちゃん、<冒険者>のくせに臆病なんだな!」
「むー、わ、私もさ、頑張ればできる子なんだよー」
「いいっていいって! オレが姉ちゃんを守ってやるって」
莉愛は複雑な気分になった。目の前のツンツン髪の少年は恐ろしく強かった。たったひと蹴りであの恐ろしい熊を倒してしまったのだから。
だが、どう見ても彼は小学生くらいだ。もう少し上に見積っても中学に上がったばかりというところだ。これがせめて高校生くらいならば、「イケメン発言きたー」と莉愛は叫んでいたところだろう。
少年の装備を見ると、全然サイズが合っておらず、ワラで詰め物をしたり、紐で縛ったりしている。しかし、どれも<幻想級>なのではないかと疑いたくなるほど美しく輝いている。そのためか、どうにも体より大きなランドセルを誇らしげに身につけた新入学児童のイメージが払拭できない。
「姉ちゃん、善い<冒険者>なんだろ」
「むー?」
「昔、長老言ってたぜ。悪い<冒険者>が村を襲いに来るかもしれないって」
「長老?」
「オレが住んでた村に村長がいて、その二軒奥の長老がいてさ。山狩りに行ったあと、武器の手入れをしなかったらよく言うんだー。こらー! そんなとこにほったらかしとったら悪い<冒険者>がやってくるぞー、って」
彼が少年らしい単純な二元論で物事を把握しようとしているのではないかと莉愛は危惧した。世の中そんなに単純にできてはいない。
が、それをいうなら自分はこの世界を全く把握していないと反省した。今のままでは善いも悪いもない。ただの弱い<冒険者>だ。
「強くなりたい」
この瞬間が、莉愛にとって<冒険者>サクラリアとしての目覚めだった。
少年はニカッと歯を見せて笑った。
「オレはヴィバーナム・ユイ・ロイ。<古来種>になる男だ」
「ぶはっ」
サクラリアは笑った。
「なんだよ! オレの名前そんなおかしいか?」
少年は真っ赤になって怒った。
彼を凝視するとステータスモニタが現れ、<ヴィバーナム・ユイ・ロイ>という名と<大地人>という肩書きが表示される。
名前ではなく、(<大地人>が<古来種>になる?)と笑ったのだが、どちらにしても失礼であったことは間違いない。
「いやいや、違うの。名前を笑ったわけではないの。でも、君を傷つけたなら謝る。ごめんなさい」
サクラリアは素直に謝った。そして、手を握った。少年の手は温かかった。
<大地人>だからと見くびっているから自分は弱いのだ。強くなるにはこの少年から学ばなければいけないことも、きっと多くあるはずだ。
そう、サクラリアは思った。
「よろしくね、ユイ」
「うわ、姉ちゃん。変な略し方したな。ま、いいや」
少年と同じキシシという笑い方をサクラリアはしてみた。この世界で強くなることを胸に誓いながら。
■◇■
「こら、ヤクモ! おとなしくすわってなさい」
禿姿の少女の額には角が生えている。
ハギの声が耳に入っているのかわからない表情で、三歳児のように駆け回る。
その赤い服の少女を追って走るハギの肩で、鸚鵡と尾長鶏をかけあわせたような鳥がケケケと笑う。
「ハトジュウ。ヤクモを捕まえてもらえませんかねえ。ココ、ナカスの街のゾーン外なんですよねえ。ほーら、柄の悪いお兄さんにぶつかった」
赤い服の少女はものも言わずに帰ってくる。ぶつかった相手は、腕も足も丸太のような男で、おそらくは<武闘家>だ。
「おい、コラ。おい、そこの<法儀>の男! お前だよ、お前」
数メートルは離れていたと思うが、<ワイバーンキック>でも使ったかのように、一気にハギの前に立ちはだかった。
その太い棍棒のような腕が顔面でも入れば、「防御力が紙同等」と言われている<法儀族>のハギにはひとたまりもない。連撃が自慢の<武闘家>であるから、瞬きの間に神殿送りということもありうる。
頭の中で式神を送り出すタイミングを計算する。
(まずハトジュウで目をくらましている間に、ヤクモに自分の身代わりをさせる。移動系の特技がまったくないのが痛手だなあ。ゾーンに戻るまでに<禊の障壁>は展開できるだろう。ともかく撤退の一手だ)
しかし最大の武器がある。
大人なハギができる最高にして最大の武器を放った。
「どうも、申し訳ありません。まだまだ使役に不慣れなものでして!」
すなわち謝罪。これは社会人として身につけた技である。
「お前が面倒見ねえで誰が面倒見んだよ! 保護者なら手ぇつないで歩きやがれ! ここはPK流行ってるやべぇところなんだぞ! こんな可愛い嬢ちゃんほったらかしにしやがってよう! おい、わかってんのか」
「至らぬもので、どうも申し訳ございません」
<武闘家>は、さらさらな髪をわしっとかき上げ、その手をハギめがけて振り下ろす。ハギの鼻先に太い人差し指が止まる。
「はん! オレに出会ったことに感謝するんだな」
「それは、どうも。あの、あなた様のお名前は」
ハギはどこまでも卑屈な態度を崩さない。これが営業で身につけた力だ。
<武闘家>はすっと胸を張るようにして不敵な笑みを浮かべた。
「オレは<ブリガンティア>のヨサクだ。ステータスを目に焼き付けやがれ。いいか、オレは<妖精の輪>を使って<エッゾ>まで行く! たとえ何年かかってもな。そうだ、お前も連れて行ってやろうか」
「寒いのは苦手でして」
「やれやれだぜ。しょうがねえな。嬢ちゃん大切にしろよ。じゃあな」
そう言い残して嵐のように去っていった。
「意外にいい人でしたねえ」
ヤクモが物言いたげに顔を見上げている。
「ハギ、カッコワルイ」
式鬼にまで卑屈さを馬鹿にされた。はじめて言葉を覚えてからこればかりしか喋らないが、使いどころを誤ったことがない。
しかし、式神が言葉を覚えるというのは<エルダーテイル>時代にはなかった設定だ。これも拡張パックの影響だろうか。
肩のハトジュウがケケケと笑った。