020 後日 ~誰も知らない冒険者の物語~
<自由都市同盟イースタル>でも<神聖皇国ウェストランデ>でも、エネミーが大量発生するという大事件が起きた。
<ナインテイル自治領>で、それを未然に防いだのは、無名に近い【工房ハナノナ】という弱小ギルドとその仲間たちであった。
ギルドマスター<桜童子にゃあ>は、自分の手の内に入るものを全力で守るだけだと公言してはばからないが、実際は、無防備なナカスの<冒険者>たちをも守り抜いたことになる。もし、<シバ荒神の代替わり>の進行を止めることができなかったら、それが呼び水となって<醜豚鬼>の大軍勢が狂乱の街に侵攻する事態となっていたであろう。
彼らは、その後、<ユーエッセイ>に到る。そこで復活施設を手に入れたため、<ナカス>とは無縁にすごすことができた。
<ナカス>はこの後、大きな混沌を迎える。
<Plant hwyaden>による懐柔作戦が続き、有力者が<ミナミ>に引き抜かれていった。
緩やかに活気を失っていった<ナカス>に、ある日恐ろしい事態が襲いかかった。
それまで使用不可能と思われた<タウンゲート>が突如作動し、<plant hwyaden>の兵たちが<ナカス>の街になだれ込んできたのだ。
電撃的な侵攻になす術もなく人々は翻弄された。抵抗するものは家を焼かれ、切り捨てられた。
<大神殿>を押さえられ、<衛兵>に囲まれればたとえ<冒険者>といえども膝を屈せざるを得なかった。
こうして<plant hwyaden>による<ナカス占領>はなされた。
あの踊り明かした<冒険者>たちのほとんどは<ミナミ>へと移った。
<龍眼>のように九大商家に入り力を蓄えつつある勢力は、今は従う姿勢をとっているが、<ナカス>奪還の機会を狙っている。
僅かに逃げ延びた者たちも、生きて連行されて行った者たちも、ひそかに復讐の機会を狙っている。
■◇■
<サンライスフィルド>―――。
「おめぇーよう。<パンナイル>に戻らなくっていいのかよ」
バジルはイクスに聞いた。
「いいにゃ、<猫人族>は自由なのにゃ」
イクスは山丹を撫でながら言った。
「かー、お気楽だねえ。ま、ここはボロいが雨風しのぐにゃ問題ねぇ。自分の家だと思ってのんびりすりゃあいい」
「何言うてんの。バジルはんかて居候やん」
シモクレンと桜童子が現れて笑う。
「食い扶持稼いでくれるならおいらは歓迎するぜー。あ、そうそう、イクソラルテアさん。おいらは君に謝らないといけない」
「イクスでいいにゃよ?」
「じゃあイクス。おいらは君が最初から敵だったのではないかと疑ってしまった」
「謝らなくてもいいぜ。こいつがオレ様を切り刻んだのは、ホントなんだからよー」
バジルがイクスの鼻先を指でつつくと、イクスはその指に噛み付いた。
「いでででで!」
「イクスそんなに悪役顔してたかにゃ」
桜童子は頭を掻く。
「おいらたちはまだ<大地人>との付き合い方に慣れちゃいなくてなー。名前や出で立ちで仲間か敵か判断しようとしてしまうんだ」
ゲーム時代、案内役だったNPCが終盤裏切って敵側につくシナリオがあった。桜童子は口にこそ出さないが、イクスという人物にも<設定>があって、その<設定>通りに動いていたのではないかと疑ったのだ。
「イクスの名前、変にゃか?」
「イクソラというのが<芝曳荒鬼>と縁の深い名前だったのでねー」
「イクスの生まれた<ハヤト>地方では結構ある名前にゃよ。<芝曳荒鬼>に小麦畑を荒らされないようによくつける名前にゃ」
イクスは少し寂しげに言った。
元々<大地人>にとって収穫とは何よりも尊く、エネミーは何よりも恐ろしいものなのだ。
元より人身御供ほどの意味合いで一族につけられた名前だとすれば、イクスがここに残りたがる意味も少しわかる気がした。
<大地人>は設定ではなく、事情で動いているのだと桜童子は改めて認識した。
「改めておいらたちは歓迎するよ、イクス」
「ありがとうにゃ」
イクスはニッコリと笑った。
「っつーか! 指をはなせー!!」
「忘れてたにゃ」
■◇■
<ヴィバーナム・ユイ・ロイ>と<イクソラルテア>というふたりの<大地人>は、<サンライスフィルド>にある【工房ハナノナ】の本拠地でともに暮らしはじめている。
<ヨサク>が<エッゾ帝国>にたどり着いたかどうかは、<たんぽぽあざみ>ですら知らない。きっと今も気ままな旅を続けていることだろう。
<イタドリ>は料理人としての腕前を上げていったが、得意料理は相変わらず目玉焼きだ。<ディルウィード>はサブ職業を<採掘師>に変えて今はレベル上げに夢中だ。
<シモクレン>は<刀匠>としての活動に明け暮れている。<サラ坊>はいい相棒だ。
<バジル・ザ・デッツ>も工房に起き伏しし、楽器作りをするかたわら、街道を占拠する集団に容赦ない「デッツ地獄」を味わわせて治安維持にいそしんでいる。
<ツクミ>―――。
そんな話を<サクラリア>は、ツクミのじいちゃんに聞かせている。
時折、彼女は<ツクミ>に戻って冒険譚を聞かせるのだ。
そんな旅には必ずユイが寄り添うようについてくる。
「立派な<冒険者>になりなすったなあ。そうじゃ、歌を聞かせてくれんかね。また、お前さんの歌声を」
「おお、姉ちゃん! オレも聞きたい!」
「もう、しょうがないなあ」
■◇■
<奈落の参道>侵入口―――。
「桜童子様! この浮世をよくぞここまで放置プレイなさって、どの面下げて念話してくださってるのか、大変に興味ありますわ!
今、地底の底の底で、人生の最底辺の絶望を味わっておりますから、話によっては許してさしあげてもよろしくってよ。
え? <アキバ>の状況? そんなもの存じ上げませんわ。今、地底なの!
そんなものは、こちらにお越しになって、その愛らしいくりくり眼でご覧になったらよろしいですわ。あ、こちらにいらしたら絶対に絶対に連絡なさってくださいよ。
ええ、その時は、話してさしあげてもよろしくってよ」
ふう、とメイド服姿の浮世は息を吐いて立ち上がった。
メガネをかけた<付与術師>と肩がぶつかってしまう。
「ああ、すいません。浮世さん」
「よろしくってよ。シロエ様、今すぐわたくし、参道に飛び込んで行きたい気分ですわ」
「え、いや、あと三日は準備が必要ですよ。昨日も申し上げたとおり・・・・・・」
「存じております。もう、気分の問題ですわ」
「すいません。あ、これ。美味しいですよ」
「まあ、アップルパイ。こうやって食料を振舞ってまわるなんて、シロエ様も隅におけませんわ。それに比べて桜童子様ったら」
「桜童子? どこかで聞いた名前ですね」
「お妬きになって?」
「あ、いや、僕は」
「冗談ですわ」
「おーい、シロ。資材届いたぞ」
誰も知らない<冒険者>たちの物語が今日もどこかで綴られていく。
-第一章『ルークィンジェ・ドロップス』 完-




