019 決着 ~第三の手、そして奥の手~
「ハギ、後方に<鏡の神呪>! ディル、<サーペントボルト>準備! 前衛組、繰り返して来い!」
桜童子は冷静だが内心焦っている。クリア条件の分からないタワーディフェンスのようだ。
通信回線の遅さに苛立ちながらプレイした大規模戦闘とはわけが違う。
判断の遅れが次の対応への思考時間を奪う。それが、死という問題に直結しているのだ。
自分の指示が適切かどうかも不安だが、それを滲ませてはならない。それが仲間の躊躇いにつながる。
ハギの放つ光の束が一体に命中し、そこから三体に食らいつく。
同じくディルウィードの放つ雷が、残りの四体を焼き尽くす。
ハギとディルウィードの反応はいい。思考の大部分を桜童子に預けているからだ。
それだけに責任がのしかかる。
イクソラルテアが懐に手を伸ばす。
<ルークィンジェ・ドロップス>! ヤクモから奪ったものだ。
イクソラルテアは自分を依り代にして八体を蘇らせる。<ルークィンジェ・ドロップス>から不審なマナの流れが湧き上がるのを桜童子は目撃する。
「まさかこの状況、あの石の・・・」
桜童子ははっとする。振りかぶった刃が振り下ろされた。それは、<守護戦士>にではなく、自分たちにだ。
<セイクリッドウォール>が破られた。
イタドリあわてて<キャッスル・オブ・ストーン>を放つがもう遅い。
鬼の左手が電撃を準備しはじめた。予想よりどちらも一秒早い。
「まさか、それも・・・」
桜童子の思考の特徴はたくさんの情報を並列に処理するところにある。そのため、物事の連鎖や隠された意図を読み解く力には優れている。
だが、この状況を解決するためには最優先事項が何かを判断し、適切な順番で処理していくことが肝要である。遅延は許されない。
ユイが対応し切れてない。桜童子は<エレメンタルシェル>でカバーする。
ユイへの電撃は無効化できたが、次は炎がやってくる。
動けないイタドリに多重に魔法をかけてさせておいて、全員を退避させる。
炎の波が過ぎ、シモクレンがイタドリのHPを確認する。
「大丈夫や!」
イタドリが無事で桜童子はひとまず安心する。レベル差や魔法の等級差がどこまで戦闘に影響するかという情報が圧倒的に不足しているのだ。ひょっとすると過剰な魔法投入だったかもしれない。
はっと気付く。
<柴挽荒鬼>たちは<守護戦士>の方へ向かったが、イクソラルテアの標的は違う。シモクレンだ。この布陣の防御の要と見て攻撃を集中させてきた。やはり、ヘイトが上がりすぎているらしい。
「<月照らす人魚のララバイ>!」
間に入ったのはサクラリアだ。イクソラルテアの<二枚歯鎌>を<円刀>で受ける。
「正気に戻って! イクスちゃん!」
イクソラルテアの目が赤く光る。
信じられないことが起きた。
巨鬼は再び剣を<守護戦士>の盾に振り下ろした。
信じられないのはその後の光景だ。
背中からもう一本腕が伸びて、剣を振り下ろしたのである。
腕が三本になったのだ。
その剣は、サクラリアとシモクレンはもちろん、イクソラルテアと山丹も巻き込む位置だ。
「<ヴォイドスペル>!」
桜童子は奥の手を放つ。三本目の腕の付け根から剣先までを虚無化した。
半透明になった腕は、サクラリアたちの身体をすり抜けて、音もなく地面に埋まった。
桜童子は思考を諦めかけた。
奥の手とは最後の一手だ。たとえ最大の効果があろうとも、それ以後の手は存在しないということだ。
「ぅぉおおおおおおおお!」
その半透明の腕の上を、ユイは小動物のように駆け上がる。
「強さとは!」
身体を反転させて、腕から飛び降りる。巨鬼の片目がぎろりとにらむ。
「あきらめないことだあああああああ!」
<アサシネイト>を巨鬼の右目に叩き込んだ。
狭い洞窟の中では、<柴挽荒鬼>がヨサクとあざみの行く手を阻んだ。
ヨサクが<ワイバーンキック>を放ち、その背中を踏み台にしてあざみも飛ぶ。超人的な身のこなしで前後を入れ替わりながら、おびただしい数の敵を倒していく。
ついにその敵が消え、洞窟内なのにとても明るい場所に出た。それもそのはずである。頭上は開放空間になっていて霧のない空が見えた。
「ここか」
石柱が台の上に乗っていて、下には鎖が落ちている。ふたりがかりでそれを巻き上げる。
鎖の端と端を持っていたから、最後のところでふたりの顔と顔が接近した。一瞬だけ視線が絡み合う。
「あ、あの」
「持ってろ」
立ち上がったヨサクは木片を拾ってきて、鎖の端と端にねじこんだ。
石柱が脈動して光が上方に向けて放射された。
<ハイザントイアー峡>一帯の霧が晴れ渡っていく。
「私、どうしたにゃ」
「よかった。目を覚ましたのね」
イクソラルテアの様子を見ていたシモクレンがほっと胸をひとなでした。
「イクスちゃん、操られとったんね」
「ん? 何があったにゃ。そうにゃ! ボスは?」
「もうすぐよ」
停止した<荒れ狂う柴巨荒鬼>のHPを削り続けている。
ユイの<アサシネイト>が脳天に入ると、巨体がわずかに揺れた後、泡になって弾けた。大量の金貨とアイテムがドロップされる。
その中にねそべって拳を突き上げるユイ。
晴れ渡る空をつかんでいるかのようだった。
「ユイー!」
サクラリアが飛び込んでユイに抱きついた。
その様子をみんな笑顔でみつめている。




