159 箙なるもの
桜童子はあざみからの念話を受けた。
「おお、たんぽぽか。こっちも何度か連絡していたところだ」
(にゃあちゃん! 今、しららんとポチ連れてそっちに戻ってるとこ。にゃあちゃん、託宣出た! 意味分かんないから解いて!)
念話越しに蹄の音がする。かなりのスピードで移動しているようだ。
(いい? 『蔓の塔に嘆きの石あり。音を奏でる棺桶より空に星を投げ上げる時、掴もうとする手が現れる。払うべし。箙なるものを束ねる禍々しき手の主を。滅ぼすべし。箙なるものへと堕ちた誇り高き魂を』。分かる?)
「いや、情報が足りねえなあ。ただ、引っかかるキーワードがある。音を奏でる棺桶つったら<バジルピアノ>のこったろ」
(バジルピアノ?)
「たんぽぽは見たことないか。<ムン・レゾ>作戦でリアが弾いてたもんだ。あれの見た目がな、足のついた棺桶なんだよ。そいつを夕方、リアが<ナカス>に持っていった。となると、蔦の塔はステージのことかも知れねえなあ」
(アタシ、<ナカス>に行けばいいね!)
「しららん連れているって言ったな。眠りについてるだろ。向こうではくろらんが起きてんだ。<バジルピアノ>があれば両方とも起こしてやれるかもしれねえ。だから、おいらもお前ぇに<ナカス>に行くように言おうと思ったところだ」
(ちょうどいいね)
ちょうどいいのは目的地が同じという点だけで、コースからすれば引き返した方が早い。
<ユーエッセイ>から<ナカス>を目指すならば、北上してから西に向かう方が早いのだ。
あざみたちは一旦南下して<サンライスフィルド>経由のルートを通ろうとしている。
「エビラなるものってのがよく分からねえ。そいつが何なのか、いつ現れるのか、明言されてないからな。託宣が一刻の猶予のない話なのか、そうでないのかにもよるんだが、引き返して別ルート行った方がよくないか?」
(にゃあちゃんが行けっていうなら従うよ)
「いや、惑わすようなことを言っていいか?」
(なに告知? それ)
「<クリュム>にヨサク君が来ている」
(アイツが!?)
「小手鞠と<フォルモサ>に行くよう頼んでいるんだ。会いに行くならこのまま走って夜明けまでにたどり着くといい。またしばらく会えなくなるだろうからな」
しばらく声が途切れる。
能生にしららんを任せて全速力で馬を飛ばすだろうか。それならば、能生に<サンライスフィルド>に寄らせ、自分でしららんを運ぶかと桜童子は考えたが、あざみの返答は意外なものだった。
(ドリィ、そこいる?)
「ん? いや、<アオウゼ―F>にいるが」
(山越えで<ナカス>向かった方が早いよね。ドワーフ村突っ切った方がいいだろうから、案内してもらう。寝てたら起こしてもらえる?)
「<クリュム>はいいのか?」
(いい。きっとアイツの運命、アタシと繋がってると思うよ。だからアイツの方から会いに来る。ってか来いって感じ)
この異世界で旧友と会えたことが彼女に変化を与えているのかもしれない、と桜童子は分析する。
「気をつけて戻れよ。たんぽぽ」
(にゃあちゃんも。託宣出たんだから、うかつに<ナカス>ににゃあちゃん近寄っちゃダメだよ)
ああ、そこまで計算していたのかと桜童子は驚いた。あざみを分かっているつもりで分かってなかったかもしれないと、彼は兄のような気持ちで反省した。
「レン、<アオウゼ>に行ってくる」
奥に声をかけて桜童子が<P―エリュシオン>を出ようとすると、すぐにシモクレンが顔を出した。
「にゃあちゃん。今のあざみから?」
「ああ」
「今、エビラなるものって言わへんかった?」
「言ったが、レン、分かるのか?」
「マリちゃんが見せてくれたんよ。風呂カビみたいな名前の敵が載ってる本」
「<フォスティスオルトロス>か。なんて書いてあった」
「えとな、えーっと。ウチ、あざみや舞華ちゃんみたいに正確に覚えられへんから堪忍な。『彼女は』えーっと『装飾家』でな、 ほんで、『魂に虚ろなる身体を着せる』んよ! 次よ。次なんよ、エビピラフとかエビフライとかいうんは。そや、『箙なる月の人』や! 竹カンムリに服でエビラ!」
桜童子はうさぎ耳をぴるぴると動かした。
「そいつに載っているってことは、<典災>ってわけか。なんて名前だ?」
「それこそ風呂カビやのうて、えっとな、そうや。<虚飾の典災フロガビトゥス>!」
「ようやく繋がったな。まさか最大のヒントを既にレンが握っていたとはな。まあ、いつだって重要な鍵はワトソン君や石岡君の目の前に落ちてるもんだ」
「何の話やの?」
「頼むぜ相棒、って話さ。これでおいらのニセモノが溢れかえってた理由も、あざみの受けた託宣の内容も全てではないが大方理解できたよ」
シモクレンは両頬に手を当ててバツが悪そうにしている。
「ホンマに堪忍したってー! 色々あったもんで、報告忘れとったんよ」
「しまったなあ。あん時か。<辺境伯>騒動で寝る暇もなかったからなあ。責任はおいらにもあるな。レン、【工房ハナノナ】全員に通達。『<ナカス開放祭>二日目ないし三日目に、ステージ上空に<典災>が現れる。周辺に<典災>の使役する強敵が現れる可能性あり。警戒せよ』。おいらは<アオウゼ>でドリィを起こした後、龍眼さんにも連絡をとる」
「了解! って、なんで明日か明後日なん?」
「日が変わったから今日、明日だな」
「さっき念話でいつかわからないって言うてへんかった?」
「相手が<典災>なら、狙いはMPだろう? たしか、<エンパシオム>だったか。ならば、リアが演奏する二日間が怪しいな。舞華君から聞いた話も気になる。じゃあ、行ってくる」
「ウチも行くわ。あ、もしもし、ハギはん?」
シモクレンは念話しながら桜童子の後を追う。
■◇■
竹林での捜索は、シモクレンの緊急連絡があるまで続いていた。
緊急連絡を受けた舞華が、トキマサ、ユイ、ヨサクの三人を呼び集めた。松明の明かりが戻ってくる。
「どうだった?」
舞華が尋ねる。
「ここが兄ちゃんと修行した山なのは間違いないよ。ボロボロに朽ち果ててはいたけど、庵の跡もあったよ。だけど、やっぱり、いないんだ。滝の裏で眠りについた兄ちゃんがいない」
ユイは言った。
「で、なんで集合させられたんだ?」
ヨサクが言う。
「レンちゃんからの緊急連絡が入ったんです。<ナカス開放祭>二日目ないし三日目に、ステージ上空に<典災>が現れる。周辺に<典災>の使役する強敵が現れる可能性あり。警戒せよ、って」
舞華は答える。
「その<古来種>ってやつが、ちゃちゃっと<典災>倒してくれりゃあいいんだがな」
「いや、多分、そいつは無理だよ、ヨサク先生」
ユイの表情は硬かった。
「<古来種>の兄ちゃんのにおいがどこにもないんだ。ここはもう、イヤな<典災>のにおいばかりする」
■◇■
【新機動戦線アマワリ】に<オイドゥオン>の<冒険者>から緊急救助要請があったことを桜童子は聞いた。
桜童子と同じ兎耳タイプの「箙なる月の人」だけでなく、動物タイプの「箙なるもの」が現れたのだという。
外見は普通の幻獣のようだが、動きが幽鬼のものだったらしい。また、倒すと虹が垂直に宙に昇っていくところが違うという。
<オイドゥオン>の主戦力は<ナカス>に囚われたままなので、伝手を頼って【アマワリ】に連絡したのだそうだ。
<アロジェーヌ17>が対応したが、そこで妙な噂を聞いたという。
先日来、<常蛾>の眠りから覚めることのなかった<冒険者>の女性が、突然目覚め暴れ出したという。仲間の<冒険者>がこれを制すため、やむを得ず生命を奪うこととなったが、神殿で復活した女性は一切覚えていないと語ったそうだ。
妙な噂というのは、その暴れ出した女性の家の裏で竹切りを行っていた<大地人>少年の話だ。
少年は、手が生えている竹を見つけた。その手は家に向かって手招きしているように見えた。少年が近づいて詳しく見ると、竹から手が生えているわけではないことがわかった。
地面に光る空間の裂け目があり、そこから手が伸びていた。
その空間の奥から光の卵のようなものを取り出してふわりと家に投げると、すっと壁に光は吸い込まれ、手も裂け目の中に消えた。
その後、その家の女性が暴れ出したのだという。
桜童子は今回の敵に関する重要な情報だと考える。
舞華が入手した噂に近い。同一の敵であると推測できる。それが託宣に出てきた「禍々しき手の主」であり、<フロガビトゥス>という<典災>であるのだろう。
舞華の情報によると、<スカイライン城北麓>に敵が現れたのが<龍舟節祭>準備の頃というから、【工房ハナノナ】が再結成する前日だ。
その日、<ジャクセア>にニセモノが現れた。<オイドゥオン>家で目撃された怪異もその時のことであろう。
そうなると<フロガビトゥス>は<ナインテイル>の南から北まで異常なスピードで移動したことになる。
桜童子もその日のうちに<鋼尾翼竜>で縦断したので、不可能というわけではない。
ただ、ほぼ同時に現れるというのは不可能だ。
「まるでフラットランドにやって来たスペースランド人だな」
桜童子はひとりごちた。
「にゃあちゃん、ドリィ準備できたで」
シモクレンとイタドリが部屋から出てきた。
「ボクも行きます」
ディルウィードも装備を整えていた。
「リーダー。攻略サイトに出たあの噂、本当なんじゃないですか?」
ディルウィードは、先ほどの桜童子の呟きを聞いてそう言った。
「新規アップデートに伴うエリア開放の情報かい? 眉唾物だと思っていたが、こうまで異次元的な現れ方をされちゃあなあ」
「何の話? 何の話、何の話ー?」
目を覚ましたばかりなのにイタドリは元気だ。
「香純美さん。非公開情報の中に<時間の牢獄>って文字列がいくつか含まれていたっていう話なんです」
「時間の牢獄?」
シモクレンも聞く。
「<大災害>から、この一年間、そんなゾーンに出くわしたという情報を聞かない。ひょっとすると、大手ギルドが情報ごと牛耳っているのかもしれないが。わずかな噂すらないんだ。人の口に戸は立てられねえってのにな」
桜童子が答えたのを、ディルウィードが続ける。
「だから、攻略サイトによく行ってた人たちは『月に<時間の牢獄>があるんじゃないか』って噂しあってたんですよ」
「月かぁ。そんなら手ぇ出せへんなぁ」
シモクレンの言い方は明らかにのんびりとしている。<常蛾>も月から召喚された敵だったが、実感がわかないようだ。
「現段階では、敵が現れたところを叩くしかねえな。ただ敵が月にいるってのなら、離れた二地点でほぼ同時に目撃された理由が説明できるな」
桜童子が外に出ながら言う。
「あんな遠くの月から空間つなげられるんやったら、目撃場所の距離なんてたしかに意味ないかもなあ」
シモクレンも外に出る。
イタドリとディルウィードが召喚笛を吹く。
あざみの馬の蹄の音が聞こえてきた。
「おいらは祭終了ギリギリまで待機だ。ディル、ドリィ。よろしく頼んだ」
「ハイ!」
「にゃーあちゃーん! みーんなー!」
あざみは止まらない勢いだ。シモクレンはバッグを高く差し出す。着替えやリンゴを入れてある。
あざみは馬を走らせたままバッグを受け取ると、振り返りながら手を振った。
「ドリィー! 先、案内してー!」
「なら、止まれ止まれー」
イタドリが馬で追いかける。
「あ、ポチさん。ぼくも一緒に行きます」
後から現れた能生に声をかけるディルウィード。
「じゃあコイツ頼むわ。てか、ポチじゃねーよ。名無しのほうがまだマシだ」
ぐったりとしたしららんを預かるディルウィード。バランスが取りづらいのかペースが遅い。
見かねたシモクレンが言う。
「にゃあちゃんの<鋼尾翼竜>で運んだ方がよかったんちゃう?」
「いや、<クリュム>に寄らねえあざみの気持ちを考えると、そいつはできねえなあ」
「あ、ホンマやね。あの子成長したなあ」
桜童子が足音に気づいて振り返ると、特殊工作室からアリサネ・クロガネーゼ・すずの三人が出てくるのが見えた。
「ディル君は行っちゃったか。せっかくボクらが【工房ハナノナ】に入る決心をしたというのに」
アリサネが言うとシモクレンは手を叩いて喜んだ。
「ホンマにー!?」
「名前に花の名前が必要ならば、本名に入っているよ。ボクは藤で、クロたんがエリカ。すずは鈴菜。問題ないかな、うさ耳リーダーさん」
「入ってなくたって問題ねえよ。設立メンバーにたまたま花の名前が入ってたってだけだ。おいらたちは大歓迎だ。よろしく頼むよ」
桜童子は三人と握手を交わす。
「それなら、レン。あざみたちを追っかけて<ナカス>に向かえるか。ギルド加入の承認ならサブギルにも可能だ。おいらを刺したあの傭兵の剣も、偏執的な監視者ももういないってハギが言ってたからな。この二日がチャンスだ」
「ウチ、やっぱり<クリュム>寄ってみよう思うわぁ。ヨサクはんをもう一度誘ってみようと思うんよ。何もせえへんであざみを追いかけるわけにはいかんやろ」
■◇■
シモクレンを見送った後、桜童子はクロガネーゼから相談を受けた。
特殊工作室の床には、丸太と削りかすとそこから生まれたと思われる正体不明の像が鎮座在している。
「邪、邪神像」
桜童子のつぶらな左の瞳が半眼になる。眉根を寄せたつもりなのだが、失敗ウインクのようになった。
「リーダーの姿って得だねえ。ボクらがそれを言うとモノが飛んでくるってのに」
「クロガネーゼさん。こ、これは?」
木彫りの人形を指さして桜童子は聞いた。
「こっちが太陽の女神。こっちが暁の女神。こっちが海の女神。私の腕前ではまだ三種類しか作れませんわ」
クロガネーゼはため息をついた。
桜童子は違いの分からなさについての呟きを内心に留めておいて聞いた。
「で、相談ってのは何なんだい?」
「シモクレンさんにもらった木材を使いましたら、飛躍的に効果回数が伸びましたのよ。五回<ヒール>をかけて最大四回分効果が得られますの」
「そいつはすげえな」
「問題は『最大で』という部分なのですわ。放置していても自然と効果が減ってしまうのです。持ち運ぶとなお一層減少いたしますわ」
魔法職の桜童子にもアリサネにも、木彫りの像からマナが自然漏出しているのが見える。シュールな外見と相まって、実に不気味だ。
「【工房ハナノナ】のものづくりの力でなんとかならないですかしら」
これが、彼女の相談だった。
桜童子は作業用の椅子に飛び乗り、辺りを見回して呟いた。
「さすがは相棒だなあ。気が利くねぇ」
「え?」
部屋の奥の机に桜童子は近づく。
「レンから聞いたかい? こいつは<地母のモリシマ>って木でなー。鞘や柄に使うためにレンが買い求めていたものなんだ。キミに譲ったときにはもう、その問題点と解決策が見えていたんじゃないかな」
机の上から皮袋を取ると、クロガネーゼに手渡した。
クロガネーゼは袋から蒼い宝石をつまみ出す。
「<火雷天神宮>産の<ルークィンジェ・ドロップス>だ。形は歪だが、問題ないだろう。そこに置いてある像の台座にでも嵌めて検証してみてくれ」
「どうなるんですの?」
「さあ、そいつは試してみねぇと確かなことは言えねぇ」
これまで、<ルークィンジェ・ドロップス>は様々な効力を発揮してきた。大別すると次の三通りだろう。
①大量のマナで、ある種のバグを引き起こす。
②魔力を加えると動力に転換する。
③圧力を加えると魔力に転換する。
<式神>や<従者>の自律行動を促したり、<不死者>の再生を早めたりするのは、①の効果だろう。
①に含まれるバグには元々の特性をより強めるものが多い。
<八十島かける天の飛魚>は②で、<エドバジルピアノ>は③の代表例だ。
経験上、<地母のモリシマ>が魔法を貯める特性をもつので、<ルークィンジェ・ドロップス>を嵌めることでその特性を強めることができるのではないかという推測ができる。
また③からその魔法は、衝撃を与えることで放出されるのではないかという推測も成り立つ。
一番望ましくないのが、動力に変えてしまうパターンだ。それではせっかく貯めた魔法の効果も得られなくなってしまう。絶縁のようなものが必要だろう。
どこにどのように嵌めれば望んだ効果が得られるのか。そこは試行錯誤の必要な部分である。
「あとは外観の問題だが、よければおいらにデザインさせてくれー。<刻印呪師>の刻印と同じで、デザイン次第で効果の上方修正も見込めるかもしんねーしな」
「あ、ありがとう、ですわ」
「おいらができるのは、デザインまでだ。この通りの前足だから、筆と違って刃物で力をかけて削るなんてのは苦手でね。ただ、絵を描く面を作るくらいならおいらもできる。頼むぞ、<ソードプリンセス>!」
桜童子はドレスに鎧を纏った姿の剣の乙女を<戦技召喚>した。そして、材料の丸太を回転させながら投げ上げた。
<ソードプリンセス>は切っ先で台座部分に切れ目を入れる。更に先端を切り飛ばす。
今度は縦方向に投げ上げると、四面をカットした。桜童子には不可能でも、精密さとスピードを極めた最高位の乙女にはこの程度は容易い作業だ。
「ありがとう<プリンセス>。肌理はやや荒く、黄褐色。磨けば風合が出そうだな」
<地母のモリシマ>の切り口を見ていた桜童子は、やがてクロガネーゼの目を見て言った。
「さあ、見せてやろうじゃないの。【工房ハナノナ】のものづくりの力ってヤツを」
■◇■
<サンライスフィルド>を抜ける手前であざみたちは北上すると、山間へと進んでいった。
シモクレンはひとり橋を渡ると、川の左岸をひた走る。
シモクレンにしては珍しく馬に跨っている。少しでも早くたどり着いて説得を試みようと考えたからだ。
見た目は美しい白馬なのだが、年のせいで白い毛になったくらいおじいちゃん馬なので、ひた走っても徒歩より速いというくらいの速度だ。<冒険者>特有の高速走法に比べたら格段に劣る。
「おじいちゃん、おきばりやっしゃ! <シモゲの老馬笛>の中ではええ買い物したと思うとんのよ」
シモクレンは老馬を励ました。
【工房】の財布を預かる身なので、自分の持ち物は低価格で済ませようとしたのだろう。それでも生物の個体の識別がなぜか得意なシモクレンは、喚び出された馬の中で最も見た目と気性が気に入ったものを選んだに違いない。
白馬はスピードよりも揺れを気にしているようで、乗り手のことを考えるほど温厚な性格なのかもしれない。
二十分ほど走ると、舞華から念話が入った。
(緊急! ユイくんとヨサクさんが交戦状態。ぼくとトキマサは避難します!)
そこでプツンと念話が途切れた。
フレンドリストを見て現在のゾーン名を確認する。最初の<北麓>からは変わっている。
とりあえず桜童子に報告し、そのまま先を目指しながら続報を待つ。
念話が入る。
「舞華ちゃん! 今どこおるん?」
早口になったシモクレンは焦りを自覚する。
(広い川原です! 左岸側です! レンさんこっちに向かってますか)
「向こうとるよ! このまま川沿いでええね! ユイくんとヨサクはんだけで戦っとるん?」
(すいません! ぼくらは足手まといで。相手が強力すぎて! 戦いの次元が違いすぎる)
回復のサポートがないまま、そんな敵とユイを戦わせるのは危険すぎる。イクスの時のように蘇ることはないのだ。
「おじいちゃん! お願いやから速う走って!」
シモクレンを乗せた馬は、力の出し時とみたのだろう。これまでにない速さで堤防道路を駆ける。
「回復職おらへんでどのくらい保つ?」
(ユイくんもヨサクさんもまともに食らってないはずなのに、HP、三割は減ってます)
「相手は?」
(HPの桁が違います! かなりクリーンヒットさせてるのにまだ二割も削れていません!)
「距離とって時間稼ぐように言うて!」
(ハイ!)
念話越しに舞華の呼びかけが聞こえる。
「一体、何者なん!?」
シモクレンは呟いた。
答える舞華の声が震えている。
(ティセントラ=ゴールドハート。―――ユイくんに鎧を授けた、<古来種>です)




