150 風水師を理解せよ
<ほとめきの里クリュム>。
花の香りに溢れ、穏やかな時が流れる<大地人>たちの町。
ほとめきとはおもてなしを意味するこの地域の言葉である。
その昔、暴れ川に乗って窮地を脱した<ナインテイル伯爵>をあたたかくもてなしたことから、そのような名で呼ばれるようになったという伝説がある。
その川の最下流の大きな干潟の一角に<la flora>のドックがある。その川の上流にあるのが【工房ハナノナ】の本拠地<サンライスフィルド>である。
<クリュム>はその中間地点に当たる。
<plant hwyaden>が統治宣言した頃は、この辺りにも調査団がよく来て人々の通行を監視していたが、今では周辺地理情報もエネミー情報もドロップ情報も明らかになって、比較的ノーマークな場所となっている。
【工房ハナノナ】は、三つのグループに別れて南の島から帰った。
桜童子とシモクレンは<アキヅキ>に飛び、そこでイングリッドと落ち合った。
イングリッドに<ナカス>侵入の手伝いをしてもらうのは、以前からの計画だったのだが、折りよく<ナカス開放祭>の話が舞い込みすぐに実行に移した。
もう一つのグループは、<八十島かける天の飛魚>で、<ファンフォレスト>へと向かった。
<ほとめきの里クリュム>にいるのは、新メンバークガニを含めた【工房ハナノナ】のメンバーと、アリサネ一党である。
今の話題は、クガニの職業<風水師>だ。
きゃん=D=プリンスによると、なんと<風水師>をメイン職に持つ<冒険者>がいるらしい。
<冒険者>であれば、キャラクターメイクの時点で<十二職>を選択する。
この<十二職>は世界共通というわけではない。
たとえば<武士>は日本サーバー固有の職である。これが北米サーバーに行くと<パイレーツ>という職に置き換わる。
つまり、各地で選べる職業が違うものの、選べる職が十二種類という点ではどこも一緒ということだ。
<フィジャイグ>や<フォルモサ>にも固有の職があるらしい。
どうやら<風水師>がそれのようだ。
ただ変わっているのが、キャラクターメイクの際に選べるわけではないという。特別な資格を有するものが、サブ職業ではなくメイン職を転職してなることが出来るそうだが、あくまできゃん=Dの仕入れた噂段階の情報なので詳細は不明だ。
桜童子が別ルートで帰ったおかげでエンカウントは少なかったのだが、それでも多少はエネミーに遭遇する。
その戦闘時、クガニの<風水師>の能力に疑問が持ち上がり、<風水師>とは一体なんなのだという話になったのだ。
まず<守護戦士>であるイタドリが異変に気付いた。
「クガニちゃんの結界、めちゃくちゃ突破されるんだけど! うすうすっていうか、すけすけっていうか!」
「船でリーダーさんがいる時は、ぼくたちクガニちゃんの結界のおかげでノーダメージだったと思うんだけど、なんででしょう。ねえ、トキマサくん」
いつも非戦闘員であるトキマサを庇うように陣取る舞華は、クガニの結界術には効果があると主張した。桜童子がいると矢継ぎ早に敵が現れるのだが、その混戦の中ではたしかに効果があったように思えるのだ。
同じように結界を操る<神祇官>のハギと比べると、よく似てはいるのだが、クガニの結界の方が透明度が低いように見える。
<鋼鉄猛牛>がちょうど現れたので、試しにクガニの結界でイタドリを包んでみる。
イタドリがタウンティングを繰り返すと、<鋼鉄猛牛>は高速走行するトラックのような勢いで突っ込んでくる。
クガニの結界をするっと突き抜けて<鋼鉄猛牛>はイタドリに体当たりする。
「ふっとべぶっとべー!」
瞬時に五つの特技を重ね、<鋼鉄猛牛>の角を持って投げ飛ばすイタドリ。HPを見るとわずかにダメージを受けている。
今度はハギが結界を張る。
身を起こした<鋼鉄猛牛>は再び距離をとると、砂埃を巻き上げるエフェクトを出してイタドリに突撃した。
ハギの障壁はレベルが高いので、強固な防弾ガラスにぶち当たった気分になっただろう。鈍い衝突音を立てた<鋼鉄猛牛>は、結界を越えること無くその衝撃で気絶してしまった。
「ね。クガニちゃんの結界、うすうすですけすけでしょ? うすすけでしょー?」
ディルウィードの<サーペントボルト>でも同じような現象が確認された。自分の妻に魔法を着弾させる結果になったので、実験の後にディルウィードは何度もイタドリの頭を撫でた。
このような結果から、クガニの半透明の結界はほぼ防御力がないのではないかと考えられた。
「レベルの差ってヤツですかね」
なんとなくハギが鼻高気に言うので、みんなそれ以外の理由を探すことに躍起になった。
「ちょっとクガニ嬢ちゃん、オレ様にも張ってくれ」
「イクスもイクスもー!」
そんな中で難しい顔をして考えこんでいたのが、ユイである。
クガニと一緒に戦場に臨んだ<ハテの浜>でのことを思い出す。
「なあ、クガニ姉ちゃん。あの時、オレを<開門>って技で、竜巻の中に送りこんでくれたんだよな」
「そーねー」
今度はハギに訊ねる。
「ハギ兄、オレをどこか別の場所に転送させる特技ってあるか?」
「移動呪文としては<飛梅の術>があるけど、あれは術者専用なんだよね。<禹歩ぷらす>って勝手に呼んでるアレね、千歩踏んでもヤクモが術者になって飛ぶだけだしねー」
「やっぱりないか」
「ボクは<式神遣い>に特化してるから、普通に取るべき強い呪文すら習得してないんだよねー。ないとは言いきれないけど、おそらくない」
「ありがとう」
そしてユイはサクラリアに訊ねる。
「なあ、リア。みんなはなんでクガニ姉ちゃんの技がおかしいって思ってんのかな。オレはあれで正しいと思うんだけど」
「え? だって結界なのに攻撃防げないって、あるのかな」
さすがにクガニがいる前で「変だ」というのは気がひけたのでサクラリアの言葉は後半がゴニョゴニョとなった。
「そりゃあ<風水師>が<神祇官>と同じだったらって話だろ?」
「ああ、ユイ。十二職っていってね、<冒険者>が選べるメイン職業は数が決まっているの。<大地人>の場合はどうかは分かんないけど、おそらく<風水師>は<神祇官>の置き換えなんだと思う。だって、似てるでしょ。結界張るときのハギさんとクガニちゃんの動作が」
「うーん」
「さっき、きゃん=Dさんが言ってたでしょ。特別な資格を有する人って。<神祇官>だけが転職できるってことじゃない?」
バジルとイクスが戻ってきて騒ぎ立てる。
「ウサギの介がいねーから敵が出なくてわっかんねーけどよ、とりあえずイクスと模擬訓練やってきたぜ。クガニ嬢ちゃんよう。残念だけどナイフさえすり抜けちまった。いろんな技試したんだけどな、全部イクスに当たっちまうところだったぜ」
「いや、しっかり当たってたにゃ! 寸止めって言葉、意味分かってるにゃか?」
「はわわー、はっさみよー」
「クガにゃん悪くないにゃ! 悪いのはボケバジルにゃ」
「くおっ! またパワーワード生み出してんじゃねーよ。」
今度はディルウィードの叫び声だ。
「うわ、アリサネさん、何やってんですかー!」
ヤギだ。どこの牧場から連れてきたのか、アリサネはたくさんのヤギを解き放ったのだ。
「いけー、ヤギさん! さあ、コガメちゃん、ろりこさんとボケガエルくんとイグサちゃんにだけもう一回結界張って!」
「は、はいさー! <休門>!」
アリサネは完全に名前を間違えていたが、クガニは正確に三人に結界を張り直す。たしかにモーションは<禊の障壁>と同じだ。
<休門>のかかったイタドリと、<休門>のかけられてないスオウが同時にタウンティングを行う。
意外なことが起きた。ヤギは全部スオウの方へ行ったのだ。レベルからすると脅威度はイタドリの方が高いはずである。
バジルとイクスがスオウのフォローに行ったが、イタドリと同じようにヤギは二人を無視して、反対側から近づいたエドワード=ゴーチャーと栴那に向かっていった。
さすがに牛と違って動き回るので、<騎士の巡礼>を使いづらいディルウィードは<サーペントボルト>を遠巻きに放って勢子の役目に徹する。
ハギの結界に入ったトキマサは、筆を取り出し写生を始めている。ヤクモもその足元でヤギを興味深げに見ている。
皆どことなく攻撃を躊躇しているのは、ヤギの動きが襲ってきているというより逃げ惑っているという感じに変わってきたからだろう。
こんなときに強い力を発揮するのがクラウドコントロールの才能を発揮しはじめたサクラリアである。同じ<吟遊詩人>であるきゃん=Dと連携して次々とヤギを大人しくさせていく。
「さすがリア。これが<巨匠>ってやつかー」
「てはは。ユイに褒められたら照れるなー」
きゃん=Dが<のろまなカタツムリのバラッド>でまとめて鈍足化させ、サクラリア<月照らす人魚のララバイ>で眠りに陥らせるという連携プレーで、全てのヤギを捕らえることができた。
<機工師の卵たち>が目覚めたヤギたちの首に縄をつけて連行する。
「アリサネさん! 一体どこからこの子たち連れてきたんですか! 元いたところに戻しに行きますよ」
「えー。でも、ディル君が頼むのなら仕方ないなー」
「ボクが頼まなくても仕方ないことでしょ。ホラ、行きますよ」
「じゃあ、クロたん。代わりに解説お願い」
「ふう。面倒事を押し付けられてしまったわ。まあ、任せるといいですわ。すず、お茶をいただけませんこと?」
すずは竹の水筒から野点茶碗に茶を注ぐ。クロガネーゼはバッグから椅子を取り出すと、茶碗を受け取って座る。
「その結界、ヘイト操作系魔法ですわ」
「え、クロガネーゼさん。<禊の障壁>ってダメージ遮断魔法ですよね」
サクラリアの言葉にすぐに答えず、黒ゴシックドレスのような装備のクロガネーゼは優雅に茶を飲んでから語る。
「リアたん。そこが思いこみの始まりですわ。例えば<鋼鉄猛牛>が突進する前に砂埃を巻き上げるエフェクトを出したでしょう。覚えてらっしゃる?」
サクラリアより先にイタドリが返事する。
「ああ、出した出したー。私に突っ込む前もわわーって! もわわドドドーって」
「そう、ドリたんに突進する前ですわ。じゃあ、さっきのヤギさんが同じエフェクトを出したら、あなたたちは<鋼鉄猛牛>とヤギは同じ生物だーっておっしゃるかしら?」
「言わねーって、牛とヤギが別ものってのはオレ様じゃなくてもわかるぜー。なあ、イクス」
「ボケバジルだとちょっとあやしいにゃ」
バジルとイクスのやり取りはもはや漫才のようだ。
「あ、そういう事ですか」
ハギはポンと手を打つ。
「デザイン上の問題だったんですね」
「どういうことだよ、ハギの介」
「いいですか、バジルさん。ゲームデザイン上、全ての動物に全てのオリジナルグラフィックデータ作るのは大変ですよね。例えばエンカウント率の低いレアな種類だって風にするには元データを色だけ変えればいいですよね」
「スライムとメタルスライムみたいなもんか」
「そうですね。でもヤギは姿まで<鋼鉄猛牛>のデータを借りるわけにはいかない。だけどエフェクトデータならば借りられる。そうすればデータ量も新たにグラフィックを作成する労力も少なくて済む。確認しますけど、元になるデータが同じところがあってもヤギと<鋼鉄猛牛>は別生物です。ここまではいいですか」
「そりゃそうだろうよ」
「同様に、<風水師>の<休門>は、<神祇官>から<禊の障壁>のエフェクトデータを借りただけなんです」
「えーと、だから似てるってのは分かったが。何が言いたいんだ、ハギの介」
「だから言ってるじゃないですか。<休門>という技は<禊の障壁>とは別物だってことですよ。もっと言うと、こういうことだって言える。<風水師>は<神祇官>の置き換えなんかじゃあない」
「じゃあ一体、何なんだよ」
ユイが手を挙げる。
「ディル兄と同じ顔の敵が使った魔法も、<サクルタトルの深き穴>で龍眼さんがオレたちを助けてくれた魔法も、クガニ姉ちゃんの<開門>に似てたんだ。ハギ兄ちゃん使わないよね」
「クガニたんの技は、<魔法攻撃職>が一般取得できる特技、<フリップゲート>だっておっしゃりたいのね、ユイたん」
クロガネーゼが茶碗をすずに返す。すずは丁寧に茶ですすいで水気を拭き取って箱にしまう。
「魔法攻撃職」
サクラリアが呟く。てっきり<風水師>は<回復職>だと思っていたのだ。<魔法攻撃職>ということは<妖術師><召喚術師><付与術師>のいずれかだ、ということだ。
クガニにバジルが詰め寄る。
「なあなあなあ! その<開門>っていうのと<休門>っていう技の他に何かできる技あるか? ちょっとかけてみてくれよ」
「わーはあまり覚えられんくてさー、<生門>ってのだけしか」
「いいから、な、な、かけてみてくれ」
クガニが舞うと、バジルの足元から光る翼のようなエフェクトが現れる。
「エフェクトは<雲雀の凶払い>ですね」
ハギは断定した。エフェクトは<神祇官>のものだ。バジルにリクエストする。
「何か特技を放ってみてください。<雲雀>なら硬直が起きず、すぐ移動できますよ」
「じゃあ<ラウンドウインドミル>だな。イクス、ちょっと受けてくれよ」
「イヤにゃ、バジル当てるからにゃ」
「しょうがねーな、よっ」
<盗剣士>の特技は硬直時間が短いものが多いが、<ラウンドウインドミル>は比較的硬直時間が長い。
緊急回避のために使い、途中キャンセルから別の技につなげて脱出を図るのがバジルのいつもの使い方だ。
<ラウンドウインドミル>を単発で使い、地面に着地すれば、その姿勢で硬直が起きる。
「うおおおおお」
無理に移動しようとしたものの、身体が硬直しているのでごろりと転がる。
「やっぱりにゃー」
「バジルかっこわるい」
イクスとヤクモが声をあげる。
「何なんだよ、<生門>ってよー」
「クロたん。解説終わったかい?」
アリサネがポンとクロガネーゼの肩を叩いて言う。
「<魔法攻撃職>だけど、<神祇官>のエフェクト使ってるんじゃないかってところだけ」
「じゃあ、手っ取り早く、答え合わせ先生に聞いちゃおう」
「待って、あるみん。ウサたんが作戦遂行中だったら邪魔になるわ。レンたんに念話して」
「分かった。ああ、もしもし、サブギルちゃんかい? コガメちゃんの<風水師>について、こっちはお手上げみたいだねー」
(答え合わせが必要なんね)
「ウサギ耳の答え合わせ先生から何か聞いてるかい?」
(にゃあちゃんから図解もろてるで。まず八門遁甲って八つの特技があるんやて。八門は<中伝>級まで育てられるらしいんやけど、そこからは九星っていう別の技を習得せなあかんらしくてな。<秘伝>級に育てよ思うたら八神ていう・・・)
「ちょっと待ってくれ」
(どしたん?)
「ボクは興味がないから全く覚えられない。この後はディル君に代わる。ディル君、サブギルちゃんに念話してくれ。では」
「ホンットに自由だなー!」
ディルウィードが念話すると、シモクレンはずいぶんと慌ただしくしている様子がわかった。何らかの事態が起きているようだ。それで解説がいつになく早口だったのだろう。
ディルウィードが聞いたところによると、<休門>こそが推理する鍵なのだという。
「なんであのウサギの介は答えがわかってんだよ!」
バジルは腕組みをして吠える。ハギがなだめる。
「シンブクに倒された後、地域の<風水師>に色々と教えを乞うてましたからねー」
「ウサギの介はオレ様たちと違って実際に技見てねえんだろ。それでなんで分かるんだよ」
自分の方が有利な条件なのにさっぱり分からないのがよほど悔しいらしい。
「でも、たしかにヒントもらったらすぐ分かっちゃいました」
「まじか、ディル坊! 教えろ!」
「あはは、一回言ってみたかったんすよねー。いいすか」
「な、なんだよ」
ディルウィードがにやりと笑う。
「答え合わせが必要かい?」
「早々に教えやがれー!」
バジルが<ラウンドウインドミル>を放つのを、<ルークスライダー>で逃げる。
「<休門>がヘイト操作系特技だということがヒントです。ボクは<妖術師>ですけど、対人ヘイト操作の特技はありません。<召喚術師>のリーダーさんも一緒です」
地面で硬直したバジルの尻を蹴って転がすイクス。
「くぉら! ネコ娘! 話の最中なんだよ」
「つまり、クガにゃんは<付与術師>の置き換え技が使えるってことにゃね」
舞華は取材ノートをペラペラとめくりながらクガニに近付いた。
「ということは、<禊の障壁>に見える<休門>は、本当は<アストラルチャフ>ってことですか!?」
クガニは戸惑う。
「わーは、役に立ってない?」
「いや、混戦になったときぼくたちがもらい事故を起こすようなことがないようにしてくれてたんだねー。クガニちゃんありがとー!」
舞華が握手するのでクガニは恐縮する。
「おやおや、狼たん。膝を擦りむいてますわ。それに猫たんもちっちゃい傷がいっぱい。あやめたん、こっちにいらっしゃって。<ヒール>かけて下さるかしら?」
クロガネーゼが立ち上がってバジルに近づいて、同じ<施療神官>のあやめを呼ぶ。
「はーい。って、クロガネーゼさんも<施療神官>じゃないですかー」
文句を言いながらも素直に<ヒール>をかけに行く。クロガネーゼが何もしないことを疑問に思い、何気なくステータス画面を見る。
「あれ? クロガネーゼさん、<ヒール>のタイマー動いてる」
「私のことはいいですわ。早く治療なさって」
「はぁい。あれれ?」
バジルのときだけ、<ヒール>後のエフェクトに変化があったのだ。
「やっぱりそうでしたか」
クロガネーゼはクガニを見て呟く。
「これ、<エリクシール>ですわ」




