015 発想 ~強さとはあきらめないこと~
<月照らす人魚のララバイ>は<吟遊詩人>の取得しうる<呪歌>のひとつである。聞くものたちにダメージを与え意識を奪うことのできる、今までのサクラリアにはない攻撃的な技だといえる。
この呪文に必要な装備は<楽器>である。
一方で、サクラリアがこれまでに習得している特技は<ブレイドシンガースタイル>である。これに必要な装備は<白兵攻撃用武器一つ>である。
サクラリアのサブ職業は<細工師>である。最高にまで高めた<細工師>の技術で、<白兵攻撃用武器>である<楽器>が作れないかと考えたのだ。
<呪歌>と<戦闘スタイル>の両立を図ろうという試みだ。
そのためにはわずかな音数でもこの<呪歌>が発動するかを試さねばならなかった。そこで<ビグミニッツ>の楽器屋で安い笛を買い求め、それをゾーン外まで行き吹きながら確かめた。
いくつもの組み合わせがあるが、F音を使う場合はあと、CとGがあればこの<ララバイ>が発動することはわかった。そこからは<細工師>としての工作の時間である。
メニューから材料を呼び出し、パーツを作っていった。簡単なのは、グリップといっしょに指貝を握れば、上の吹き抜けが開き、離せば閉じる仕組みだ。最初は、握っただけでぐにゃりと曲がったり、開いたまま閉じなくなったりしていたが、パーツを増やしていくことで安定性が増した。
ただし、困ったのはここからで、思ったような音色が出ないのだ。吹き抜けを開けてもきれいなF音が出ないのは部品がわずかに曲がっているからか。空中に現れる音符もいつもの色ではなかった。シモクレンが現れたのはちょうどその頃である。
「ウチならそこの板、その穴と同じにできるよ」
サクラリアの<細工師>の技術としては、機構は十分に作れたが、円刀にぴったりなものを作るとなると<刀匠>の力を借りた方がいいらしい。
シモクレンはサクラリアから部品を受け取ると、水を持ってくるよう頼んでから、手際よくサラ坊の上にかざす。真っ赤に熱した部品を石の上に乗せると、ハンマーで威勢よく叩き始めた。
サクラリアの運んだ水につっこむと、大きな音と湯気が廃墟に広がった。
それを幾度か繰り返しただけで、水平で正しい大きさの板ができた。
きれいなF音が出るようになった。あとは微妙に調節しながら開け具合を変えることでCとGが出ればいい。ここからは根気のいる作業だった。
最終的には板が少し斜めになって閉じればG音が出ることがわかり、開ければF、細い隙間が開けばC、閉じればGの仕組みが完成した。
あとはこの円刀を振って<呪歌>が発動すればよい。
だめだ。音が出るのに発動しない。
「はっはっは、そんなことだろうと思ったよ。こいつを連れてきてよかった」
廃墟に現れたのは、ウサギ耳のぬいぐるみと、狼面をかぶった男だった。
「にゃあ様!」
サクラリアはダイビングヘッドでもするように、桜童子に抱きつきに行く。
桜童子はそれを華麗にかわす。
「あうー、にゃあ様がいじわるするー」
「リーダー。その方は?」
狼面をかぶった男は、あからさまにシモクレンの胸元を覗いている。
「コホン」
シモクレンが咳払いしても態度を変えないので、桜童子は男の股間を思いっきり殴る。ちょうど殴りやすい位置にあるのだ。
「おっごぉおおお」
狼男は股間を押さえてうずくまる。
「こいつは、<バジル・ザ・デッツ>。<楽器職人>だ。リア、おめえ楽器を作ったのは初めてか」
「あ、ハイ」
「レンも今まで作ったことがないんだろう」
「ええ、そりゃあまあねえ」
「自分が楽器になったかどうかがその円刀自身もわかんねえわけさ。そこでこいつの登場さ。ホレ起きろ、バジル」
バジルはよろよろと立ち上がりながら、円刀を受け取る。しげしげと眺めた後、サクラリアの作ったレバーをかちゃかちゃ動かしてみる。さらに幾度か振りながら違った音を出す。
そして舌なめずりしそうな位置まで掲げて動作を確認する。
「ほほーう。こいつはなかなか立派な<楽器>だ」
サクラリアは円刀を受け取った。そして一振りする。華麗なエフェクトが現れる。さっきまでとはまるで違う。
「リアちゃん見て! タグが!」
「タグが、増えてる。楽器になってる。楽器になってるぅ!」
「<楽器職人>に認められてはじめて、円刀は立派な楽器になったってことさ」
「でも、なんで、狼男さんを連れてきてくれたの!? 私が<楽器>を作ることをわかってたの」
「おめぇはおいらとの<デュエット>で強くなったからな。独り立ちするにはどうしても<楽器>が必要だ。でも、街中で売っている道具じゃレベルが低すぎる。だからこの男が必要だと思ったんだ」
桜童子は忍び笑いを漏らす。
「ただ、おめぇがここまでやるとは思ってなかったよ。おい、バジル。フレーバーテキストを書き換えられるって言っていたな」
「なんて文言が良いんで?」
~最高の楽器職人の協力を得ることで生まれた奇跡の宝剣。刀匠と細工師と楽器職人のメンテナンスを受けることにより、最高の呪歌効果と最高の切れ味を生むことができる。~
桜童子は奇人バジルの自尊心を満たすような文にしてやった。ここまでの駄賃だと思えばよいだろう。
ゾーン外に出て試すことになった。相手はあざみとヨサクである。ふたりには反応起動回復呪文をかけてあるから、実際に斬られても安心である。
ここには<施療神官>のシモクレンに加え、万が一の事態にはハギの<リザレクション>もある。
サクラリアが歌い始める。ヨサクは軽く前に出て拳でけん制する。サクラリアは後ろに退きながら、剣を振る。弱弱しいが確かに風切り音はサクラリアの指使いにあわせて変化している。
「<月照らす人魚のララバイ!>」
派手なエフェクトが円刀から迸る。しかしそれは、ヨサクやあざみを包むことはなかった。
「失敗!?」
「ぶひゃひゃひゃひゃ! 効果範囲十センチメートル! ぶひゃはっはっは」
笑い転げるバジルを全員が白い目で見る。
「す、すいません」
「バジル、カッコワルイ」
ヤクモは今度はこの言葉を覚えつつある。ウケケケとハトジュウも鳴く。
ユイが駆けてサクラリア近づいていく。
「大丈夫か、姉ちゃん」
「私は平気、だけど」
「姉ちゃんはオレが守るから、そう落ち込むなよ」
「待って、ユイ。あきらめちゃだめ。あきらめないことがきっと私たちの強さなんだよ」
その言葉に衝撃を受けたのはユイだった。
強さとはあきらめないこと―――?
「にゃあ様、理由は何だと思う?」
「ヨサクさん、アンタあの音が聞こえたかい」
「いいや、ヒューって音は聞こえたが。それだけだ」
「あざみは?」
「アタシは耳がいいからさ。でも聞こえただけで曲には聞こえなかった」
桜童子は、ははんという顔色を浮かべた。
「ほらね。もうにゃあ様は何か閃いたよ。強さってね、友だちの力を借りたっていい。何度失敗したっていい。あきらめずに欲することだと思うよ」
「強さとは、あきらめずに欲すること―――」
「まあ、私、すぐこうやって聞いちゃうから自慢できないけどね」
そういうとサクラリアは舌を出した。
「おい、リア。おめえの首にかけてるもんは何だ?」
「これは、ツクミのじいちゃんからもらった首かざ・・・・・・」
その先端についた、深く、青く輝く涙形の宝石。
―――ルークィンジェ・ドロップス!




